インバウンドコラム

【体験レポ】サステナブルな暮らしと歴史に触れる「津和野のサイクリングツアー」、訪日リピーター参加者から人気を集める理由とは

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こんにちは。NPO法人湯来観光地域づくり公社の佐藤亮太と申します。普段は、広島市内の湯来町で、アウトドアアクティビティのガイドや、アクティビティを軸としたまちづくり事業を行う傍ら、一般社団法人Hiroshima Adventure Travelの業務執行理事として、広島市を中心としたエリアでのアドベンチャートラベル(AT)商品開発や、ATを軸とした中国地方全体でのプラットフォームの組成について動いていたりします。

普段からアクティビティのガイドや開発を行っている立場として、今まさに訪日客が参加しはじめているツアーに参加し、インバウンド向けにどのような取り組みをしているのかを聞くことで、今後、日本人向けと訪日客向け両方のツアー造成を検討している方に何かヒントになるようなことをお伝えできたらと思っています。

今回参加したのは、島根県津和野町で観光事業を展開する「津和野体験Yu-na」が手掛ける「『百景図』奇跡のサステナブルタウン! 幕末と令和の情景重なるタイムトリップサイクリング」というツアーです。

決して立地がいい場所とは言えない津和野で、どのような取り組みが展開されているのか、ツアーでの体験を中心に迫ります。

 

豊かな文化や自然を感じられる津和野のサイクリングツアー

島根県の西部に位置する津和野町は、山口県との県境に接し、西中国山地の中にある町です。新幹線が停まる新山口駅から、1日3本運行している特急に乗って1時間強で到着します。かつては単独の藩として栄え、盆地の地形が育んだ独自の文化や風土が魅力です。1970年代~90年代には、anan(アンアン)、non-no(ノンノ)などの女性誌にとりあげられたり、JRのディスティネーションキャンペーンで選定されたりと、一大観光地として栄えた時代もありました。

しかし旅行の形態が鉄道から車に変わり、時代の流れの中で、かつての観光の文化は残しつつ、落ち着きのある自然・文化・歴史を残す“サステナブル”な町に進化していっている、と地元の人が教えてくれました。

集合場所は、JR山口線の津和野駅前。2022年に開業100周年を記念してリニューアルされた、真新しい駅舎です。この日のガイドは、岡野優衣さん。広島市の出身ですが、たまたまYu-na推進協議会のモニターツアーに参加した時に津和野に一目惚れして、内定が決まっていた東京の会社を入社1カ月前に辞退し、地域おこし協力隊として津和野町に移住することを決断したのだそう。すごいバイタリティです。この日は岡野さんに対応してもらいましたが、Yu-naには英語、フランス語、イタリア語に対応できる海外出身のガイドさんも在籍しています。結婚や親類の縁で移住した方たちだそうですが、こうした人材とつながり、ガイドとして育成し、協働する仕組みができているのは大きな要素ですね。

始めに、ツアーができた経緯や参加者に何を伝えたいかなどのコンセプトの説明がありました。これらを最初に伝えることで、ツアー中にどのような視点で町を見学したら良いか、心の準備がしっかりできます。


▲ガイドの岡野さんが最初にツアーのコンセプトを紹介してくれる

その後、参加者全員で自己紹介を行いました。名前だけでなく、それぞれの趣味などについても触れることで、参加者同士の関係性が深まり、ツアーの満足度向上にもつながります。僕自身もツアーを作るときは、最初のオリエンテーションの時間と、最後の参加者同士の振り返りの時間をとても大切にしています。特に外国人旅行者においては、この時間があるかないかで、ツアーの深みや参加者の感動レベルが大きく変わり、口コミや集客にダイレクトに反映されます。

その後、E-Bikeの使い方、ツアー中の安全に関する注意事項の説明があり、いよいよ出発です。

 

160年前の絵に描かれている「時間」を軸にツアーを展開

出発前に、まずは今回のツアーの鍵である「津和野百景図」の説明がありました。

これは、約160年前、江戸時代の幕末に津和野の情景が100枚の絵に収められたもので、日本遺産にも登録されています。百景図には、津和野に暮らす人々の日常の営み、行事やお祭り、四季の風物詩など、当時の情景がありありとわかるように保存されていますが、ここに描かれているのは「景色」ではなく「時間」。このツアーのコンセプト”keep the time”は、まさにこの百景図が時間を保存しているかのようであることに由来しています。この百景図をたどりながら、ツアーは進められていきます。


