インバウンドコラム

【体験レポ】まるで映画を見ているよう⁉ ストーリーとメッセージで参加者の心を揺さぶる3時間の広島ピースツアーの中身

2024.06.19

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こんにちは。NPO法人湯来観光地域づくり公社の佐藤亮太と申します。普段は、広島市内の湯来町で、アウトドアアクティビティの造成を軸としたまちづくり事業を行う傍ら、一般社団法人Hiroshima Adventure Travelにも関わり、広島市を中心としたエリアでアドベンチャートラベル開発などを行っています。普段からアクティビティのガイドや開発を行っている立場から、訪日客に人気のツアーに参加し、その魅力や工夫点などを紹介していきます。

今回参加したのは、sokoiko!が手掛けている「広島の街に残る被ばく遺産を地元ガイドと自転車で巡るピースツアー(3時間コース)」です。広島市の平和記念公園を拠点に2016年に開始されたツアーは、2022年には、TripAdvisorトラベラーズチョイスBest of Best認証(国内体験・ツアー部門全国3位)に選ばれるなど、高い評価を得ています。外国人比率が90%超えというツアーの魅力に迫りたいと思います。

 

挨拶がわりのジョークで空気を和ませてから、ツアースタート

集合場所は、平和記念公園内のレストハウス。元々は呉服店だった被爆建物で、2020年にリニューアルオープンしました。建物内に受付カウンターがあるので、迷うことはありません。今日のガイドは、被爆2世でもあるシンさん。「広島で2番目によく喋るガイドです」というジョークからスタート。

シンさんは語学に堪能で、ガイドが可能なのは英語と韓国語。中国語、フランス語、ロシア語、ヘブライ語でもコミュニケーションがとれます。以前ブラジル人が参加しているのがわかったときには、ブラジルの国民的ソングを歌って即座に仲良くなるなど、様々な国への興味が尽きません。だからこそ「ガイドとお客様」以上の関係性を作ることができているのかなと感じます。興味を持ってくれたら、嬉しいですもんね。

今回の参加者は、アメリカ人家族5名、オーストラリアのカップル、ニュージーランドの友人同士2名の合計9名+僕に加え、参加人数が6名以上だったのでサブガイドがついていました。自転車の車列はどうしても伸びてしまうので、その注意点と、万が一はぐれても大丈夫なように5名ずつにグループ分けがされ、それぞれにガイドかサブガイドがつく形でした。

 

映画を見ているかのようなストーリー展開で読者を惹きつける

このツアーは、その名前にあるように、平和記念公園内にとどまりません。広島市内に点在する様々な被爆遺産を巡りながら、戦前の暮らし、なぜ広島に原爆が落とされたのか、原爆投下による生々しい被害の実相、そしてそこから立ち上がった人々の生き様を、映画のようにストーリーを体感しながら展開されていきます。

まずは、一見戦争とは関係なさそうな広島城へ。しかしここにも被爆遺産の中国軍管区司令部跡があって、広島被災の第一報がここから発せられたと言われています。学徒動員された女学生についても語られます。

その後、一度平和記念公園へ戻り、対岸から原爆ドームを眺めます。ここで、平和記念公園のある場所はもともと広島市随一の繁華街だったこと、原爆ドームは広島県産業奨励館というコンベンションセンターだったこと、広島が投下のターゲットとされた理由、投下直後の凄まじい状況など、戦前から原爆投下直後の歴史が一気に語られます。

その後、そのまま原爆死没者慰霊碑に向かい、この公園ができた背景や、この場所の意味について説明があった後、シンさんが、実は家族の名前もこの慰霊碑の中にあると話します。そう、シンさんは被爆2世で、シンさんのお母さんは胎内被爆されています。


▲原爆死没者慰霊碑の前で、ガイドのシンさんが自身の家族について話す

このツアーの中心にあるのは、幼い頃のシンさんの実体験です。被爆したシンさんのおじいさんとシン少年との対話を軸に、心の変化など、誰かに聞いた話ではなく、自分自身の身に起こったことを語ってくれるのが最大の特徴です。そしてこれらの言葉から、決して原爆投下が遥か昔の話ではない、ほんの一昔前のできことであることを痛感させられ、参加者の胸をつきます。

その後、自転車で広島市内を南下して、爆心地から1.5kmの病院へ移動します。ここには、爆風によってゆがんだ窓やガラスの破片が突き刺さった壁があり、全身にガラスが突き刺さった被爆者が、歩くことでそのガラスが擦れる音の話など、辛い話が語られます。一方で、そうした広島に世界中から医薬品を集めた医師の話などもあり、一つの場所でも、辛い話から心が温まる話まで、感情の起伏をすごく意識してツアーが構築されているなと感じます。

また、常に地図を確認しながらツアーは進むので、自分が今どこにいるのか、そしてこんなところまで一瞬で爆風が届くのか、とイメージが喚起され、少しずつ自分のこととして受け入れられるように工夫がされています。

そしてこのツアーで僕がいつもウルウルしてしまうのが、広島を走る路面電車を運営する広島電鉄の本社にある車両基地。実は、当時被爆した車両が今でも現役で走っている話や、原爆が落とされてわずか3日後に運行を再開させた話やその裏話などが語られ、感動のピークがやってきます。広島の不屈の精神が凝縮されていて、広島のことが大好きになる瞬間です。こうした人たちの想いが連なって、広島という街が復興してきたことを実感できます。


