地域資源を観光事業に変えるには。さとゆめの「沿線まるごとホテル」に学ぶ、コンセプト設計と地域との関係構築
2026.09.16

人口減少や空き家、無人駅の増加など、地方の観光地や鉄道沿線は多くの課題を抱えている。こうした地域で新たな観光事業を生み出しているのが、株式会社さとゆめ代表取締役CEOの嶋田俊平氏だ。
同社は計画策定にとどまらず、施設の立ち上げや運営まで伴走。JR東日本と進める「沿線まるごとホテル」では、無人駅や空き家、地域住民の営みをつなぎ、沿線全体を一つのホテルに見立てている。
今回は嶋田氏に、地域の価値を捉え直してコンセプトに落とし込み、地域や共同事業者と関係を築きながら事業化するプロセスと、他地域への応用について伺った。
計画策定で終わらず、事業の運営まで伴走する
⸺まず、さとゆめの事業内容について教えてください。
さとゆめは、「ふるさとの夢をかたちに」というミッションを掲げ、2013年に創業した会社です。当初はコンサルティング会社としてスタートしましたが、次第に事業の立ち上げや運営に参画するケースが増え、現在は事業プロデュース会社としての性質が強くなっています。
全国約50地域に伴走し、自治体の計画策定や調査、事業の立ち上げを支援。ホテルや飲食店、ショップなど約10施設の運営に加え、人材育成や資金調達支援にも取り組んでいます。
⸺嶋田さんは、どのような経緯でさとゆめを立ち上げたのでしょうか。
大学時代から農山村に通い、森林ボランティアやNPO活動を通じて、地域の方々と関わってきました。そうした経験から農山村の魅力に引かれ、そこで暮らす人や若い世代が、地域に希望を持って生きられる社会をつくることを仕事にしたいと思うようになったのです。
▲雲ヶ畑で毎週のように山仕事を手伝う
大学院修了後は、環境保全や地域振興を専門とするコンサルティング会社に9年間勤めました。ただ、一般的なコンサルティングでは、調査や計画、戦略をつくった段階で支援が終わり、「あとは地域で頑張ってください」という形になりがちです。
計画をつくるだけでなく、目に見える商品やサービス、店舗、ホテルが生まれるところまで伴走したい。その思いが、さとゆめの立ち上げにつながりました。
地域の価値を捉え直し、コンセプトとして形にする
⸺さとゆめでは、地域の観光事業をつくるうえで、どのような考え方を大切にしていますか。
私たちが大事にしているのは、「名もなき集落の、名もなき風景を守る」ことです。世界遺産や有名な寺社がある地域ではなく、これといった観光名所がない村や町でも、生き残っていける事業や産業をつくりたいと考えています。
有名な観光資源がない地域では、地域をさまざまな角度から見て、その土地ならではの価値を見つけることが重要です。「こういう見方をすると、この村は面白い」「この切り口なら、この町は唯一無二だ」と、地域の新たな見方を発明し、それをコンセプトとして形にしていきます。私たちは、こうした「コンセプト・ドリブン」の地域づくりを大切にしています。
コンセプトをつくる際は、単に耳触りがよい言葉や、なんとなく新しい言葉にするのではありません。コンセプトそのものが話題や集客につながるよう、これまでにない「新しいカテゴリー」を定義することを意識しています。そうすることで、他施設と価格で比較されにくくなるほか、新しさ自体がニュースとなり、メディアにも取り上げられやすくなります。
⸺地域の価値をコンセプトにした具体的な事例を教えてください。
代表的な事例が、山梨県小菅村で2019年に開業した「NIPPONIA 小菅 源流の村」です。
小菅村には豊かな自然や水がありますが、同じような魅力は周辺地域にもあります。そこで改めて村の特徴を捉え直したときに着目したのが、わずか約700人の村人が力を合わせて村を守っているという、小菅村ならではの物語でした。まずは「700人の村」という言葉で地域を打ち出していくことに決めたのです。
一方、当時は2018年の旅館業法改正を背景に、地域に客室が点在する分散型ホテルをつくる構想もありました。小菅村は車で5〜10分ほどあれば村内を移動できるコンパクトな地域なので、一つのフロントから村内に点在する空き家を客室として管理できます。
そこで「700人の村」という地域の特徴と分散型ホテルの仕組みを組み合わせ「700人の村がひとつのホテルに」というコンセプトが生まれました。道の駅をホテルのラウンジ、空き家を客室、村の道路を廊下、村人をキャストに見立てています。
▲NIPPONIA 小菅 源流の村の大家
単に古民家を宿泊施設に変えるのではなく、村そのものを一つのホテルとして捉え直す。この新しい見方が話題となり、村に人を呼び込む力になりました。そして、小菅村での取り組みが、後にJR東日本との「沿線まるごとホテル」へつながっていきます。
小菅村をきっかけに、JR東日本と「沿線まるごとホテル」を事業化
⸺小菅村での取り組みは、どのようにJR東日本との事業へつながったのでしょうか。
