インバウンドコラム

地域の産業や資源を活用した観光を考える「持続可能な観光」国際シンポジウム、奈良にて開催

2019.03.13

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2月4日~6日、観光庁と奈良県の共催で「持続可能な観光」国際シンポジウムが奈良県で開催され、国内外より230人が参加した。これは、国連が定めた2017年「開発のための持続可能な観光国際年」を記念し、2018年に三重と岡山で開催された「持続可能な観光国際年」記念国際シンポジウムに続くものである。

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今回は「持続可能な開発目標(SDGs)」達成のために観光が果たす役割やその重要性についての理解促進をめざして、地域の資源を活用した観光や産業観光に関する事例の共有と議論が展開された。ここでは、5日に開催された2つのパネルディスカッションの様子を紹介する。

 

パネルディスカッションⅠ:地域に根ざした産業を観光資源とする取組について~事業者の立場から~

スピーカー:
梅乃宿酒造株式会社 代表取締役 吉田佳代氏
株式会社黒川本家 代表取締役 黒川伸一氏
新潟県三条市長 國定勇人氏
Tribes XP, Production Manager, Miss Natthanich Sittikarn氏 (タイ)
モデレーター:
京都外国語大学国際貢献学部 グローバル観光学科特任教授 吉兼秀夫氏

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国内外の産業観光の事例を共有するとともに、パネリストたちがどう最初の一歩を踏み出したのか、また事業を進める上での課題等について議論した中で出てきた共通のキーワードは「統一」「統合」「共生」だった。

世界中に愛される日本酒を目指し、味の研究や開発に積極的に取り組む

梅乃宿酒造株式会社は代表取締役の吉田氏によると、2002 年からは、アメリカ、アジア、欧米豪など世界に進出し、その国の嗜好に合うお酒や日本酒を使ったカクテルの開発、世界中に愛される日本酒の研究などを推進してきた。なかでも、若い世代に日本酒の魅力を知ってもらう取り組みを積極的に展開。

地道な努力の甲斐もあってか、20年以上続く「蔵開き」には、当初数十人のみだったのが今では2日間で4000名程度が参加するイベントに成長している。以前、過度な飲酒で参加者が倒れた経験を踏まえ、現在はグループやファミリー層をターゲットとすることで、新たなマーケットの開拓にもつながっている。

株式会社黒川本家は創業した400年前からほとんど変わらない製法で、純良・高品質な本葛の味を今も守り続けている。現代の生活に溶け込む葛の魅力を創造しつつも、古き良き日本の食文化が持っている美しさや味わい深さ、安心感を認識してもらいたい、と代表取締役の黒川氏は話した。近年では、地域の観光ボランティア等と連携し観光まちづくりなども行っている。

国ごとの特性を把握した上でのターゲット設定が欠かせない

新潟県三条市の國定 勇人市長は、燕三条地域での産業観光の取り組みについて紹介した。「ものづくりのまち」としての持続可能性を追求し、「1本100円の包丁を買う1万人」ではなく「1本1万円の包丁を買ってくださる100人」をターゲットにした。現在は、海外市場との付き合い方を学んでいるところだという。その中でわかったことは、燕三条が持つものづくりのストーリー性が響くのはベトナムの方々であること。華僑の方々は食べ物や温泉への関心が高くストーリー性への共感は得られないこと。今後は、国ごとの嗜好を把握し、どうアピールしていくかが重要で、マーケットを熟知した方と連携することが大切であると話した。

地域のメリットを意識して尊重することで観光への理解が深まる

Tribes XPでProduction Managerを務めるNatthanich Sittikan氏は、タイ北部などで、コーヒー農場やお茶畑、工芸品や農芸品の産地などのコミュニティを訪れるツアーを実施するなど、地域の自然や文化資源をコミュニティと捉え、それらを観光と連動させる取り組みをしている。

ツアーの造成は、地域側にもメリットが享受できるような仕組みにし、地域を尊重しながら取り組むため、コミュニティと一体になることが大切である。コミュニティとの接点を作ることが難しいが、時間をかけて関係を作っていくことで、コミュニティからの信頼感が生まれ、観光への理解も深まってくる、と話した。

最後に、吉兼教授は「ガストロノミーツーリズムも産業観光も、地域全体を一体として捉えることが重要である。自分の地域や観光に関わる側だけでなく、そこを訪れる観光客を十分に理解した上で、コンテンツを考えなければならない。地域の人々、観光関係者や地域の産業、そして観光客がwin-win-winの関係を構築していくことが大事である」という言葉と共に締めくくった。

 

パネルディスカッションⅡ:地域の資源や産業を活用した持続可能な観光地づくり

スピーカー:
奈良県ビジターズビューロー 専務理事 中西康博氏
株式会社JTB 取締役(訪日インバウンド担当)坪井泰博氏
北九州産業観光センター 会長 木本昭宏氏
SEDAI GROUP, CEO Mr. Jou Yi-Cheng (周奕成氏)(台湾)
コメンテーター:
株式会社ジャーマン・インターナショナル CEO ルース・マリー・ジャーマン氏
モデレーター:
株式会社ツーリズムデザイナーズ 代表取締役 田尾大介氏

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パネルディスカッションでは、実際に地域で観光ビジネスを実践する中で感じる課題ふまえて、持続可能な観光地づくりに向けての課題や必要なアクションについて、意見交換がなされた。

