インバウンドコラム

欧米豪訪日客に人気、堺の包丁体験に見る職人との連携ツアー継続の秘訣とは?

2025.05.14

山本 紗希

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訪日旅行者の間で静かな人気を集めている、和包丁をテーマにした体験ツアーをご存じでしょうか。

刃物の町として知られる大阪府堺市の包丁屋で行われるこのツアーは「自分で研いだ包丁をお土産として持ち帰れる」という記憶に残る体験が、欧米圏の旅行者を中心に高く評価されています。

今回、実際にこのツアーに参加し、その魅力と人気の理由を探ってきました。

堺の包丁体験

 

体験ニーズを先取り!大阪堺発・包丁ツアー誕生の背景

今回、私が参加したのは大阪、堺市にある、和包丁を主に取り扱う道具屋「和田商店」と、インバウンド事業を手掛ける株式会社UGXの代表でガイドのYujiさんによるツアー「大阪で和包丁研ぎ体験」です。

1名2万6000円で、包丁を自分の手で研ぎ、柄をつけた上で持ち帰れるというお土産付きです。現在は、年間約2000人の体験参加者を受け入れています。

このツアーのスタートは2018年。もともと大阪と京都で3年間ボランティアガイドをしてたYujiさんが、堺のまちを訪れた際に和田商店と出会い、ツアー化に至りました。

会場となった道具屋「和田商店」▲会場となった道具屋「和田商店」

ちょうどそのころ、和田商店では「これからは体験が人気になる時代や!」と、日本人向けの包丁ツアーを企画していたタイミングだったといいます。そこにYujiさんが「外国人旅行者向けにもやりましょう」と提案し、ほぼ同時に日本人向け・訪日外国人向けの2つのツアーがスタートしたそうです。現在は、日曜日を除くほぼ毎日、1日2回、開催をしています。

 

欧米からの申し込みが多数、検索&YouTubeがきっかけに

当日の参加者は、私を含めて5名。集合時間5分前には全員が揃っていて、参加者の方々が体験を楽しみにしていたという思いが伝わってきました。

今回の参加者の中には、ニューヨークからハネムーンでやってきたカップルの姿もありました。もともとは2020年に訪れる予定だったものの、パンデミックの影響で延期になり、待ちに待った日本旅行がかなったとのこと。東京、日光、箱根を巡ったあと、大阪を訪問したそうで「包丁ツアーを1番楽しみにしていた」と始まる前からワクワクした様子が印象的でした。刀に興味があるところから、包丁にたどり着き「包丁 体験 大阪」などで英語で検索して、和田商店のHPにたどり着いたと話していました。

別のアメリカからきた男性は、YouTubeでこのツアーの存在を知り、1人で参加したと話してくれました。

今回の体験を旅のハイライトにして楽しみにしていたアメリカからの参加者▲今回の体験を旅のハイライトにして楽しみにしていたアメリカからの参加者

なお、参加者の多くは、アメリカの方で、それ以外だとオーストラリアやヨーロッパからが中心だそう。

多言語での対応は英語のみということから、ツアーのターゲットも欧米豪が中心。週末などに、日本人の予約が入ることもあるそうですが、外国人からの予約が先に埋まってしまうことが多く、予約のタイミング次第では、なかなか取れないこともあるそうです。今回、私はその枠に入ることができ、とてもラッキーでした。

 

英語ガイドの丁寧な挨拶が生む信頼関係

参加者は、堺市内にある会場の和田商店に13時集合。小さな道具屋商店ですが、奥に小部屋があり、荷物を置いたり、早めに到着した際には待合室として利用できます。旅行中は荷物が多くなりがちなので、こうした配慮は、参加者にとっても助かります。

ツアーは、ガイドのYujiさんが簡単に参加者を紹介したあと、主に和田商店での包丁体験やお客さんの対応を担当する柄付け職人の和田さんを紹介して開始。Yujiさんの案内で、徒歩圏内にある伝統産業の展示・販売・体験施設「堺伝匠館」で包丁について30分ほど学んだあと、和田商店で包丁研ぎ体験をし、最後に包丁の柄を付けるという全部で2時間のツアーでした。

伝統産業の展示・販売・体験施設「堺伝匠館」の外観

堺伝匠館までは5分ほどですが、簡単なコミュニケーションをとるにはちょうどいい時間。全員と会話して、場がほぐれたかなというタイミングで堺伝匠館へ到着。施設の1階「TAKUMI SHOP〔包丁・砥石〕」は各種商品が購入できるようになっており、2階には「堺刃物ミュージアム CUT」があります。