JR東日本との最初の接点は2019年です。小菅村のホテルに関心を持ったJR東日本の方が視察に訪れ、「何か一緒に取り組みましょう」と意気投合しました。
小菅村に隣接する奥多摩町と青梅市を結ぶ青梅線では、青梅・奥多摩間にある13駅のうち11駅が無人駅です。JR東日本は、マルシェやイベント、商品開発などに取り組んでいましたが、継続的な事業へつなげることに課題を感じていたそうです。
ホテルであれば365日存在し、日々お客様を迎えられます。単発のイベントとは異なり、継続的に地域へ人を呼び込めることから、小菅村の取り組みに関心を持ってくださいました。
▲フロントでのチェックインの様子 ©️Daisuke Takashige
そこで、無人駅をホテルのフロント、駅周辺の空き家を客室やレストラン、サウナ、地域住民をキャストに見立て、小菅村で実践していた「村全体をホテルに見立てる」という考え方を、鉄道沿線向けの「沿線まるごとホテル」へ発展させました。
⸺構想を実際の事業へ変えるために、どのような段階を踏んだのでしょうか。
まず「JR東日本スタートアッププログラム」に応募し、採択後に実証実験へ進みました。2021年には、一般客向けに90組限定の「沿線まるごとホテルプラン」を販売し、完売。事業として成立する手応えを得ました。
▲実証実験の様子
実証実験はコロナ禍と重なりましたが、身近な場所を旅行する「マイクロツーリズム」への関心や、施設が地域内に分散する宿泊形態が、当時の旅行ニーズに合っていたと捉えています。
同年12月には、さとゆめとJR東日本の共同出資で「沿線まるごと株式会社」を設立。その後、無人駅の改修や空き家探し、移動手段の実証などを進め、2024年にレストランとサウナ、2025年に宿泊棟を開業しました。
▲沿線まるごとホテル「Satologue(さとローグ)」©Kazuhiko Hakamada
⸺現在は、さとゆめとJR東日本がどのように関わりながら事業を進めているのでしょうか。
沿線まるごと株式会社では、私が代表を務めています。さとゆめの社員が立ち上げや運営を支援する一方、JR東日本からも3人が出向し、八王子支社の方々が広報や地域連携、イベントなどに関わっています。
企業文化の違いから意見がぶつかることもありますが、2019年ごろから毎週の定例会議を続け、しっかりと向き合ってコミュニケーションを重ねてきました。
また、1泊2日でキャンプをしながら語り合ったり、参考になりそうなホテルを一緒に視察したりする機会も設けています。同じものを見て、聞いて、食べるといった共同体験を重ねることで、互いへの理解が深まり、次第にワンチームになっていきました。
小さな成功を重ね、「3人・30人・300人」で仲間を増やす
⸺地域住民や地域事業者には、どの段階から関わってもらったのでしょうか。
実証実験の段階から参加してもらいました。無人駅でのチェックイン、駅から集落への送迎、収穫体験やガイド、清掃、草刈りなど、地域の方に担ってもらった役割は多岐にわたります。
▲地域の方と実証実験に取り組む様子
構想から開業までの約5年間、地域の方と何度も実証を重ねました。その過程で、JR東日本やさとゆめだけの取り組みではなく、「自分たちの事業だ」と捉えてもらえる機運が生まれたと感じています。
開業までには長い時間がかかるため、地域の方々の熱量を保つために大切にしたのが、小さな成功を積み重ねることです。モニターツアーを満席にする、お客様から高い評価を得るといった成果を、3〜4カ月に一度の「飛び石」のように置き、地域の方と共有していきました。
⸺地域の方と信頼関係を築き、仲間を広げていくうえで、どのようなことを大切にしていますか。
「地域と連携する」と言いますが、地域とは結局、人です。まずは自治体の観光担当者や地域の顔の広い人、移住して新しい活動に取り組む人など、キーパーソンとなる3人を見つけ、その信頼を得ることから始めます。
3人から次に会うべき人を紹介してもらい、仲間を30人程度に広げて事業をつくる。開業後は、300人のコアなファンやサポーターを獲得していく。私たちは、この段階的な関係づくりを「3人・30人・300人」と表現しています。
信頼を得るには、現地へ通い続けることも欠かせません。立ち上げ当初は毎週のように奥多摩へ足を運び、地域の集まりにも参加しました。
良い古民家などは不動産情報として表に出てこないこともあり、人づてで紹介してもらう必要があります。そうした意味でも、地域の方と地道に関係を築いていくことが重要です。
海外客は約10%。東京近郊の自然を求める旅行者を取り込む
⸺沿線まるごとホテルには、どのような旅行者が訪れていますか? インバウンドの集客や受け入れでの取り組みについても教えてください。
現在、沿線まるごとホテルでは、宿泊者のおよそ10%が海外客です。欧米豪からアジアまで国・地域は幅広く、夫婦やカップルでの利用が多く見られます。また、訪日リピーターとみられる旅行者が中心です。今後は、インバウンドの割合を50%程度まで高めたいと考えています。
