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DMOは「集客」の先に何を担うのか ベルリンのDMMO化に学ぶ地域経営

2026.09.09

2025年、日本の訪日外国人旅行者数は4000万人を突破した。各地でインバウンド需要が拡大し、多くの自治体やDMOが誘客施策を強化している。一方で、オーバーツーリズム、交通混雑、人手不足、環境負荷、住民との摩擦といった課題も顕在化し始めた。いま日本の観光政策は、「どれだけ人を呼ぶか」という量の拡大から、「観光によって地域をどう良くするか」という質の向上へと転換を迫られている。

そのヒントを求めて、2026年3月、私はドイツ外務省およびゲーテ・インスティトゥート主催のサステナブルツーリズム視察プログラムに参加し、ベルリンの観光戦略を担うvisitBerlin(ベルリン観光局)を訪ねた。

そこで見えてきたのは、従来の観光マーケティングに加え、住民生活や地域への影響まで視野に入れたデスティネーション・マネジメントの機能を強化し、マーケティングとマネジメントの両面から都市の観光を担うDMMO(Destination Management and Marketing Organisation)として役割を広げてきたvisitBerlinの姿だった。

Berlin

 

観光客を「呼ぶ」だけではない、地域への影響まで担うvisitBerlinの役割

ベルリンは2025年に年間1240万人の旅行者を迎え、宿泊数は2940万泊に達した欧州有数の都市観光地である。しかし、visitBerlinのデスティネーション・マネジメント部長、ニーナ・ザントゥート氏はこう語った。

「Tourism is not just about volume — it’s about impact.」(観光は量ではなく、都市に与える影響が重要である)

この言葉こそ、ベルリンの観光戦略を象徴している。

ベルリンのDMMO化は、ある日突然始まったものではない。ドイツ再統一後、ベルリンは急速に成長した。世界中から旅行者が訪れ、観光は都市経済の重要な柱となった。一方で、観光客の増加は地域や公共空間、住民の暮らしにも大きな影響を与えるようになった。

こうした変化を背景に、visitBerlinでは2012年頃から、「観光振興はマーケティングだけでは成立しない」という認識が広がり始めたという。観光を持続的に発展させるには、ベルリンという都市の価値を形づくる多様な地域やクリエイティブな文化、そして住民の暮らしの質そのものを守る必要があると考えるようになった。

大きな転機となったのが、2018年に策定された「Berlin Tourism Plan 2018+」だった。この計画では、観光客を市内中心部だけに集中させるのではなく市内全域へ分散させること、そしてベルリンを構成する12の行政区との連携を強化することが打ち出された。

その後、ベルリン州政府はvisitBerlinにデスティネーション・マネジメントという新たな役割と、それを担うためのリソースを付与。行政区を専門に担当するチームも設置され、現在は12行政区と連携しながら、より持続可能で地域の実情に沿った観光のあり方を模索している。

つまりベルリンのDMMO化とは、マーケティングからマネジメントへと役割を置き換えることではない。従来の観光マーケティングに加え、住民の暮らしや環境、地域への影響まで視野に入れたデスティネーション・マネジメントの機能を明確に強化していく転換だったのである。

visitBerlinのオフィス▲visitBerlinのオフィスにて(筆者撮影)

 

州政府と12行政区をつなぐ、visitBerlinの「調整役」としての役割

では、DMMOとなったvisitBerlinは、具体的に何を担っているのだろうか。

ベルリンの観光政策で興味深いのは、一つの組織だけですべてを決め、管理しているわけではないことだ。visitBerlinへの追加取材によれば、ベルリン州政府は観光政策全体の戦略的な枠組みを示し、政策目標を定める。visitBerlinはその枠組みに基づき、従来から担ってきた国際的な観光マーケティングに加え、デスティネーション・マネジメントを都市レベルで実践する。一方、12の行政区は、それぞれの地域における優先課題やニーズ、可能性を把握し、地域の実情に応じた施策をつくる。

visitBerlinはその間に立ち、行政区に専門的な知見を提供するとともに、行政、観光事業者、文化施設、地域団体などが協働できる場をつくる。地域ごとのニーズとベルリンという都市全体の目標をつなぎながら、観光施策を支えていくのである。

つまり、visitBerlinはすべての施策を一方的に決める「司令塔」ではない。州政府が示す都市全体の方向性と、12行政区それぞれの地域課題をつなぎ、多様な関係者が協働できるよう支えるコーディネーターとして機能している。

