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アドベンチャートラベル・ワールドサミット2021開幕、なぜ北海道がアジア初の開催地となれたのか?

2021.09.14

2021年9月20日〜24日にかけてアドベンチャートラベル・ワールドサミット(ATWS)が北海道で開催される。残念ながら今般のコロナ禍の影響によってオンラインでの開催となるが、アジア初の開催とあって大きな期待が国内外から寄せられている。では、なぜ北海道がアラスカやアルゼンチン、トスカーナ、ヨーテボリなどに加えて、開催都市として名を連ねることとなったのか。本稿ではそのきっかけについて、2021年8月に刊行された『アドベンチャートラベル大全』(水口猛、実重貴之、田中大輔共著)で書かれている内容を引用するかたちで紹介していく。

※本稿は、8月25日に刊行された『アドベンチャートラベル大全』(やまとごころブックス)の内容の一部を再編集したものです。

 

北海道新幹線の開業を目前にして、欧米豪の旅行者に焦点を当てた

北海道がアドベンチャートラベルに取り組むきっかけを与えたのは、北海道新幹線の開業だ。

すでに本州では、JRが発行する訪日外国人観光客向けの乗り放題チケット「Japan Rail Pass」を利用した欧米豪の旅行者が長期滞在を楽しんでいた。

新幹線が函館まで延伸し、「Japan Rail Pass」をもった欧米豪の旅行者が北海道に来たとき、我々(当書籍の筆者らを含めた北海道の観光に携わる関係者)は何を見せられるのだろうかと自問自答をした。さまざまな調査やスキー客の受け入れの経験などから、欧米豪の旅行者は土地の歴史や文化に興味があることがわかっていたからだ。

食と温泉なら日本中にあるなかで、アジアからの旅行客と同じような対応では、十分に楽しんでもらえないのではないかと考えた。そこで議論になったのが、北海道の歴史文化について。この土地がもつ歴史文化は、欧米豪の旅行者に響くのかという点だ。

我々はそこに疑問を抱き、本当にそうなのかを検証することにしたのだ。その答えを探すには、直接見て、評価してもらうしかない。そこで、海外のメディアに北海道を視察してもらうことを計画した。

そんなとき、北海道がアドベンチャートラベルに舵を切るきっかけを与えてくれた人物と、偶然にもコンタクトを取ることができた。『ナショナル・ジオグラフィック協会』のフェローを務めるクリス・レイニア(Chris Rainier)氏である。

レイニア氏は、世界的写真家、旅行家として知られ、『アメリカ・フォト・マガジン』により米国で最も影響力のある写真家100人の1人に選ばれている。

筆者らが北海道の歴史文化に関心があるメディアを探していることを知ったレイニア氏みずから、連絡をしてきてくれたのだ。少数民族の言語の保存に力を注いでいたレイニア氏の主な関心事は、「アイヌ」に関してであったようだ。

いずれにしても、我々としては大歓迎であり、2014年4月にレイニア氏を招いた取材旅行を実施した。

 

世界的なカメラマンが「Super Fantastic!」を連呼した

取材は、函館市縄文文化交流センターから始まった。ここは、後の2021年7月21日、新たに世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の中核施設の1つである。同センターにほど近い、垣ノ島遺跡から出土した、亡くなった子どもの足形と考えられている「足形付土版」や、国宝「中空土偶」を撮影したレイニア氏は、1万年を超える年月に思いを巡らせ、「世界の人が北海道を訪れ、この縄文文化遺産を見たいと思うだろう」というコメントを寄せてくれた。

そのとき、北海道にも世界の人に認められる文化があることを確信した。歴史が浅いといわれる北海道だが、それは数ある見方・見解の1つであって、視点を変えればこの土地にも長い歴史があるのだと胸を張っていいのだ。なぜなら、世界中を旅したプロ中のプロである写真家が太鼓判を押してくれたのだから。

その後、レイニア氏は白老町や平取町、浦河町とまわり、最終取材地である釧路市にある阿寒湖温泉を訪れた。その道中、今も残るアイヌ文化やアイヌの人々に会いながら精力的に取材を続けてくれた。我々は、幾度となく彼から「Fantastic!」という言葉を聞いた。

そんな折にレイニア氏が教えてくれたのが、「アドベンチャートラベル」という言葉と概念であった。

2016年に、観光庁は外国人観光客を地方へ誘客するモデルケースとする目的で、国内3都市を「観光立国ショーケース」として選定した。道内からは釧路市が選ばれている。その実施計画のタイトルは、「Super Fantastic KUSHIRO 世界トップクラスの自然に抱かれ、自然との共生文化を体感するカムイの休日」である。ちなみに釧路市以外の2都市は、金沢市と長崎市だった。

