インバウンドコラム
インフルエンサーを起用し、SNS上では多くの反応を得られた。それでも、期待したほど購入や来訪につながらない。インバウンド施策の現場で、そんな課題を感じている人も多いのではないでしょうか。その理由は、現在の訪日客は、投稿を見て興味を持っても、すぐに行動するとは限らないからです。商品名や施設名を改めて検索し、口コミや評価、一般ユーザーの体験談を確認したうえで判断しています。では、インフルエンサーPRで獲得した認知を、実際の行動につなげるためには何が必要なのでしょうか。ここでは、「インフルエンサーPR」と「KOC・一般ユーザーによる口コミ」を組み合わせた、訪日客に選ばれる情報環境のつくりかたを解説します。

時代とともに変わる、訪日客と「情報」との出会い方
インバウンド施策に関わったことがある方なら、旅行雑誌やガイドブック、現地の旅行メディアがどれほど重要だったかを実感しているかもしれません。かつて訪日客に情報を届けるうえで、紙媒体や旅行情報サイトは避けて通れない存在でした。どの媒体に掲載されるか、どのような特集で紹介されるかが、訪日客の認知や来訪意欲に大きく影響していた時期があります。
その後、SNSや動画プラットフォームの普及とともに、情報との出会い方は大きく変わりました。人気ブロガーやインフルエンサー、ライブコマース出演者、有名人によるおすすめ投稿が、商品や観光地の認知を一気に広げるようになりました。中国市場であれば、「神薬」「必買」「OO(有名人)が紹介した商品」といった言葉が強い訴求力を持ち、韓国や台湾でも、影響力のあるクリエイターの投稿が旅行先や購入商品の選択に大きく関わってきました。
現在でも、フォロワー数の多いインフルエンサーの紹介で、短期間で認知を高めることは可能です。特に写真や動画で魅力が伝わりやすい商品、観光地、飲食店、体験コンテンツにとって、インフルエンサーPRは今も有効な手段です。
訪日客は「紹介された」だけで行動するとは限らない
ただし、訪日客の情報の取り方は、以前よりも慎重になっています。
コロナ禍を経て、各国・地域の消費者は支出に対してより慎重になりました。旅行そのものが再開しても、航空券、宿泊費、為替、物価高の影響を受けながら、限られた予算の中で「できるだけ失敗しない選択をしたい」と考える人が増えているからです。
特に高価格帯の商品、予約が必要な飲食店、地方で時間をかけて訪れる場所、家族や友人へのお土産などは、簡単には決められません。たとえ有名人やインフルエンサーの投稿で興味を持ったとしても、そのまま購入・来訪に進むとは限りません。SNSで商品名や施設名を検索する、Google Mapでレビューを見る、ECサイトで評価を確認する、ブログや一般ユーザーの投稿を探すなど、今の訪日客は「広告を見て知る」だけでなく、「口コミを見て納得する」という段階を経て決断や行動をするようになっています。
▲訪問施設を選ぶ際には口コミ投稿の数と具体的な情報が重要になる
広告を見極めるユーザーと、口コミの重要性
消費者が口コミを確認してから意思決定をする背景には、ユーザー自身がネット広告に慣れ、広告と一般の投稿を見分けるようになったことがあげられます。SNS上には、純粋なおすすめもあれば、企業から依頼されたPR投稿もあります。広告投稿そのものが悪いわけではありません。しかし、ユーザーは以前に増して、その投稿が「本当の率直なおススメ」なのか、あるいは「企業から依頼された広告」なのかを慎重に見極めるようになっています。
特に韓国では、YouTube上で「自分のお金で買った商品」として紹介されていたものが、実際には企業から対価を受け取った広告だったという、いわゆる「裏広告問題」が大きな話題になりました。有名人やテレビ出演者、人気クリエイターによる投稿にも、広告であることが十分に明記されていなかったケースがありました。「本人が自ら購入してすすめているように見せながら、実際には広告だった」という点が強く批判されたのです。その結果、韓国ではPR表記や協賛表記に対する消費者の目がより厳しくなり、投稿の背景を慎重に見るようになっています。
