インバウンドコラム

訪日客に選ばれる食品サンプル制作体験 池袋の住宅街にある工房がリピーターを生む理由とは

2026.03.12

飯田 千聖

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東京・池袋の北側に広がる住宅街の一角に、訪日客がわざわざ足を運ぶ体験施設があります。食品サンプル制作を手がける大和サンプル製作所です。

今回参加したのは、同社が開催する「ラーメン食品サンプル制作体験」。訪日客に人気の旅ナカ体験の一つです。

今回は、代表であり当日の講師を務めた伊藤裕一さんにお話を伺いながら、体験の全体像と現場の様子を紹介します。さらに満足度の高い体験作りの工夫についても話を伺い、体験事業者が応用できるヒントを探ります。

01_大和サンプル製作所

 

インバウンドに選ばれる池袋の食品サンプル制作体験

飲食店向けの食品サンプルの製造・販売やリースを中心に事業を展開してきた大和サンプル製作所は、1952年に創業した会社です。近年は、マグネットやキーホルダーなどのグッズ販売に加え、「自分でも食品サンプルを作ってみたい」という声の高まりを受け、食品サンプル制作体験のワークショップにも力を入れています。

食品サンプルは海外からも日本独自の文化として評価が高く、お土産としても人気のアイテムです。同社では日本の技術の魅力を発信する取り組みとして、韓国、台湾、タイ、イタリア、イギリスなど海外でもワークショップを開催。日本観光誘致のサポートにもつながる活動を行っています。

今回私が参加したラーメン食品サンプル制作体験の概要は以下の通りです。体験は英語での案内にも対応しており、訪日客でも安心して参加できる環境が整えられています。

▲大和サンプル製作所の外観。観光地ではない立地にもかかわらず、訪日客が体験を求めて訪れる

 

始まりは世間話から、安心感を生む導入

用意された席には、ラーメン制作キットが整然と並べられていました。必要な道具とロウ製のパーツがコンパクトにまとめられ、初めてでも迷わず作業できるシンプルな設計です。

▲ロウ製の麺や具材パーツ、必要な道具が並ぶラーメンサンプル制作キット

当日の参加者は、イタリアから訪日した親子2名でした。お母さんは6度目、10代の娘さんは2度目の訪日だといいます。二人ともアニメ好きで、日本文化への関心が高い層です。

参加理由は、前回、浅草の合羽橋で食品サンプルを見て、いつか体験したいと思っていたとのこと。前回は時間が足りず断念しましたが、今回は事前に予約し、旅程に組み込んだそうです。すでに訪日経験を重ねたリピーター層が、より深い体験を求めて参加している様子がうかがえます。

体験冒頭、講師の伊藤さんが「どこから来たの?」とゲストに自然に声をかけます。堅苦しい自己紹介はありません。形式ばらない始まりが、場の空気をやわらげていました。

会話は旅行の話題から、食品サンプル発祥の地とされる岐阜県郡上八幡の歴史へと広がります。解説はあくまで対話の延長線上にあり、講義のようではありません。その自然さが心地よく感じられました。

 

人気体験の流れとは?シンプルさが生む“夢中”と自然な交流

制作工程は意外にもシンプルです。麺や具材の形を整え、盛り付けて固定すれば完成。ロウ製のパーツをお湯で柔らかくして成形する工程は、伝統的なロウ素材ならではの体験だといいます。現在主流の合成樹脂製サンプルは形が固定されており、こうした加工はできません。

▲ロウでできた麺をお湯で柔らかくし、形を整える工程

スープとなるゼリー状の素材の着色には、専用の塗料で醤油の色味を再現していると説明があります。さらに色を濃くするために、コーラやアイスコーヒーを使うこともあるそうです。自宅で身近な素材を使って工作を楽しんでいるという娘さんは、目を輝かせながら話を聞いていました。TikTokで流行しているハンドメイド動画を講師の伊藤さんに見せる場面もあり、「面白いですね。どんな素材を使っているの?」と応じるなど、自然な交流が生まれていました。

▲TikTokのハンドメイド動画を見せながら自然な会話が生まれる場面

最後は固定作業を行い、完成を待ちます。店内には精巧なサンプル商品が並び、物販へと自然につながる導線です。食品サンプルをモチーフにしたスマホスタンドやアクセサリーをお土産に購入する訪日客も増えているといいます。

 

▲体験している側には、食品サンプルをモチーフにしたグッズが販売されている

完成後は写真撮影タイム。割り箸が用意されているため、ラーメンが本物のように見える構図で撮影できるといったちょっとした工夫も嬉しいですね。娘さんは漫画で覚えた「うまい!」と叫びながら動画を撮影していました。

