第2回 ~九州の自然をそのまま活用~ 韓国人&日本人 誰もが歩いて楽しむ「九州オルレ」
2011.09.25
目次:
1.九州の外国人旅行者の約7割が韓国人
2.韓国人に大人気の「済州オルレ」と提携
3.九州オルレの特徴とその条件
4.4つのコースの概要、選定するまでの苦労
5.「九州オルレ」開始後の反響
6.課題と今後の可能性
1.九州の外国人旅行者の約7割が韓国人
全国の入国外国人の中では4分の1程度の韓国人が、九州では7割前後となる。
博多港~釜山港間が高速船で3時間、各都市を結ぶ飛行機便は1時間前後で行きかう近さもあり、アウトもインも交流はもともと盛んだった。最近はプサンエア、チェジュエアなどLCCも就航し、ますます韓国人旅行者も訪れやすいデスティネーションとなった九州。2010年は100万人を超えた外国人旅行者のうち、韓国人は過去最高の64.5万人を記録した。
もともとFIT旅行者が80%以上であり、「ウェルビーイング」という健康的なライフスタイルが追求される韓国市場に対して、九州観光推進機構は温泉や登山、スパなど九州に豊富な資源を「Relax、Healthy、Beauty~ロハス九州」というテーマや、九重登山などへの「トレッキング」でプロモーションをすすめていた。
※ロハス九州(韓国語)http://www.welcomekyushu.or.kr/lohas/
しかし、2011年3月以降は東日本大震災や円高の影響で韓国人旅行者が九州でも激減した。そこで、九州の新たな魅力を訴求しようと「九州オルレ」への取り組みを開始した。
2.韓国人に大人気の「済州オルレ」と提携
「オルレ」とは韓国語・済州島の方言で「家に帰る細い道」の意。2007年から開始した本家「済州オルレ」は現在25コースあり、済州島の年間訪問者670万人のうちの30%、約200万人が参加するほどの人気だという。
2012年2月28日に第一弾コース発表会の際に行われた、「社団法人済州オルレ」の理事長、徐 明淑(ソ・ミョンスク)氏の講演で、その人気の秘密を実感した。
彼女は週刊『時事ジャーナル』の編集長、オンラインニュースで有名な「OH MY NEWS」の編集長などを務め、とにかく忙しい毎日を送っていた。50歳のときに思い立ってスペインの巡礼の道「サンティアゴ・デ・コンポスティーラ」の800kmを36日間かけて踏破。全世界から集まる旅行者、ありのままの自然の風景の道を歩きながら、故郷である済州島の可能性を発見したという。
済州島といえば、ハネムーンなど韓国の中でも有名な観光地だが、一時の人気は過ぎ去っていた。しかし、ありのままの自然が残り、旅行者が訪れたことがない田舎がたくさんあるこの島で、誰もが歩けるトレールルートを作り、それが「人生を見つめなおす道」になると確信したという。
済州島に移り住んでコースを作成し、ボランティアや地元の人の協力を得て広げていった。スタートからわずか5年間で年間200万人が集まり、人口100人の村にも観光客が訪問し、一人暮らしのおばあちゃんが旅人のために出した食堂(カフェ)も登場。民宿(ゲストハウス)も各地で300軒できたという。
このスローな旅にひかれて韓国内でも話題に。私の仕事仲間の韓国人女性の両親もすっかりとりこになっていると語っていた。「コースの近くのカフェやお店も紹介されていて、若い(20代)私でも、行ってみたいと思っています」
今までは米国メーカーのシューズの人気が高かった韓国でも、地元メーカーがオルレ用のシューズを開発したことで売り上げが増大するなど経済効果もめざましい。
「歩いて人生を見つめなおす」「ありのままの自然をいかす」という「済州オルレ」の真髄は、韓国からのインバウンドだけでなく、日本人旅行者へ新しい国内旅行への提案にもなると大変感動を受けた。 ※済州オルレHP (日本語)http://221.139.0.180:8080/jp/
3.九州オルレの特徴とその条件
それでは九州オルレはどのように誕生したのか、経緯をたどろう。
九州観光推進機構は、2011年5月に「済州オルレ」の関係者を九州に招聘し、韓国人にも人気のあったトレッキングコースを視察してもらい、「九州オルレのコース造成の可能性」について探った。
「済州オルレ」には、九州以外にもアプローチがあったそうだが、自然のままの風景が多く残り、韓国と以前から交流が多く、韓国の人々に海外旅行という意識があまりない九州でオルレを展開することになった。同8月に「社団法人済州オルレ」との業務協定を締結。
まずは九州観光推進機構の提案を受け、九州各県が24コースをセレクト。その後、「済州オルレ」企画チームが視察し、アドバイスを受けながらコースを選定していった。「済州オルレ」のコンセプト、選定基準を適用して選ばれた4コース(後述)が2012年2月に発表されたのだ。
それでは通常のウォーキングとどのように違っているのだろうか?