まず、パネリスト4人が、それぞれの企業や組織における「持続可能な観光」に関する取り組みを紹介した。

持続可能な観光には、産業観光や教育観光などコンテンツが多岐に

奈良県ビジターズビューローの中西氏は、持続可能な観光振興の土台作りとして「泊まる奈良」「巡る奈良」「活かす奈良」のテーマでのコンテンツ開発を推進していることを紹介。産業観光面関しては、移転予定の積水化学工業(株)奈良事業所の工場敷地を観光・交流資源としてのポテンシャルに注目していると話した。

株式会社JTB取締役坪井氏は、教育旅行の視点でJTBの取り組みを紹介。増加傾向にある教育旅行だが、特にオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、インドネシア、マレーシア、インド、中国などが著しく伸びている。観光コンテンツとして注目を集めるのは、サワガエル、アマガエル、民家ステイ、ゴミ処理場や産業工場見学など、どの地域にもあるもので観光素材とは感じられないようなものばかりであることを強調した。

既存の伝統や文化がなくても、持続可能な形への発展は実現可能

北九州産業観光センターのある北九州市は、1901年の官営八幡製鐵所の商業から100年以上が経過した現在も「ものづくり」の精神が受け継がれ、世界をリードする企業が市内に点在している。モノづくりを担う企業が独自で行っていた工場見学を「北九州産業観光」としてくくり、情報発信を通じて北九州に賑わいをもたらすことがセンターの役割であると、木本氏は話した。

台湾で、リノベーションなどを通じ、雑貨店や飲食店などのプロデュースを手掛けるSEDAI GROUP CEOのJou Yi-Cheng氏は、台北の油化街の事例を紹介。一度は廃れかけていた油化街に町家をリノベーションし総合ショップやアートギャラリーなどを作り、イベントや展示を展開し、今では、現代から古典的なものまで様々な台湾文化の発信場所として知られている。Yi-Cheng氏は、既存の伝統や文化が無くても「アートと創造」を軸に、ゼロから創り上げて持続可能な形で発展させることは可能だと話した。

持続可能な観光には、様々なプレイヤーとの連携が欠かせない

パネリストからの発表を受け、コメンテーターの株式会社ジャーマン・インターナショナルルース・マリー・ジャーマンCEOルース氏は「日本にとっての持続可能な観光を目指していく中で、日本型の観光から、外国人混合型の観光に切り替えていくことが重要。そのためにも、セクターや地域、国を越えた様々な連携が求められる」と指摘した。

その後、それぞれの立場から持続可能な観光についてのとらえ方や課題について話した。

中西氏は、地域人材育成と若者が地域に定着するための仕事環境をつくることが課題と指摘した。坪井氏は、日本の地域の方々が自分たちの地元を知り、戦略的にプロモーションをかける必要性があると話した。木本氏は、持続している地域資源を見出して、それを活用する視点をもつことが大切と強調。Cheng氏は、まず、域内経済循環システムを構築することが重要だと主張した。

人と文化のかかわりが地域を豊かにし、持続可能な観光に繋がる

さらに、持続可能な観光のためにとるべきアクションについて、4者それぞれが意見を述べ合った。

中西氏は「産業や農業などあらゆる分野と連携し、観光を通じて伝統文化を保全していくこと」坪井氏は「しっかりと地域にお金が落ちる仕組みをつくり、すぐに成果が出なくてもあきらめずに継続すること」。木本氏は「地域資源を見定め、運営組織を固めたら、まずはトップダウンで推進していくのが効果的」。Cheng氏は「持続してきたものに、自分たちの時代にあった新しい価値や伝統を創造することが必要」と回答した。それぞれの立場で表現は異なるものの、共通するのは、連携、継続、仕組みづくり、地域資源の価値、保存と活用、伝統と創造などのキーワードが示唆された。

田尾氏からは、観光を通じて人と文化が交われば心が豊かになり、地域も豊かになる、そして、そこに持続可能という視点が重要であることを伝えつつ締めくくった。

持続可能な観光に欠かせない5つのキーワード

長い国際交流の歴史を持つ奈良において開催された2日間のシンポジウムは、まさに「持続可能」の原点に立ち返る機会となった。この2日間の総括として、和歌山大学の加藤教授は、5つのキーワード「パートナーシップ」「ローカルなアプローチ」「質(クオリティ)」「イノベーション」「サステナビリティ」でまとめた。

1.パートナーシップ
「住んでよし、訪れてよし」の観光まちづくりには、総合的な視点が重要。そのため多様なプレイヤーとの連携が欠かせない。
2.ローカルなアプローチ
オリジナル・ストーリーとそれに基づいた一体感をつくること、地域の魅力に共有財産としての価値を付与する「地域おこし」は、日本では得意とするところ。
3.質(クオリティ)
旅行者のみならず、旅行業者やデスティネーション自体の質の向上が求められている。1万円の包丁の価値が分かる社会での質を伴った成長が求められている。
4.イノベーション
テクノロジーのみならず、多様性、発想の転換、クリエイティビティや想像力など、勇気を伴う発想の転換が求められており、観光教育においても重要な視点。
5.サステナビリティ
サステナビリティは環境のみならず、社会、経済といった社会の基盤に関わる広い分野にかかわりがある。地域産業は「地域で培われてきた共生の知恵・技術・自然への感謝や畏怖の念」の集大成。それらが観光資源として再認識されることは、持続可能な地域づくりの基盤となる。

 

開催概要:
日時:2019年2月4日(月)~2月6日(水)
「持続可能な観光」国際シンポジウム2019 ~地域に根ざした産業を観光素材として活用した未来の観光を考える~
主催:観光庁、奈良県
後援:世界観光機関(UNWTO)
テーマ:「地域に根ざした産業を観光素材として活用した未来の観光を考える」
会場:奈良春日野国際フォーラム「甍」および平城宮いざない館

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