インバウンドコラム
インバウンド客にとって、日本食の代名詞とも言える「寿司」。寿司作り体験が乱立する中で、今、築地市場のど真ん中で熱烈な支持を集めているプログラムがあります。それが、株式会社羅針盤(Japan Wonder Travel)が運営する「Tokyo Sushi Making Class in Tsukiji with Professional Chef」です。
2024年の4月から不定期で開始され、7月には本格的な拠点を構えてスタートしたこの体験。実際に参加して見えてきたのは、単に「寿司を握る」だけではない、緻密に計算された「エンターテインメントとしての演出」と「オペレーションの妙」でした。

「握る前」から心をつかむ体験設計
約90分間で寿司の握り方を学び、実際に作って食べる体験ツアー「Tokyo Sushi Making Class in Tsukiji with Professional Chef」。料金は一人あたり7500円〜で、時期や予約サイトによって変動します。英語対応のガイドとプロの寿司職人がクラスを進行し、数種類の握り寿司と巻き寿司を作ります。
体験は、集合場所である築地場外市場の観光案内所前から始まります。取材時の築地は国内外の観光客で溢れかえっていましたが、ガイドさんが余裕を持って待機してくれているので、迷うことはありません。
会場までの約5分間の移動中も、ガイドさんが「どこから来たの?」「日本でどこを観光した?」と気さくに話しかけ、ゲストの緊張を解きほぐしていきます。歩きながらのコミュニケーションも、体験の一部として機能していました。
会場に到着すると、各テーブルには道具がセットされ、自分の名前が書かれたカードが置かれています。さらに、その場で名前をカタカナで書いてもらった「寿司職人の帽子」が渡されます。これを被ることで、ゲストの気分は一気に「職人モード」へと切り替わります。こうした細やかなパーソナライズが、体験の第一印象を決定づけていました。
プロの「技」と「解説」のダブルキャスト体制
この体験の最大の特徴は、「数十年のキャリアを持つ本物の寿司職人」と「英語が堪能なガイド」の2名体制である点です。
職人の役割: 魚をさばく鮮やかな手つきや、長年の経験に裏打ちされた握りの技術を目の前で披露します。言葉が通じなくても、その「本物の迫力」だけで観客を圧倒。
ガイドの役割: 職人の動きを通訳するだけでなく、スライドを使って視覚的に解説したり、寿司にまつわるクイズを出題したりして場の盛り上げ役。
という役割分担により、職人は技術指導に集中でき、ガイドは顧客満足度を高めるコミュニケーションに専念できる仕組みが整っています。さらに、現場では複数の運営スタッフがきめ細やかなフォローに回っており、チーム全体でゲスト一人ひとりをサポートする手厚い体制が整えられていました。実際のレビューでも、職人の圧倒的な技術と、ガイドのポジティブなエネルギー、そしてスタッフ全員によるおもてなしの相乗効果が高く評価されています。
▲数十年のキャリアを持つ職人から直接、繊細な「握り」の技術を間近で教わることができる
思わず撮りたくなる、心に残る「映える」演出とは
現代のインバウンド客にとって「写真撮影」は体験の重要な要素です。このクラスでは、職人が大きな魚をさばく解体ショーのシーンや包丁の種類を説明する際など、随所で思わずレンズを向けたくなる演出がなされます。
ゲストが職人と一緒に写真を撮る時間も十分に確保されており、完成した寿司の盛り付けも非常にフォトジェニックです。子どもから年配の方まで、幅広い世代が主役になれる工夫が随所に凝らされていました。
▲思わずスマホを構えたくなる、職人の鮮やかな包丁さばき
運営者に聞く、人気体験の裏側にある「人」と「仕組み」
この人気ツアーを運営する株式会社羅針盤の取締役・河野有氏に、立ち上げの経緯や集客戦略などについて伺いました。
— 今回の寿司作り体験ですが、どのような経緯でスタートされたのでしょうか?
もともと築地の街を歩いた後に寿司を握るという体験は、インバウンド客に非常に人気がありました。以前は他社と連携してツアーを催行していましたが、築地という場所との関係性を活かして「自分たちならではの体験」を提供できないかと考えたのがきっかけです。
— どのような属性の方が多いですか?
欧米豪からのファミリー層が中心で、他のツアーと比較しても小さなお子様の参加が非常に多いのが特徴です。そのため、ガイドの育成には特に力を入れ、ゲストを飽きさせないカジュアルで楽しい雰囲気作り、双方向の体験を追求しています。
— 集客面についても伺いたいのですが、主な予約経路はどこでしょうか?
OTA、自社、旅行会社で販売していますが、OTA(GetYourGuide、Viator、Airbnb、Klookなど)からの予約が最も大きいです。日本に到着してからアクティビティを探す個人旅行客にとって、「直前予約の利便性」は大きな強みとなっています。旅行会社から貸し切りのお問い合わせも増えてきています。
▲ガイドの丁寧なサポートにより、子どもも主役となって楽しめる
高評価が集まる仕掛け、レビューを「付加価値」に変える工夫
体験の締めくくりにも、巧妙な仕掛けがありました。終演後、ゲストに渡される案内にはQRコードが記載されています。
これを読み取ると、単にレビューサイトへ飛ぶだけでなく「家で作れる寿司のレシピ」や「築地のローカルおすすめ店情報」といった特典が得られるようになっています。レビューを依頼するだけでなく、ゲストにとってメリットのある情報をセットにすることで、心理的ハードルを下げ、高い評価を確実に回収する仕組みを構築していました。
▲レビュー投稿の心理的ハードルを下げる工夫が詰まったシート
今回の体験を通じて、成功しているインバウンドコンテンツには「本物の技術」という軸がありつつ、それを「いかに楽しく、分かりやすく、シェアしやすく届けるか」という編集力が欠かせないことを痛感しました。
本物の職人を巻き込み、ガイドのスキルでエンタメへと昇華させ、さらに多様なニーズにも応える。この「羅針盤モデル」は、寿司体験のみならず、あらゆる伝統文化体験をアップデートするための大きなヒントになるはずです。
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