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【徹底解説】サステナブルツーリズム実践の具体的な一歩、宿や旅行会社は何ができる? –Vol.3

2022.07.28

サステナブルツーリズムに20年以上前から携わる高山 傑氏に学ぶ、全4回のサステナブルツーリズム特集。これまでは、サステナブルツーリズムという考えが普及した背景や、世界の動向とともになぜ持続可能な観光に取り組む必要があるのかを紹介してきた。今回は、宿泊施設や旅行会社などの観光事業者によるサステナブルの実践に際し、どのようなことをすればいいのか、高山氏が実践する内容も踏まえながら具体的に紹介する。

 

宿が、サステナブル―ツーリズム推進のためにできること

観光事業者が実践できるアクションの事例として、参考までに、私自身が取り組んでいる内容を「宿」「旅行会社」の2つの視点から、紹介します。

まずは宿泊業の事例から。私は、兵庫県淡路島で国登録有形文化財の建物を活用した一棟貸の宿「春陽荘」を運営しています。観光によって有形文化財を保護しながら、地域に根付く無形文化を継承するために、この場所を、地域住民の人形浄瑠璃や琴などの発表の場としても活用してもらっています。
ご宿泊のお客様には、私がインタープリターとなって宿の見学ツアーを行います。建物がどういう歴史を持ち、どういう木材が使われているかなどを説明することによって文化財の価値を感じてもらえますし、「すごいお屋敷に泊まっているんだ」と喜んでいただけることが多いですね。


▲春陽荘を訪れたスリランカのお客様(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)

脱プラスチックへの取り組みにおいては、アメニティの全廃、竹歯ブラシや石鹸歯磨き粉の有償提供、また客室のゴミ箱はもえるゴミ、もえないゴミ、コンポストの3種類に分け、ビニール袋を使わずに古新聞を折って容器の中に入れる、などを実践しています。たとえプラスチックの全廃が難しいとしても、「削減への貢献が大切」という意識を持って進めていくことが大事だと考えています。
ほかにも地球温暖化対策として薪ボイラーを導入し、プロパンガスとのハイブリッドシステムで運用しながら給湯と冬期の暖房に充てています。このような環境配慮への取り組み内容は資料として客室に設置し、関心のあるお客様には詳しく説明することもあります。

さらにアクセスのご案内では、なるべく低炭素交通の利用を推進しています。ウェブサイトでは自転車⇒公共交通機関⇒マイカーと低炭素の順番に奨励し、各CO2排出量を表示することで、お客様の意識を高めようと努めています。

 

完璧を目指すのでなく、できることから小さく一歩ずつ

自身が運営する「春陽荘」の取り組みを紹介しましたが、最初から完璧を目指してすべてを徹底するのはハードルが高いかもしれません。まずは、コンポストの利用や井戸水や雨水の活用、再生可能エネルギー(水力やソーラー)に電源構成が高い電力会社を選ぶなど、着手しやすいことから始めてみてはいかがでしょう。

私は日用品や家電など商品を購入する際は、環境負荷が小さい製品を優先的に選ぶようにしています。「グリーン購入ネットワーク」というウェブサイトに掲載されている環境対応商品を選んだり、梱包材や包装を減らすためにバルク買いを心がけたりしているほか、できるだけ地元の事業者や商店から購入して地域にお金が循環することも大事にしています。


▲春陽荘では、シャンプーやボディーソープも瓶に入れている(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)

CO2排出量の算出も簡単にできるのでおすすめです。オンライン上にある「環境家計簿」というツールを利用し、電気やガス、ガソリンなどの使用量・購入量を入力すると、消費したエネルギーから排出されるCO2の量を数値として確認でき、取り組みの結果を「見える化」することができます。この数値を見ながら、CO2削減に取り組めば、その結果が数字として現れるのでモチベーションにも繋がるのではないでしょうか。

サステナブルツーリズムの取り組みは多岐に渡りますが、できることから始めることが産業の底上げには重要です。環境対策を行うことが経営の無駄を省き、効率化につながれば事業者にとって大きなメリットになりますし、計測を継続的に行うことで企業が社会的責任を果たしていることを客観的に示すこともできるでしょう。


▲左:宿泊者にコンポストを体験してもらうことも、右: 放置竹林を使用したモノづくり体験(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)

 

サステナビリティの意識が高い旅行者の心をつかむ「エコ」で「アドベンチャー」なツアー

続いて、旅行会社としての事例をご紹介しましょう。
私が代表取締役を務める株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベルは、2008年に創業した小さな旅行会社です。責任ある持続的観光(エコツーリズム・サステイナブルツーリズム)の手段を用い、環境や社会的負荷が少ない小人数制ツアーを企画しています。

もともとはインバウンドが専門でしたが、新型コロナウイルスの影響もあり、現在は日本人向けの長期エコ・アドベンチャーツアーも造成しています。直近では、2022年6月に北海道の知床先端部におけるシーカヤックツアー(海編・1週間)と、連山の縦走(山編・5日間)を催行しました。

これは参加者各自で知床に向かい、そこから先はすべて人力で移動、テントに宿泊するという冒険ツアーです。地産地消や低炭素、環境に配慮しながら、山編では熊の生息地域にて、人工物のない大自然の厳しさと美しさを体験し、世界自然遺産を満喫。海編では漁船をチャーターし、動力船が接岸できない浜での漁網や漂着ゴミ拾いを行程に組み込みました。

大自然の中では危険を伴いますし、生死に関わる事故も起こりえます。そのことに対して十分な理解を得る必要があるため、事前に半島先端部利用者としての行動規範を熟読していただき、賛同した上でツアーを申し込める仕組みとしました。

