インバウンドコラム
国際基準を活用した持続可能な観光の実現に欠かせない重要な役割を担う、サステナビリティ・コーディネーター。今回は、各地域で活躍するサステナビリティ・コーディネーターが具体的にどのような役割を担い、どのように地域を巻き込んでプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通して具体的に探っていきます。
>前回の記事はこちら:持続可能な観光地域づくりの第一歩、サステナビリティ・コーディネーターとは?
香川県丸亀市は2023年、観光地を対象とした認証・表彰制度を運営する国際認証団体グリーン・デスティネーションズが主催するコンペティション「Top 100 Stories 2023」の、「Culture&Tradition(文化と伝統)」カテゴリーで入選しました。その一連のプロセスにおいて旗振り役を担ったのが、同市の産業文化部産業観光課に所属する宮竹祐輝さんです。入選までにどのような経緯や道のりを歩んだのか、また行政職員がサステナビリティ・コーディネーターを務める上での立ち回り方やヒントについてお話を伺いました。
▲現在、観光課で主に誘客や地域の振興活動を担当する宮竹祐輝氏
地域貢献に携わりたいという思いから選んだ公務員の道
久保:宮竹さんは丸亀市のお隣の坂出市出身で、旅行会社に勤務した後、2020年4月に丸亀市役所へ入られました。民間企業から行政に転職した理由は何かあったのでしょうか。
宮竹:自分なりに何かしら地域に対して貢献できる仕事に就きたいと考えました。ビジネスとして収益を上げるより、成果を地域に還元するという行政のスタイルが自分には合っていそうだったし、想いを実現できる場としての可能性を感じたからです。
久保:目的意識を持って行政の道に進まれたのですね。丸亀市は人口約10万8000人で香川県内第2の都市ですが、主要産業や観光コンテンツとしてはどのようなものがあるのでしょう。
宮竹:造船などの製造業が盛んで、関連企業への出張ビジネス客が多いことから、宿泊・飲食サービスといった3次産業も主流です。観光地としては現存木造天守12城のひとつである丸亀城をはじめ、四国最大級のテーマパーク・レオマリゾート、日本庭園の中津万象園(なかづばんしょうえん)などが挙げられます。
久保:地場産業としては、生産量日本一のシェアを誇る「丸亀うちわ」が有名ですよね。うちわの制作体験を目的に、週に1度のペースでポーランドからの団体客が来ていると聞きましたが、外国人観光客の割合はどれくらいでしょうか。
宮竹:丸亀駅と丸亀城にある観光案内所利用者数で見ると、全体の約5%が外国の方となっています。高松空港に直行便のある台湾や韓国、香港などアジア圏が多いですが、最近はお遍路のアクセス拠点として立ち寄られる欧米、特にフランスの方が増えていますね。
▲石垣の名城と言われる丸亀城。日本の百名城にも選ばれている
持続可能な観光地域づくりの先にある目的を明確に
久保:宮竹さんが入職された2020年当時、丸亀市はまだ持続可能な観光地域づくりには着手していなかったかと思います。宮竹さんご自身が関心を持つきっかけはなんだったのでしょう。
宮竹:前職の旅行業界でサステナブル・ツーリズムの需要があることはなんとなく知っていました。持続可能な観光地域づくりについて具体的に関心を持ったのは、広域連携DMO・(一社)四国ツーリズム創造機構の本部長である桑村 琢氏から「丸亀市でも取り組んでみては」と助言いただいたことがきっかけです。
入職してまもない時期だったのですが、コロナや震災といった経験を通じて、いつ何が起こるか予測できない時代であることを強く実感していた時でした。そんな状況の中で、子どもや孫の世代まで地域を存続させるためには、持続可能性を高める必要があると考えさせられたのです。
久保:観光施策である以前に、地方都市としての存続という課題を認識したわけですね。確かに持続可能な観光地域づくりにおいて最も大切なのは、何を目的として取り組むかだと思います。目的を達成するための手段のひとつとして、観光を活用しようと考えたのですね。
宮竹:消滅可能性都市という言葉もありますが、日本での人口減少や高齢化はもはや避けて通れない課題です。地域存続のために行政職員として考えなければならないことのひとつに、税収減少による自治体経営破綻への対策がありますが、経済的な持続可能性の側面からも観光業には大きなポテンシャルがあると思いました。
まずは自分なりに勉強を重ねていき、2021年に観光庁の持続可能な観光推進モデル事業地域となった香川県小豆島町で開催されたGSTC(世界持続可能観光協議会:Global Sustainable Tourism Council)の公認トレーニングに参加するなどして、少しずつ理解を深めていきました。
▲講義やグループワーク、フィールドワークなどを通して持続可能な観光について学んだ、小豆島町でのGSTC公認トレーニング
熱意に満ち、手探りで挑んだ1度目の挑戦
久保:見識を深めていく中で、グリーン・デスティネーションズの表彰・認証制度の最初のステップとして奨励されている「Top 100 Stories」への入選という目標もできたのですね。1度目の挑戦は2022年のことでしたが、実際にエントリーするにあたっては費用もかかりますし、上長の承認も必要です。どのように周囲の理解を得て、準備を進めていったのですか?
