フィンランドが「サステナブル・ツーリズム」を国家戦略に掲げ取り組む理由
2022.04.07
国連が発表する世界幸福度ランキングで5年連続1位を獲得するなど、人や環境にやさしい国として知られているフィンランド。観光においては「サステナブル・ツーリズム」が、それなしでは語れないほど重要なキーワードとなっている。
日本でもここ数年、旅行業界においても持続可能な観光が注目されている。2019年には、観光地向けの持続可能な観光の国際基準GSTC-D(Global Sustainable Tourism Council Destination Criteria) に基づいた日本版持続可能な観光ガイドライン (Japan Sustainable Tourism Standard for Destinations:JSTS-D)が策定されたほか、2022年度の観光庁予算では持続可能な観光推進モデル事業に対し1億5千万円が計上されるなど、旅行業界でも注目が高まっている。
今回は、フィンランド政府観光局(Visit Finland)が2018年から公式に取り組み始めたサステナブル・トラベル・フィンランドについて紹介する。
(写真提供:Visit Finland)
フィンランドでサステナブル・ツーリズムが推進されている4つの理由
そもそも、なぜフィンランドでサステナブル・ツーリズムが推進されているのか。その背景を見てみると、気候や地理的条件による自然環境、そのなかではぐくまれた生活習慣や文化、国家戦略、旅行業界での努力というように、様々な要素の掛け合わせによるところが大きいことがわかる。それらの要素を具体的に見ていく。
まず1つ目に挙げられるのが、フィンランド特有の地理的条件や自然環境だ。フィンランドはEU内で最も豊富な淡水の水資源を持つ国であり、世界で一番清浄な大気を誇る国として潜在的な競争力を持っている。日本と同じく世界でも数少ない水道水の飲める国で、それもヘルシンキ周辺の水道水に含まれる不純物は販売されているミネラルウオーターの10分の1というレベルだ。
ただ、フィンランドでも日本と同じように1940〜70年代にかけて東フィンランドの湖水地方でパルプ工場による水質汚染が問題になり、長期間にわたって改善に努めたという経験もある。
国土の80%は森林に覆われており、森は計画的に管理されているので紙やパルプ、住宅材として海外に輸出しても減少することはない。これらの要素が世界におけるフィンランドの競争力向上につながってもいる。
2つ目に、こうした環境にいるフィンランド人のライフスタイルは自然に近く、小さな頃からサマーコテージで釣りやボートなどのネイチャーアクティビティーを楽しみ、自然とともに生きる方法を学んでいる。リラックスしたい時には森に散歩にいくという人も大変に多い。
フィンランドには自然享受権(Everyman’s right)という法律があり、ブルーベリーなど地面に生っているものは旅行者も含め誰がとっても構わない。自然はみんなのものという考えが浸透しているため、サステナブル・ツーリズムという考え方自体、フィンランド人にとって大変理解しやすいアイデアで、高い支持を得ている。
旅行業界での地道な努力を背景に「サステナブル・ツーリズム」が国家戦略に
3つ目に、前述のように自然が身近な存在のフィンランドでは、おのずと気候変動などといった環境問題への意識も高い。そうした影響もあり、2019年には国家として「2035年までにカーボンニュートラルと、最初の脱化石燃料福祉国家になる」ことを目指したことにも表れている。また、一般的に旅行は温室効果ガス排出量(GHG)の8~10%を占めていることを受け、2019年から2028年の10年間のフィンランドのツーリズム戦略には「フィンランドの持続可能な成長と再生に向けて、力を合わせて達成する」ことを掲げている。サステナブル・ツーリズムはフィンランドの国家戦略なのだ。
なお、フィンランドの旅行業界は1990年代から地味ながら努力を始めていた。ホテルの分別ゴミ箱の設置や、連泊の場合タオルなどはクリーニングしなくても良いことを選べるシステムは随分前から始まっていた。また、バルト海クルーズの液化天然ガス使用の船舶の建設も進んでいた。サステナブル・トラベル・フィンランドのプログラムは2018年に始まったものだが、スタートさせる素地は、それ以前からできていたのだ。
また、2018年に行われた旅行業界調査によると回答者の83%がサステナブル・ツーリズムの考えを支持するとしており、75%がサステナブル・ツーリズムのコーチングを受けることにも興味を示している。
「フィンランドとは何者か」を掘り下げるためのアプローチとは?
