インバウンド特集レポート

【9月特集/OT対策Vol.2】なぜ、その取り組みに至ったのか〜世界遺産・白川郷のオーバーツーリズム対策、分析と実行〜

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訪日客が急増した昨今になって浮上したかに見えるオーバーツーリズム問題だが、有名観光地への観光客の集中によって生じる問題は、これまでも各地で発生してきた。世界遺産・白川郷周辺の渋滞や混雑に長きにわたって向き合ってきた岐阜県白川村もそうした地域のひとつだ。

そこで本特集のVol.2では、同村の「なぜ、その取り組みに至ったのか」という点に着目し、現在のオーバーツーリズム対策を主導する観光振興課の小瀬智之氏に取材。対策の検討から実行に至るまでの思考とプロセスを紐解き、今後、各地で対策に取り組む実務者に施策を考える際のヒントにつながる情報を届ける。

 

【問題の分析】2025年、過去最高の230万人に達した来訪者数

2025年、白川郷を訪れた観光客数は、過去最高の約230万人に達した。そのうち外国人観光客の割合は55.6%と半数を超える。国・地域別では、台湾(24.3%)、韓国(9.7%)、中国(9.5%)、タイ(6.8%)、イタリア(5.8%)の順に多く、アジアからの来訪者が上位を占めている。白川郷には鉄道駅がなく、アクセスはバスや自家用車などの道路交通に限られる。さらに最寄りのインターチェンジから集落までは5キロ近い一本道となっているため、村民生活にも影響を及ぼす渋滞が大きな問題になっている。

白川郷に向かう車が鈴なりになった、高速インターチェンジからの渋滞。▲白川郷に向かう車が鈴なりになった、高速インターチェンジからの渋滞

このように観光客が増え続ける中、オーバーツーリズム対策における観光庁の「先駆モデル地域」に選定されている白川村では、問題の中身を「交通」「イベント」「マナー」「混雑」という4つの領域に分け、2000年代以降、段階的に対策を積み重ねてきた。

 

【負荷の分析】白川郷ならではの課題:人口の約1500倍の来訪者と乏しい財源

白川村の人口は約1500人。年間230万人という来訪者数は、村の人口の約1500倍にあたり、村単体で対策を行うには、人的資源が圧倒的に不足する。さらに、世界遺産の荻町集落は観光地であると同時に村民の3割以上が暮らす生活の場でもあり、「観光客の増加によって最も大きな負荷がかかっているのは、集落の住民の生活だ」と小瀬氏は語る。

合掌造りの家屋が立ち並ぶ世界遺産集落。まさに日本人が残し続けたいと思う景観だ。▲合掌造りの家屋が立ち並ぶ世界遺産集落。まさに日本人が残し続けたいと思う景観だ

「集落が歩行者天国状態になってしまい、住民の車が人混みによって進めないといった問題が起こっています」

財源面にも特有の事情がある。宿泊客は観光客全体のわずか5%程度にとどまり、ほとんどが日帰り客であるため、域内での消費額を伸ばしにくい。観光財源の柱は駐車場利用料金による収入で、2024年度決算で約2億5000万円、2025年度は同年10月の料金改定後の半年分を含めて約4億8000万円の収入を見込む。

一見すると大きな予算に見えるが、年間通じて来訪者が絶えない観光プロモーションにこそ費用がかからない一方、その大半は景観維持や観光施設、駐車場、バスターミナルの管理に充てられる。また、集落内の景観維持や茅葺き屋根の葺き替えを補助するための基金への積み立ても必要となっている。そのため、ガードマンの配置や混雑情報サイトの運用など、交通・混雑対策に直接充てられる予算は1割に満たず、新たな取り組みには国などの補助制度を活用する必要があるという。

これらを踏まえて検討が重ねられた白川村の基本方針は、まず情報発信による改善を図り、それだけでは解決できない問題について、段階的に規制を強めるというものだ。規制ありきで対策を進めなかった理由について、小瀬氏は「観光地としての印象を損なわず、訪れていただいた方々の満足度を維持したかったからです」と語る。

 

【対策の計画と実践】社会実験から予約制、車両規制へ

現在の対策が一度に整備されたわけではない。白川村は、観光客の増加によって顕在化した問題ごとに検討を重ね、『情報発信で改善できるもの』と『物理的な規制が必要なもの』を見極めてきた。ここからは、交通・混雑対策がどのように変化してきたのかを時系列でたどる。

■2000年代:世界遺産登録後の混雑と手探りの時代

白川村の交通対策への取り組みは、実は2000年頃から始まっている。世界遺産に登録されたのは1995年。その数年後から混雑への対応が求められるようになった。その頃から駐車場の予約制などの社会実験や検討が重ねられてきたが、当時はオーバーツーリズムや観光公害という概念自体がなく、地域の課題として手探りで向き合ってきた。