Yujiさんはスタッフの方に「こんにちは~」とあいさつをしながら館内へ。観光地を案内していると、お客様への対応に集中するあまり、施設の方への声かけが疎かになることもあります。Yujiさんの気持ちよい自然な挨拶から、日頃から出入りしていることが分かり、信頼を感じられました。ガイドが率先して挨拶をすることで、参加者も続けて挨拶してくれることもあります。些細な一言や気遣いが大切だと改めて感じました。

 

英語解説で広がる学び、伝匠館で知る和包丁の奥深さ

堺伝匠館には、多くの海外の方が来館していました。「堺刃物ミュージアム CUT」は、日本語表記が中心だったので、Yujiさんによる英語の説明で、参加者の理解がぐっと深まりました。ただ包丁の歴史を学ぶのではなく、館内に飾られているナイフでできたシャンデリアを見ながら、日本の包丁産地や、包丁の製造方法、包丁の種類など、20分という限られた時間のなかで和包丁について案内していました。

包丁で制作したシャンデリア▲包丁で制作したシャンデリア

例えば、まぐろ用、うなぎ用、そば用など、包丁を実際に見ながら用途ごとに種類を説明してもらえたので、日本人の私にとっても興味深かったです。

他の海外からの来館者は5分ほどで展示を見終わり、1階の売り場へと降りていく様子が見られました。ガイドと一緒に施設を回ることは、その場所への理解が深まるという点で、参加者だけでなく、受け入れ側の施設にとってもありがたいことだと強く感じました。

 

職人とつながる、心に残る現地体験

堺伝匠館での見学を終えたあとは、和田商店へ戻り、包丁研ぎ体験のスタートです。ここでは、用意された作務衣を身に着けます。包丁研ぎで服が汚れることはありませんが、作務衣を着ることで雰囲気がでて、気分も高まります。

体験時に着用する作務衣▲お着替え不要、上から羽織るだけの作務衣を着用

ここから、包丁体験を担当する柄付け職人の和田さんが合流し、Yujiさんと和田さんの2名体制で体験を進めます。ガイドのYujiさんだけでも十分にツアーは成り立ちますが、職人の和田さんが加わることで、一気に“本物の体験”に変わったように感じました。

これは、どのような体験にも共通していえることです。地域に根ざした人が登場し、直に言葉を交わす。ほんの短い時間でも、現地の人と関わることで「その土地の人と話ができた」「地元の人に直接教えてもらった」と記憶に残る体験になります。

 

自然体で取り組める包丁研ぎ、安心設計で体験に没頭

包丁研ぎ体験ではまず、「よく切れる包丁」「切れない包丁」の違いを紙で試します。その後、研ぎ方の見本を見せていただき、実際に自分の包丁を研いでいきます。5名の参加者に対して、ガイドのYujiさんと職人の和田さんがサポートについてくれるので、安心して進めることができました。

包丁の切れ味を体感する参加者▲研ぐ前と後の包丁で、切れ味を体感

特に印象に残ったのは、「危ない」「危険」といった言葉が出てこなかったことです。私自身、包丁を研ぐという体験に少し緊張感が高まりましたが、過度に注意喚起をされることがなかったので、自然体で体験することができました。

大人であれば“包丁は気をつけて扱うもの”という前提があるからこそ、必要以上の警戒心を与えないガイドの姿勢が印象的でした。

 

思い出を演出するサポート、細部に宿る満足感

また、体験の途中からは、Yujiさんの奥様が写真や動画撮影のサポートとして入ってくれました。包丁研ぎの作業で手が濡れていたり、集中していると撮影どころではなくなる場面でも、あとから振り返る思い出を残せるのはありがたいサービスです。撮影したデータは、最後にAirDropでシェアしてもらえました。

包丁研ぎを終えると、柄つけ体験へと移ります。柄に使用する木の種類の説明があり、追加料金での変更オプションも用意されていました。この日は、5名のうち3名が、3000円の追加オプションを選んで、柄をアップグレードしていました。

参加者の柄をつける準備をする職人さん▲参加者の包丁に柄をつける準備をする和田さん

最後に、参加者自身が選んだ柄を職人の手で取りつけられる様子を間近で見ながら、打ち込む作業を自ら行い、完成させます。約1時間の包丁研ぎと30分ほどの柄つけ体験を行い、ツアー終了は15時ちょうどでした。

 

6年続く理由はここに、人気ツアーの“続けられる工夫”とは?