▲広電本社の車両基地で、広島の不屈の精神について体感する

3時間という行程ですが、戦前、戦中、そして戦後の復興の話が、感情の起伏と、ストーリー性をすごく意識して構築されており、最後は、最高の読後感のような気分になります。それと同時に、では自分は今から何ができるんだろう、そんなことを考えるキッカケにもなります。

今回の参加者からも「ガイドが最高だった」「絶対に友たちに勧めるね!」などの声が聞かれました。

 

ツアーに参加するのはどんな人? 欧米豪以外の地域からも増加

sokoikoを運営する代表の石飛さんによると、このツアーの参加者は、欧米豪が中心であるものの、昨年から中東、インド、南アメリカからの参加も増えてきているそうです。

年代は30~50代で、知的好奇心が旺盛の方が多く、地域の一般的な情報よりもより深いことを知ることに満足を得るような、人生経験が豊富な方が多い印象とのこと。夫婦での参加が多いそうですが、最近はファミリーでの参加も増えたとのことで、それは子供用自転車があることなどを明記してからだそうです。そして、主な予約経路は、OTAが8割(Viator、GetYourGuide、Klookが主)で、旅行会社、自社のHP経由がそれぞれ1割ずつということでした。


▲対岸にある原爆ドームを眺めながら、ガイドの話に耳を傾ける

 

プラス3時間の価値提供で、通過型から滞在型の観光へ

ツアーを造成していく上では、なぜそのツアーをするのかという主催者の強い思いや動機が一番重要だと僕は考えています。それが継続していく上で核となるからです。やめられない理由ですね。その視点で、石飛さんに話を聞きました。

ーなぜこのツアーを開発しようと思ったのですか。

ほとんどの旅行者が平和公園と宮島のみを訪れ、すぐに別の場所に行ってしまうという、通過型の観光地という広島が抱える課題がありました。ちょうど1日あれば、2つを周遊できてしまうので。であるならば、”プラス3時間の価値”を広島につくれれば、広島に泊まってもらえるのではないか、と考えました。そして、世界的な観光地に集中している旅行者に、地元民として広島のローカルな面をもっと見てもらいと思い、そのためには、周遊性の高い自転車でのガイドツアーをやろうと決め、2016年に立ち上げました。

ー広島の課題解決と、広島のことをもっと知ってほしい!!という地元民だからこその熱い思いがあったんですね。その後、ツアーはどのように開発していったのですか。

スタートしてから、ゲストとの会話の中で平和に関する質問が非常に多いなと気づき、ただローカルを見せるだけではなく、郊外に沢山ある、通常観光客が行かない平和のモニュメントや原爆に耐えた被爆遺産を巡るツアーにしました。その後、そこからさらに発展し、広島の成り立ちから戦時中、そして焼野原から復活してきた今日までを市内を周遊しながらたどっていくストーリーツアーを開発してきました。結果、翌2017年の参加者は60人でしたが、2018年は200人、2019年は1000人と主に口コミからゲストは増えてきて、コロナを耐えたのち、2023年は年間1500人の世界中のゲストが参加してくれるツアーに成長しました。


▲平和記念公園近くの広島市立高女慰霊碑前で、締めのトークが展開される

 

ーだんだん引き込まれていくような、ストーリーテリングの大切さを改めて実感しました。

主催者として大切にしているのは、sokoiko!のブランドとして”ストーリー性”と”メッセージ性”であり、それが最大の特徴です。起承転結を意識したガイディング、スポット選定、ルート構築にかなりこだわっています。細かいところですが、ドラマチックにゲストに伝わるようガイディング時の声の強弱、そして立ち位置など細部まで磨き上げています

ー観光客の声をヒントに、ニーズに応え、かつ、深い感動レベルのツアーを構築できたからこそ、口コミで爆発的に参加者が増えたんですね。今後の展開については、どのように考えていますか。

地域のストーリーは広島だけではないという思いから、現在は島根県津和野町、奈良県明日香村、東京都千代田区、長崎市、広島県北広島町、江田島市、神戸市など様々な地域でsokoiko!のストーリーツアーを造成し、地元のガイドさんが活躍しています。sokoiko!に参加してくれた多くの人がその地域のファンになったとの声をいただくなかで、ストーリーガイドツアーの様々な面で可能性を感じています。今後も全国で地域の方とツアーをつくっていきたいという思いと、その先には世界でsokoiko!のツアーを造成して「世界中」の人々が各地のファンになっていくようなツアーに成長させたい。人と地域が繋がる平和な時間をつくり続けていきたいと思っています。

ー世界も見据えているんですね。sokoiko!を中心に、深い部分で共鳴し合う人たちの流れが起きたら、とても素敵ですね。インバウンドで来ていただくのはもちろんですが、我々も出ていき、世界のことをもっと知り、その現地でも広島を伝える。そんなことができたらよいですね。

 

プロフィール:

一般社団法人Hiroshima Adventure Travel 業務執行理事 佐藤亮太

1985年生まれ、愛知県岡崎市出身。Barnet FCや福島ユナイテッドFCでスポーツ×まちづくりを経験した後、3.11を機に広島へ。2014年に広島の奥座敷・湯来町へ移住し、カフェやゲストハウス経営を経て、2018年より、NPO法人湯来観光地域づくり公社の理事長に就任。アウトドアアクティビティを開発する中で2019年にアドベンチャートラベルに出会い、広島での広域的なツアー造成を開始。2023年に(一社)Hiroshima Adventure Travelを設立し、業務執行理事に就任。

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