【菜道】オープンわずか1年で、世界的なベジタリアンサイトの「ベスト・ヴィーガン・レストラン」1位を獲得した理由
2019.12.10
ベジタリアン・レストラン「菜道(さいどう)」は、肉、魚、卵、牛乳、精製糖、化学調味料を一切使用しない料理を提供することで話題を呼び、インバウンド客から絶大な支持を得ている。同店は今年11月、開店からわずか1年で世界中のヴィーガン/ベジタリアンが利用するレストラン情報サイト「Happycow(ハッピーカウ)」の「ベスト・ヴィーガン・レストラン」で世界1位を獲得した。今回は菜道でチーフシェフを務める楠本勝三氏に取材し、これまでの経緯や、インバウンドのヴィーガン/ベジタリアンを集客するポイントを伺った。
ヴィーガン/ベジタリアンのレストランサイトで世界1位を獲得!
「美食同源」をコンセプトに「菜道(さいどう)」が東京の自由が丘にオープンしたのは2018年9月のこと。この店のチーフシェフに抜擢された楠本勝三さんは岡山県出身。19歳の時に上京して15年間シェフとしての修行を積み、その後10年間は自身の名を冠した西麻布の会員制レストラン「くすもと」を任されていたキャリアを持つ人物だ。菜道を開店してからは、世界中から訪れるインバウンド客が途絶えず、世界中のヴィーガン/ベジタリアンに最も利用されているレストラン情報サイト「Happycow(ハッピーカウ)」で世界1位を獲得した。
ハッピーカウはアメリカ発のサイトで、全世界のベジタリアン・レストランの口コミを掲載している。特に英語圏のベジタリアンには圧倒的な認知度があるサイトなのだが、ランク付けの方法について楠本さんは「単なるレビューの数だけではなく、肯定的なレビューの数や評価の質の高さなどでランク付けされているようです」と分析する。
菜道は、アニマルフリー、アルコールフリー、五葷(ごくん)フリーを徹底し、理論上はほぼ全ての宗教に対応したレストランになっているという。「開店当初はネギ類やニンニク、ニラといった五葷(ごくん)を食べないオリエンタルヴィーガン/ベジタリアンと呼ばれる台湾人のインバウンド客が多く来店していました。日本人が作る五葷(ごくん)フリーのラーメンが食べたいという理由だったようです。その後、欧米のインバウンド客にも広まっていきました」。彼らがハッピーカウに投稿してくれたことで、最近では欧米からのインバウンド客の比率が高まっているようだ。
和食の概念に縛られず、「食べてもらうこと」を第一に考える
楠本氏が以前勤めていたのは会員制レストランだが、ヴィーガン/ベジタリアンでもイスラム教徒でもない自身が、なぜこうした料理を提供することになったのだろうか。「西麻布で会員制のレストランを10年任されていたのですが、5年目ぐらいの時に既存のお客様から『イスラム教徒の方を接待するからハラールについて勉強してくれないか』と尋ねられたのがきっかけです」。
[caption id="attachment_35946" align="aligncenter" width="630"] ▲菜道の料理は、五葷対応のヴィーガン/ベジタリアンとなっている[/caption]
東京には、富裕層向けのヴィーガン/ベジタリアンやハラール向けのレストランはなく、一方でニーズが高まってきていることを知った楠本氏。宗教やハラールについて勉強し、ハラール対応の調味料を特別に取り寄せて、アルコール成分と豚肉を使わないトラディショナルな和食のコースを開発した。しかし、「当初出していたメニューでは、ほとんどの料理を残されてしまいました。そのため、ビジネスの接待として成立しないと会員様からお叱りを受けることありました」と、厳しい現実を突きつけられた経験を語る。
腕を振るったハラール対応の和食料理を食べてもらえなかったことで楠本氏は発想を改め、「日本人が思う和食を食べてもらおうということ自体が間違っているのではないか」という考えが浮かんだ。「和食云々という以前に、まずは食べてもらわないと何も伝わりません」。試行錯誤を重ねた上、たどり着いたのは「食べてもらうための和食」。和食の懐石ではありえない辛味を使ったり、先付けから締めに至るコース全てに和牛を取り入れたりするなど、イスラム教徒の人たちから高い満足度を得られるように改良した。