▲ツアーコンセプトの要ともなる「百景図」について説明するガイド

まずは、津和野の昔ながらの街並み地区へ。多くの観光客が訪れるこのエリアを百景図と見比べながら進むと、道幅の広さや、舗装の変化、街中に鯉が泳ぐ理由など、それぞれの意味合いの深さに驚かされます。ネタバレになってしまうので詳しくはお伝えできませんが、ガイドさんが出題するクイズ形式の解説を通し、いいテンポでツアーは進みます。

街並みエリアを何箇所か立ち寄ったあと、多くの観光客は訪れない郊外のエリアへと進みます。

いくつかのスポットを巡りますが、そこでも話の中心は“Keep the time”と“サステナビリティ”でした。160年前から大切にされてきたモノ、精神性、そして政策面も含めて受け継がれていることが実感できました。例えば、津和野が豪雨災害に見舞われた際は、堤防修復を、コンクリートにするか、石垣を積むかという議論がされたといいます。また、道路工事においても、道の拡幅と、文化財保存のバランスが検討されました。そうした一つひとつの判断に、受け継がれてきたものを大切にしようとする姿勢が反映されています。町としてもツアーとしても、そこに一切のブレがなく、納得感と感動を呼ぶのだということがよくわかりました。矛盾がどこにもないんですね。

 

津和野の「昔」と「今」を創る人々の想いに触れる

そして最後に、ガイドの岡野さんが最も気に入って、移住のキッカケにもなったという、一見何もない、田んぼのエリアに案内してもらいました。確かに何にもない風景ですが、どこかホッとする、そんな場所です。そこで、岡野さんが移住した理由を話してくれました。

特に海外の方がツアーで知りたい、感じたいことは、その土地の本当の暮らしや、ガイドがどんな人で、普段どんなことを考えているのかということです。ガイドが自分の体験や想いを語ることでツアーの価値は格段に高まります。今回のツアーでも岡野さん自身の話を聞き、純粋に応援したいなと思いました!

そして、ここでも持続可能性の話が。通常田んぼでは、4月くらいにお水を張り始めますが(冬季湛水の場合は冬の間もお水を張ります)、このエリアでは、渡り鳥の保護のために、通常より早い2月に水を張るという素敵な取り組みが行われています。人々の暮らしだけでなく、生物に対する配慮も、きっと昔からこの地域に根付いていたんだと思います。

▲ガイド自身の想いや体験を語ることがツアーの価値を高める

3時間のサイクリングツアーでしたが、観光客に人気の街並みエリアだけでなく、津和野の奥深さと人々の暮らしを感じられる郊外のエリアも巡れ、満足度の高いツアーでした。そして、津和野の人たちが何百年にもわたって大切にしている価値観に触れられます。海外からの観光客に歴史的な事実だけを伝えて理解してもらうことは難しいですが、「時間の保存」「持続可能性」というコンセプトをもとに、住民の営みが現在まで受け継がれていることが伝えられると、日本で「本物」に触れたいと感じる人たちの気持ちに応えられます。

 

ディープな体験を求める訪日客に人気

ツアーはコロナ禍の2020年にスタートし、2021年に「津和野体験Yu-na」の観光ブランドを立ち上げました。ブランド立ち上げの2021年から現在までの参加者は累計850人ほどで、2024年のツアー参加者は200名程度だそうです。

当初はインバウンドの集客に力を入れていませんでしたが、2022年から受け入れ体制を整え、2023年から外国人観光客が参加しはじめたとのことです。月平均で1~2人程度が体験しており、ほとんどは、日本に2回目以上の訪日リピーターだそうです。2024年の参加者のうち外国人の比率は10%程度。フランスやオーストラリアからの観光客が参加しはじめており、1人旅や2~4人グループのFIT旅行者がほとんどということでした。

ゴールデンルートは既に体験して日本の文化(神社・お寺など)をある程度体感した後、よりディープな日本を知りたいと思っているとのこと。Google検索などで偶然津和野のツアーを知ることが多いようですが、ミシュラン・グリーンガイドへの掲載も認知の一因となっている可能性があるそうです。

