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先行事例に学ぶ、北海道での北欧サステナブル・ツーリズムモデル活用法とは?

2022.06.03

フィンランドのサステナブル・ツーリズムは、気候や地理的条件による自然環境、その環境下ではぐくまれた生活習慣や文化という背景があったからこそ、国家戦略として掲げるに至り、長期間にわたって旅行業界がたゆまぬ努力を続けることで育ててきた旅の形である。

こうした海外の事例や国内の他の地域での事例を、わが町でも取り入れようとする動きは、日本各地で見られ、視察ニーズも高まっている。

ただし、気をつけるべきは、他の地域の事例を単純にコピペして横展開するだけではうまくいかないことだ。地域ごとに置かれた状況や抱える課題は様々で、似たような問題はあれど、まったく同じという地域はない。地域の実情にあわせた形で落とし込む必要があるが、それが最も難しい。

そのようななか、東北海道エリアでは、広域DMOが主体となって北欧のサステナブル・ツーリズムを積極的に活用し、地域独自のやり方で推進している。

今回は、東北海道地域がどのようにして北欧のサステナブル・ツーリズム事例を参考にして取り入れているのか紹介する。


▲東北海道エリアにある知床国立公園、世界自然遺産にも認定された

 

世界のサステナブル・ツーリズムマップと日本

前回の記事でも述べたように、フィンランドのケースでは基本的に国民のライフスタイルがサステナブルという優位点もあるし、サステナブルに対する認識も高く、取り組みも早かった。フィンランドだけでなく、北欧各国はサステナブル・ツーリズムのリーディングデスティネーションだ。

グローバル市場調査会社ユーロモニターインターナショナルが2021年3月、環境の持続性、社会の持続性、経済の持続性、カントリーリスク、持続可能な観光需要、持続可能な交通および宿泊施設の7項目を基準にSustainable Travel Indexを発表した。それによると、1位スウェーデン、2位フィンランド、3位オーストリア、4位エストニア、5位ノルウェーとなっており、トップ5に北欧3カ国が入っている。なお、概略をつかむと北欧の次に西ヨーロッパ諸国、ニュージーランド、オーストラリア、USAや北アメリカが続き、最後にアジア、南アメリカ、アフリカ諸国という順だった。

今やサステナブル・ツーリズムは数多くの国や地域で取り組むべき重要なテーマになっている。しかし、このようなランキングは比較指標として取り入れたり、ケーススタディをリサーチするには役立つかもしれないが、それぞれの地域には個別の背景や事情があり、簡単にその手法を導入できない場合も多い。そこで今回は、日本の自治体やDMOがどのように先進事例を参考にしながら現実的にサステナブル・ツーリズムを導入できるのかを考えたい。

 

DMOがサステナブル・ツーリズムを推進することの難しさ

日本でも、サステナブル・ツーリズムの取り組みが加速しており、JNTOでもケーススタディの収集や海外への情報発信に向け準備をしたり、各自治体やDMOでもそれぞれ取り組みが進んでいる。その1つ、デスティネーション(観光地)の国際認証取得については、オランダを拠点とする国際認証団体グリーン・デスティネーションズ(Green Destinations)による表彰制度「世界の持続観光な観光地トップ100選」がある。これは認証取得のファーストステップとも言われ、2021年は日本から12カ所が選定された。GSTCの国際認証を目指したサステナブル・ツーリズム推進は王道となりつつあり、取り組みそのものも素晴らしい。

一方、国際認証は、先進国から途上国まで環境や条件が異なる国が共通して活用できるよう包括的なガイドランとなっており、それぞれの国の実情と合致しないケースも出てくる。こうした点を踏まえ、観光庁とUNWTO駐日事務所が、国際認証GSTC-Dをもとに、JSTS-D(日本版持続可能な観光ガイドライン)を作成した。JSTS-Dで「日本の特性に合わせること」と「日本らしい」サステナブル・ツーリズムのプロモーション・コンセプトの作成が強調されていることからも分かるように、日本の自治体やDMOが、国際認証の取得に取り組むのは、ハードルも高く一筋縄ではいかない。

