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【対談】観光地のバリアフリー対応が経済的メリットを生み出す理由(前編)

2022.09.08

本コラムでは、これまで「世界基準」の視点で考えることの大切さや、「ダイバーシティ&インクルージョン」の観点から、日本各地の取り組みを表彰するジャパントラベルアワードに取り組んでいることをお伝えしてきました。

今回は「ダイバーシティ&インクルージョン」の視点の一つ、「アクセシビリティ」という考え方を取り上げます。アクセシビリティとは、車いすを利用して生活する人だけでなく、足腰が弱くなった高齢者、ベビーカーを押す人などにとって障害となる段差などのバリアを取り除き、誰もが便利で利用しやすい環境を整えることを意味します。

恥ずかしながら、これまで私もアクセシビリティやバリアフリーについて意識的に考えてきませんでした。しかし、意識をした途端、バリアの多さを感じ、何よりもこれらのバリアは故意につくられているのではと思うようにすらなりました。一例をあげれば、いろいろなところで目にする不要な段差です。

こうしたバリアを取り除けば、メリットを享受できる人が多くいます。車椅子ユーザーはもちろん、ベビーカーを押す人、重い荷物を運搬する宅配の人、そして大きなスーツケースを押して歩く観光客も。喜ばれる上に多くの利益も生んでくれるのですから、アクセシビリティの向上に取り組むことにはメリットしかありません。

今回は、私の友人で、「観光からより良い社会をつくる」を目的に発足したジャパントラベルアワードで共に審査員を務めるグリズデイル・バリージョシュアさん(以下、グリズデイル)に、日本のバリアフリーの状況やアクセシビリティと観光の現状について話をききました。

▲左:グリズデイル・バリージョシュアさん、右:しいたけクリエイティブ 代表 本郷誠哉

 

バリアフリーが進む日本、都内の9割以上の駅が対応済み

本郷:グリズデイルさんは4歳から車椅子ユーザーで、もう長年にわたって日本のアクセシビリティ、バリアフリーと向き合って来られましたが、日本国内の現状についてどう考えますか?

グリズデイル:地元カナダの高校で日本語の授業をとっていたのがきっかけで2000年に初めて家族と日本を訪れ、2007年に完全に移住しました。2000年代から、電車を利用すると乗り降りのためにスロープを用意してくれるなど良い意味で驚きました。

さらに、2011年の「バリアフリー法」によって、1日3000人以上が利用する駅では原則すべてで段差を解消するとの目標が設定され、現在東京では96%の駅にバリアフリールートがあるんです。

本郷:思ったよりも割合は高いですね。

グリズデイル:今では東京や大阪の都市部においては、「目的地に辿り着けないかも」という不安はかなり解消されつつあります。

本郷:目的地まで行けるという安心感があるのは大きな差ですね。

グリズデイル:ただ都心でも不便さは残ります。例えば、電車から降りてホームの一番端まで行ってエレベーターに乗って、また一番反対側まで行ってエレベーターに乗って、と距離的にはすごく遠いこともあるんです。

本郷:私も子どもが生まれ、ベビーカーを押し始めてから実感しています。なんでそんな遠くまで行かなきゃいけないの?なんでこんなに遠回りしないといけないの?って。

グリズデイル:なので慣れない目的地の場合は、どの駅で乗り換えれば快適なルートを通れるかを事前に確認するので、私は駅の構内図ばかり見てるんです(笑)

本郷:事前にバリアフリー情報がわかっているとスムーズに移動しやすくなりますね。

グリズデイル:東京オリンピックパラリンピックがありましたよね。先ほど言ったように東京の駅は96%がバリアフリー化されていますが、次回開催地のパリ現時点でたった6%なんですよ。

本郷:えーっ!それは意外ですね!

