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離職率4.2%のホテルはいかにして“辞めない組織”を実現したか? “人の力”で改革したベルナティオに学ぶ

2025.10.27

「人が定着しない」「育ててもすぐ辞める」といった悩みは、観光業界、特に地方の中小規模事業者にとって深刻な経営課題である。新潟県十日町市のリゾートホテル「あてま高原リゾート ベルナティオ」は、離職率4.2%という業界平均を大きく下回る水準を実現し、毎年新卒社員が定着しながら、業績も上昇を続けている。

本記事では、組織改革を主導した元・総支配人の佐野智之氏へのインタビューを通じて、1.既存社員の意識改革、2.新たに入る人材の育成、3.継続するための仕組みと文化づくり、という3つの側面から、“人が辞めない組織”の実践知を深掘りする。

あてま高原リゾート ベルナティオのスタッフたち▲“辞めない組織”を支える、あてま高原リゾート ベルナティオのスタッフたち(提供:あてま高原リゾート ベルナティオ)

 

離職率4.2%、口コミ評価4.6。その裏にあった“赤字”の過去

「あてま高原リゾート ベルナティオ」は、約510haの広大な敷地にホテル、ペットと泊まれるコテージ、温泉や露天・貸切風呂、宴会・結婚式場、ゴルフ場などさまざまな施設がそろう複合型リゾートホテルだ。

現在、ベルナティオが誇る離職率4.2%という数字は、単なる定着率の高さを示すだけではない。顧客からのオンライン口コミ評価も4.7(5点満点)前後を維持し、質の高いサービスが安定的に提供されている証左である。しかし、佐野氏が総支配人として着任した2014年当時、組織が抱えていたのは深刻な経営課題であった。

新潟県・十日町市の2自治体と、東京電力や鹿島建設をはじめとする民間企業22社(団体)が出資する第三セクターであるベルナティオ。顧客層の約7割を法人会員の保養所的な利用が占めていたが、東日本大震災の影響で法人会員の利用が激減し、ホテルの稼働率は最低水準に落ち込んでいた。

あてま高原リゾート ベルナティオの施設外観▲赤字からのV字回復を遂げた、新潟・十日町の複合型リゾートホテル「あてま高原リゾート ベルナティオ」(提供:あてま高原リゾート ベルナティオ)

「着任当時、年間稼働率は43%。お客様数は6万8000人。赤字が続けば、贅沢なホテルを運営すること自体が世間的に許されない状況でした」と佐野氏は当時を振り返る。それまで一般の旅行客(ビジター)を呼び込む営業や集客の手段をほとんど持っていなかったという。

「非常に難しい状況からのスタートでした。初めて、『どうやって稼働率を上げていったらいいか』、そして『どうやってビジターのお客様にベルナティオを知っていただくか』という、根本的な課題に直面したのです」(佐野氏)

集客の柱を失い、初めて市場と向き合わざるを得なくなった組織。そこから3年で稼働率は80%近くまで上昇、売上も19億円から29億円へとV字回復を遂げた。その実現のために佐野氏が着手したのは、“人の力”による組織変革。保養所から真のリゾートホテルへと脱皮するためにまず取り組んだのは、社員の意識改革だった。

 

まずは既存社員から、壊れた組織を変える最初の一手

改革の第一歩は、総支配人室の廃止だった。

「総支配人がいい椅子に座ってパソコンを叩いているより、人との対話を最優先にすべきだと思いました。営業事務所の真ん中に自分のデスクを置きました」

当時、組織は9部門に分かれており、縦割り意識が強かった。佐野氏はこれを4部門に再編し、部長を全員シャッフル。大きな反発もあったという。

「部長からは『慣れた人間がいなくなったら組織がおかしくなる』と言われました。でも、『すでに組織は壊れていることに気づいていないことが問題だ』と伝えました」

新しい配置により、部長たちは新たな知識を学び、課長クラスの社員が支える体制が生まれた。その結果、組織に血が通い始める。

「混乱よりも、現状に不満を持っていた課長クラスの若手が『今までとは違う』という期待感を持ってくれました。当時いた175人のスタッフのうち、20人くらいはすぐに共感してくれたんです。1割味方がつけば、組織は変わります。私より長くいる彼らが自分たちの言葉で私の考えを周りに伝えてくれたので、伝わるのが早かったですね」