そのため、特に韓国向けの情報発信では、単に有名な人に紹介してもらうだけでは不十分な場合があります。
広告であることを明示したうえで、ユーザーが納得できる具体的な情報を示すことに加え、一般ユーザーによる自然な口コミを蓄積することが求められるようになっているのです。
さらに、中国や台湾など、広告に対する受け止め方が韓国とは異なる市場でも、実際に自分が購入したり、訪問するかどうかを判断する場面では、複数の第三者の声を確認する傾向があります。広告をきっかけに知ることはあっても、最後に背中を押すのは「他の人も実際に良いと感じているか」「自分と近い立場の人がどう感じたか」という情報です。
そこで重要になるのが、Key Opinion Consumer(KOC)や一般ユーザーによる口コミです。KOCとは、消費者に近い目線で商品やサービスのリアルな体験や感想を発信する影響力を持った一般人のことを指します。
口コミが果たす二つの役割
役割1:行動するための安心感を生む
口コミ数の多さが安心感につながることは、たとえばGoogle Mapのレビューを見ながら飲食店や施設を選ぶ場面を想像すると分かりやすいでしょう。店の公式サイトや広告、きれいな写真だけを見てすぐに決めるわけではありません。星の数、レビュー件数、実際に訪れた人の写真やコメントを見比べながら「本当に良さそうか」「自分が行っても後悔しなさそうか」を判断しています。
たとえば、評価4.8でもレビューが数件しかない店と、評価4.3でも数百件のレビューがある店を比べた場合、後者により安心感を覚える人も少なくありません。評価の高さだけでなく、多くの人が実際に体験し、感想を残していること自体が、選ぶうえでの安心材料になるからです。
これは訪日消費にもそのまま当てはまります。ドラッグストアで購入する化粧品、百貨店で扱う高価格帯の商品、地方のアクティビティ、予約が必要な飲食店など、失敗したくないものほど、訪日客は複数の口コミを確認します。商品やサービスのよい点だけでなく、混雑状況や価格帯、使い方、アクセス、実際の写真など、行動の判断に役立つより具体的な情報を求めています。
▲在留外国人コミュニティーkorekokoの交流会
インフルエンサーPRが主に「知るきっかけ」をつくるのに対して、KOCや一般ユーザーの口コミは「行動するための安心感」を生み出す役割が強いといえます。どちらか一方ではなく、両方を組み合わせることで、認知を実際の来訪・購入につなげやすくなります。
役割2:認知後の検索を受け止める
インフルエンサーPRでよく起きる課題のひとつが、投稿を見たユーザーが商品や施設、サービスを検索しても、十分な情報が見つからないことです。
たとえば、インフルエンサーの投稿である商品や地域を知ったユーザーが、興味を持って検索したとします。ところが、検索結果に公式サイトや広告投稿しか表示されず、一般ユーザーの口コミや体験談が少ない場合、そこで興味や期待が薄れてしまうことがあります。せっかく認知されても、比較検討の段階で不安を解消できる情報がなければ、実際の来訪や購入にはつながりにくくなります。
認知拡大と口コミ蓄積を組み合わせる
実際に、訪日客向けの商品施策では、影響力の大きいインフルエンサーなどによる投稿で認知を広げたあと、複数名の在留外国人やKOC、小規模クリエイターによる体験投稿を組み合わせるケースがあります。
特に、商品のPR施策では、商品名で検索した際に、使用感、購入できる場所、旅行中の使いやすさ、持ち帰りやすさなどに関する投稿が複数見つかる状態を作ることで、ユーザーが比較検討しやすい情報環境を整えることができます。
たとえば、ある菓子ブランドでは、年間を通じて訪日需要の高まる時期に合わせた情報発信を行っています。春節、桜シーズン、夏休み、国慶節、年末年始など、訪日客の動きが活発になる前に、その時期の旅行テーマやSNS上の関心に合わせて、影響力のあるインフルエンサーを起用し、認知を広げる施策を実施しています。
一方で、KOCによる投稿も毎月継続的に行っています。商品の味やパッケージ、購入できる場所、旅行中に買いやすいか、お土産として配りやすいかなど、一般ユーザー目線の具体的な情報を積み重ねることで、商品名を検索したときに複数の口コミが見つかる状態を作っています。その結果、このお菓子ブランドは、一定の成果を得ています。
