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【DMO研究】地域に信頼される存在に、秩父地域連携DMOの10年がかりのマネジメント術

2022.08.17

埼玉県西部に位置する秩父地域は、歴史ある名所旧跡と美しい川と緑の山々に囲まれ、日本の原風景に出合える自然豊かなエリアだ。都心から電車でわずか1時間半の距離にあり、首都圏からはハイキングや川遊び、紅葉などの自然や、伝統的なお祭りなども目的に、1年を通じて多くの人々が訪れる。


▲秩父のアイコンのひとつ、芝桜と武甲山(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

そんな自然資源に恵まれる、埼玉県秩父市・横瀬町・皆野町・長瀞町・小鹿野町の1市4町で構成される地域連携DMOが、一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社だ。2022年4月で設立から10年を迎え、昨年度から重点支援DMOにも選定されるなど、地域経営を担う組織として着実に歩みを進めている。

今回は、観光に特化した地域経営組織としてはベテランともいえる同DMOのこれまでの取り組みや、DMOが最も求められる「立場の異なる多様な関係者」のマネジメント方法、10年間を振り返っての次なる展開について伺った。

インタビューに答えてくれたのは、設立から10年にわたり同社で事務局長を務めてきた井上正幸氏(写真左)、インタビュアーは公益社団法人日本観光振興協会の大須賀信氏(写真右)である。

 

秩父エリアのDMO事業

DMCを内包し、地域ブランド事業も推進

─ まず、事業の全体像をお聞かせください。

秩父エリアの1市4町は、もともと総務庁のプログラムによる定住自立圏構想で連携していました。各市町に観光協会はありましたが、エリア全体の観光部門を担う団体が必要ということで、2012年に秩父地域おもてなし観光公社が立ち上がりました。「滞在型観光の促進」「外国人観光客の増加」「地域ブランドの確立と特産品の販売促進」「ジオパークの推進」の4つの分野に取り組むという協定を結んでスタートし、2018年にDMOとして登録した後もこの協定を引き継いでいます。

「滞在型観光の促進」事業として力を入れるのが、農泊、いわゆる修学旅行のホームステイです。教育旅行の誘致は埼玉県でも推進する事業で、公社の中心事業として2014年から受入を進め、台湾など海外からの受入も行っています。当DMOにおける自主財源の中心事業でもあります。また、農泊と並んで自主財源事業の柱となるのが、レンタサイクル事業です。DMOで購入した110台の自転車を観光案内所に置き、観光協会に貸し出してもらいます。売り上げの6割が観光協会、4割がDMOに入ってくる仕組みです。

▲秩父を訪れる人に人気のレンタサイクル(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

観光客の属性や動向を分析するマーケット調査事業については、観光協会に協力を仰ぎ、観光案内所を中心にエリア内の6カ所で、満足度やリピーター率などのアンケート調査を行っています。

今いちばん力を入れている事業は、先ほどお話しした4つの協定のうちのひとつ、「地域ブランドの確立と特産品の販売促進」です。今春には一般財団法人秩父地域地場産業振興センターと統合を視野に入れ連携し、物産館をリニューアルしました。

DMOは収益を上げることが課題と言われるなか、今後は物産館を拠点に、販売促進による消費額アップにも取り組むほか、地域の事業者とともに、秩父特産の工芸品をはじめとする商品開発を行い、地域商社部門の拡大をはかっていく予定です。

ほかには、SNSを活用した情報発信事業として、公社設立と同年の2012年にFacebookを開設し、10年続けています。国内観光客に向け、職員が輪番で毎日投稿を行っています。広告は一切行っていませんが、日々の努力の甲斐あって、現在フォロワーが1万2000人を超えました。また、2018年にはYouTubeチャンネル「秩父おもてなしTV」を始めましたが、こちらもチャンネル登録者数が7000人を超え、FacebookもYouTubeも内製化しています。


▲秩父おもてなしTV内で、地域の観光スポットや飲食店を紹介(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

