観光業の人材ギャップを読み解く、事業者と求職者への調査から導く“次の一手”とは?
2025.10.14
観光地に人が戻り、街に外国語が飛び交う。そんな光景が日常となった今「人手さえいればもっと回せるのに」と嘆く現場の声が後を絶たない。
インバウンド需要の回復が進む一方で、「採用しても人が定着しない」「若手が育たない」といった人材課題は、いまや業界の構造的リスクとなっている。
本記事では、インバウンド領域で企業、自治体向けの支援事業を展開するやまとごころグループ(株式会社やまとごころ/やまとごころキャリア)が実施した2つの調査をもとに、事業者と求職者それぞれの意識と課題を可視化し、両者のギャップをどう乗り越えるべきか、観光業における「人材戦略」の方向性を探る。
【Part 1】観光事業者の現状:データで見る「採用・定着」の深刻な課題と施策の方向性
株式会社やまとごころが、やまとごころ.jp読者を対象に、2025年9月10~16日に実施した「観光事業者へのアンケート」(回答数:105件)では、人材に関する深刻な課題が浮き彫りになった。
採用は難しく、育成も困難、“二重の壁”に悩む現場
人材に関する課題として、もっとも多く挙げられたのは「採用が難しい」(58.9%)という声で、人材確保の“入口”の時点で苦戦している様子がうかがえる。
一方で、「若手が育たない」「定着しない」「属人化して業務が引き継げない」など、組織内部の課題も40%前後で並び、採用と定着、両面の壁に直面している現実が明らかとなった。

「応募が来ない」は構造的な問題、問われる職場の“中身”
採用活動において最も大きな課題は「応募が集まらない」(33.3%)だった。
これは単なる求人の打ち出し方の問題ではなく、待遇や職場環境といった“中身”とのギャップに原因があるとみられる。
中には「履歴書や面接で経歴を大きく誇張した人を採用してしまい、現場が混乱した」(自治体/DMO 一般スタッフ)といった声もあり、採用の“質”と“見極め”も大きな課題となっている。

地方ほど深刻な賃金の現実「引き上げたいが難しい」
賃金については、「引き上げている(または検討中)」との回答が43.9%を占めた一方で、「上げたいが利益が出ておらず難しい」が25.2%にのぼった。
特に地方企業からは、「地方であるがゆえに相対的に賃金が低いこと」「拘束時間に比して観光業の給与水準が低すぎるため、他業種に流れてしまう」といった声も寄せられた。
待遇改善の必要性は理解しながらも、経営体力が伴わないという“どうにもできない現実”に、特に地方の事業者が苦悩していることが窺える。

広がる外部人材活用 柔軟性が次の生存戦略に
外部人材の活用状況について「すでに副業・業務委託・派遣などの外部人材を活用している」との回答は52.4%に達し、多様な雇用形態の導入が現場レベルで進んでいることが分かった。
一方、「興味はあるが、制度や体制が整っていない」(29.5%)という回答もあり、“やりたくてもできない”という内部整備の壁も存在している。中には「地域DMOとして、地元を知らない外部人材に委託できる業務が限られている」といった意見もあり、外部人材活用には、受け入れ側の整理と業務設計が不可欠であることが見えてきた。

最も関心のある施策は「育成」 人が辞めない職場づくりへ
「今後取り組みたい・関心がある施策」として最も多かったのは「社員教育・スキルアップ支援」(55.2%)。次いで「組織体制の見直し」(44.8%)、「外部人材の活用」(34.3%)と続いた。
注目すべきは、多くの企業が教育や育成、組織体制の見直しなどを通じて“内部基盤の強化”に最も意欲を示している点である。これは人手不足の根本ともいえる、組織の持続性を高めようとする動きといえる。

