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インバウンドのアドバンテージとなる、観光事業者が今すぐできるベジタリアン対応

2022.10.21

2回に分けてお届けする、ベジタリアン・ヴィーガンの基礎コラム。後編では、ホテル、飲食店など訪日客に食事を提供する事業者や、自治体、DMOなどの観光関連事業者が、なぜベジタリアン・ヴィーガン対応を必要とされるのか、また対応することで得られるメリット、具体的にどのように対応すればいいのかをお伝えします。

>>前編:持続可能性に貢献、ベジタリアン・ヴィーガンの知っておくべき基礎知識とトレンド

 

実は、多くのベジタリアンは日本の対応に不満? 正しい理解と対応が必須

日本でフードダイバーシティが注目されてきた背景には、在住者も含め訪日外国人の増加が挙げられます。2013年に打ち出された「観光立国実現のためのアクション・プログラム」以降、さまざまな価値観を持つ外国人観光客が急増したことで、それまでは重要視されていなかった食の多様性対応の課題が顕在化してきました。コロナ前ではありますが、観光庁の2018年推計数値によると、ベジタリアンやヴィーガンのインバウンド客は年間167万人、その飲食費は450~600億円とされています。

実際に飲食店、宿泊施設の事業者の方とベジタリアン・ヴィーガン対応の話をさせていただくと、「うちではサラダを提供している」「精進料理を用意している」などの声をよく聞きます。ところが、実際に日本を訪問したベジタリアンからは「日本ではベジと言えばカフェ系ばかり」「食べたいものを理解してくれないから、食べ物は持っていく方が無難」といった不満の声が多く聞かれ、日本の食の多様性対応は不十分という評価が広まってしまっています。

このような乖離が起こってしまう理由のひとつには、観光事業者の知識不足もあると思われます。

先述のように、日本では「ベジタリアン=サラダ」という固定概念が根付いていますが、外国人観光客が食べたいのはお寿司や天ぷら、ラーメン、丼もの、定食など「日本人が普段から食べている一般食」のベジバーションです。もちろんベジタリアンの方にとってサラダは「食べられるもの(Can Eat)」ですが、日本の飲食店で「食べたいもの(Want to Eat)」かというと、そうではないケースが大半です。ベジタリアン観光客の本当のニーズを捉え切れていないことが、成果に繋がらない要因なのではないでしょうか。


▲日本で提供されているベジタリアンメニューの多くは「食べられるもの(Can Eat)」に沿ったもの

 

原価の高い食材を使用しなくても、ベジタリアン食の価値を出せる

「わざわざベジバーションの食事をつくるのは手間がかかる」と思ってしまうかもしれません。確かに通常メニューとベジタリアン・ヴィーガンメニューとを別々に捉えると大変ですが、食べられる食材の「違い」ではなく「共通点」に着目すると考えやすくなります。

たとえば名古屋にある味噌煮込みうどん店「大久手山本屋」では、ベジタリアン・ヴィーガン対応のうどんを「きのこ香る味噌煮込みうどん」として通常メニューでも提供しています。特別に作り分ける必要がないため、オペレーションに負荷がかかることもありません。


▲ベジタリアンメニューながら、一般客にも好評の「きのこ香る味噌煮込みうどん」

そもそも和食は、世界で最もベジタリアン食に着手しやすい土壌を持っていると思います。日本人は農耕民族として食文化を築いてきたので、長い歴史の中で穀物や野菜を美味しく食べる技術を磨き上げてきました。考えてみれば、ごはんや味噌汁はもちろん、おでんの大根やがんもどき、山菜の天ぷら、かっぱ巻きなど、和食には野菜や山菜、穀物だけを使ったものが多くあり、これらはすでに立派なベジメニューなのです。

さらに、従来の「ベジタリアン食は儲からない」といった価値観も変える必要があります。日本では原価率から計算してメニュー価格を決めることが多く、高級な食材を使うほど単価も売上も上がる。逆を言えば、野菜やキノコでは高い値段はつけられないと思ってはいないでしょうか。今や「ご馳走」の価値観は多様化し、ベジタリアンメニューに価値を見出す人は多くいます。たとえばヴィーガンレストランとして世界一に選ばれた自由が丘の「菜道」では一般的なレストランと変わらない価格を設定していますが、世界中からの観光客が押し寄せ高い評価を得ています。

 

宿や飲食店ができることは? 材料を1つ変えるだけでOK

ホテルや飲食店をはじめとする観光事業者がベジタリアン対応に取り組むことで得られるメリットを考えてみましょう。

ベジタリアンインバウンド客への間口が広がることはもちろんですが、単純にベジタリアンの数だけでは計れない部分があります。団体・グループ客のなかに1人でもベジタリアンがいれば、対応している店を選ぶでしょう。つまり、たった1人の対象客が残りの大人数を連れてくるということです。その経済効果は大きく、ホテルや飲食店が取り組む価値は充分にあると思います。