─ 素晴らしいですね。外注するとクオリティは高くきれいなものができ上がりますが、見ている側としては熱量が感じられません。

YouTubeは行政からの委託事業ですが、利点があって、動画の版権はDMOですから、撮影しておくとメディアから問い合わせがあったときに映像をすぐ出せるのです。DMO内にノウハウがたまっていくというのもメリットですね。

 

関係者との関係構築の秘訣

地域とのコンセプト合わせと土壌づくり

─ 秩父エリアの観光地域づくりの担い手として、DMO登録前も含めると10年の歴史があります。DMOとして地域をまとめ上げるうえで大切と考えられること、うまくいく秘訣を伺えますか。

立場が異なる関係者と協業するにあたっては、まず、コンセプト合わせが大切と考えています。地域にあるいいものはDMOが積極的に取り上げるというスタンスでやってきました。たとえば、東京から近いという意味での「近田舎」と「近い仲」を合わせた「ちかいなか秩父」というキャッチフレーズは、我々が商標登録を行って使用しています。しかし、この言葉を考案したのはDMOではなく、民間の移住交流のグループでした。このグループから秩父のキャッチフレーズとして使ってくれないかという相談があり、採用したという経緯です。

地域づくり事業では皆が船頭になりたがりますが、我々DMOがイニシアチブをとって新しいものを決めるよりもむしろ、すでに地域内に活用できる良いものがあればDMOが拾い上げていく。地域づくり事業をうまく進める秘訣のひとつだと思います。

また、我々が狙う国内ターゲット層は首都圏の20~40代の女性ですが、これもDMO主導で設定したものではありません。関係者とのコンセプト合わせによるもので、東京から秩父地域への送客を行う西武鉄道がターゲットとしている層です。彼らが女性目線の内容で大々的にテレビCMをうっているので、私たちDMOのターゲットが彼らと異なってしまうと、まったく意味もなくなってしまいます。


▲西武鉄道とは、観光においても様々な連携を行う(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

─ 地域づくりには自治体をはじめ、さまざまなステークホルダーが関与しますから、その処し方はDMOの議論で必ず出てきますよね。各所から出てくる多種多様な要望についてはどのように対応していますか。

何よりも、足を使ってステークホルダーの皆さんのところに出向き、コミュニケーションをとることが大切と考えます。うまくいっているな、とちょっと気を抜いていると突然、問い合わせやリクエストが飛んでくることもしばしばです。しかし、裏を返せば、相手からの本音が引き出しやすい、言いやすい環境があるという証しで、これは悪いことではありません。

利害関係者との調整では、どうしても汗をかかなければならないところがあり、また、誰をどう押さえるかも重要です。こうした骨折りは無駄と見る向きがあることも承知していますが、関係者の協力が必要なここぞというときに賛同してもらえるかどうかは、そこに至るまでの土壌づくりをどれだけやっておいたか、によります。それができるまでには、ある程度の年単位のスパンがかかると思います。

 

インバウンド政策コア会議

地域と「共に」創る、ユニークなインバウンド事業

─ 秩父エリアにおけるインバウンド施策についてはどのような取り組みをされていますか。

設立当時の4つの協定には「外国人観光客の増加」がありましたから、秩父エリアでのDMOの位置づけは、当初から「インバウンド対応を担う団体」でした。つまり、エリア内のインバウンド営業はすべて観光公社に集中しました。当初はすべて事務局長である私が対応していましたが、私のインバウンド知識ばかりが増え、かといって、あまたある魅力的な提案に私一人では判断できない。それを解消すべく関係者一同を一度に集め、地域の事業者とともに決めようと、2016年に「インバウンド政策コア会議」というものを始めました。

民間事業者と地域の関係者が2カ月に一度くらいの頻度で集まり、秩父のためにできることを話し合い、最終的には会議で決定した事業を実施するという会議です。通常の、自治体が出す公示に対して、民間事業者が提案するとは違い、一緒に作っていくというスタイルに対し「私たちが秩父のことを考えられるのですか!」と、手弁当で参加してくれるようになりました。若い人からも「おもしろい」という声が次第に広まり、秩父地域の旅館、観光協会、行政の担当者らと、最終的には20社くらいの民間事業者が集まって、ワークショップを繰り広げました。