このようなチャレンジ精神が求められる内容にも関わらず、海編・山編それぞれに加え、両方を満喫する2週間の長期行程にも参加者がありました。単に「見る」だけの観光から、地域の本物を「体験する」観光へのニーズへの変化を実感しています。


▲知床連山の縦走ツアー(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)

 

「サステナブルツーリズム」推進にあたって抑えたい3つの視点

宿泊施設や旅行会社はもちろん、飲食店や小売店、そのほか観光に関わる事業者の方々がサステナブルツーリズムに取り組むにあたっては、以下の3つの視点をもって着手することが大切です。

1つめは、自社が提供するサービスや商品に対して「サステナブル」な視点を取り入れること。旅行会社であれば、極力ツアーで利用する交通機関をタクシーや車から、鉄道に変えることでCO2排出量を減らすことができます。また、チェーン店ではなく、地域資本の旅館やホテルを選んだり、地域雇用の多い施設を優先して選ぶことで、旅行者が使うお金が地域循環するようにすることも挙げられます。

2つめは、社内に対して。企業自体がサステナブルになることを考えて社内ルールを見直すことです。たとえば冷房の設定温度や光熱費を見直すことや、自転車通勤者にも電車通勤同様の交通費を支給して、エコ通勤を促すことも1つの方法です。社員の意識改革に繋がるような施策をとり入れることも大切です。

3つめは取引先やパートナー企業など関係者に対して、企業方針を発信していくことです。事業パートナーがサステナブルサービスを提供している場合は進んで選定する、といった事業方針を定めて周知していくことで、業者側も変化しバリューチェーンが広がっていくことになると思います。

また、これら3つを推進するにあたって大切なのが事業方針として企業の看板となる「サステナビリティ・ポリシー」の策定です。大規模な事業者は文書化することが求められますが、小さい事業者であれば簡単なビジョンでも構いません。企業規模に応じて何ができるのかを考えていけばいいと思います。お客様・社員・取引先、誰が見ても理解できる内容でしっかりと対外的に発信することで、取り組みの表面化・形骸化を防ぐことができるでしょう。

企業が提供するサービスを持続可能なものにしようと取り組むことは大切です。ただ、企業そのものがサステナブルであれば、生み出される商品やサービスも自ずと持続可能なものとなり、周りにも影響を与えていくことができますし、これこそがサステナブルツーリズムの理想的な姿だと思っています。


▲海洋ごみの回収も行ったシーカヤックツアー(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)

 

今の取り組みが、本当に「持続可能な地域づくり」に繋がっているのか

近年、持続可能な開発目標を掲げるSDGsの普及によって、サステナブルという考え方も一般に浸透してきました。ただし、ひとつひとつの目標を点として捉え達成を目指すSDGsの手法は、個々のアクションだけに焦点が当てられがちで、その結果、ひとつの取り組みがほかの目標達成に、悪い影響を与えてしまうこともあります。

一例を挙げます。例えば、里山で、遊休地を活用して安定収入が得られるよう、農業と太陽光発電を組み合わせた「ソーラーファーム」を導入したとします。これ自体は良い取り組みだとしても、同時にデメリットも検証したうえで総合的な判断をする必要があります。でなければ、従来の美しい景観を損なわせてしまったり、CO2を吸収してくれる森林を伐採してしまったり、あるいはそれによって土砂災害の誘発に繋がる可能性もあります。
本来、サステナブルツーリズムを実践するにあたっては、個々の取り組みをピンポイントで見るのではなく、広い視野を持ったうえでの「持続可能性」を考えることや、そもそもなぜ取り組むのかを長期的な視点で捉える必要があります。
「経済」「社会」「環境」の3つの軸のバランスを考えた「トリプル・ボトムライン」に基づくマネジメントが求められ、どれかひとつが欠けても持続可能性はうまく成り立たないと私は考えます。


▲春陽荘での筝曲会の様子、持続可能な地域づくりは、地域住民の方たちを尊重しながら進めることが大切(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)

さらに大前提として、地域に根差した取り組みであることも意識しなければなりません。新たな開発を行ったり、それまで地域になかったものを持ち込んだりする場合は、地域住民やコミュニティの意見をしっかりと取り入れなければいけません。地域に移住した人たちが、自分たちの信念や想いだけで、町づくりを進めるケースもありますが、本当にその取り組みが、地域の方も望んでいることなのか、同じベクトルを向いているのか、地域の声を尊重したうえで進めていかなければ、それも持続可能な形とは言えません。
長期的なビジョンを作り、ビジョンに基づいた戦略を立て、地域の人と共有し声を拾いながら進めていくことが望ましいでしょう。

地域づくりは、短期的な視点だけでは達成しえません。地域を担う孫の時代までを見据えたサステナブルツーリズムを考えていきましょう。

>>次記事:欧米豪インバウンド誘致を見据え押さえたい、サステナブルツーリズムの国際認証

 

株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル 代表取締役
一般社団法人JARTA 代表理事
高山 傑

カリフォルニア州立大学海洋学部卒。幼少、学生時代をアメリカで過ごした基盤を活かし、80か国700都市を滞在・訪問。海外の持続可能な観光をさまざまな観点から体験し学んだ上で、日本での普及に努め、持続可能な観光の国際基準の策定と評価については日本での第一人者となる。国内外の活動が認められ、国際的な観光機関の諮問委員や評議員として活躍中。GSTC公認講師。Global Ecotourism Network(GEN)国際エコツーリズムネットワーク執行理事、Asian Ecotourism Network(AEN)アジアエコツーリズムネットワーク理事長、世界観光機関(UNWTO)アジア太平洋センター内サスティナブルツーリズムセンター諮問委員。観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザー、他。