まず、オルレには選定基準(後述参照)にそったコースがあり、そのコースにある県や市町村などの自治体や地元観光協会が標識を管理し、コースの広報・案内をしている。
オルレは山道を歩く「トレッキング」とも異なり、老若男女誰でも歩ける道を、標識をたどり自分のペースで歩いていくことができる。
「済州オルレ」と「九州オルレ」は統一ブランドであり、「済州オルレ」は空色、「九州オルレ」は朱色の同じシンボルマーク(カンセ:注1)が使用され、コースにカンセやリボン、矢印などの標識があり、それをたどって歩いていくことができる。
注1:カンセとは、もともとは済州島固有の小型野生馬のこと。草原をのそのそ歩くイメージから、休んだり寄り道しながらゆっくり歩くシンボルマークになっている。
「済州オルレ」(左)と「九州オルレ」(右)
のシンボルマーク
【選定基準】
①子どもや老人、女性ひとりでも歩ける(危険なコースを通らない)
②アスファルトをできるだけ避け、幅の狭い小道を主とする。
③コースにテーマや物語性がある。
④歩いてでしか見られない景色や見どころがある。
⑤1コースの距離は15Km前後。道草をしながらゆっくり歩いて8時間前後
⑥始点、終点への公共交通がある。
⑦中間地点からのエスケープルートがある。(2キロ以内に駅やバス停がある)
⑧宿泊地から公共交通でいける。
⑨地域交流ができる。
【標識】
カンセ:各コースに設置され、上部の頭の部分が進行方向を指す
リボン:青色と朱色のリボンは木の枝につけられている
矢印:道端、石垣、電柱などに描かれている。青色はスタート地点からゴール地点に向かう方向、朱色はゴール地点からスタート地点に向かう方向を指す
木の矢印:道の分岐点の木の幹に青色と朱色の矢印が掲げられている
4.4つのコースの概要、選定するまでの苦労
コース選定において「アスファルトに舗装されていない道」を見つけていくのは難しかったという。田舎ほど公共交通機関が少ないために車道を拡充していくためアスファルト舗装していることが多い。また、当初各県から提案があったコースが、決定までの視察の間に舗装されてしまうこともしばしばあったようだ。選定されれば舗装されずに自然が残せるようになるそうだ。一方、今はほとんど人が通らない道をかきわけ探したということも。
そうやって完成した4コースを紹介しよう。
●佐賀県・武雄オルレコース(14.5km 所要約4時間)
コース:JR武雄温泉駅~池の内池~武雄神社~塚崎の大楠~桜山公園
特徴:福岡からJRや自動車で1時間程度とアクセスがよい。四方を山に囲まれた静かな温泉郷で、樹齢3000年の神秘的な大楠や1300年以上の歴史ある温泉、400年以上の伝統を誇る90の窯元がある。
●大分県・奥豊後オルレコース(11.8km 所要約4~5時間)
コース:JR朝池駅~普光寺~柱状節理~岡城址~JR豊後竹田駅
特徴:日本の原風景というべき山村・農村を通り、九州最大の磨崖石仏のある普光寺や柱状節理が美しい清流、山城要塞の岡城址と竹田の城下町をめぐる。終点の豊後竹田駅近くには温泉施設もあり、旅の疲れを癒せる。
●熊本県・天草維和島オルレコース(12.3km 所要約4~5時間)
コース:千崎古墳群~花公園~外浦自然海岸~千束天満宮