このように、大きなインフルエンサー施策は商品やサービスを「知るきっかけ」を作り、継続的なKOC施策は「検索後の安心感」を支える役割を持ちます。単発の話題化だけでなく、訪日客が実際に調べたときに、自然な口コミが蓄積されている状態を作ることが、購入につながる情報環境づくりになります。
同じ考え方は、地方観光の施策にも当てはまります。たとえば、有名スポットの魅力を伝えるだけでなく、アクセス方法や所要時間、写真を撮りやすい場所、周辺で立ち寄れる店舗など、旅行者が実際に知りたい情報を一般ユーザー目線で発信することが有効です。「きれい」「楽しそう」と感じてもらうだけではなく、「自分でも無理なく行けそう」と感じられる具体的な情報があることで、検索後の不安を和らげ、実際の来訪を後押ししやすくなります。
企業目線と訪日客目線にはギャップがある
ここで注意したいのは、「企業が伝えたいこと」と「訪日客が知りたいこと」が必ずしも同じではないという点です。企業は品質、歴史、技術、こだわりを伝えたくなります。しかし訪日客は、それに加えてどこで購入できるのか、空港で買えるのか、免税対象なのか、持ち帰りやすいのか、自分の国の人にも合うのか、実際に使った人はどう感じたのかといった、購入を判断するための具体的な情報を求めています。
口コミやUGC(User Generated Content:一般ユーザーがSNSやレビューサイトなどに投稿したコンテンツ)は、企業の公式情報だけでは伝えきれない疑問や不安を、第三者の視点から補ってくれます。完璧に作り込まれた広告文ではなく、実際に行った人・使った人の言葉だからこそ、受け手にとって判断材料になりやすいのです。
検索されたときに選ばれる情報環境を作る
これからのインバウンド施策で問われるのは、「誰に投稿してもらうか」だけではありません。訪日客が検索したときに、どのような情報が残っているか。公式情報だけでなく、実際に体験した人の声がどれだけ蓄積されているか。その情報環境まで含めて設計することが重要になります。
さらに近年は、ユーザーがひとつひとつWebサイトやSNSの投稿を探すだけでなく、AIによる検索や情報整理を利用する場面も増えています。
AIが参照する情報は、必ずしも認知度の高い媒体や影響力の大きいアカウント、高いエンゲージメントの投稿だけとは限りません。情報が新しいか、検索テーマに関連するキーワードが含まれているか、具体的な体験や多様な視点があるかといった点も、今後さらに重要になると考えられます。
その意味で、KOCや一般ユーザーによる複数の口コミは、単なる「投稿数の積み上げ」ではありません。購入場所、使い方、旅行中の利用シーン、良かった点、不安に感じた点など、異なる角度からの情報が蓄積されることで、ユーザーが検索したときだけでなく、AIが商品を理解する際にも、役立つ情報になる可能性があります。
大きな発信で認知を広げ、小さくても具体的な口コミで信頼を積み上げる。
「話題になる施策」から「検索されたときに選ばれる施策」へ。
インバウンドPRは、AI時代も見据えた「情報環境づくり」の段階に入っているのです。
(写真提供:株式会社グローバルデイリー)
著者プロフィール:
元 正壬(げん じょん いむ)株式会社グローバル・デイリー 海外消費者リサーチ・トレンド分析担当
中国生まれ、母語は韓国語と中国語。小学校から大学まで一貫して日本語を学び、大学では観光学を専攻。卒業後、日系大手メーカーの中国法人でプロジェクトマネージャーを務め、日中間の開発案件を推進。来日後、株式会社グローバル・デイリーに入社し、訪日・越境マーケティングの領域へ。現在は中国・韓国・台湾・香港・東南アジアを横断する多国籍マーケティングチームの一員として、現地SNSやメディアの定点観測、在留外国人へのモニター調査、商談現場でのヒアリングを担当し、市場ごとに売れ方が変わる理由を読み解いている
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