“育てる仕組みがない”、定着を阻む「内部の未整備」
「組織運営で最も不足しているもの」として、「教育・研修体制」「キャリアパス設計」「業務マニュアルの標準化」「評価制度」がほぼ横並びで挙げられた。
特に「キャリアパス設計」や「評価制度」が不十分であることは、若手・中堅社員の将来不安に直結し、離職要因となっている可能性が高い。
ある回答者は、「新卒と中途で研修内容に差があるだけでなく、いずれも現場任せ。育成が成り行きになっている」(観光関連以外の事業者、一般スタッフ)と語っており、体系的な人材育成の仕組みが欠けている現状が改めて浮き彫りになった。

採用支援から一歩先へ 企業が求める“持続可能な仕組み”
人材課題解決のために企業が最も期待する支援は「求人・採用支援」(37.1%)で、次いで「教育・研修支援」(21.0%)、「制度設計・組織コンサルティング」(20.6%)と続いた。
この結果から、採用だけでなく、社内の仕組みを整えることへの関心が高まっていることがわかる。
また「外部人材マッチング」が17.1%を占めた点も、多様な人材確保の選択肢を求める現場のニーズを物語っている。

【Part 2】 求職者の意識:事業者との間に横たわる「待遇」と「仕事観」のギャップ
観光事業者へのアンケートから、採用の課題が特に深刻であることが分かった一方で、観光業が求職者からまったく選ばれなくなった、というわけではない。
株式会社やまとごころキャリアが、求人サイトの登録会員を対象に2025年9月3〜10日に実施したアンケート(回答数:224件)では、次回転職活動で観光業界を希望すると回答した人は52.7%と、前年の調査から微増傾向にあった。
「仕事内容は魅力的」、観光業を志望する層はいまも一定数存在
希望理由として多かったのは、「これまでの経験を活かしたい」「仕事内容が魅力的」「グローバルな環境で働きたい」といった声で、接客・交流・語学を活かす現場への前向きな関心が見て取れる。
これらの結果から、観光業に対する「働くことへの前向きな関心」が、一定数の求職者の中に今も根強く存在していることが読み取れる。
特に観光・接客業の経験者にとっては、「ありがとうと言ってもらえる瞬間がうれしい」「その人にとって特別な旅を支えるやりがいがある」といった、“誰かの大切な時間に寄り添える仕事”としての魅力が、志望動機の根底にあると言えるだろう。

やりがいと生活の両立が、採用条件の重点項目に
求職者アンケートによると、仕事探しで重視する項目は、上から順番に「仕事内容」「就業環境」「休日休暇・勤務時間」「収入」が並んだ。
特に「休日・勤務時間」への関心は「収入」と同程度になっており、ワークライフバランスの確保が、前提条件となりつつある。

特に若い世代ほどこの傾向は強く、「やりがいがあるからこそ、安心して働ける環境で続けたい」という意識がより顕著に見られている。

こうした意識は、従来の観光業に多く見られる働き方とすれ違いを生みやすい構造にある。
長時間労働やシフト制、不規則な勤務体制などが「選ばれない理由」となっている現状をふまえると、仕事内容の魅力だけでは人材を惹きつけるには不十分になっていることが見て取れる。業界の常識を問い直し、“働きやすさ”の設計に本気で取り組むことが、今後の採用競争力に直結するだろう。
なぜ観光業は“選ばれない”? 求職者の本音とは
観光業界を「希望しない」と回答した求職者に理由を尋ねたところ、上位に並んだのは「土日や長期休暇に休めない」「給与が低い」「シフト制で労働時間が不安定」「拘束時間が長い」といった、待遇や働き方に対する懸念だった。