■2019年:ライトアップイベント完全予約制の導入

白川村におけるオーバーツーリズム対策の起点として小瀬氏が挙げるのが、2019年に導入したライトアップイベントの事前予約制だ。1986年に始まり、冬の風物詩となっている本イベントには、雪景色の合掌造り集落を見ようと毎年多くの観光客が訪れる。その数は年々増加し、2018年には1日7000〜8000人にものぼっていた。駐車場に入れない車や、帰りのバスに乗り切れない観光客が列をなす事態が発生するなど、村としても対応を迫られていた。

例年1月の週末に行われるライトアップイベント。光の効果で幻想感が一層深まる。▲例年1月の週末に行われるライトアップイベント。光の効果で幻想感が一層深まる

事前にオンライン予約ができた人だけが入場できる完全予約制とチケット制の導入によって、1日あたり5000人程度まで来場者を絞り、混雑は解消したという。2027年も1日あたり約4000人の上限設定を予定している。

■コロナ禍を経て:マナー啓発の準備と、予想を超えた渋滞で優先課題を再定義

コロナ期間中、白川村では外国人観光客の増加を見込み、マナー啓発を先行して準備していた。ハワイの取り組みを参考にした「レスポンシブル・ツーリズム」の考え方を導入したのもこの頃だ。しかし、観光が再開して実際に深刻化したのは、従来から存在した渋滞に、レンタカー利用の増加が重なった交通問題だった。

「コロナ前から渋滞はありましたが、コロナ後は羽田空港、中部国際空港、関西国際空港など複数の空港からレンタカーで訪れる外国人旅行者が増え、村民の移動にもこれまで以上に影響するようになりました。当初は外国人向けのマナー啓発を重視していましたが、実際の状況を見て、渋滞・混雑対策を最優先課題に切り替えました」

■2023年:展望台への車の通行を閉鎖

この時期には、世界遺産集落への車両流入を物理的に管理するゲートの設置も検討された。しかし緊急車両や配送業者への配慮、警察への申請手続きなど運用面の課題が多く、住民からも慎重に検討すべきとの声があったため見送られている。

特に対応に苦労したのは、荻町城跡展望台に至る道路への車両流入だったという。展望台は合掌集落を俯瞰できる絶景ポイントで、専用駐車場は無料で利用することができた。しかし、これをあてにした長時間駐車などの違反行為が渋滞や路上駐車を誘発する原因になり、地元から多くの苦情が寄せられていた。そのため、車両を転回させるロータリーの整備などの対策を講じたものの成果は乏しく、2023年12月に車の通行を閉鎖。徒歩かシャトルバスのみでアクセスする形に落ち着いた。

苦渋の決断で閉鎖に至った、展望台までの道路。▲苦渋の決断で閉鎖に至った、展望台までの道路

道路の閉鎖は、周辺で事業を営む事業者にとって、来訪者数や売り上げへの影響が懸念される施策でもあった。そのため、渋滞や路上駐車などの迷惑行為の減少といった効果を示しながら説明を重ねたことで、徐々に理解を得たという。

■2024年:ウェブサイト「SHIRAKAWA – Going」の開設

物理的な規制と並行して整備したのが、観光庁の補助金を活用して2024年秋に公開した混雑情報サイト「SHIRAKAWA – Going(シラカワ・ゴーイング)」だ。混雑予想カレンダーやライブカメラ映像、交通規制状況などを掲載し、旅行者が出発前や移動中に混雑を確認できるようにした。来訪前に情報を届け、訪問日や時間帯、移動方法を判断してもらうことで、車両の集中を抑える狙いがある。サイトは日本語・英語・繁体字・簡体字・フランス語の5言語に対応している。開設から2026年8月までに日本語版は160万件、外国語版は47万件のアクセスがあったという。

車のアイコン(混雑マーク)や天気・気温で、混雑予想を分かりやすく案内している▲車のアイコン(混雑マーク)や天気・気温で、混雑予想を分かりやすく案内している

小瀬氏はこのサイトを「90点程度」と自己評価。「混雑だけでなく、除雪状況の確認や駐車場の利用状況も確認できるので、地域住民にも活用されています」と手応えを語る。一方、「情報を詰め込みすぎた面がある」とも振り返る。情報を掲載するだけでなく、必要な相手に必要な情報が伝わる設計へ改善することが次の課題だ。

■2025年10月:駐車場料金の改定

情報発信や車両規制に加え、継続的な交通・混雑対策を支える財源も必要になる。そこで白川村は、2025年10月に村営駐車場の料金を改定した。大型自動車・マイクロバスは1回3000円から10000円に、普通自動車・軽自動車は1000円から2000円に、二輪車・原付自転車は200円から500円に引き上げた。

庄川を挟んで荻町集落の向かいにある村営駐車場。▲庄川を挟んで荻町集落の向かいにある村営駐車場

実は、持続可能な観光地域づくりの推進とオーバーツーリズム対策の財源確保には、宿泊税や入域税の導入も検討したという。しかし、先述の通り、日帰り客がほとんどの地域では宿泊税を導入しても十分な税収を見込めない上、事業者の事務負担に見合わないと判断。入域税についても、徴収のためのゲート設置や住民との動線を分離することの難しさから導入を断念した。