さらに、小規模のエリアを対象とする地域DMOとは違い、広域DMOは対象とする地域の範囲が広いため、会員の事業者や参画する自治体の数も多く、多様な関係者の合意をとり足並みを揃えることは難しい。故に国際認証に挑戦することもハードルが高くなる。フィンランドでも認証を受けている事業者の多くが宿泊施設であり、地域DMOの認証取得例は1件にとどまっているのが現状だ。

 

ひがし北海道の広域DMOのサステナブル・ツーリズム戦略

そのようななか、地域としてどのようにサステナブル・ツーリズムに戦略的に取り組むことができるのか。その1つの例として、弊社が現在お手伝いしている北海道観光振興機構とひがし北海道自然美の道DMOを紹介したい。「ひがし北海道自然美の道DMO」は北海道5市9町1村の超広域にわたる巨大な連携DMOだ。北海道の約半分、北は紋別から南は釧路、西は帯広までをカバーしており、釧路や網走などといった都市部から、大自然を訴求する阿寒や知床など環境もバラエティーに富んでいる。また後者でも、サステナブルな分野での国際認証取得や表彰を目標とする弟子屈町、世界自然遺産でブランディングを狙う知床、明治時代から地域を挙げての環境保全に取り組む阿寒湖などエリアによって取り組みの方向性が違う。

そのようななか、ひがし北海道自然美の道DMO全体が掲げるコンセプトは「先進デスティネーションである北欧モデルを利用し、ひがし北海道としての独自の方法でアプローチする」であり、基本的な戦略は下記の3点になる。サステナブル・ツーリズムの先も見据えているのが特徴だ。

・3段階のユニークなアプローチで独自路線を進め、差別化を図る
・ホリスティック(包括的)なアプローチを重視し、地域の問題解決にもつながるような広い視点を持つ
・サステナブル・ツーリズムをライフスタイルプロモーションとして捉える

 

 

広域DMOが独自に取り組む3つのアプローチ

この中で、1つ目にあげた3段階のアプローチについて具体的に説明する。

1.すでに対応できているコンテンツの再発見

ひがし北海道にはサステナブルな素材が数多くあるが、これらをコンテンツとして分かりやすく整理したうえで観光客などへの発信ができていないことが課題だった。そこでまずは、地域に根ざしたサステナブルな素材を、ひがし北海道ならではの独特なコンテンツへと育て上げるための戦略を考えた。

具体的には、ひがし北海道DMOが主体となって、タウンミーティングを各地で開催し、観光事業者へのヒアリングを通じて、地域に根ざしたサステナブルな取り組みを発掘。元々ひがし北海道観光スタイルなどで発掘紹介などが進んでいるものも含めて、観光関係者だけでなく広く浸透させるため、それらを外部目線を取り入れながらストーリー化し、コンテンツを作り上げていく。

と同時に、タウンミーティングを観光事業者や住民がサステナブル・ツーリズムへの理解を広める場にもする。

最終的にはこうして作り上げたコンテンツをウェブで紹介するのはもちろん、ハンドブックとして旅行会社等に配布するなど、さまざまな手法で発信していく。

例えば一部先行して紹介されている事例の1つ、ガイド自身がアイヌ文化を語る『アイヌ文化ガイドツアー』は、参加することでアイヌに関する詳しい説明を聞くことができるのはもちろんのこと、サステナブルな文脈では独特の宗教観を含む伝統の文化に尊敬の念を払う内容となっており、文化の正しい継承にもつながっている。


(©アイヌ文化ガイド「Anytime, Ainutime!」)

特に地方では、サステナブル・ツーリズムといわれると、難しいものに聞こえ尻込みする事業者や住民も多いが、こうした一連の取り組みを通じ、地域での日常な活動がすでに持続可能(サステナブル)なんだという自信やシビックプライドに繋げられれば、その次のステップへも進めやすくなる。

 