▲完成したラーメンサンプルと記念撮影。割り箸を使うことで本物のラーメンのように見える

予約経路によっては小さな食品サンプルの土産も付きます。思いがけないプレゼントに大喜び。プリンのキーホルダーを選び、その場でSNSに投稿していました。

体験後には食品サンプルのキーホルダーをお土産としてプレゼント▲体験後には食品サンプルのキーホルダーをお土産としてプレゼント

 

インバウンドに支持される三つの理由

今回、実際に参加し、話を伺いながら感じたインバウンド人気が高い理由を考察しました。

1.「難しすぎない」設計が満足度を高める
工程は意図的にシンプルに設計されています。講師の伊藤さんは「難易度を上げすぎると楽しさが削がれてしまいます」と語ります。説明は必要最小限にとどめ、注意点や保存方法など重要点のみを明確に伝えていました。

時間設計もポイントです。この体験は約1時間で完成する工程になっています。旅行の合間でも参加しやすく、完成した作品をそのままお土産として持ち帰れる点も魅力です。

また、制作工程も初心者が取り組みやすい内容です。シンプルな工程のため、特別な技術がなくても見た目の整った食品サンプルが完成します。

短時間で完成し、初心者でも満足できる仕上がりになる。この体験づくりが、参加者の達成感につながっていると感じました。

2.余白が生むコミュニケーション価値
工程を詰め込みすぎないことで、自然な会話の余白が生まれています。この余白が満足度を押し上げているように感じました。

例えば、この日はアニメ好きという話題から、過去に大和サンプル製作所を訪れた有名声優のサインの話へと広がり、サインの実物を見せてもらった娘さんが嬉しそうにしている姿が印象的でした。制作そのものに加え、その瞬間の感情がしっかりと記憶に残っているはずです。

また、ラーメンやパフェのサンプルを作った後、「本物も食べに行きたい」と言うゲストも多いといいます。講師の伊藤さんは「本当に簡単なものですが」と言いながら、英語で手書きした池袋周辺のおすすめスポットマップを広げて見せてくれました。

この日のゲストは体験後にアニメグッズを探しに行く予定とのことで、地図に追加情報を書き込みながら説明していました。ゲストは「持って帰っても良い?」と、その地図を手にしていました。

手書きの地図を使い、池袋周辺のおすすめスポットを紹介する▲手書きの地図を使い、池袋周辺のおすすめスポットを紹介する

デジタルツールも便利ですが、手書きの地図は安心感があります。言語に不安を抱える訪日客にとって、有効なサポートになっていると感じました。

3. 居心地の良さが口コミと再訪を生む
集客について尋ねると、「メディアにはあまり出していませんが、口コミを聞いて利用いただくことも多いです」と話します。ハワイから来たゲストの友人が、口コミを聞いて数週間後に訪れたこともあるそうです。

リピーターも多く、「訪日のたびに立ち寄ってくれたり、2年前に来たお子さんがまた来てくれたりします。面白かったと思ってもらえれば、次につながります」と続けます。

大和サンプル製作所では、マニュアル化された接客ではなく、世間話から始まりコミュニケーションで終わる体験を大切にしているといいます。現在5名のスタッフ全員が同じ姿勢で臨んでいるそうです。

オペレーションを効率化することは重要です。ただ、マニュアル化しすぎない姿勢が居心地の良さを生み、それが口コミや再訪につながっていると感じました。

会話を楽しみながら体験が進む。和やかな雰囲気も人気の理由の一つ▲会話を楽しみながら体験が進む。和やかな雰囲気も人気の理由の一つ

 

「日本でしかできないものづくり」の価値

食品サンプル制作のような体験が訪日客に人気を集めている背景には、日本ならではのものづくり文化への関心があります。

講師の伊藤さんは「子どもにものづくりを体験させたいといって訪れる海外の親世代は多い」と話します。国によっては学校で図工の授業が少なく、制作体験そのものが貴重だということで、海外の学校による修学旅行での団体利用もあるそうです。

娘の体験の様子を動画で撮影する母親。学校の先生にも見せたいと嬉しそうに撮影していた▲娘の体験の様子を動画で撮影する母親。学校の先生にも見せたいと嬉しそうに撮影していた

食品サンプルのように、日本の職人文化や外食文化と結びついた体験は海外では代替がききません。こうした背景から、単なる観光ではなく、日本でしかできない体験を求める層から選ばれている側面があります。そうした旅行者は、リピーターで、滞在日数も長い傾向があります。

観光資源が豊富でない地域でも、「地域ならではの手仕事」や「生活文化」を、子どもから大人まで楽しめる体験へと磨き上げることで、同様の需要を取り込む余地は十分にあると感じました。

体験の詳細についてはこちら

 

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