すぐにでも着手できる具体策として挙げられるのは、「選択肢」を設けることです。
ビュッフェなら食材ごとに野菜コーナー、肉コーナー、魚コーナーと分けることで、ベジタリアンが何を選べばいいかが明確になります。また、既存のメニューの中でベジタリアンに対応している料理を選び、メニューにベジタリアン・ヴィーガンマークをつけて表記するのも有効でしょう。一般の方と同じメニューで、本人が食べる料理を取捨選択できればいいのです。

あるいは、追加オプションとして選択肢を増やすこともできます。
スターバックスが牛乳を豆乳に変更するとプラス50円としているように、オプション対応の場合は追加料金をいただけば、少しの手間で売上アップにも繋がります。


▲オーストラリアのピザ屋ではチーズをヴィーガンチーズに変えると1ドル、生地をグルテン控えめのものにすると2ドル追加としている

新たにベジタリアンメニューをつくるとしても、ペペロンチーノに使うベーコンをキノコに変えるなど、材料を一つ変えるだけでOKです。既存の料理の味を代用品で完全再現する必要はなく、別メニューとして提供し、それで美味しければまったく問題ありません。あまり難しく考えすぎないことが大切です。

 

自治体やDMOの役割、地域一体となってのベジタリアン対応を促進

またホテルや飲食店だけでなく、自治体やDMOが担うべき役割もあります。

地域の対応店が1店舗だけでは、旅先に選ばれる可能性は低いでしょう。町や地域が一体となり10店舗、15店舗に増やしてチーム戦で戦わないと結果は出ません。それをサポートするのが自治体やDMOです。事業者がベジタリアンについての正しい認識を得られるような機会を設けたり、情報発信を担ったりする役割が求められます。

さらにMICEなどの団体客を獲得したいのであれば、なおさらです。ヨコハマグランドコンチネンタルホテルの公表データでは、国際会議の参加者のうちベジタリアンが30%、ムスリムが15%、グルテンフリーを希望する方が5% もいることが分かっており、フードダイバーシティへの対応は不可欠といえるでしょう。

食品メーカーの取り組みとしては、動物性不使用の商品の開発をおすすめします。たとえば具材にもルーにも豚肉や牛肉を使わないカレーを作り、肉が食べたい人にはトッピングとして追加することを推奨すればいいと思います。

お土産用に販売する際は「ヴィーガン対応」の表示も重要です。特に和菓子など外国人にとって馴染みのない商品は、原材料が何なのか彼らには想像もつきません。きちんと表示をするだけで、選ばれる可能性はぐんと高まるでしょう。

 

ベジタリアン対応後の集客のポイントは? することは2つだけ

ベジタリアン対応が可能になったら、旅行者に向けて発信することも大切です。
訪日するベジタリアンが食事に関する情報を得る際は、地図アプリや口コミサイト、SNS等を主な手段としていますが、その中でも、私が特に推奨する媒体は以下の2つです。

ひとつめは「Happy Cow」。1999年にアメリカの企業が開発した、世界中のベジタリアンレストランを検索することができる口コミサイトです。世界で18万店舗以上、日本でも3000店舗以上が掲載されており、ベジタリアンの多くはHappy Cowを見て飲食店を探しています。


▲Happy Cowのサイト

登録は無料なのですが、すべて英語での流れとなります。英語が苦手な方のために、弊社フードダイバーシティでは、Happy Cow登録の日本語解説資料を用意していますので、よければご活用ください。

もうひとつは「Google」です。ユーザーの現在地から近くの飲食店を検索できるGoogle 検索やGoogle マップの利便性が高まっており、旅行者が検索項目に「ベジタリアン」「レストラン」などと入力すると対象店舗が表示されます。

表示対象になるには、Googleビジネスプロフィール(旧称: Google マイビジネス)」で「ベジタリアン」「ヴィーガン」対応であることの入力が必要です。無料で集客効果を高められるので、まだ使っていない方もぜひ利用することをおすすめします。

最後に私から観光事業者や自治体の方にお伝えしたいのは、決してベジタリアン・ヴィーガン対応を難しく考える必要はないということです。肉や魚だけでなく、日本のおいしい野菜にお金を払ってくださる外国人旅行者の方は増えています。契機を逃さず上手に「儲ける」ために、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。

続いての記事では、最近の私のアメリカ出張での体験を踏まえて、欧米と日本での「食の多様性」の違いにフォーカスしてレポートします。

 

プロフィール:

フードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護 彰浩

楽天株式会社を経て、日本国内のハラール情報を6カ国語で発信するポータルサイトHALAL MEDIA JAPAN 運営。国内最大級のハラールトレードショー・HALAL EXPO JAPAN を4年連続で主催。2018年よりベジタリアン事業にも注力、中国語でのベジタリアン情報サイト「日本素食餐廳攻略」や、英語圏のベジタリアンへの情報発信に向け、世界最大のベジタリアンアプリ「HappyCow」と日本企業唯一の業務提携を交わす。フードダイバーシティをコンセプトにハラール、ベジタリアン、ヴィーガン、コーシャなど、あらゆる食の禁忌に対応する講演やコンサルティングを提供中。 2020年、観光戦略実行推進会議にて、菅前総理大臣に食分野における政策提言の実績あり。流通経済大学の非常勤講師。