インバウンドコラム

コロナ禍で大規模イベントは安全に開催できる? イギリス政府の実験結果発表

2021.10.04

清水 陽子

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5月のコラムで、イギリス、リバプールのセフトン・パークで5月2日、マスクとソーシャルディスタンスなしの音楽祭が実験の一環として開催されたことをお伝えましましたが、その一連の実験の最終調査結果が、このほど発表されました。

 

イベント業界が待ちに待ったイギリス政府によるイベント実験調査が発表

この実験は、イギリス政府が集団の新型コロナウィルス感染症拡大の影響についてのデータ収集を目的に行った、イベントリサーチプログラム(ERP)によるものです。4月17日に開幕した世界スヌーカー選手権に始まり、ラティテュード・フェスティバルとトラムラインズフェスティバルの最終日7月25日までの間に、37のイベントが調査対象となりました。マスクの着用義務やアルコール販売の有無はイベントごとに異なりますが、全てのイベントで、参加者全員に事前のラテラルフロー法の新型コロナウイルステスト陰性証明が求められました。

6月25日イベント業界が待ちに待った第一次調査結果が発表

最終調査結果に先立って、4月から5月かけて行われたイベントについての、第一次調査結果が、6月25日の午後に発表されました。この調査結果をイベント関連業界は待ち侘びていたことが、英音楽業界メディアCUMの記事『政府がようやく調査結果を発表した、イベント業界は7月19日の規制解除を求める』からも分かります。公式調査結果がなかなか発表されないことに業界は苛立っており、この日に第一次の結果が公表されたのも、業界からの圧力に答えた結果だったということです。

イベントによる新規感染者率は0.05%未満

第一次調査結果の内容は、前出のコラムで言及した2つのイベントについて例をあげると、リバプールの音楽祭の参加者数は5900人で、イベント関連感染は2件、5月12日にロンドンで開催された英国レコード産業協会によるブリット・アワードの参加者は3532人で、イベント関連感染は0件だったと公表されました。240人規模の国際会議から、2800人が観戦したサッカーの試合、音楽フェス等を含む全ての調査イベントの総動員数は約5万8000人で、そのうちイベント関連の新規感染は28件、新規感染率は0.05%未満だったということです。

時差式入退場やピンチポイントでの感染対策がイベントのリスクを減らす

調査では、人々の行動や流れ、換気、そして検査結果などの重要なデータが収集されました。その結果、混雑する入退場時を時差式にしたり、“ピンチポイント”での密の回避やマスクの着用により、イベント動員数を増やしても感染のリスクを抑えたまま開催できるとの見解が示されました。“ピンチポイント” とは、トイレに代表される、感染リスクの高い狭い空間のことです。イベント業界は、この調査結果が発表されてもなお実験が継続して行われ、満員のイベントがいつ再開できるのか、政府が最終決定をしないことに反発を示しました。

 

調査による最終的な結論「大規模イベントは安全に実施することができる」

そして、最後の調査イベントが終了してから1ヶ月後の8月25日に、待望の最終調査結果が発表されました。その報告書は冒頭で「イベント参加の特定の部分では、まだ注意が必要」としながらも、「データによって、大規模イベントは安全に実施することができることが示された」と結論づけました。ERPによって4ヶ月にわたり行われた、37の調査イベントから導き出されたデータによると、イベントによる新規感染者数は、その地域の同時期の市中感染率とほぼ変わらないか、より低いことがわかったことが根拠となっています。

根拠はイベントでの新規感染率と同時期の市中感染率の比較

例えば、ERP対象外のシルバーストン・サーキットで開催されたF1のイギリスグランプリでは35万人を動員しましたが、事後調査によりイベント参加者から585件の陽性が確認されています。そのうち343件はイベント前からの感染とみられ、242件がイベントによる感染とみなされています。このデータと「同時期のイギリスの市中感染率は 1.36-1.57%だった」ことから、イベントによる大規模感染は見られなかったことを示唆しています。

30万人を動員した、テニスの国際大会ウィンブルドン選手権の事後調査では、881件の陽性が報告されました。ただ、そのうち299件がイベント以前からの感染で、582件がイベントによる新規感染とみられています。こちらも比較対象として、同時期のイギリスの市中感染率が「 0.31-1.36%だった」と記されています。

「この二つのデータとERPで実施された他のデータと照合し、大規模イベントは安全に開催できると結論づけた」としています。

一方、サッカー欧州選手権では3000人以上の新規感染

しかし、サッカーの欧州選手権UEFA EURO 2020は、他とは違った結果を示しています。この大会は、4年に1度夏季五輪開催年に行われる欧州のナショナルチームによる、ヨーロッパ王者を決めるもので注目度の高いイベントです。7月11日にウェンブリー・スタジアムで行われた決勝戦は、イングランドとイタリアが対戦し、地元チームが優勝をかけて戦う特別な試合となりました。この日には、スタジアムの中か周辺で既に2295人が感染しており、イベントによる新規感染は3404人だったとのデータが出ています。6月13日から7月11日までの大会期間中、ユーロ2020関連新規感染は6376件にのぼりました。

この件について、英国公衆衛生庁の副医務局長ジェニファー・スミス氏は、「密接な接触によってこのウィルスがいかに簡単に広がるかを示しており我々への警告だ」としながらも、「ユーロ2020は特別なイベントであって、このようなケースが今後発生するとは考えにくい」と評価しています。

BBC、調査対象だった音楽イベントの陽性者1000人以上を報じる

なお、ERPによる調査対象であったラティチュード・フェスティバルに関して「ラティチュード・フェスティバル後に1000人以上が陽性」という記事をBBCが8月25日に掲載しました。

7月21から24日に、イングランド東部サフォーク州で開催されたラティチュード・フェスティバルで、1051件の陽性が判明、その内訳はイベント時に既に感染してた432件と619件の新規感染だったと報じています。記事からは、実際に、イベントから感染者が多数出ていることを重く受け止め、警告しているかのようでした。開催地の公衆衛生局スチュアート・キーブル氏も「サフォーク州の規制が解除され、人々が混雑したイベント等に参加するようになった時に、引き続き他人を気遣いマスクを着用しソーシャルディスタンスを取り続けることが重要だ」とコメントしています。

 

イベントの安全性は参加者の節度ある行動にかかっている

東京五輪は無観客で開催されましたが、日本でもイベントの是非が取り沙汰されています。このイギリス政府の調査結果をどう捉えるかは意見が別れるところでしょう。陰性証明書の提示などの対策をとっても、ユーロ2020のように、密集した中で、人々の意識が感染症から離れてしまうほどの興奮状態をうむイベントでは、ウィルスの拡散を防ぐのは難しいようです。一方、トイレなど狭い空間でのマスク着用やソーシャルディスタンスをとる工夫、入退場時に混雑させない対策などをしっかり実行し、参加者が節度ある行動を取れるのであれば、大規模イベントは安全に開催できるともいえそうです。

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