最高の旅を演出する「スーパーガイド」表彰で、通訳ガイドを誇れる職業に
2024.06.24
旅をよりよい体験にしてくれるトラベルガイド。その中でも特に訪日外国人客をアテンドする「通訳ガイド」の需要が今、かつてないほどに増しており、ガイド不足は喫緊の課題となっている。その背景には、世界基準に比べて日本ではガイドの職業地位が高くなく、誇れる仕事として確立していないことも挙げられる。
そこで、ガイドにスポットライトを当て「憧れられる職業」へと引き上げるべく、優秀な通訳ガイドを表彰する取り組みがはじまった。その第一回「Guide of the Year 2024」の授賞式が2024年5月に行われ、Guide of the Year3名、特別賞4名、審査員特別賞1名の計7名が初代受賞者に輝いた。
ガイドという仕事の魅力を伝え良いガイドを増やすために、この賞はどう働くのか。そもそも「良いガイド」をどう定義するのか。今回の取り組みを主導した地球の歩き方総合研究所 事務局長の弓削貴久さん、ディレクターの渋谷裕理さんにお話を伺うと、日本における「ガイド」という職業の重要性が見えてきた。
▲Guide of the Year 2024授賞式、およびオンライン記者会見の様子
ガイド不足で需要取りこぼしも。観光業に迫る危機
株式会社地球の歩き方は、旅行ガイドブック『地球の歩き方』シリーズの発行元で、訪日外国人向け旅行情報サイト『GOOD LUCK TRIP(好運日本行)』も運営している。長年メディア事業を通じて旅の楽しさを伝えてきた同社だが、そこで培ったことをさらに日本の地域に役立てるため、シンクタンク機能として2017年に「地球の歩き方総合研究所」を設立。旅の戦略立案から誘客促進、受け入れ環境整備までワンストップで取り組んできた。
そこで主に富裕層向けの観光を考えてきた弓削さんは、海外エージェントやDMCから「ガイドが足りない」という声をたくさん聞いてきたと言う。観光立国を目指す日本では2018年に規制が緩和され、通訳案内士の国家資格を持たない人でも報酬を得てガイド業務を行うことが可能になった。急激なインバウンド需要の増加を見据えれば必然だったともいえるが、まだガイドの量も質も追いついていないのが現状だ。
▲地球の歩き方総合研究所のサービス
弓削さん「特に富裕層にとって『ホテル』と並んで期待値が高い旅の要素が『ガイド』です。ただでさえ人数が少ない中、富裕層の求めるレベルに応えられるガイドとなると本当に見つからない。ガイドが手配できないために旅行会社がツアー販売を中止してしまうほどでした。これはまずいと、非常に危機感を持ちました」
ガイド不足の背景には、コロナ禍を経てガイド従事者が減ってしまったこと、インバウンド観光の盛り上がりにより需要が増加したことの両面がある。SNSや動画サイトを通じて観光名所を「観る」だけなら容易になった今、現地を訪れて優秀なガイドから文化やストーリーを深く学び、知的好奇心を満たす旅がこれまで以上に求められている。さらに日本旅行のリピーターが増え、都市部以外にも訪日外国人客が訪れるようになったことも相まって、ガイドに求められる役割やニーズは大きく変化している。
地域の価値を伝えるガイドの地位向上を目指し、賞を設立
ガイド不足による機会損失を減らすため、大学教授、地域DMCの代表、シンクタンクの方などを集め、年間を通した4回の検討会でガイドの在り方を議論した。
弓削さん「今のガイドを取り巻く状況、海外事例などをリサーチする現状分析からはじめ、ガイドを表彰する取り組みをはじめようということは早い段階で決まりました。旅の最初から最後までお客様にアテンドする『スルーガイド』を軸に、地域に価値をつくり大きな経済効果を生むことができる『スーパーガイド』を今回の表彰の対象と定め、バリューチェーン全体で評価する仕組みを目指しました」
ボランティアガイド、日本人向けガイド、通訳ガイドとさまざまなガイドがいるなかで、高いスキルが求められるスーパーガイドはほんの一握り。その中からトップを選ぶ評価項目や審査基準を定めるのには時間を要したが、2023年11月に募集を開始すると、全国のたくさんのガイドたちから応募があった。書類審査とオンライン面談、審査会を経て、Guide of the Year 2024の受賞者が選ばれた。
ホスピタリティと人間力でゲストを魅了する受賞者たち
Guide of the Year 2024に輝いたのは、白石実果さん、馬上千恵さん、工藤まやさんの3名。それぞれ異なるキャラクターでありながら、少し接しただけでも人間力の高さと内から滲み出るホスピタリティ精神が伝わってくる。プロフィールと授賞式コメントの一部を紹介する。
▲授賞式はリアルとオンラインで開催され、会場では2名の受賞者が参加した
白石実果さんは、全国通訳案内士として延べ2,500名以上のVIPゲストのアテンド経験があり、質の高い体験を求めるゲストからの評価も高い。現場で聞いた訪日外国人の本音を日本各地に届け、ガイドトレーニング研修講師やインバウンド受け入れ体制のアドバイザーとしても活動している。
▲海外からのお客様をご案内する白石さん(写真左)
白石さん「ガイドとはエンターテイナーだと思っています。観光地の説明は10%ほどで、日頃から世界中のニュースや社会問題にアンテナを張り、ゲストの時間を実りあるものにすることが90%の仕事です。さまざまなスキルが求められますが、私自身『趣味でやってると思ってた』と言われたこともあります。ガイドの地位向上を願って、天職であるガイドという仕事を生涯続けていきたいです」
馬上千恵さんは、帯広畜産大学卒業後、北海道森林管理局に8年間勤務し、オーストラリアで学んだ経験を活かして活動するアドベンチャートラベルガイド。2008年から全国通訳案内士として、北海道にて自然ガイドやインバウンド向けツアー企画を行っている。
▲アドベンチャートラベルガイドとして活躍する馬上さん
馬上さん「ガイドという仕事の魅力はいくつかありますが、地域に貢献し持続可能な未来をつくるお手伝いができることの素晴らしさを、最近より強く感じています。地域の皆様と信頼関係を築き、地域の魅力を引き出すことで、より深い本物の体験が提供でき地域活性化にも寄与できます。この賞を機にガイドが憧れの職業になり、より多くの地域に貢献できることを願っています」
工藤まやさんは、アメリカの高校を卒業後、上智大学に入学。卒業後に入社した会社で富裕層ビジネスに触れ、2005年度に通訳案内士の資格を取得すると、翌年からガイドとして本格的に活動。茶道、日本刀鑑賞、居合、仕舞などを嗜み、世界60ヵ国以上の訪問歴も活かして、王族からセレブリティまで各国富裕層の案内経験が豊富だ。
▲世界各国からのVIPのご案内経験が豊富な工藤さん、今後は育成側に回りたいという意気込みを話してくれた
工藤さん「ガイドの仕事を始めて20年になります。私がご案内する世界各国VIPのお客様は、何事においても高い基準をお持ちのため、ご要望にフレキシブルに対応し日本文化との架け橋となることが重要です。今の私の夢は、そのようなVIPガイドの育成をすることです。この賞をきっかけにぜひ多くの方に通訳ガイドを目指していただきたいと思います」
バーではお酒をご馳走に!? 高く評価される海外のガイド
応募にあたっては、エントリーシートのほか、ガイド個人のお客様や仕事先からの推薦状をつけることが条件だった。経歴や英語レベルだけでは測れない人柄や心がけ、実際のエピソードなどを面談で詳しく聞き、ストーリーテリング力や演出力など複数項目で評価した。ハードな選考過程にもかかわらず自薦も多く、熱い想いをもった応募者が集まった。
実は世界では既に、国や政府観光局主体のアワードや、州や市単位でのガイドライセンス発行など近い事例があり、ガイドがより地位の高い職業として認められている背景がある。日本でも国が動き出そうとはしているが、民間企業だからこそできるスピーディーな動きで先行事例を作るつもりで動き出した。
▲Guide of the Year審査方法と評価のポイント
弓削さん「海外では観光客を連れてバーを訪れたガイドに店側が酒を奢るようなことも珍しくありません。日本でもガイドがそのくらい認められる職業になればと、自主事業としてこの賞をスタートしました。
応募者が集まるか不安でしたが、蓋を空けてみれば選べないほどふさわしい方々が集まり、こういう制度を待ってました!と嬉しい言葉をかけてくれました。顧客視点から客観的に評価してもらえる機会を待ち望んでいたようでした」
知識詰め込みではない、最高の旅を演出する「良いガイド」とは
