【徹底解説】欧米豪インバウンド誘致を見据え押さえたい、サステナブルツーリズムの国際認証–Vol.4
2022.07.29
4回にわたってお届けしているサステナブルツーリズム特集。これまでの3回ではサステナブルツーリズム第一人者高山 傑氏に、サステナブルツーリズムの基礎から取り組むべき理由や意義、宿や旅行会社の具体的な実践例について解説していただいた。最終回では、インバウンド誘致を視野に入れるならば理解しておきたい、サステナブルツーリズムの国際認証について掘り下げていく。早くから環境への意識が高いと言われる欧米の旅行者の動向も踏まえながら、国際認証の取得によってどのような意義があるのか、改めて見直していきたい。
サステナブルツーリズム連載 目次
- Vol.1:今改めて学びたい「サステナブルツーリズム」の基礎
- Vol.2:観光業界がなぜ「持続可能な観光」に取り組むべきか、理由を考える
- Vol.3:サステナブルツーリズム実践の一歩、宿や旅行会社は何ができる?
- Vol.4:欧米豪インバウンド誘致を見据え押さえたい、サステナブルツーリズムの国際認証
なぜ、旅行業界にサステナブルな国際認証が必要なのか?
まず、サステナビリティに意識の高い欧米の旅行者がどのようにして観光事業者を選ぶかを考えてみましょう。
彼らは滞在先で過ごす時間の長さや使うお金に加えて、SDGsの目標12にあたる「つかう責任」の見地から、旅行するにあたって影響が大きいとされる ①宿泊事業者 ②旅行会社・ツアーオペレーター ③飲食店・土産店 ④交通機関 のサステナビリティへの意識や取り組みをインターネットで検索するでしょう。
ところが日本国内事業者のウェブサイトでは、こうした旅行者層が特に必要としている、「サステナビリティ」「SDGs」「エコラベル」などの情報が、英語などの多言語で発信されていることがほとんどありません。残念ながらこの時点で、選択肢から外れることになってしまっています。
たとえ環境配慮などの項目について多少語られていたとしても、旅行者から見ると「グリーンウォッシュ」や「SDGsウオッシュ」と言われるような「あたかも取り組んでいる」ように見える方法で集客する事業者との識別が容易ではありません。そこで判断材料となるのが、信頼に足るエコラベルや国際認証です。結果として、これらを取得している事業者を選ぶことになるでしょう。
宿泊施設向けの認証で例を挙げると、ホテルからレジャー施設まであらゆる規模の宿泊施設を対象に、環境方針と持続可能な運営確認し評価する、環境に配慮した国際的なエコラベル「Green Key(グリーンキー)」があります。
宿泊施設向け以外にもアトラクション、レストラン、国際会議向けなど様々なプログラムを有しており、2022年1月現在世界66の国と地域において約4500以上の施設がこのエコラベルを取得しています。
▲デンマークに本部を置く環境教育財団(FEE)が定めた厳しい国際環境基準を持つ「Green Key」のエコラベル(出典:Green Key)
また、ツアー事業者や旅行会社を対象とする国際認証団体のひとつが「Travelife(トラベライフ)」。持続可能な観光の国際基準を軸とした実践的な取り組みを振興し、取り組みを始めている国は世界80カ国、地域以上になります。
観光業界でも導入と活用が進むサステナブルな国際認証やラベル
世界的にSGDsへの意識が高まったことで、金融機関や投資家が持続可能性に関する教育や活動をしている事業者を優先的に投資するようになりましたが、それは観光業においても同様です。
例えば、グーグルトラベルは、サステナビリティに取り組む宿泊施設に「エコ認定」のバッジを表示するようになりました。これはGoogleのリストに入っている第三者機関からの認証やエコラベルを取得した宿泊施設にのみ適用されます。またブッキングドットコムも、サステナビリティに取り組んでいる事業者がわかるように 「サステナブル・トラベル」のラベルを表示。このように予約サイトでも、旅行者が環境に配慮した宿泊施設を選択しやすいようにするなど既に差別化が始まっています。
▲東京都内に限っても、エコ認定を受けているホテルの数は約3300件中わずか28件にとどまっている
また今後インバウンドが回復した時には、認知度も高い「Green Key」のラベルを持つ事業者が、旅行者やバイヤーに優先的に選ばれることが予測できます。
ツアー事業者に対してもコロナ以前から、ロイヤルカリビアンなどの大手クルーズ会社が、沖縄や神戸などの寄港地におけるオプショナルツアーに入札できるランドオペレーターを、トラベライフの認証取得に取り組んでいる事業者だけに限るという動きをみせています。
OTAや日本に旅行者を送客する現地旅行会社は、認証取得している事業者を選択することで、持続可能性に配慮したステークホルダーの割合を高めていることになります。この割合は国際基準の評価に含まれるため、彼らにとっても重要な項目であることは間違いありません。
こうした変化を察知し戦略的に未来に投資するトップランナー的な経営者たちは、社会に認められるために、労力と費用をかけて認証やラベル取得に向け積極的に動いています。もし世界中のサステナブルへの意識の高い旅行者を照準としたサステナブルツーリズムを目指すのであれば、国際認証取得を視野に入れ取り組んでみてはいかがでしょう。
旅行会社から全業界へ、拡大が見込まれるサステナブルな国際認証
現在、GSTC(グローバルサステナブルツーリズム協議会)では、宿泊事業者と旅行会社・ツアーオペレーターを対象に、持続可能な観光における観光産業向けの国際基準(GSTC−I)を定めています。