日本でもDMOによる官民連携は進んでいる。しかしベルリンで印象的だったのは、「一つの組織が観光を担う」のではなく、それぞれの役割を持つ主体をつなぐこと自体がDMMOの重要な機能として位置付けられていることだった。観光を「集客」ではなく「地域経営」として捉えるからこそ、多様な主体が関わる仕組みが必要になるのである。

ベルリン・ミッテ地区の鳥瞰図▲ベルリン・ミッテ地区の鳥瞰図(© Dept)

 

住民の声を「聞くだけ」で終わらせない、ベルリンの観光政策

では、こうしたDMMOの「つなぐ機能」は、実際の観光政策にどのように落とし込まれているのだろうか。

ここから紹介する取り組みは、visitBerlinがDMMOとして担う「住民との対話」「行政区や関係者との調整」「持続可能な観光行動の促進」という役割を、具体的な事業として実践したものだ。

ベルリンの観光戦略でもっとも印象的だったのは、「Residents are central to the strategy」(住民こそが戦略の中心である)という考え方だった。観光客ではない。住民である。その象徴的な取り組みが住民の声を観光政策に反映する「HIER IN BERLIN」だ。

visitBerlinではアンケート調査、対話イベント、ワークショップ、ステークホルダーとの議論などを通じて、観光が住民の日常生活にどのような影響を与えているのか、どこに改善が必要なのかを継続的に把握している。
重要なのは、住民の意見を聞くだけで終わらないことだ。

例えば水辺観光では、住民から混雑や騒音、環境への影響、利用者同士のトラブルなどが指摘される一方、水辺は市民にとって大切な憩いの場でもあり、共有のレクリエーション空間として守ってほしいという声も寄せられていた。こうした意見はデスティネーション・マネジメントや戦略策定に反映され、「Water Tourism Strategy(ベルリン水辺観光戦略)」にもつながっている。visitBerlinは行政や関係者とともに住民から得た情報を活用し、持続可能な利用を促し、旅行者の意識を高め、旅行者をより適切に分散するための施策へと落とし込んでいる。住民の声から課題を見つけ、行政や関係者と共有し、優先順位や戦略を定め、具体的な行動へつなげる。

ここに、DMMOとなったvisitBerlinの「調整役」としての機能が具体的に表れている。観光客と住民のどちらかを優先するのではない。双方が快適に利用できる環境をつくること。それがベルリンの考える観光マネジメントなのである。

シュプレー川に架かるオーバーバウム橋。かつて東西ベルリンを隔てた橋は、今では統一を象徴するランドマーク。▲シュプレー川に架かるオーバーバウム橋。かつて東西ベルリンを隔てた橋は、今では統一を象徴するランドマーク。(© visitBerlin, Foto: Dagmar Schwelle)

 

旅行者を「消費者」から「地域への貢献者」へ、Berlin Payの挑戦

もう一つ、DMMOの考え方を旅行者の行動へ落とし込んだのが、2026年5月から6月にかけて約1カ月間実施されたパイロットプロジェクト「Berlin Pay」である。

コペンハーゲンの「CopenPay」に着想を得たこのプログラムは、ベルリンの水辺観光戦略の一環として行われた。近隣地域の美化活動や社会貢献プロジェクトへの参加、ごみ拾い、持続可能な移動など、環境や地域社会に配慮した行動をとった旅行者や市民に、参加パートナーから特典や体験を提供する仕組みである。

一見すると、環境活動に特典を付与するキャンペーンのように見える。しかし本質はそこではない。ベルリンが目指しているのは、観光客を「消費者」から「地域への貢献者」へ変えることだ。観光客数を増やすことではなく、観光によって都市にプラスの価値を生み出せるかを試しているのである。

さらに興味深いのは、その評価指標だ。参加者数だけではない。パートナー事業者の参画状況、住民や旅行者からの評価、持続可能な水辺観光への認知、行動変容の有無、さらにはこの仕組みを他分野へ展開できるかどうかまで評価対象としている。

Berlin Payは完成された制度ではなく、「学びのためのパイロットプロジェクト」である。最終的には、観光が都市の持続可能性や暮らしやすさ、生活の質を高めることができるのかを検証し、そこで得た知見を今後のデスティネーション・マネジメントへつなげようとしている。

HIER IN BERLINが「住民の声を観光政策へつなぐ仕組み」だとすれば、Berlin Payは「旅行者の行動を地域への価値へつなぐ仕組み」といえる。どちらも単独の施策ではない。観光と地域をつなぐというDMMOの役割を、それぞれ異なる方法で具体化した取り組みなのである。