グリズデイル:私の出身地であるカナダ・トロントの地下鉄もまだまだですし、東京の鉄道におけるアクセシビリティは国際的に見ても高水準であると言えます。

 

日本が抱える2つの課題「歴史的建物のバリアフリー」「圧倒的情報不足」

本郷:最近はサステナビリティの観点からも古民家を再生したコテージなどが人気ですが、あまりアクセシビリティは優先されていないイメージがあります。

グリズデイル:そうですね、完全にリノベーションされているような場合でも、「段差は古民家だから仕方ない」と言われたことがあります。でもスロープをつけたり、できることはあるはずなんですよね。

本郷:究極の古民家ともいえる日本のお城は観光スポットとしても人気ですが、こちらはどうでしょう。

グリズデイル:残念ながら、バリアフリー化が進んでいるとはあまり言えませんね。日本では忠実に復元するということが優先され、バリアフリーの対応が十分でないケースが多く見られます。世界遺産として知られるイタリアのコロッセオは2000年前の建築物ですが、当然のようにエレベーターがありますよ。

本郷:(唖然)……。グリズデイルさんが立ち上げた、障がいを持つ外国人旅行者のための英字情報サイト「Accessible Japan」は開設から7年が経ちましたが、始めた当初と比べ日本に変化はありましたか?

グリズデイル:オリパラ前にはそのような情報発信をするサイトはほぼ0でしたが、オリパラをきっかけに、東京都やJNTO(日本政府観光局)も作り始めてますね。それでもまだ十分ではないです。

例えばアメリカ在住の人が本当は日本に行きたいけれど、十分な情報が得られないからイギリスに行くことにする。本来、日本で使われていたはずのお金がイギリスに流れてしまうということです。全てのホテルや、観光スポットに当然のようにバリアフリー情報があればいいのですが、まだ日本では英語での情報が十分にありません。だから、Accessible Japanで自分が英語で発信しなきゃいけないと思っています。

 

バリアフリーによる経済的メリットが大きい理由

本郷:国内でも進んできた部分がある一方、日本で障がいのある方が自由に旅行をする、というのは残念ながらまだまだ一般的ではないですよね。

株式会社しいたけクリエイティブが主催している「ジャパントラベルアワード」では、ダイバーシティ&インクルージョンの促進をしている、観光地ならぬ「感動地」を発見・発信する活動をしていて、私も審査員を務めています。

審査項目にはアクセシビリティも大きなウェイトを占めていますから、アクセシブルツーリズムやバリアフリーについてよく考えるようになりました。そこで思ったのは、車椅子の人だけじゃなくて、子連れでベビーカーを押す人や大きいスーツケース持った旅行客にも全く同じニーズがあるということです。

だからアクセシブルツーリズムをやればみんなハッピーになる。でも、どうやったらそのメリットをみんなに理解してもらえるかっていうところが、すごく悩ましいんです。

グリズデイル:まずは経済的メリットじゃないでしょうか。アメリカの障がい者がパンデミック前の2年間で580億米ドル(約8兆円)を旅行に使ったというレポートがあります。(出典:NPO法人 Open Doors Organizationの調査) 

本郷:8兆円!しかも、アメリカだけで!!日本のインバウンドのピークだった2019年でも、訪日観光客から獲得した外貨は461億米ドル(出典:JETRO)らしいので、その規模の大きさが伺えます。

グリズデイル:これだけ大きな市場であるにもかかわらず、アクセシブル(アクセス可能)な場所が足りないから、行き先が限られてしまっている状態です。

本郷:情報不足でニーズに合うものが見つからなかったり、イメージで日本には行けないと諦めてしまう人がいるのはもったいないですね。

グリズデイル:また、世界人口の約15%が障がいのある人だと言われていますが、彼らが旅行する時はほとんどの場合、家族やヘルパーさんが付き添います。つまり遠方に旅行する時は2人分以上の値段を払うんです。

本郷:なるほど。さっきの8兆円は障がい者本人の分だけということですから、単純計算で16兆円……。

グリズデイル:この前、鳥取に行った時はヘルパーさんと一緒に行って、彼の飛行機代や食事代など、私が行くことで全てが2人分になりました。極端に言えば、1人のバックパッカーを呼ぶよりも、1人の障がい者を呼ぶ方がいいですよね。(笑)