2.中長期を見据えた新たな挑戦の設定

新たな挑戦をするために、2030年や2050年を見据えた目標を設定したうえで推進するためのサポートする。

例えば1つの方法として考えられるのは、自分の地域がどのような現状にあるのかを理解し、観光地としての強みと弱みを把握する「自己分析」だ。「日本版持続可能な 観光ガイドラインJSTS-D」による自己分析診断を通じて、得意・不得意分野、未達成の課題などを客観的・定量的に把握することで、地域が目指す姿やとるべき施策が明確になる。その際には環境、社会、経済といった包括的なテーマも十分意識したうえで検討する。それに向けて目標とアクションプランを立ていく。

なぜ、長期の視点を持った目標を設定するかというと、新たな挑戦をする際には、現在抱えている地域の問題意識をもとにデスティネーションとして「こうありたい」という理想を描くだけでは十分ではなく、最終的には消費者から「○○と認識される」つまり、地域のブランディングを作り上げることが必要となる。そのためには短期の目標だけでは不十分で、最低でも10~30年後を見据えて取り組む必要があると考え、中長期の目標を設定した。実際には、想定より短い期間で目標に到達できるかもしれないが、覚悟することの重要性も認識しての判断である。

ただしこの部分はそれぞれの自治体の自主性とアプローチを最大限尊重していく。

 

3.メッセージ発信と旅行者からの共感獲得

サステナブル・ツーリズムはサービス提供側だけでは実現できないことも多い。特に旅行中のマナーの問題や住民生活に悪影響を及ぼさないよう、旅行者側の配慮が必要となる場合も多い。ただ、JTB総合研究所の 「SDGsに対する生活者の意識と旅行についての調査」でも指摘されているように、日常生活では率先して実践できている行動が旅行中は大幅に減少しているのが実態だ。その理由として、「地域や施設から協力を求められていない/情報が届かない」という回答も見受けられる。

その点でいえば、フィンランド政府観光局では「フィンランドを旅する11のヒント」をホームページに掲載して、わかりやすく説明している。ひがし北海道でも同様に、旅行者向けにわかりやすく説明した小冊子「サステイナブル・クレド」を作成し、さまざまな場所で配布することを考えている。これにより責任のある旅行者(レスポンシブル・トラベラー)を引きつけていく。

ひがし北海道のサステナブル・ツーリズム・プロモーションはまだ計画が完成したばかりだが、2022年度から急がず休まず確実に実行していく予定だ。


▲大空町メルヘンの丘。ビューポイントパーキング設置で、写真撮影目的での観光客による畑侵入を改善した

 

インバウンド対応に必須のサステナブル・ツーリズム、長期見据えた取り組みを

サステナブル・ツーリズムは少しずつ光の見えてきた訪日旅行には非常に重要なプロモーションだ。

2021年10月に同DMOが日本と台湾で実施した調査結果では「旅行先がサステナブルを意識した地域が重要な条件だ」や「今後はサステナブルを意識した地域に旅行をしたい」という問いに「はい」と答えた人の割合が、日本では10%だったのに対して、台湾では30%に達した。ひがし北海道のインバウンド最大の市場である台湾旅行者はSDG’sやサステナブルへの意識が高いことからも、サステナブル・ツーリズムの取り組みは欠かせない。

前回も書いたが、サステナブル・ツーリズムに取り組む理由が「ブームだから」では不十分で、長期的な視点をもって取り組むべきテーマだ。それなら完成したサービスや成功事例だけをPRするだけでなく、デスティネーションの問題や悩みも旅行者とシェアしてはいかがだろうか。そのうえで、改善策やアイデアを出してもらうなど、旅行者自身がそのプロセスに関われるオープンイノベーションにすることで、将来のリピーターやファンの獲得にも役立つに違いない。

ここまで6回にわたって、フィンランド政府観光局の戦略の考え方や成功例をご紹介してきたが、参考になっただろうか。今まで海外旅行と訪日旅行のマーケティングは別々のものと考えられてきた面があるが、今後は区別がなくなっていくだろう。というのも、これまで以上にグローバルな目線で戦略を立てる必要があるからだ。これまでの話が少しでも読者の皆さんのお役に立てたなら何よりと思う。

 

株式会社Foresight Marketing CEO/元フィンランド政府観光局日本局長
能登 重好

大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。