この結果から、仕事内容の魅力だけでは職業選択の決定打にならない現実が浮かび上がる。
「観光業=ハードワーク・低賃金・休みにくい」といった業界イメージが、長年の経験や風評によって定着していることも示唆される。こうした認識が変わらない限り、「そもそも候補に入らない」状況から抜け出すのは難しいだろう。
「人が戻った観光地」に、働く人が戻らない理由
今回のアンケート調査を通じて明らかになったのは、観光業のポテンシャルと現実の間に横たわる構造的なギャップである。
事業者側からは、「応募が来ない」「若手が育たない」「評価制度や研修体制が整っていない」といった組織内部の課題が並ぶ一方で、求職者側からは、仕事へのやりがいはあるものの、「労働条件や将来性に不安がある」「給与が低く、生活を支える仕事ではない」といった切実な不安が浮かび上がった。
仕事内容の魅力と、働く環境とのあいだに横たわる乖離が、採用の大きな障壁となり、定着を阻んでいる。この課題を乗り越えていくには、現場の努力だけでなく、構造全体を見直す視点が求められる。
ここでは、調査結果をふまえて見えてきた、観光業における人材戦略の3つの方向性を提示したい。
1. 【採用】待遇と柔軟性の見直しが、選ばれるための第一歩に
「応募が来ない」と悩む企業が多い中で、求職者が最も懸念しているのは、賃金水準や休暇の取りづらさ、不規則な勤務形態だった。 仕事内容のやりがいが評価されているからこそ、それに見合う環境整備の有無が「選ばれるかどうか」の分かれ目になっている。
求人の打ち出しを強化するだけでは限界がある。まずは労働条件の透明性と納得性を高めることが、採用の“入口”を広げる鍵となる。
2. 【組織づくり】「続けられる職場」への投資が定着を生む
教育・研修体制、キャリアパス、評価制度、マニュアル整備など、事業者へのアンケートで「不足している」と回答があった項目の多くは、定着、育成に直結する要素だった。
属人的に回してきた業務を仕組みに落とし込み、「未来の不安」を軽減する職場づくりが急務である。これは大規模な企業に限らず、人手が限られた地方の中小施設だからこそ、“仕組み化”の恩恵は大きい。
また、「無駄な業務が多いと感じる。ロボット化しても良さそうな部分で、人を採用している」(観光関連以外の事業者、経営層)という意見があるように、制度設計の前に、業務自体の見直しや効率化が定着・育成の土台となる。
さらに、「将来の日本人マネジメント層の教育機関が国内に無いこと」(宿泊施設、経営層)や、「世代交代しても持続できる企業をつくること」(旅行会社、経営層)といった声からは、業界の長期的な競争力に関わる根深い問題があることが分かる。誰もが「この仕事に将来がある」と確信できるような、 未来のリーダーが育つための土壌を耕すこと、そして、 経験や勘に頼らず、誰でも質の高いサービスを提供できる仕組みを作ること が、最終的に業界の活力を高めることにつながる。
3. 【外部活用】足りない部分は、外から補うという選択肢
副業・業務委託・外部人材の活用は、いまや“非常時の代替策”ではなく、恒常的な人材戦略の一部として浸透し始めている。
実際に調査でも「すでに活用している」「関心がある」と答えた事業者は8割にのぼった。また、自由回答では「本当は社員として採用したいが、採用できないので、業務委託のプロとのマッチングサービスがあればとてもありがたい」(旅行会社、経営層)という具体的なニーズが寄せられている。
社内に専門性やリソースを抱えきれない時代において、“全部自社で抱える”という発想を手放し、必要な部分を柔軟にアウトソースしていくことが、持続可能な組織運営につながる。
採用、育成、外部活用。 3つの視点を自社に引き寄せて考え、「人が続く観光業」を次の世代につなぐことが、いま求められている。
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<人材採用に関する調査概要>
・企業へのアンケート
調査実施時期:2025年9月10日~9月16日
調査対象:やまとごころ.jp読者(N=105)
調査手法:オンライン
アンケート回答者属性:

・求職者へのアンケート
調査実施時期:2025年9月3日~9月10日
調査対象:やまとごころキャリア登録会員(N=224)
調査手法:オンライン
アンケート回答者属性:


