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辺境地が1日1組限定のプライベートキャンプ場に、遊休資産の付加価値アップ術

2023.06.16

今から、10年以上前、まだ「グランピング」という言葉自体が知られていなかったころ、三方を山に、一方を海に囲まれ、草木生い茂るジャングルのような辺境地を1日1組限定のプライベートキャンプ場として開発。1泊2日で1人あたり1.8万円という価格で売り出したのが、株式会社VILLAGE INC代表の橋村和徳氏だ。訪れるお客さんを主役に、スタッフと一緒に作り上げるこれまでにない新しいキャンプスタイルはSNSやメディアで話題になり、アウトドア好きの心をつかむ人気のキャンプ場となった。

その後も、アウトドアを主軸に、日本全国の辺境地を魅力的なアウトドアスポットに磨き上げ、日経トレンディの2021年ヒット予測『無人駅&辺境グランピング』で1位を獲得。橋村氏の手にかかれば、無価値の土地も魅力的に磨き上げられると話題を集め、全国の自治体や企業から問い合わせが殺到するも、「どこでも引き受けるわけではない」という。

人口減少や過疎化に加え、若年層の都市部への流出が高齢化に更なる拍車をかけ、地方部を取り巻く環境はより一層厳しくなるなか、「何もないけど、何でもある」をモットーに、遊休資産にスポットライトを当てて磨き上げてきた同社の戦略と、価値を高めるための考え方や具体的な手法を橋村氏に伺った。

 

はじまりは不法占拠!? 1組限定のプライベートキャンプ場辺境地にオープン

大学卒業後、テレビ局に入社した橋村氏は、そこでの営業力を見込まれ、ITベンチャーからの誘いをうけ創業メンバーに。東証マザーズへの株式上場や海外進出の陣頭指揮などを経験したのち独立し、「辺境×アウトドア」というコンセプトで事業を開始した。佐賀県・唐津出身の橋村氏は、小学校時代には登校前に海へ潜って魚を捕まえるのが当たり前という自然環境のなかで育った。その後、華やかな世界への憧れもあり大学卒業から数年は東京暮らしを続けたが、仕事の暇を見つけては房総半島、三浦半島、伊豆半島を巡って「理想の地」を探索していたという。転機が訪れたのは、ITベンチャー企業の上場を機に海外進出で向かった中国でのこと。自分自身の能力の限界を感じるとともに、あまりにもひどい水と空気、自然のない環境に耐えられず、温めていたアウトドア事業での起業を決意する。


▲(株)VILLAGE INC代表の橋村和徳氏

帰国後、理想の地でキャンプ場の開発を始めるが、海岸以外は三方を山に囲まれたジャングル同然の草木生い茂る場所。地番もなく地権者もわからない、船でしか行けないその入江に持ち込めた最大の機材は小型耕運機という状況で開発を続けた。

そんな1年後のある日、地権者が現れた。土地の持ち主がわからなかったとはいえ、法的には明らかな不法侵入であり不法占拠の状態。しかし、投げかけられたのは「なんで、こんな“価値のない土地”をキレイにしてくれているの?」という純粋な疑問と感謝の言葉だったという。橋村氏は、辺境キャンプ場を始めたい主旨を説明し賃貸借契約を締結。さらに1年後の2011年、足かけ2年の歳月をかけて野球場1面分もの広さの土地開発を終え西伊豆『AQUA VILLAGE』のオープンにこぎつけた。


▲「大人の冒険」がコンセプトの1日1組限定のプライベートキャンプ場「AQUA VILLAGE」

橋村氏にとってアウトドアといえば海。理想の地は無人島に限りなく近い環境の陸の孤島だったという。無人島は、ケガや病気の際の病院への搬送の難しさや、悪天候で島から帰られなくなるといったインフラ面での脆弱性がリスクとなる。ほぼジャングルだったところを不法占拠状態で開拓してきたという行動力からは猪突猛進型にみられるが、その背景には前職で創業メンバーとして会社を上場、海外進出の陣頭指揮と事業を成長させてきた経験に裏打ちされた計算がある。

観光地ではなかった西伊豆の田子港に年間数千人を呼び込んだ「AQUA VILLAGE」、「REN VILLAGE」の設立など、その発展の軌跡は「略歴」をご覧いただきたい。


VILLAGE INC「事業概要」より

 

目利き力と誇り高き3H(辺境×廃墟×変態)が場の価値を創造する

辺境キャンプ場を成功させた橋村氏のもとには「うちの地域をなんとか…」「この建築物を…」など、多くのオファーが舞い込んできたが、「辺境や廃墟は日本全国どこにでもある。重要なのは当社が価値観としてあげる誇り高き3Hの最後のピース『変態』だ」と橋村氏は語る。

▶VILLAGE INCが掲げる3つの価値観


VILLAGE INC「事業概要」より

辺境は、過疎地や中山間地域、耕作放棄地、遊休地など。廃墟は、廃校や無人駅、廃旅館などの遊休資産。残る変態はリスクペクトを込めて、新しいことにチャレンジし結果にコミットし変化に適応する人をさす言葉だという。つまり、どんなに魅力的なロケーションや建造物があっても、地域を愛する変革者がないと上手くいかないということだ。

もちろん、変態がいれば全て成功するわけでない。橋村氏は、仕事の要請をうけると周辺の遊休資産のリストアップを依頼し、全てをみてまわる「地域の棚卸し」を行い、時には要望とは違った地域や施設の活用を逆提案することも多いという。要するに目利き力だ。

つまり「人を惹きつけるコンセプト」「それを実現できるロケーションや建物」「ビジネスを推進する人の存在」を見つけていくことこと、辺境ビジネスを成功させるカギである。

辺境や廃墟には、その性質ゆえに提供できることがある。それは非日常体験という価値だ。辺境ならではの自分と向きあう時間、団体ならば参加メンバー同士の結束が強まる体験となるであろう。濃密な時間と体験、その時の記憶や感情や思いが特別な価値として自分のなかに残り続けるということだ。

 

歴史を物語に。地域資源を磨き上げ、唯一無の体験に

橋村氏は、先述した地域の棚卸しの際に、その土地の歴史も調べるという。地元・佐賀県の知事からは「なぜ唐津出身のヤツが伊豆を盛り上げているのか」とお叱り含みのオファーがきたという笑い話はさておき、唐津の「波戸岬キャンプ場」の運営受託を決めたのも、地元だからではなく、その昔、豊臣秀吉が朝鮮出兵のために名護屋城を築城していたという物語があったからだ。当時の武将が陣を張った場所で、テントという陣を張るというコンセプトの面白さが決め手となった。


▲昔、武将が陣を張った場所にテントを張るというコンセプトの波戸岬キャンプ場

このコンセプトは、武将の陣という意味性を与え、唯一無二ともいえる価値を生み出し、客の体験価値をあげる。橋村氏は、その土地の歴史を調べるなかで地元の名士などを訪ねて人間関係をつくっていく。そして、最終的には「地元のひとよりも、その土地の歴史にくわしくなっちゃうんですよ(笑)」と話すほど地域にのめり込む。

永遠のよそ者を自認する橋村氏だが、おらが村の歴史を語るよそ者に地元民も協力するようになると、辺境や廃墟だった場所が息を吹きかえし、新たな価値を生むようになっていくのだ。

 

滞在価値を高めるべく、参加者を主役にするキャスティング力と運営力

橋村氏が運営する施設は「どう運営するか?」という視点が先にある、いわゆるオペレーションオリエンテッドという考え方で設計されている。

それは最低限のオシャレさで、ホテルのようなフルサービスもない。訪れた客は「あそこはこうしたほうがよくなる」「こうすればいいのに…」と口々に言うという。そこで、すかさずスタッフは「では、お願いします!」と応える。すると客によるDIYが始まる。その運営スタイルを実現するための余地を施設の各所に残しているのだ。客は、あえて作り込まれていない場に関わることで「あそこはオレがつくったんだ」と自分事になる機会を与えられる。当然、愛着がわきリピーターになる。そして自慢したくなり、口コミでも繋がっていく仕組みだという。

一時期、手離れの良さに魅力を感じ運営を伴わないコンサルティング事業を展開していたが、今では全ての施設を自社運営している。これは、同社が運営力にこだわり、自信をもっている証拠でもある。

そして、その運営の前提となる場づくりの仕掛けも興味い。幹事役のひとは村長になり、サポート役の副村長も任命される。スタッフは軍師となり、他の客も食事係やレク係などの役割を与えられる。

そして、それぞれが非日常の役割を終え帰途につく最終日。村長は参加者から感謝の渦につつまれフィナーレを迎える。チームは一体となり村長は次の予約をとりその場でリピーターとなる。副村長は「次は自分も…」と再訪を心で誓う。


▲お客様とスタッフがかかわるような仕組みが随所にあり、滞在を通じて仲良くなる

このドラマのシナリオづくりのようなキャスティング視点の考え方は、テレビ局時代の影響かと聞いたが、「制作希望だったが営業に配属されて、やらせてもらえなかったから今やっている(笑)」という。

余談だが、創業当初に辺境キャンプを体験した人たちはその後、勤め先での大出世や成功を収めたという。橋村氏は「非日常空間での体験により日常生活で溜まったものがリセットされた。非日常が日常を豊かにした結果だ」と語っていたのが印象的だった。要するに非日常の体験と刺激が、日常にヤル気の好循環を生んだということなのだろう。

 

1拠点3事業のビジネスモデルで労働集約と業務効率を高める

最後に橋村氏が考えている今後の展開について触れておこう。同社は、辺境キャンプ場からスタートし、全国各地から寄せられた要請に応え様々な施設を成功させながら10年を迎え「1拠点3事業のビジネスモデル」に辿りついた。

3つの事業とは、1日1組限定の辺境キャンプ場のような尖がったコンセプトのものがひとつ。2つめは、唐津の『波戸岬キャンプ場』のように安価だけど手間いらずで、安定かつ定期的に収益をあげられる施設。そして、3つめは「真⽥家ゆかりの源泉を持つ廃温泉宿『さなざわ㞢テラス』」などのインドアの宿泊施設だ。これらがひとつの拠点にあれば、天候が悪くなった場合、全員は無理でも一部をインドア施設に受け入れることが可能になり、スタッフの労働集約も図れ、業務効率が向上する。また、施設が隣接することで回遊性や再訪率を高めることに繋がるというメリットもある。


▲1棟貸も可能なワーケーション施設さなざわ㞢テラスは綺麗な田んぼに囲まれ、温泉とサウナも完備

アウトドア事業は、ちょっと期間の長い海の家のようなもの。100~200人規模のキャンセルが発生すると100万円単位の売上が一瞬で消えてしまう。季節要因もあり雨や台風の天候リスクが高いゆえに経営的にも不安定だが、この「1拠点3事業のビジネスモデル」を図らずも確立できたことによって、自信をもって継続を担保できるようになったと橋村氏は語る。

今後は、このモデルを含めこれまで培ってきたノウハウを活かしてアジア圏への進出を考えている。もちろん、コロナの脅威が収束したいま、インバウンドにも目を向けている。
(写真提供:株式会社VILLAGE INC)

文:冨山晃