このような背景をもとに2018年にサステナブル・トラベル・フィンランドが始まったのだが、その数年前にフィンランド政府観光局が行った「フィンランドとは何者か」という本質を問うプレゼンテーションで印象的な一コマがあった。
一般的には、デスティネーションが他の地域と差別化できる強みを見つけるにあたって「私たちの地域には何があるのか」と考える。ところが、フィンランドは真逆のアプローチをしていたのだ。
例えば「フィンランドはパリのようなメガデスティネーションではありません」「フィンランドにはエジプトのような古代の遺跡はありません」「フィンランドはニューヨークのようなエンターテインメントのメッカではありません」というように、「フィンランドはこうではありません」というのを繰り返していた。それを突き詰めた先に、サステナブル・トラベル・フィンランドというアイデアの原型が形作られたと理解している。
独自の発展をとげた、フィンランドの認証プログラム
さて、サステナブル・トラベル・フィンランドは国際認証とも連携はしているものの、独自のユニークなアプローチをとっている。
1、独自の認証制度,Sustainable Travel Finland Lebel
国際認証の認証条件は自国の実情に合わないと判断したフィンランドは、独自の認証制度を作成する。その結果完成したサステナブル・トラベル・フィンランドの認証制度は、下記の7つのステップで構成されており、それぞれのステップにはさらに細かなアクションが求められる。
一度認証されるとロゴマークの表示が義務付けられるが、認証期間は2年で、延長には監査が必要となる。認証された企業や組織はVisit Finlandのウェブサイト上に掲載される。7つのステップは以下の通り。
Step 1. 決意
正式にサステナブル・ツーリズムの発展に取り組むことを決定したら、国の基本方針を定めた書類に署名し、コーディネーターを指名する。地域の場合はDMOと地域の旅行業界ネットワークの両者の合意が必要。
Step 2. ノウハウの蓄積
サステナブル・トラベル・フィンランドe-guideを理解し、Visit Finlandアカデミーが開催するワークショップに参加する。オンラインでの自己診断を通じて現状を把握する。
Step 3. 開発計画
短期と長期の目標を定めた取り組み計画書を作成する。
Step 4. 誠意あるコミュニケーション
持続可能な透明性を保持しながら取り組み状況を公開する
Step 5. 認定・監査
サステナブル・トラベル・フィンランドの認証を維持するために定期的に監査を受け認定書を取得する。地域の場合、地域内で売上が一番大きい事業者を含む51%以上の事業者がサステナブル・トラベル・フィンランドの認証を取得していることが条件となる。
Step 6. 検証・評価
Step3で立てた計画に基づき、サステナブル・ツーリズムが一年以上実践されているかを検証し、国の定めたサステナブル・ツーリズム指標に取り組むことを決定する。
Step 7. サステナブル・トラベル・フィンランドへの再同意と継続的発展
Visit Finlandとサステナブル・トラベル・フィンランド認証を継続する合意書を作成する。継続的に監査を受け、更なる自己診断を実施し、計画書を改善することによりサステナブル・ツーリズムを発展させていく。
旅行者の共感を生みだし、具体的な行動を促す仕組み
2、旅行者へのメッセージと共感
サステナブル・ツーリズムを推進するためには、旅行者を受け入れるデスティネーションの努力だけでは十分ではない。旅行者が賛同し、協力することで初めて達成できる。そこでVisit Finlandでは、旅行者への具体的なアクションも促している。例えば、サステナブル宣言への賛同を示すために、メールアドレスの登録を促したり、、HPにフィンランドを旅行するための10のヒントを掲載するといったアプローチを通じて、責任ある旅行者(Responsible Travelers)の獲得も目指している。
▲サステナブル誓約への署名は、サステナブル・トラベル・フィンランドから誰でも簡単に登録できる
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自然や環境保護だけでない、包括的なアプローチ
3、ホリスティック(包括的)なアプローチ
これは日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)とも共通する部分だが、サステナブル・トラベル・フィンランドには自然や環境だけでなく、文化、社会、経済への貢献も含まれている。旅行業界の認証取得には、地元からの通年雇用や地元産品の使用、伝統文化への尊敬や配慮なども重要な考慮点になっている。
現在フィンランド国内では、143の事業者や地域が認証を取得済みで、535が認証のためのステップに参加している。人口550万人という規模を考えると、ほぼ全てのフィンランド旅行業界がサステナブル・トラベル・フィンランドに参加しているといえる。
フィンランドの例は国内旅行やインバウンドに関わる日本の事業者やDMOに非常に参考となるのではないだろうか。同時に訪日を取り扱う旅行会社にとってはフィンランド市場に向けた商品にはそれなりの対応を求められる可能性が高いことを意味している。サステナブル・ツーリズムはブームでもないし、短期で達成できるものでもない。長期にブレずに取り組むことが必須のテーマになっている。
(写真提供:Visit Finland)'
株式会社Foresight Marketing CEO/元フィンランド政府観光局日本局長
能登 重好
大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。