受け入れ面では、英語を話せるマネージャーを配置し、スタッフも海外のお客様への対応経験を重ねてきました。宿泊前から飲食店やアクティビティについて相談を受けることが多いため、事前のコミュニケーションも重視しています。
集客では、ExpediaやBooking.comなどの海外OTAへの掲載に加え、SNSでの英語発信や海外向けインフルエンサーとの連携を進めています。
海外客はGoogleマップやSNSを通じて施設を見つけることも多く、東京都心での滞在後、帰国前に1泊程度を自然の中でゆっくり過ごす方もいれば、奥多摩や小菅で2〜3泊ほど滞在する方もいます。
▲Satologue 別邸スイートヴィラ 栖(Sumika)のテラス ©️Daisuke Takashige
日本人にとっては、1〜2時間の移動を遠いと感じることもありますが、海外客には奥多摩や小菅も「東京近郊」と捉えられています。
都心から足を延ばして自然の中で過ごす海外客もいることから、古民家ホテルや地方創生の文脈から生まれた施設であっても、インバウンドへの対応は欠かせないと考えています。
既存の地域資源を重ね直す、他地域にも応用できる事業づくり
⸺沿線まるごとホテルの経験から、他地域でも応用できる事業づくりの方法は見えてきましたか。
事業のプロセスを振り返り、「6レイヤーモデル」という考え方に整理しました。下から、コンセプト、メディア、ラボ、コンテンツ、モビリティ、ファシリティという6つの階層を積み上げるモデルです。
沿線まるごとホテルは、物件探しや資金調達に時間がかかり、施設の開業まで4〜5年を要しました。そのため、その間にコンセプトをつくり、ウェブサイトやSNS、紙のマガジンで発信。無人駅を地域の方が作戦会議をする「ラボ」として活用し、ツアーやプログラムを生み出しました。
その後、駅と集落をつなぐE-bikeなどのモビリティを実証し、最後に宿泊や飲食の施設を整えました。施設の整備に時間がかかったからこそ、その前に事業の土台を積み上げられたのです。
他地域で応用する際も、6つの要素をすべて新しくつくる必要はありません。すでに宿泊施設などがある地域であれば、既存の施設を生かしながら、コンセプトやメディア、コンテンツ、モビリティなどを整え、一つのコンセプトのもとで地域資源を重ね直すことができます。
私は、この考え方を「鏡餅」に例えています。餅やミカンがばらばらに置かれているだけでは価値が伝わりにくくても、正しく重ねれば一つの意味あるものになります。地域にすでにある施設や体験も同じで、ばらばらに存在する資源を重ね直すことで、既存施設の集客力や客単価を高めたり、地域内のほかの施設との一体的な利用につなげたりできると考えています。
⸺沿線まるごとホテルでは、実際に地域にあった資源をどのようにつないでいったのでしょうか。
奥多摩には、森林セラピーやワサビ田の体験、レンタサイクル、飲食店など、もともとさまざまな地域資源がありました。ただ、それぞれがばらばらに存在し、予約方法も分かりづらい状態でした。
▲沿線まるごとパスポート ©️Daisuke Takashige
そこで、もともとあった体験やサービスを「沿線まるごとホテル」の枠組みでつなぎ直し、ホテル側から情報を発信しています。例えば、地域のレンタサイクル事業者を紹介するほか、宿泊者向けの「沿線まるごとパスポート」では、地域の飲食店を紹介し、コーヒー1杯無料といった特典も用意しています。
官民の役割を分け、公益性と事業性を両立する
⸺事業の土台づくりと施設運営では、官民でどのように役割を分担し、公益性と事業性を両立しているのでしょうか。
これは、現在も悩みながら取り組んでいる部分です。6レイヤーモデルの下層にあるコンセプトやメディア、ラボなどを整える段階では、すぐに大きな売上が生まれるわけではありません。施設が開業して初めて、継続的な売上が立つようになります。
そのため、事業の土台を積み上げる段階では、国の補助金や自治体の予算も活用し、官民連携で取り組む必要があります。
一方、施設の運営は、顧客のニーズに迅速に対応できる民間企業が担うほうがよいと考えています。稼働率や客単価、収支は日々確認し、週次・月次・四半期・年次と各段階で管理しています。
公益性と事業性を両立させるのは簡単ではありません。行政と民間が対等なパートナーとなり、同じ目線で事業をつくる。その役割分担によって、両立が可能になると考えています。
「名もなき町」を輝かせる取り組みを全国へ
⸺今後、沿線まるごとホテルをどのように展開していきたいと考えていますか。
沿線まるごとホテルの取り組みは、青梅線に加えて久留里線、小海線にも広がり、ほかの複数路線でも準備が進んでいます。目標は、2040年までに全国30路線へ展開することです。
私たちがこだわっているのは、これまで注目されてこなかった「名もなき町」や「名もなき村」を輝かせていくことです。沿線まるごとホテルの取り組みを全国へ広げながら、すべての人が自分のふるさとに誇りを持ち、その力になれる社会をつくっていきたいと考えています。
(写真提供:株式会社さとゆめ)