「Super Fantastic!」は、まさに阿寒湖畔取材中のレイニア氏がシャッターを押しながら連発していた言葉だ。この「Super Fantastic」というタイトルを最初に見た釧路市市長は、「ダサいからやめさせようと思った」と、市長ご本人の口から聞いたことがある。担当者が拙い英語で必死に考えたものだと思い込んだためだという。

とにもかくにも、クリス・レイニア氏の視察は、北海道のなかでもひときわ自然豊かな釧路市が「アドベンチャートラベル」という方向に舵を切る大きなきっかけにもなったのである。

 

「アドベンチャートラベル・ワールドサミット@アラスカ」に参加

レイニア氏から「アドベンチャートラベル」という言葉を聞いた我々は、翌年、実務的な意見を聞きたいと考え、アメリカの旅行会社で、自然や文化を探求する旅行「Expedition」を催行するエクスペディション・イージー社の、レスリー・ホルゲイト氏を北海道に招き、レイニア氏とほぼ同様のコースを視察してもらい、旅行商品としての可能性を検証した。

この視察でもレスリー氏の北海道に対する評価は高く、我々の確信はより強固なものとなった。そのときに同氏から、「ATTAが主催するAdventure Travel World Summit(ATWS)というものがある。北海道はそれに参加し、情報発信とネットワーキングをすべきだ」との助言を受けた。

後日談にはなるが、我々の取り組みの正しさを裏付けるかのように、この翌年、『ナショナル・ジオグラフィック』の「2016年に訪れるべき世界20選」と、『ロンリープラネット』の2016年目的地ランキング「ベスト・イン・アジア」部門で、北海道がそれぞれ1位に選ばれている。

レイニア氏、レスリー氏の助言を受けて、筆者らは2016年9月19〜22日、米国アラスカ州アンカレッジ市で開催されたATWSに参加することを決断した。このとき、アラスカへ乗り込んだ北海道チームは、筆者とアドベンチャートラベルに可能性を感じている観光協会や民間企業からの10名である。

このアラスカ大会には、自らの地域を宣伝しようと世界各地の観光協会が参加し、約800名が集ったというが、デスティネーションとして日本からの参加は我々が初であるとのことだった(企業としての実績はある)。

ATWS参加に際しては、すべての連絡、事前の広報等はATTAの公式WEB上で行われている。出展に不可欠な会員登録をすると、HUBという会員専用WEB上で北海道の情報発信が可能になる。そこで、我々は、北海道を知らないであろうATTAの会員に対して、野生動物や国立公園、アイヌ文化など「北海道の本物」の情報を写真とともに掲載した。

サミットの開催期間中に行われる商談は、事前にWEB上で申し込むことになっている。北海道チームは初参加であったものの、あらかじめ15もの商談申し込みを獲得していた。

デスティネーション(観光地)のプロモーションだけではなく、旅行者を実際に獲得するには旅行会社の協力も欠かせない。そこで参加いただいたのが、北海道宝島旅行社であった。同社も、ビジネスとして旅行会社専用の商談会に登録していたところ、ほぼすべてのスケジュールが予約で埋まっていた。

以上のように事前の評判も上々だった我々、北海道の10名はATWSに参加するため、意気揚々とアラスカへ向けて出発したのである。
(※このとき参加したATWSの様子は、『アドベンチャートラベル大全』の本編に詳述)

 

アラスカで体験したサミットを北海道へ

アラスカでのATWSの開催中、筆者は特別に時間をもらってATTAの幹部である、調査教育部長(当時)であるクリスチーナ・バックマン氏と教育プログラムマネージャー(当時)であるヒラリー・ルーコウィッツ氏とミーティングの機会をもつことができた。

こちらから、「北海道は豊かな資源に恵まれているが、アドベンチャートラベルの分野では取り組みを始めたばかり。すべての分野において準備が必要と考えているが、ATTAのメニューやノウハウを活かし、北海道をサポートしてもらうにはどのような方法があるのか」と相談したところ、以下のような回答であった。

アドベンチャートラベルは2630億ドル(2016年当時の値)のマーケットである。リサーチやサーベイは欠かせない。ATTAが実施する教育プログラム(Adventure EDU)があるので検討してはどうか。プロモーション機会としては、Adventure Weekというメニューがある。これは毎年開催するイベントではないが、ATTA選りすぐりのツアーオペレーターやメディアを20〜35人程度地域に送り込み、集中的に露出をはかるもので、2018年頃に考えてみてはどうか。

このような提案に加え、サミットにおけるランチのスポンサーになることや、次回のATWSでプレゼンテーションをすることもできると教えてもらった。

そこで北海道においては、この提案をベースに、2017年にはAdventure EDUを釧路市で開催し、2019年にはAdventure Weekを実施した。

その後、日本政府観光局(JNTO)の協力を得て、2019年のスウェーデンでのATWSで日本・北海道のプレゼンテーションも行った。

そして満を持して、「アドベンチャートラベルワールドサミット2021北海道/日本」の開催に至ったのである。