最終的に、役職者の約半数は組織を去っていった。ネガティブ思考の強い人を変えることは難しいが、組織全体の空気感をポジティブにすることで、そこに合わせなければ組織にいられなくなると危機感を感じるようになるのだという。

戦略骨子を作り、部長たちに顧客を増やすためのアクションをロジックでわかりやすく説明した後、それぞれのアクションに責任を持つ担当を決定。そして、毎週の支配人会議で進捗を確認していった。

「私の役目はスタッフみんなと対話をすること。就任当初はほとんど会社にいても、とにかくいろんな人と話をして、また仕事が終わってからも毎晩、飲んで話をしていましたね」

 

新メンバー育成の仕組み、スキルより“理念を体現する心”から

既存社員の意識改革に目処がつくと、次に重要となるのが、毎年入ってくる新卒や中途社員を、その文化にスムーズに取り込み、戦力化する育成の仕組みである。佐野氏が重視したのは、マニュアルやスキル研修の前に、ホテルの理念を「体現できる」人材を育てることだった。

「知識や技術を先に教えると、心が入っていかない。まずどういう気持ちで仕事と向き合うかという心の部分を育てます。心を入れてから技術を教えるのが順番です」

研修では「マインド」を中心に据え、人柄や尊敬される人になるための姿勢を重視した。さらに、「人を生かし、お客様に感動をお届けし、地域とともに発展する」という経営理念を現場の言葉に落とし込むため、新卒1年目や2年目のスタッフも含めてビジョン委員会を立ち上げた。

「理念は社長室の額縁に飾るものではなく、行動に移してこそ意味があります。だからスタッフの声を形にしました。『人を生かすとは何か』をみんなで考えたら、『お互いを尊重・尊敬し合う』という言葉が自然に出てきた。トップダウンではなく、現場から生まれたことが大きいです」

ビジョンづくりには1年かかったが、全体最適を考えてチームプレイで取り組む姿勢や、人手も惜しまずお客様に寄り添う気持ち、地域から十日町の親善大使と言ってもらえるような存在になろうとする考え方など、スタッフ一人ひとりの実感がビジョンとして集約されていった。

あてま高原リゾート ベルナティオのビジョン▲現場スタッフの対話から1年かけて策定された「理念」。組織の行動指針として根付いた(提供:あてま高原リゾート ベルナティオ)

 

理念を行動に落とし込み、称賛の文化を根付かせる仕組み

経営理念を日常の行動に落とし込むツールのひとつとして、「ベルカード」と呼ばれる制度がある。スタッフ同士が互いの良い点を見つけて書いたカードがバックヤードの壁に貼られるもので、始めてから9年たつ今も枚数は増え続けている。書いた人、書かれた人だけでなく、第三者にも良い影響を与えるという。

「人の良いところを見つけるには意識が必要です。書かれた人だけでなく、第三者がそのカードを読むことで、“こんな一面があるんだ”と気づける。見方が変わるんです」

スタッフ同士が日常の良い行動を称え合う「ベルカード」▲スタッフ同士が日常の良い行動を称え合う「ベルカード」。理念の実践を可視化し、称賛文化を醸成(提供:あてま高原リゾート ベルナティオ)

さらに、年1回の表彰式では“称え合う文化”を徹底。アカデミー賞ばりのレッドカーペットを用意し、優秀者へ拍手を送る姿勢も評価する。

「表彰される人を見るとき、私は“拍手している人”を見ています。自分が選ばれなくても心から称えられる人が、ベルナティオの真のスタッフです」

これは、数字ではなく行動で評価するというベルナティオの評価制度にもつながっている。

「数字で評価するのは、行動を見ていないということ。ベルナティオでは、ビジョンに沿った行動が評価の軸です。正しい行動をしていれば、数字は後からついてくる」と佐野氏は言う。