改めて「良いガイドとは」という定義を聞いてみると、これからの日本の観光をリードしていくスーパーガイドの人物像が見えてきた。
渋谷さん「スーパーガイドの共通点は、どれだけ実地経験が豊富でも事前準備を怠らないことです。お客様が今回の旅にどんな価値を見出す方なのか、旅前に得られる情報は非常に少ない。それでも入念な下見やシミュレーションで仮説を立て、案内のストーリーを作り込んで当日に臨みます。また、経験が少ないガイドさんは、決めた通りに行程をこなし知識を正しく説明することに意識が向いてしまいますが、スーパーガイドは予期せぬ出来事にも柔軟です。お客様の反応を見て急遽行程を変えることもありますし、北海道にいるときに東京のトレンドの話をされてもすかさず受け答えるスピード感や引き出しの多さも備えています。明るく笑顔で場を盛り上げ、お客様を楽しませるサービス精神に長けています」
弓削さん「総合すると『人間力』みたいなところに戻ってきます。お客様がなぜ日本に来ていて、今どういう気持ちでいるのかを常に汲み取り、場面ごとに対応できるのが良いガイドといえると思います」
詰め込んだ知識を披露することがガイドの仕事ではない。会話の小さな種も見逃さず、旅全体を通して伏線回収をするようにストーリーを紡いでいく。そうした高度なガイディングができる人材を育成することも、これからの大きな課題となる。
▲スーパーガイドによるガイド研修の様子
受賞者と共に作る実践的な学びの場
ガイドとしてスキルアップを目指すには、現場でお客様と接しながら実践を積むしか道はないが、トレーニングの機会を得ることは難しい。お客様にとって一生に一度かもしれない日本旅行でのガイドは一発勝負。もし仮に失敗すれば、次に呼ばれることはない厳しい世界だ。
ガイド育成の場の少なさを課題と認識している人は多いものの、旅行エージェントは育成にまでコストを割けず、基本的に一人ひとりの自己研鑽によるレベルアップが求められる。ガイド協会による研修やガイドを束ねる派遣会社もあるが、スキルアップの道筋はまだ確立していない。
弓削さん「今回の受賞者の方たちには伝える側にもなっていただき、実践の中で学んでいける取り組みをやっていきたいと思っています。初代受賞者たちと一緒に、ガイドの仕事や日本観光についてのシンポジウムを開催したり、テーマを決めて全国の地域で講義や研修をすることを計画しています」
▲金沢で行われたガイド研修の様子、地球の歩き方総研ではガイド育成にも取り組む
あらゆるキャリアの人に開かれた「ガイド」を憧れの職業に
ガイドは専門職ではあるが、さまざまなキャリアの人に対して道が開かれているのも魅力のひとつだ。実際に今回、かつてはCAとして活躍していた方や、商社やメーカーで40年以上キャリアを積んだ方の受賞もあった。海外赴任に帯同した方が子育て後にライフワークとして始めたり、海外で学んだ若い人が帰国後にチャレンジしたりするケースもある。海外経験豊富で語学力のある人に「日本でガイドになる」という選択肢を届けることが、ガイド不足解消への近道になるだろう。
▲様々なバックグラウンドを持つ方が現役ガイドとして活躍する
弓削さん「長いこと海外でビジネスの最前線にいた方が、『今の僕のゴールは目の前のお客さんを笑顔にすることなんです』と話してくれました。一見縁が遠いように思えるキャリアの方にも、ガイドになる道に気づいてもらいたいですね。世の中にはこんな仕事もあるんですよと、Guide of the Yearを通じて伝えていき、数年後には優秀なガイドが多すぎて選べないほどの賞にできたらいいですね」
この賞の継続は決まっており、次年度のエントリーもすでにスタートしている。弓削さんは最後に「日本が世界一を目指せるのは“観光”しか残っていない」と言葉を強めた。日本にはまだまだ素晴らしい歴史と文化、そして奥深いストーリーが眠っている。Guide of the Yearは、それらを魅力的に伝えられる優秀なガイドをもっと日本に増やすべく、この取り組みを未来へとつなげていく。
▼Guide of the Year 2025のエントリーはこちらから
※Guide Of the Year2024の様子が、TBSふるさとの未来にて、7月24日(水)25時頃より(時間変更の可能性有)放映予定です。お楽しみに!