持続可能な観光、旅の本質的価値を考え直すきっかけに『センス・オブ・ワンダー』
2024.10.09
『センス・オブ・ワンダー』
著者:レイチェル・カーソン、森田真生/出版社:筑摩書房
レイチェル・カーソンの未完の書籍の続編、京都で展開
「子どもの世界は瑞々しく、いつも新鮮で、美しく、驚きと興奮に満ちています。あのまっすぐな眼差しと、美しくて畏怖すべきものをとらえる真の直感が、大人になるまでにかすみ、ときに失われてしまうことさえあるのは、残念なことです(略)私は世界中のすべての子どもたちに、一生消えないほどたしかな『センス・オブ・ワンダー(驚きと不思議に開かれた感受性)』を授けてほしいと思います。それは、やがて人生に退屈し、幻滅していくこと、人工物ばかりに不毛に執着していくこと、あるいは、自分の力が本当に湧き出してくる場所から、人を遠ざけてしまうすべての物事に対して、強力な解毒剤となるはずです」
本書は、環境問題に関心のある者にとってのバイブル『沈黙の春』の著者レイチェル・カーソンが、最後に完成を夢見た未完のテキストの新訳である。そして訳者の森田真生がこの物語の続きを、京都を舞台に「僕たちの『センス・オブ・ワンダー』」として描く2部構成になっている。西村ツチカによる装画と挿絵が、この2つの物語の織り成す美しい世界へ読者をいざなう。
カーソンの物語の舞台は、アメリカ北東部メイン州の海辺にある著者の別荘。4歳の甥っ子ロジャーと海や森を冒険するところから始まる。冒頭で引用したのは、本来、誰もが生まれながらに持っているセンス・オブ・ワンダーについての著者の思いだ。世知辛い現代社会では、大人たちから、「自然を恐れ、不思議に思う感受性や、人間の存在を越えたものを認識する心を持ち、強くしていくことには、いったいどんな価値があるのでしょうか」といった反論が飛んできそうだ。著者の答えは明解だ。「科学者であろうがなかろうが、この地球の美と不思議のなかに住まうものは、決して一人きりになることはないし、人生にくたびれることもないのです。日々のなかにどんな悩みや心配があろうと、その思考は、内なる充足と、生きることの新鮮な感動に至る道を、やがて見つけることができるはずです」
カーソンの没後60年を経た2024年現在も、その答えは変わらない。舞台は訳者の森田氏が暮らす京都の自宅。2人の小さな息子の自然への眼差しを通じて、「僕たちのセンス・オブ・ワンダー」へと物語は紡がれていく。森田氏の博識によって、動植物たちの営み、人間の五官から内臓が知覚する役割、夢、時間の流れ、自然の神秘に対する深い考察と思想哲学にまで広がっていく。それは、129ページの挿絵で見事に表現されている。
一人ひとりが「センス・オブ・ワンダー」を取り戻すべき理由
ツーリズム産業に従事する人は、是非、この2つの物語を旅の経験に置き換えて読んでみてほしい。なぜなら、旅は、忙しい日常で閉ざされてしまっている、あるいは忘れてしまった自らのセンス・オブ・ワンダーを呼び覚ます機会であるからだ。
現在の環境危機の問題は深刻だ。そのことは、カーソンが60年以上前に訴え、さらに訳者の森田氏も訴えている。
評者は、現在の観光の在り方にも深刻な懸念を抱いている。観光危機とよぶべき事態だと思う。豊かな自然環境という基盤なしに、社会も経済も成り立たないからだ。センス・オブ・ワンダーは、その解決策の一助となるはずである。なぜなら、質の高いサービスを顧客に提供するには、事業者自身が常に好奇心を持ち、新しい発見、感動を通して感性を高めることが求められる。評者が旅行サービスの提供は総合芸術と主張する所以である。センス・オブ・ワンダーの精神で顧客や地域と共に喜びを共有することで、ツーリストシップを育み、自然や訪問地域への感謝、愛着の想いが生まれ、さらに尊敬、畏怖の念を抱くことに繋がる。この役目を果たすことが、ツーリズム産業に従事する人々の使命と役割であると考える。1人1人のセンス・オブ・ワンダーが、持続可能な観光運営を実現するための鍵となるはずだ。
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文:一般社団法人JARTA 渋谷武明