▲海外からは訪日2回目以上の参加者がほとんど

参加者の方はみな、現在も古くからの情景が残されていること、日本人の美学にみなさん驚いたり、日本文化や津和野やのディープさを知れたたことやプライベート感に満足したとの声やが寄せられているといいます。ただ、僕が一番重要だと感じたのは、ガイドの津和野への想いに共感して感動できる点です。ガイド一人ひとりでもちろん伝えたいメッセージは違うと思いますが、ガイドの心からの声に共感し、それが感動につながるのだと思います。

一方で、日本に初めて訪れる人への訴求にはまだまだハードルが高いと感じているようです。今後は、日本が重点的に取り組んでいる「訪日2回目以降のリピーター」に対してのアプローチを強化していきたいということでした。

 

地域と共創する観光、より魅力のある目的地を目指して

津和野に魅了された1人として、現在はガイドとして活動する岡野さんに、今回のツアー開発の経緯や想い、今後について話を聞きました。

ーなぜこのツアーを開発しようと思ったのですか。

山間部に位置する津和野は、自然や文化を感じられる魅力的な場所です。しかし、観光客の滞在時間が短く、消費単価も1000円未満と低いという課題がありました。津和野の魅力を知ってもらうには、美しい町並みだけでなく、ガイドツアーを通じ、歴史や文化を深く感じられる機会を提供することが必要だと考えました。津和野のファンを増やし、単なる通過点ではなく、ゆっくり滞在できる目的地として発展させるため、ツアーの開発やYu-naの立ち上げに至りました。

ー今でこそ津和野を先頭に立って発信していますが、津和野には移住したのだそうですね。迷いはなかったですか?

町の一端を担うことになるという責任もあり、自分に全うできるか不安はありましたが、関係者のサポートと津和野での新たな生活へのワクワクが勝ったので、ほぼ迷いはなかったです!

ーもともと地域で暮らしている人たちと、ソトからの視点が融合することは、インバウンドツアーを作っていくうえでも、重要だと思います。実際にインバウンドがツアーに参加しはじめて、どんなことを感じていますか?

まずは津和野を知って訪れてくれる人がいるという事実に自信を持てました。参加者の方に津和野の風景、ツアーの内容共に非常に喜んでもらえている様子を見ると、今後の発展の可能性を強く感じます。

しかし、歴史的な町だからこそ、日本人にとっては当たり前のことでも、海外の人にはしっかりと説明しないと伝わらないことが非常に多いと感じています。

例えば、インバウンド観光客には、津和野の歴史背景を理解してもらうため、最初に、江戸時代の時代背景や、侍、城、城下町など、日本の文化について難しい言葉を使わずに説明したり、丁寧に説明することで、津和野が観光用に作られた街並みではなく、160年前から続く歴史と人々の暮らしが息づいている場所であることが理解してもらえます。
一方で、全ての情報を伝えると間延びしてしまいます。どの情報を省き、何を必ず伝えるべきか、そしてツアーのコンセプトと一致しているかなどを実践を通じ、今後も、ブラッシュアップしていきたいと思います。

なお、海外出身のガイドがいることを生かして、彼らの視点から日本のことを伝え、わかりにくい部分を明確に説明できるのはアドバンテージだと思っています。日本の多くの地域で、1時間圏内のエリアに外国出身の方が住んでいるのではないでしょうか。そうした方々と連携し、ガイドメンバーに加わってもらうことは、今後のツアーの質向上に大きく貢献すると考えています。

ー今までインバウンドが来ていなかったエリアにインバウンドが増えることで、町への好影響や、逆に課題や問題点はありますか?

津和野を客観的に評価していただけることで町民のシビックプライドが向上していることを実感します。地元の方に応援していただいたり、ツアー中に出会った町民の方が、津和野のことを嬉しそうに紹介してもらえるようになったのは印象的でした。

また、連泊する旅行者も増えており、経済活動の活性化にもつながってくるのではないかと考えています。津和野にはもともと観光客へのおもてなしの心が根付いているので、サービスの質もさらに向上できると考えています。

一方、町全体のインバウンド対応はまだ十分ではなく、行政との連携強化が課題となっています。また、宿泊施設や飲食店の不足も課題の一つで、津和野が目指す経済規模についても考えながら、取り組んでいきます。

ー最後に、今後の展望を教えてください。

今後、Yu-naをきっかけにより多くの方の津和野への訪問意欲を向上させていきたいです。これからさらにインバウンド市場が発展し、訪日リピーターの方の割合も増加していく中で、日本に来たら行くべき場所として津和野が選ばれるような、魅力的な目的地になれるように貢献していきたいです。

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