この会議で一旦のターゲット国・地域は台湾、フランス、アメリカ、タイに設定していましたが、議論の中で「この国をターゲットにしたい」という声があれば変えたっていい。そうした自由度の高い会議で議論を重ね、年度末に事業者によるプレゼン大会を行います。地域の人が審査に回り、採用された優秀なアイディアに予算を割り振り、アイディアを形にします。


▲多数の企業から参加者が集まってのインバウンド政策コア会議(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

─ コア会議で決まったことであれば、地域で実際に事業を行うときに納得感がありますよね。

自分たちで選んだわけですからね。もうひとつ、東京で訪日客向けのマーケティングやPR事業を手掛ける、最新の情報を持った民間事業者の方々から、インバウンドのトレンドや知見、アドバイスを、お金を払わずともいただけたことも大きな副産物でした。コア会議は現在コロナ禍で休止していますが、2023年度からは再開する予定です。

 

今後の展開

CRMの強化でサステナブルな観光地開発へ

─ これまで多くの事業を手掛けてこられました。今後、力を入れていきたいことをお聞かせいただけますか。

これまでに農泊、ガイド団体の統括を手掛けるなど、個々のプラットフォームづくりはでき上がってきました。それらを促進させるとともに、有機的に結びつけていきたいというのがひとつです。

もう一点はファンづくりです。秩父はリピーターが多く、中でも10回以上というハードリピーターが60~70%を占めます。CRM(顧客関係管理)システムを利用し、ファンづくりを強化しながら、サステナブルな観光地開発を進めようと思っています。

冒頭で、地域商社部門拡大のため、一般財団法人秩父地域地場産業振興センターと統合を視野に入れ、連携したとお伝えしました。同センターは空き家バンクも担っていますので、連携したことで、地域振興事業の一元化もひとつの目標となり、今後さらに発展させたいと思います。


▲先日リニューアルオープンした物産館じばさん商店(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

─ 本来、一括してワンストップで地域づくりを行うのがDMOの理想形かと思います。その理想形に向かって、秩父地域はゆったりとひとつにまとまっていっている印象を受けます。

 

行動力あるDMOとして築き上げた地域の信頼

─ 最後に、秩父エリアにおけるDMOとしてどのような役割を担っていきたいとお考えですか。

観光公社は今年で第10期になるのですが、やっと住民から認知されたと思った出来事が最近ありました。コロナ禍で、ある商店街の商店の方から、「公社さん、頼むからコロナ支援をクラウドファンディングでやってくれないか」という相談が来たのです。やっと頼りにしてもらえた、そして、公社に言えばすぐに動いてくれると民間事業者に理解してもらっていたことはとても大きく、励みになりました。これまで頼りにされることをやり続けたからこそ、地域に認識してもらえたと感じました。


▲教育旅行で、農泊を体験(提供:一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社)

─ 地域の観光ベンチャーを一手に引き受け、地道に取り組んできたDMOだからこそ得られた信頼だと思います。そこに至るには行政の理解も必要です。機動力があり、自由に動けるDMOであるのは、秩父市をはじめとしたDMOを構成する自治体の理解が大きいのでしょうね。

それはありがたいことだと思っています。日本において、DMOは比較的新しい定義や組織ですから、ベンチャーに近いやり方で、時代やトレンドの変化に合わせ、柔軟に対処していかないといけないと感じます。

今後も、現在のトレンドとなっている、SDGs、DXといった知識をアップデートし、その情報を地域に流し込みながらいろいろなことにチャレンジできる団体でありたいと思います。また、それには、ほかのDMOとの横のつながりもさらに広げて、情報共有に努めていきたいと思います。

─ 充実した、とてもよいお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。