本郷:ははは!経済効果はその方が断然大きいかもしれませんね。

グリズデイル:他のデータでわかっているのは、障がいを持っている人は一般の旅行者よりも滞在期間が長い人が多いんです。体力の問題から時間にゆとりが必要であったり、同じ観光スポットを回る場合でも健常者と同じペースでは回れないからです。それが積み重なって、旅行先の経済への貢献は一般の人よりも大きいということがわかります。

本郷:それは重要なポイントですね。継続して行う必要があるからこそ、社会福祉とか社会貢献とかではなく、経営的メリットをしっかり見ていくことは大事ですね。

グリズデイル:以前、講演をしていた際に気が付いたんですけど、聞いている人の心を掴むような話をするとその場では共感されるけど、すぐに忘れられる。でも、お金の話をすると、ずっと覚えていてくれるんですよ(笑)

本郷:確かにそうですね。今の話を聞いたら、やらないメリットが本当に見当たりません。

 

バリアフリーへの一歩、段差解消のスロープは1万円から購入できる

本郷:これからアクセシビリティに取り組もうとする事業者、例えばレストランやホテル、観光施設、商業施設、体験アクティビティなども含まれると思いますが、何から始めればいいでしょう?

グリズデイル:「できることを今すぐすること」が一番大事だと思うんですね。完璧じゃなくてもいいっていう事を頭の片隅に置いていただきたいです。

本郷:確かに事業者ができることって限られてると思うんです。予算的な面はもちろん、賃貸物件で工事はできないかもしれない。でも完璧じゃなくていいから、ちょっとした段差解消に簡易スロープを買ってみようと実際に行動することですね。駅員さんが使っているようなしっかりしたものがAmazonとかで1〜2万円で買えて、翌日には届きますから。居酒屋だったら、グリズデイルが3回飲みに来たら元取れちゃうんじゃないですか(笑)

グリズデイル:国土交通省や自治体から、バリアフリー化にかかった費用を支援する助成金が出る場合もありますよ。

その他に大事なのはクリエイティビティと柔軟性です。以前、築地に車椅子の友人と2人で行った時、寿司屋さんに段差が一段あって入れなかったんです。でも隣の店の椅子が目に入ったので「借りていいですか?」「いいよ」って感じで、それで椅子の上に箱を置いて、テーブル代わりにして外で食べられるようにしてくれたんです。そういった柔軟な対応は嬉しいです。

本郷:柔軟性といえば、アクセシビリティに関わらず、外国人からよく耳にする課題ですね。レストランで「アレルギーがあるからエビを抜いて欲しい、代わりに他のものにできますか?」というリクエストも断られることが多いらしいですね。

グリズデイル:そうそう、前に日本庭園に行った時、車椅子では普通の道が通れなかったんです。すぐ目の前にスタッフ用の道があって、そこだったら通れたんだけど、「スタッフ専用なので」と断られてしまって。誰が見ても私が障がい者だと分かりますし、私が通っても皆が同じ道を通ろうとはしないでしょう。

本郷:一体それどこですか?!

グリズデイル:学ぶ姿勢も大事。例えば障がいを持っている人が来たときに、「今後のために何かできることがありますか?」と話しかけてみたり、簡単なアンケートをしたりと、コミュニケーションをとる姿勢も大切ですね。

本郷:「バリアフリー化」と一言で言っても、障がいの度合いや種類も本当にさまざま。だから当然必要な対応が違ってくるし、完璧な対応は基本できないものだと思うんです。まずは何が出来るだろう?と疑問を持つところから、柔軟性を持って取り組むことが大切ですね。

 

アクセシブルツーリズムへの対応が経済的なメリットも生み出す

アクセシブルツーリズムについて考えたときに思い浮かんだのは、「鶏が先か、卵が先か」ということわざです。観光業者は、障がい者が旅行をしているのを見たことがないからやらない。障がい者は、観光ができるようになっていないから旅行しない。

しかし、観光業としてお客さんに喜んでもらうということはもちろん、経済的なメリットも莫大なアクセシブルツーリズム。完璧じゃなくてもよいのですから、やらない理由がありません。後編では、具体的な取り組みのポイントについてお話しします。
 

>>後編:海外事例に学ぶ、観光地が今すぐできるアクセシビリティと情報発信のコツ