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フィンランドといえば「オーロラ」になるまでの10年がかりのブランド戦略

2021.09.30

私、能登重好がCEOを務める株式会社Foresight Marketingはフィンランドやバルト三国の政府観光局の日本代表として、北ヨーロッパのツーリズム・マネージメントに長らく関わってきた。特にフィンランドについては25年以上にわたり政府観光局日本事務所の責任者として、2010年以降はレップとして業務委託の形でプロモーションを行っている。その間、日本人の宿泊数は1994年の5万5000泊から2018年には23万泊を超え、北欧4カ国の宿泊数の比較で言うと最下位の第4位から、2位のデンマークに2倍以上の差をつけた一番人気のデスティネーションとなった。それに伴い、直行便も週2便からコロナ前までに45便に増えている。

こうした経験を踏まえ、DMOにおけるデスティネーションのイメージ作り、ブランディング、それを支えるマーケティング戦略について考えてみたい。

 

逆転の発想でマイナスイメージをアピールポイントに

フィンランド政府観光局が日本に開局したとき、フィンランドという国名を知っている人も多くなかったが、知っている人でさえ持っていたイメージは「遠い・暗い・寒い」というおよそ観光地としてはマイナスなものばかりだった。

よくデスティネーションのイメージを変えるという言い方をするが、実際には変えることは容易なことではない。それよりそれを上書きしてくれる魅力的なプロダクトを発見、開発する方が効果的だ。

フィンランドの場合は「オーロラ」がそれに当たる。もともとフィンランドの北部には地磁気の研究所があり、毎晩360度カメラでオーロラの観測が行われていた。地磁気とオーロラは密接な関係があるからだ。古くから狐の尻尾が巻き上げた雪がオーロラになると言う伝説もあった。

ただし、これがツーリズムに使えるとは思われていなかった。ところが、よく考えると日本ではまず見られない冬の気象現象で、しかも暗くないと見られないし、冬ならでのスノーアクティビティーも楽しめる。マイナスのイメージも視点を変えることでアピールポイントになる。

プロモーションを始めた頃は、現地の観光協会やアクティビティ会社から、「こんな夕焼けみたいなものを見に10時間以上もかけて日本人が来るはずはない」と笑われた。ただ、初年度に300人が訪れると、その後は協力してくれるようになった。

まさに身近なものの価値や魅力には気づきにくいということだ。こんな時には外部の目が役立つ場合がある。特にターゲットマーケットに住んでいる協力者がいる場合は、日本から持ち込むテーマだけでなく何が売れると思うか質問してみると良い。プロモーション開始当初は若年層にアクティブなSIT(Special Interest Travel)商品として中小規模な旅行会社から販売を始め、2〜3年後には大手も取り扱うようになった。

 

「オーロラ」の定番商品化に向けた工夫

戦略の第二弾はフィンランドのオーロラを定番商品にすることだった。海外旅行では2〜3年は成功するがその後消えてしまう新商品が数多くある。それを旅行会社の冬の基幹商品として毎年作ってもらえるようにしなければならない。

それには若者中心のSIT商品だったオーロラを海外旅行のもう一つのメイン顧客層である熟年旅行者にプロモーションして、誰にでも楽しめる商品にすることが急務だった。なにしろ熟年旅行者は寒さが嫌いだし、自然現象の体験より歴史的な史跡を観ることを好む傾向がある。そこで考えたのが、バスで気象情報をもとにいくつかの目的地から選んでオーロラを見に行くオーロラバス「モイモイ号」だ。暖かい車内からオーロラを楽しめる。このバスは熟年層のみならず若年層にも人気を博し、1シーズン3000名以上の集客に成功した。

ようやく定番商品になった頃には、日本からだけでなくヨーロッパ各国からオーロラを目的にした旅行者がフィンランドを訪れるようになっていた。それまでもスノーアクティビティーやクリスマスに子供とサンタクロースに会いに来る観光客はいたが、オーロラがそれに加わった。今では部屋の中からオーロラを観測できる天井がガラス張りのグラスイグルーも珍しくない。

(写真提供:Visit Finland)

 

継続してプロモーションできるテーマを考える

「オーロラのフィンランド」のブランドが確立するまでに10年かかった。ブランディングには時間がかかる、それを覚悟してブレずに取り組むことが必要だ。

自治体のトップが変わろうが、自分が配置換えになろうが、継続的にプロモーションできるテーマは何かを考えたい。テーマが浸透するまでにはDMOの皆さんが考えるよりずっと時間がかかるものだ。日本だけではないが、大体はプロモーションする側が飽きてしまい、浸透する前に次のテーマに移ってしまう。ところが、一つのテーマでもターゲットを変え商品を追加してステップアップしていくことでより広がりがあるプロモーションにつなげることができる。

私がフィンランド政府観光局に勤め始めた頃の日本局長はフィンランド人だったが、よくもできるものだと思うほど手を替え品を替え、一つのメッセージを繰り返していた。このようなしつこさが必要だ。そしてテーマは一言で表現できるものが良い。旅行業界はまだしも、消費者はゆっくり説明しなければわからないものには振り向かない。

 

デスティネーションマーケティングとは、売れてない歌手のマネージャー!?

オーロラでブランディングできた後、フィンランド政府観光局は「北欧デザイン」をテーマにプロモーションを開始する。そしてこの「デザインプロモーション」も10年の月日を要した。これについては次回お話しすることにしたい。

時に「政府観光局って何をするところですか?」と聞かれることがあるが、答えは「まだ売れてない歌手のマネージャーのような仕事です」と答えることにしている。海のものとも山のものともわからない、どんな才能があるかもわからない歌手をどう売り出すのかを考え、売り込みをかけていくのが仕事の肝という意味だ。アイドルで行くか演歌が良いのか、どう色をつければベストなのかを決定するのは非常に重要な役割だ。日本のDMOのレポートを見る機会もあるが、本当に緻密で、さまざまな取り組みをされていて、理路整然としていて素晴らしいと思う反面、何かがかけていると感じることも多い。それは「この歌手どう売るの?」という視点かもしれない。

 

株式会社Foresight Marketing CEO/元フィンランド政府観光局日本局長
能登 重好

大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。