特徴:天草諸島の維和島を一周するコースで、いたるところからコバルトブルーの海が見える。歴史ある古墳群があり、天草四郎が生まれた漁村も通るヒストリーロード。手付かずの自然海岸線も魅力。
●鹿児島県・指宿開門オルレコース(20.4km 所要約5~6時間)
コース:JR西大山駅~長崎鼻~川尻海岸~枚聞神社~JR開聞駅
特徴:JR駅で最南端の西大山駅からスタートする平坦で美しい海辺の風景を楽しめるコース。畑道を通り抜け、浦島太郎(竜宮伝説)の発祥の地といわれる長崎鼻の神社を通れば、薩摩富士と呼ばれる開聞岳が見えてくる。
5.「九州オルレ」開始後の反響
九州観光推進機構では、コース発表の2012年2月には「九州オルレ」の韓国語ホームページを作成。
また、旅行会社やメディア、ブロガーなどを招聘事業などで積極的に呼んで実際のコースを歩いてもらった。九州へのリピーターが多く、ほとんどの観光地情報が知られている今、「まったく知らない田舎のコース」は多くの反響を呼んだ。
新聞や雑誌など25媒体以上に掲載、2012年3月~5月で、旅行商品を造成した韓国旅行社10社の累計では1200人を送客している。また、個人旅行者にも認知されているようで、佐賀県・武雄の観光案内所では毎日5人ほどの韓国人からの問い合わせがある。
韓国ではよく見られる「テレビショッピング」での九州オルレ関連の商品販売では1000人の成約があったとのこと。
日本国内の旅行会社やウォーキングクラブから団体での問い合わせもあり、日本人向けにも九州訪問のきっかけになっている。
「韓国も日本も何か新しい観光の目玉、テーマパークとか施設を作らないと観光客は集まらないと考えていましたが、オルレはその概念を変えたと思います。普通の風景の中に、地元の人でも気づかなかった資源がたくさんあって、それは歩くことでしか発見できないものも。歩くことで癒されるとの声を体験者からきいて大変嬉しいですね」と、当事業で奔走してきた九州観光推進機構主任の李唯美(イ ユミ)さんは話す。
6.課題と今後の可能性
好評価のスタートだが、課題は少なくない。まずは、コースが設定された地域の住民がオルレを知って、サポート体制を作っていくことだ。
日本人観光客もあまり来ない、地元ガイドもいない田舎道で韓国人旅行者に出会うととまどう住民も多いはず。標識も含め、地元で管理・運営をしていく取り組みがないと充実化、継続は難しいだろう。
大分県・奥豊後コースでは、ツーリズム竹田で、問い合わせがあった場合利用できる農家民泊(1泊2食6000円程度)を紹介している。旅行者の目線にたったこのようなサービスの拡充を期待したい。
九州観光推進機構では、前回選定されなかったコースを見直し、新たに募集があったコースを含めて、新しいコースを増やしていく予定。今年9月にコース選定、24年度内にオープンを目指している。各自治体や地域から意欲的にコース提案がなされているという。今ある地域の宝を地元で見つめなおすことこそ、国内外からのインバウンドへの整備につながるきっかけになり、日本の他のエリアでも活用できるはずだ。
九州オルレ
http://www.welcomekyushu.or.kr/olle/index.html
今後日本語ホームページでも開設される予定
※写真提供:九州観光推進機構