2017 年、「楽天トラベル ゴールドアワード」の受賞も大きな転機となった。同賞は過去1年間で顕著な実績を上げ、高い評価を得た宿泊施設を表彰する制度。有名観光地ではない十日町での受賞は難易度が高かったが、佐野氏の着任から3年目に達成した快挙だった。

「表彰式へ参加を希望した24人を全員連れて行きました。売店スタッフや調理人など、普段集客に関わらない人も連れて行ったら、みんな泣いていました。そのとき、みんなが同じ気持ちを持ってひとつになれるという手応えを感じました」

「楽天トラベル ゴールドアワード」授賞式の様子▲「楽天トラベル ゴールドアワード」授賞式に、希望した24人のスタッフ全員とともに参加した佐野氏(提供:あてま高原リゾート ベルナティオ)

 

信じて託す、スタッフの“自主性”が育つマネジメントのかたち

出資企業の規模が大きく、3年ごとに社長が変わる複雑な組織であるゆえ、運営の指揮を取ることには苦労した。出資会社や行政との関係にも困難があったが、ぶれずにスタッフを守る姿勢を貫いた。

その背景には、人を徹底的に信用するスタンスがある。スタッフから、たとえ思いつきだったとしても良いアイデアが上がってきたら、「教えてくれてありがとう」と意見を受け入れることが必要だと佐野氏は強調する。

スタッフの自主性を信じ、「個人バジェット制度」も導入した。1人年間1万円を自由に使い、リピーター客への記念日プレゼントなどに充てることができる。

「あるスタッフは、入院してしばらく来られなかった久しぶりの常連客にお祝いの花を送りました。かかった金額は2500円程度のことですが、お客様は涙を流し、『もうベルナティオしか行けない』と言ってくださったんです」

そうやってベルナティオのファンを増やしていく。バジェットの使い方を朝礼で共有し合うのも、常にスタッフ全員が顧客に喜んでもらえる方法を考えているからだ。

顧客に気持ちのこもったお金を使って、その顧客がリピーターとして戻ってくる。好循環が自然と生まれる仕組みが、ベルナティオには浸透している。

 

“関係者”の輪を広げて、働くことが楽しくなる職場へ

ベルナティオが最も大切にしているのは、「”お客様”を作らない」という考え方だ。佐野氏はこう語る。

「“お客様”という存在を作ると、サービスを受ける側と提供する側に対立構造が生まれる。だから私たちは“関係者”を増やすことを目指しています」

この対立構造が引き起こすのは、接客する側の深刻な感情の疲弊だ。サービスを提供する人は、自分の心に嘘をつきながら接客することになる。たとえ嫌だな、早くこの場が終わってほしいなと思っていたとしても、お客様に対しては作り笑顔で「また来てくださいね」と言うことが求められる。自分のことを“客”だと思ってサービスを提供する側を下に見ている人が増えると、スタッフは精神的に参ってしまう。人が辞めていく本当の原因はここにあると佐野氏は指摘する。

スタッフが興味を持ってお客様に接すれば、やがてお客様もベルナティオを“自分ごと”として語るようになり、互いに興味関心を持ち合うことで、いつしか家族や仲間のような存在になるという。コロナ禍で休館中に手作りマスク700枚を持参した常連客や、ロビーを自ら掃除するリピーター、そんな「関係者」が全国に広がっていった。

「自分の心に嘘をつかなくていい状態をどれだけ作ることができるか。関係者が増えれば、働くことが楽しくなる。離職率4.2%という数字は、その結果なんです」

 

辞めない組織づくりは「ビジョン」と「対話」から始まる

中小規模の事業者においても、佐野氏はまずビジョンを作ることをお勧めする。

「みんなで何かを目指したくなるような、会社のありたい姿、ビジョンを明確にしましょう。そして、それを評価に紐づけることが大事です。そうすると、スタッフの行動が変わってきて組織が明るく動き出すと思います」

そのためには対話が必要だ。まずは、スタッフの声を聞くことから始めてみるのがよさそうだ。

あてま高原リゾート ベルナティオの元・総支配人の佐野智之氏▲今回お話を伺った元・総支配人の佐野智之氏(提供:あてま高原リゾート ベルナティオ)

取材・文/いわきあゆこ