その結果、既存の運用を大きく変えることなく効果が期待できる駐車場料金の値上げを決めた。「合意形成に2、3年はかかる税の新設に比べ、村営駐車場の料金改定であれば議会の決定のみでより早く進められます。実現までの時間と運用のしやすさを考えても、駐車場料金の改定が合理的でした」と小瀬氏は語る。

また、料金の値上げは「観光客の減少につながるのではないか」と従来から慎重な意見が根強かったが、施設や交通対策にかかる費用の上昇と、対策を継続するための財源の必要性を根気強く説明した。小瀬氏は「半年前から周知に努め、時間をかけて理解を得てきたことが、実現にあたって功を奏しました」と振り返る。

■2026年12月:ツアーバス事前予約制、そしてその先へ

次の段階として、2026年12月1日からツアーバス駐車場の事前予約制が新たに導入される。これにより日帰り客の約半数を占めるツアーバス利用者について、来訪する車両数と時間帯を事前に把握し、特定の時間への集中を抑える狙いだ。また、将来的にはダイナミックプライシング(繁忙期料金)、一般車両の事前予約制導入も視野に入れているという。

 

積み残しの課題と、他地域への示唆

これまでの取り組みを振り返った上で、現状の未解決課題について尋ねると、小瀬氏は第一に「適正な観光客数の設定」を挙げた。

「ライトアップイベントでは1日4000人を予約の上限にしていますが、それを白川郷全体の適正人数といえるかは、まだ判断できません。何を基準に適正人数を設定するのか、引き続き検討が必要です」

交通量、駐車場の収容力、集落内の混雑、住民生活への影響など複数の要素が絡むため、白川郷全体として一日に何人まで受け入れられるのか、明確な基準を定めるには至っていない。

集落内の道は狭く、混雑回避による景観の維持は必須だ。▲集落内の道は狭く、混雑回避による景観の維持は必須だ

また、「私有地への無断侵入」への対策も今後の課題だ。荻町集落全体が観光の対象となっているため、特定の場所だけを一律に規制することが難しい。世界遺産の景観を守る観点から、看板や音声案内を際限なく増やすこともできない。

「対策に苦慮しており、住民が自衛でロープを張ったり、村でロードコーンを無料で貸し出すなどして対応しているのが実情」だというが、住民の自衛以外の仕組みづくりも求められる。

施策の効果測定も容易ではない。交通量や渋滞時間のように数値で捉えられるものがある一方、マナー啓発によって旅行者の行動がどの程度変化したかを定量的に示すのは難しい。「短期間で成果を示すことが難しい取り組みゆえ、中長期的な戦略として、継続して検証していく必要があります」と小瀬氏は話す。限られた人員の中で、対策を実施しながら効果を検証する体制をどう整えるかも積み残された課題だ。

課題を見極め、対策を検討し、結果を検証して、白川村の取り組みは続く。▲課題を見極め、対策を検討し、結果を検証して、白川村の取り組みは続く

白川村の施策が、別の地域でもそのまま機能するとは限らない。道路や駐車場の構造、来訪者の交通手段、住民と観光客の動線、行政の人員と財源など、地域によって前提条件が異なるからだ。小瀬氏は、他地域の担当者に向けて「オーバーツーリズム対策に特効薬はありません。他地域の事例をそのまま取り入れるのではなく、自分の地域の特性に合わせてカスタマイズする必要があります」と話す。

そのためには、観光客や住民だけでなく、地域の事業者や旅行会社など、施策の影響を受ける関係者から情報を集める必要がある。ツアーバス駐車場の予約制では、検討に約1年、システム開発に約2年を要したそうだ。旅行会社は出発の8カ月ほど前から旅行商品を販売するため、予約開始の時期や運用方法を決める際には、その販売スケジュールを踏まえなければならない。村は旅行会社への聞き取りを行い、商品造成や販売に支障が出ないよう導入時期と手続きを調整したという。

「ひとつの立場の意見だけで制度をつくると、別の場所に負担や混乱が生じます。観光客、住民、事業者、旅行会社など、それぞれの事情を聞き、実際に運用できる形に落とし込むことが欠かせません」

白川村の事例から得られるのは、特定の施策を模倣するための答えではない。まず交通・混雑の原因と規模を把握し、地域の制約を整理する。その上で複数の選択肢を比較し、関係者との調整に必要な期間も織り込んで実施する。導入後に効果と課題を検証し、必要に応じて次の対策へ進む。約25年にわたる試行錯誤は、オーバーツーリズム対策を一度で完成させるのではなく、段階的に組み立てていくことの重要性を示している。

※掲載画像はすべて、白川村観光振興課提供

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