「牛肉づくしのコースなんて和食じゃないと料理の世界では言われることもありました。けれど、世界遺産になったからといって和食が世界中の人たちから受け入れられると思ったら大間違いです。たとえどんな食の禁忌を持つ人にも楽しんで美味しく食べてもらうのであれば、そこには工夫が必要になります」。こうして食べてもらえるコース料理を開発した楠本氏のお店には、ハラールだけでなく、ヴィーガン/ベジタリアンからの需要も高まっていった。さらに、プライベートジェットで来日する富裕層が帰りの飛行機で食べる機内食も任されるようになった。
[caption id="attachment_35944" align="aligncenter" width="630"] ▲芳ばしい鰻の香、味わいも楽しめる[/caption]
野菜のみで挑戦した料理で世界一になれたことが自信につながった
そんな楠本さんのもとに、動物由来成分・アルコール・化学調味料・保存料・香料不使用のインスタントラーメン「Samurai Ramen(サムライラーメン)」を販売する株式会社Funfairから声がかかった。「アニマルフリー、アルコールフリー、五葷(ごくん)フリーのレストランでシェフをやってみないか」と尋ねられ、今年1月から「菜道」のチーフシェフとして始動。以降、ヴィーガン/ベジタリアンのメニューを開発し続けている。
最近のヴィーガン/ベジタリアンの傾向について、楠本氏は次のように分析する。「ヴィーガン/ベジタリアンで圧倒的に多いのは宗教上の理由ではなく、動物愛護や環境問題といったエシカルな側面を考えている欧米圏の富裕層です。世界75億人のうちヴィーガン/ベジタリアンの人口は10億人で、イスラム教徒の人口は20億人と言われていますので、イスラム教徒をターゲットにした方がいいと思われがちですが、その中に貧困層も含まれることを考えると、訪日レベルではヴィーガン/ベジタリアンの方が圧倒的に消費額は大きいのです」。
ヴィーガン/ベジタリアン対応の料理では、ハラール対応の料理で使えていた肉、魚は一切使えない。そのため、肉や魚を使って料理するという概念を頭から捨て、玉ねぎやニンニク以外の野菜でいかに旨味を出すかといったテーマに専念してきた楠本氏は「1年間ヴィーガン/ベジタリアンの料理に向き合ったことで、料理人としての幅も広がりました」と語る。「乾燥キノコやトマト、野菜の種子、皮など出汁を取れるものは無数にあります。アニマルフリー、アルコールフリー、五葷(ごくん)フリーで料理をして世界一の評価をもらえたことは自信につながりましたし、今はどんな食の禁忌をもった方がお店にいらしても喜んでもらえるという自負があります」
ヴィーガン/ベジタリアン向けメニュー開発の裏舞台
メニューの開発はどのような考えのもと行っているのだろうか。楠本氏に一例を挙げてもらった。「例えばコーンスープを作る時、普通は玉ねぎを炒めて甘みを出し、そこにトウモロコシを入れてバターで炒め、生クリームを加えていきます。ところが玉ねぎも生クリームも使えないとなった時に、野菜でそれと同じような味を出すという発想は捨てます。逆にトウモロコシという素材だけで、いかにクリーミーで美味しいスープを作るかという発想を持つのです。つまり、使えない食材を何かに置き換えるという考えを捨てることがポイントです」。
楠本氏はそうした過程の中で動物性のものよりも野菜の方が圧倒的に種類が多いということに気づいた。例えば10種類の乾燥キノコを水につけて1日置き、それぞれの味の違いを確かめ、混ぜる比率を変えるとどのような味になるのか、実験を繰り返すような日々を続けることでメニュー開発をしたそうだ。