繰り返しになりますが、旅行会社は宿泊施設、飲食・土産店、交通機関といったさまざまなジャンルの事業者と関わっているため、「つかう責任」の観点から、全取引先に対して、持続可能性を考慮している事業者を選択する責任が発生します。だからこそ特に持続可能な観光の格付制度が重要視され、旅行者からもバイヤーからも国際認証を持つ旅行会社が高い支持を得ているのです。
近い将来には、宿泊事業者と旅行会社・ツアーオペレーターだけでなく、飲食店・土産店や交通機関もGSTC国際基準の適用範囲に入ってくる可能性があるでしょう。取り組みの着手は早いに越したことはありません。どんなジャンルの観光事業者であっても、今のうちからできることを考えて取り掛かるべきだと思います。
サステナブルツーリズムを推進する仲間との繋がりを作り出す組織「JARTA」
サステナブルツーリズムに取り組みたいが、どのように進めていけばいいのか分からない事業者の方もいらっしゃると思います。参考までに私が代表を務めている「一般社団法人JARTA」をご紹介します。
JARTAは、責任ある旅行会社アライアンス(Japan Alliance of Responsible Travel Agencies)の意で、全国の中小旅行会社7社が集い2018年に発足しました。
観光庁は、自治体やDMOなどを対象に「デスティネーション」向けの持続可能な観光地づくりに向けた施策に取り組んでいます。一方で、JARTAは、民間の事業者としてできることは何かを考えたうえで、「サステナブルなツアーや商品を開発する旅行会社を全国的に増やし、フェアで健全な地域をつくるための仕組みづくりの提案」を目標に掲げました。行政やDMOは、何か新しいことをはじめようとなったら、首長の了解や議会承認を得る必要がありますが、民間の事業者は思い立ったらすぐにでも行動に移すことが可能です。また、取り組み内容や結果が一般の人にも可視化しやすいのが利点だと思います。
▲知床でのサステナブルなツアー(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
ほかにも、宿泊事業者と旅行会社・ツアーオペレーターの観光事業者を対象に、2種類の国際基準「Green Key」と「Travelife」に加え、ビーチやマリーナを対象とした「Blue Flag」のエコラベルや認証制度を司る審査機関としても活動しています。
JARTAには、サステナビリティに取り組む事業者が自身の取り組みへ磨きをかけたり、情報収集の目的などで参画しています。具体的に何に取り組んでいいか悩む事業者に対しては研修やアドバイスを行っています。
特に月に1回、会員主導で開催している「マンスリートーク」は、会員同士での自社の取り組み共有や情報交換の場として活用されています。地域を背負う地元の強い事業者ら同志が集い、地域貢献と環境配慮を同時に達成するために交わされる熱心かつ和気あいあいとしたトークは、聞いているだけで私の心を躍らせてくれます。
需要拡大に対応するべく国際認証や格付け制度の審査員の養成にも取り組み、現在では22社が加盟しています。徐々に事業者の関心が高まってきたことを実感していますし、単独ではなかなか第一歩が踏み出せないという事業者の方にも、情報交換の場として活用いただけたらと思っています。
▲東京での「Travelife」研修の様子(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
大切なのは、認証取得だけでなく「サステナブルツーリズム」の継続
今回はラベルや国際認証の意義や重要性についてお話してきましたが、サステナブルツーリズムにおいての本来の目的は、認証を取得することではありません。本当に大事なのは、取得に向かって進むプロセスであることをご理解いただけたらと思います。
認証取得がゴールとなってしまうとそれで満足してしまいがちですが、「観光を1つの手段として利用しながら地域の暮らしを豊かにする」という目標に対して、長期的・継続的に取り組みを実践していくことに何より価値があるのです。
サステナブルツーリズムに取り組む上で地域性や事業規模は関係ありません。中小規模であればなおさら、大企業のような複雑な承認フローがないためアクションを起こしやすく、第一歩を踏み出すことは容易だと思います。何もしないよりは、少しずつでも試みることが大切なのではないでしょうか。
株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル 代表取締役
一般社団法人JARTA 代表理事
高山 傑
カリフォルニア州立大学海洋学部卒。幼少、学生時代をアメリカで過ごした基盤を活かし、80か国700都市を滞在・訪問。海外の持続可能な観光をさまざまな観点から体験し学んだ上で、日本での普及に努め、持続可能な観光の国際基準の策定と評価については日本での第一人者となる。国内外の活動が認められ、国際的な観光機関の諮問委員や評議員として活躍中。GSTC公認講師。Global Ecotourism Network(GEN)国際エコツーリズムネットワーク執行理事、Asian Ecotourism Network(AEN)アジアエコツーリズムネットワーク理事長、世界観光機関(UNWTO)アジア太平洋センター内サスティナブルツーリズムセンター諮問委員。観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザー、他。