Berlin Pay概要▲Berlin Pay概要(筆者撮影)

 

DMMO化の大きな壁、多様な関係者との「合意形成」

もっとも、こうした取り組みは理想論だけでは進まない。住民との対話を政策へ反映し、旅行者の行動変容まで促そうとすれば、それだけ関わる主体は増えていく。そして、こうした取り組みを実際に進めるなかでvisitBerlinが直面した大きな課題が、多様な関係者との合意形成だった。

ベルリンの観光には、州政府、12行政区、観光事業者、文化施設、地域団体、住民など、立場も目的も異なる多くの主体が関わっている。従来のようにマーケティングを中心に考えるのであれば、目的は比較的共有しやすい。しかし、住民の暮らしや環境、地域ごとの課題まで観光政策の対象に広げれば、「何を地域にとっての価値とするのか」についても、それぞれの立場によって考え方は異なる。

visitBerlinによれば、DMMOへの転換における大きな課題の一つは、こうした多様な関係者に変化の意味を理解してもらい、参加してもらうことだったという。マーケティング中心の組織から、より広いデスティネーション・マネジメントへと移行するには、関係者の共通理解と主体的な参加が欠かせない。そのため、継続的な対話、明確なコミュニケーション、多様な関係者の方向性を合わせていくことが、課題であると同時にDMMOを機能させる重要な成功要因になっている。

ベルリンの街中で見かける熊のモチーフ▲ベルリンの街中で見かける熊のモチーフ。カラフルに彩られた「バディベア」は街のシンボルのひとつ。(筆者撮影)

 

日本のDMOがベルリンから学べること

ベルリンで学んだのは、観光客を増やす方法ではなかった。観光によって地域の価値を高める方法だった。

第一に、観光客数だけを成果としないこと。住民の暮らしや環境への影響、そして観光が地域にもたらした価値まで評価すること。

第二に、住民を観光政策の「受け手」ではなく、政策形成に関わる主体として位置付けること。

第三に、観光客もまた単なる消費者ではなく、地域課題の解決に参加する「地域への貢献者」になり得ると考えること。

そして、ベルリンの事例から見えてくるもう一つの重要な点が、DMMOとは、DMOに新しい事業を付け加えることではないということである。

州政府が都市全体の方向性を示し、行政区が地域の課題やニーズを把握する。その間にvisitBerlinが入り、専門知識を提供しながら、行政、住民、観光事業者などをつなぐ。住民との対話から得られた課題を施策へ落とし込み、実践から得た知見を次のデスティネーション・マネジメントへつなげていく。つまり、「戦略→対話→実践→検証」を循環させることこそ、ベルリンが進めるデスティネーション・マネジメントなのである。

訪日4000万人時代を迎えた日本にとって、観光はもはや集客施策だけではない。地域経営そのものになりつつある。ベルリンで繰り返し感じたのは、「観光は行政だけでも、DMOだけでもつくれない」ということだった。行政、住民、事業者が地域の未来像を共有し、その対話を支え続ける仕組みが必要になる。

ベルリンの挑戦は、単なる観光マーケティングの進化ではない。DMMOとは、新しい組織をつくることではなく、多様な主体をつなぎ、観光を通じて地域の未来を共につくるためのマネジメントの仕組みなのである。

ボックスハーゲナー広場で毎週開かれるマーケット。地元の人々で賑わうベルリンの日常風景▲ボックスハーゲナー広場で毎週開かれるマーケット。地元の人々で賑わうベルリンの日常風景(©visitBerlin, Foto: Dagmar Schwelle)

 

協力:ドイツ連邦共和国大使館、ゲーテ・インスティトゥート

 

著者プロフィール:

鈴木博美さま鈴木博美|トラベルジャーナリスト/トラベル・コンテンツディレクター

旅行業界で15年間勤務した後、フリーランスのトラベルジャーナリストとして独立。世界各地を訪ね、食や文化、歴史、風土、そこに暮らす人々をテーマに、旅を通して地域の魅力や背景を伝える記事を企画・執筆している。日本航空機内誌をはじめ、クレジットカード会員誌、新聞、雑誌、WEBメディアなどに国内外の旅の記事を寄稿。企画立案から取材、撮影、執筆まで一貫して手がける。ブログ「空想地球旅行」でも旅の魅力を発信中。