[caption id="attachment_35965" align="alignright" width="372"] ▲五葷フリーのカレーのルーは、レトルトにもなり海外にも輸出されている[/caption]こうした研究を重ねた楠本氏の料理は菜道だけに留まらない。商社からのリクエストを受け、カレーを商品化し世界へ輸出。「アニマルフリー、アルコールフリー、五葷(ごくん)フリーの具のないカレーのルーを作りました。そこに、揚げた野菜や肉などトッピングする食材を添えておけば、誰でも選んで食べもらえますので、ホテルや国際的なイベントでも対応できます」。
多忙を極める楠本氏だが、都立高校で授業を行ったり、自治体に依頼されてセミナーを行ったりすることもある。「日本が2020年に観光立国を目指し、インバウンドを強化しようとしているのならば、しっかりと食に関する勉強もしておかないといけません」。日本のヴィーガン/ベジタリアン対応は世界に比べると圧倒的に遅れているため、ヴィーガン/ベジタリアンの人たちは日本に来るなら米しか食べるものがないと言われたこともあるそうだ。
[caption id="attachment_35945" align="aligncenter" width="630"] ▲各々が食べたい食材をトッピングすることで、好みのカレーとなる[/caption]
日本全体でヴィーガン/ベジタリアン業界を盛り上げていきたい
楠本氏はハッピーカウで1位を獲得したことで、日本のヴィーガン/ベジタリアン業界にも一石を投じることができたと考えている。「仲間がもっと増えてくれれば嬉しいですし、ぽっと出の菜道が1位を取れたなら、次は頑張って自分が1位を取ろうと思ってくれれば、小さな一石から波紋が広がっていくと思います」という言葉からは、日本全体でヴィーガン/ベジタリアン業界を盛り上げていきたいという意気込みが感じられる。
その理由のひとつとして、ヴィーガン/ベジタリアン対応が遅れているために日本に落ちるべきお金が落ちていないことを指摘している。「会員制のレストランをやっていた時に、ハラール向けの神戸牛カレーのデリバリーも行なっていました。大使館を中心に受注していたのですが、ある時都内の有名ホテルのスイートルームから依頼があり、うちの3600円のカレーを宅配したのです。でも考え方によっては一流ホテルのスイートに泊まるクラスの人が、プラスチック容器に入った神戸牛のカレーをプラスチックのスプーンで食べなくてはいけない国なんて、ほかにありません。もしホテルに5万円ハラールコースのメニューがあったらその方は迷いなく食べるでしょう。つまりは日本に落ちるはずのお金が落ちていないということです」。
レストランはもちろんのこと、ヴィーガン/ベジタリアンやハラール向けのお土産も日本には少ない。コンビニに置いてある商品にしても英語の表記はないため、何が入っているのか外国人には理解できない。「例えばインバウンドの方は上白糖を気にしている方も多くいらっしゃいます。お土産の表記に『糖類』と書かれていても『上白糖』なのか『てんさい糖』なのかがわからないからお菓子をお土産に買って帰れないという人も多くいます」。
その製品にどんな原材料が使われているのかを明確にし、「ヴィーガン/ベジタリアン対応」や「ハラール対応」と英語で書くだけでもヴィーガン/ベジタリアンや食の禁忌がある人たちにとっては助けになるという。「ヴィーガン/ベジタリアンやハラールの認証登録は必要だったら取ればいいと思います。しかし、それよりも前にどんな食材が含まれているのかをクリアにすることが大事です」。
まとめ
アニマルフリー、アルコールフリー、五葷(ごくん)フリーの料理に挑み、世界一位を獲得するまでの道のりは平坦なものではなかったはずだ。しかし楠本氏は長年和食の世界で修行を積み、土台を固めてきたからこそ今回の結果につながったに違いない。根底は「本物」でありながらも、そこに外国人目線の柔軟な発想を加えるという姿勢は、食の世界のみならず、あらゆるインバウンド業界においても応用できるポイントなのではないだろうか。
取材協力:菜道