2018年のスタートから6年以上にわたって続いているこの包丁ツアー。2020年以降の入国規制でブランクがあったとはいえ、日々同じ体験を提供し続けるというのは、想像以上に大変なことです。

ツアー提供側にとっては、作業がルーティン化しやすく、モチベーションの維持も難しくなるもの。それでもなお、質を保ちながら体験が継続できている背景には、いくつかの運営上の工夫があるようです。今回は、特に印象的だった3つのポイントを紹介します。

言語の取り扱いを明確にした予約フォーム

このツアーの予約は、ほとんどが公式ウェブサイトを通じて行われているとのこと。今回の参加者も検索エンジンを通じて、公式サイトへたどり着き、そこから体験の申し込みをしたということです。

公式サイト自体は、シンプルなつくりで、洗練されたUI、UXとは言い難いものの、検索で調べて辿り着いた訪問者にとっては、むしろ“ローカル感”が魅力になっているようにも思えました。

一方、Googleフォームで作られた包丁体験の予約申し込みページはとても分かりやすく、特に言語対応に関する案内が丁寧でした。

日本語・英語以外の言語については、通訳を手配すれば申し込みできる旨が明記されている上に、申し込み時には「全員が日本人」「全員が日本語を流ちょうに話せ、理解できる」「通訳者が同席する」といった具体的な選択肢も用意されています。

Googleフォームで作られた予約申し込みページ(英語)   Googleフォームで作られた予約申し込みページ(日本語)

▲Googleフォームで作られた予約申し込みページ。言語は英日で分かれており、詳細の条件を記載している

このように、言語に関する条件をはっきりと記載しておくことで、トラブルの防止にもつながります。

特に、外国人旅行者の場合は予約者と参加者が異なるケースも多く、通訳の有無などの認識がずれていると、当日に「聞いていた内容と違う」といった混乱が起きがちです。

こうした齟齬を未然に防ぐためにも、言語条件を明確に提示することの重要性を改めて感じました。

定時開催で継続しやすい運営体制を確保

包丁の産地として知られる堺には、他にも多くの包丁専門店があります。しかし、2024年現在まで継続して体験ツアーを行っているのは、和田商店のみだといいます。職人さんが忙しく、ツアー開催まで手が回らないからだということですが、体験ツアーが継続できている理由の1つとして、「定時開催で仕組み化されていること」があると感じました。

現在、ツアーは基本的に、日曜日を除いて1日2回開催されており、職人の和田さんにとっても、ガイドのYujiさんにとっても、スケジュールが組みやすい体制ができています。さらに、参加者にとっても「ほぼ毎日開催している」という安心感があり、旅行の予定に組み込みやすい点が、選ばれる理由の1つになっているように思います。

無理のない予約運用でクオリティを維持

現在の体制では、1回のツアーにつき最大6名までの定員を設けています。ガイドのYujiさんと、和田商店が共同で開催しているため、それ以上は無理に受けないという姿勢を徹底しているとのこと。その結果、年間で相当数の参加希望者を断っているというのも驚きです。

私自身、かつて団体ツアーの企画、手配を扱っていた経験から言えば、「満席でも1人くらいなら…」とつい上限を超えても、受け入れたくなってしまいます。

けれど、その1席を受け入れることで、全体の進行に無理が出たり、参加者全体の満足度を下げてしまう可能性があることも事実です。

“ちょうどいい人数”で、無理なく、心を込めて案内できる体制を保つ。このことが、体験のクオリティを維持し、リピーターや口コミによる評価にもつながっているのではないかと感じました。

ガイドさんから包丁の展示の説明を受ける参加者▲定員5~6人と小規模で開催、無理せず多くを受け入れようとしないことも継続のポイントだ

 

ガイドの姿勢に学ぶ、職人と紡ぐ体験づくりのヒント

ガイドのYujiさんは、「自分はまだ学んでいる途中」と謙遜しながらも、包丁についてしっかり知識を身につけている上に、職人の和田さんも「Yujiさんの包丁研ぎは完璧」と太鼓判を押すほど、技術も習得しています。

Yujiさんのように、職人の仕事を尊重し、理解を深め、自分自身も一歩踏み込んで関わるスタンスが、伝統工芸の職人ツアーのガイドをする上では、大切なことの1つなのかもしれません。

実際に包丁を触りながら、研ぎ方のコツを学ぶ参加者▲実際に包丁を触りながら、研ぎ方のコツを学ぶ

現在、Yujiさんはこのツアーを継続しながら、新たな展開を考えています。

インバウンド客が増加している堺ですが、滞在目的が「包丁」に偏っており、滞在時間・消費額ともに限定的なのが現状だそう。そこで、空き家を活用して「和菓子」「味噌」など包丁から連想される「食」に関連した体験ツアーを造成し、滞在時間を伸ばしたり、宿泊に繋がるような取り組みを計画しており、あわせてガイドの募集もしているそうです。

地域に根ざした職人や商店と連携しながら、訪日客に「ここにしかない体験」を提供していく。この包丁ツアーは、小さな規模ながらも、インバウンド体験の理想形であるように思えます。

和田商店の包丁研ぎ体験はこちら

ガイドのYujiさんが代表を務める株式会社UGXの会社概要はこちら

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