宮竹:その当時は、持続可能な観光地域づくりへの理解がまだ浸透しておらず、「なぜ取り組む必要があるのか」「爆発的な効果をもたらすのか」といった疑問の声も多かったです。でも諦めずに地域DMOでもある(一財)丸亀市観光協会などにも足を運び熱意を伝えて、なんとかエントリー費用約10万円を確保することができました。その後はもう必死で提出書類を作成していきました。
久保:初めての試み、しかもすべて英語でのエントリーですし、孤軍奮闘の努力をしたのではないかと思います。
「Top 100 Stories」の審査は2段階となっており、一次審査は「サステナビリティ・チェック」と呼ばれるものです。グリーン・デスティネーションズの認証・表彰制度は、GSTCから承認を受けている基準「グリーン・デスティネーションズ・スタンダード」(以下、GDS)を評価基準として使用しますが、この84項目から構成されるGDSのうち、重要基準に設定されている15項目の基準(2年目は30項目)において60%以上のスコアを獲得しなければなりません。まずはこのサステナビリティ・チェックに取り組んだのですよね。
宮竹:はい。サステナビリティ・チェックに用いるGDSの項目は、「1.観光地管理」「2.自然と景観」「3.環境と気候」「4.文化と伝統」「5.社会福祉」「6.ビジネスとコミュニケーション」の6つのセクションで構成されているのですが、項目は観光に限らない幅広い分野で構成されており、さまざまな部署へのヒアリングが必要でした。
たとえば「3.環境と気候」に「固形廃棄物の減量」という項目があります。そこでは、廃棄物処理に関する方針と計画、目標値が設定されているかが問われ、根拠となる資料と共に提出が求められます。まずは、この計画に携わる担当者がどこの部署の誰なのか、リサーチしてコンタクトをとるところから始まります。いろいろとヒアリングをしていると「なんで観光課の人が廃棄物処理のことを聞きに来るのか」と不思議な顔をされることが多かったですね。
久保:分かります。レポートでは、KPIの設定状況や課題への対策など現状診断をした上で適切に記入しなければならないので、どうしても細かいことまで確認する必要があるのですが、聞かれる側にとっては、「なぜ、他部署の人間からこんなに細かく突っ込まれないといけないんだ」と思われてしまうこともあります。
宮竹:なかなか思うような回答が得られずに何度もやりとりを重ねるケースもありましたが、なんとか提出することができました。
久保:続くステップは、持続可能な観光の取り組みに関する優良事例を提出する「グッド・プラクティス・ストーリー」ですね。「Destination Management(観光地管理)」「Culture&Tradition(文化と伝統)」など6つのカテゴリーからテーマを選択し、革新性や汎用性などの観点を含む優れた取り組みのストーリーについて、定められたテンプレートで作成するものです。このストーリーで高い評価を受けた地域が「Top 100 Stories」に選出されます。丸亀市は「文化と伝統」のカテゴリーで「丸亀うちわ」をテーマにしたストーリーを提出しましたね。
宮竹:ほかの地域と被らないテーマで、独自性のあるものがよいかと考えました。
久保:確かにそれも戦略のひとつですし、うちわを取り巻くストーリーは世界的に評価されるポテンシャルを持っている素材であることは間違いありません。関係者へのインタビューや資料収集、英語での文章作成など1人で取り組まれたのは、本当に大変だったと思います。
宮竹:自分では信念を持って全力で取り組んだつもりでしたが、結局、選考で落ちるという残念な結果に終わってしまったのです。ひどく落ち込みましたし、世界レベルに挑むなんて無謀なことかも、という考えもよぎりました。
応援してくれる人、協力者の拡大が一番の原動力に
久保:それでも翌年の2023年も諦めず再挑戦されましたが、奮起を促す契機があったのでしょうか?
宮竹:実は2022年の「Top 100 Stories」へのエントリーと並行して、観光庁の持続可能な観光推進モデル事業に丸亀市として応募したところ、採択されたのです。観光事業者や行政からメンバーを集めて20名ほどのワーキンググループを設立し、定期的な協議や意見交換を通じて、地域が抱える課題を持続可能な形で解決する方法を探っていきました。その結果、市内の宿泊施設で調理の過程に出る廃棄物を活用してコンポスト化したり、中津万象園で剪定の際に出る松の廃材をレモン農家でリユースするなど、サステナブルな取り組みを試験的に実践することができました。
▲レモン農園で腐葉土を作り出す役割を担う松の絨毯
宮竹:また、メンバーの一員でもある、レオマリゾートを運営する株式会社レオマユニティーの代表にお声がけいただいたことをきっかけに、地元の経営者層の方々を前に持続可能な観光地域づくりをテーマにした講演をする機会をいただきました。そこから「若手の行政職員が頑張っているじゃないか」と応援してくださったり、地域の事業者の方々から温かい言葉をかけていただく機会が増えていったのです。私にとってはこうした経験や支援が取り組みを継続する後押しとなりました。
久保:持続可能な観光を共通言語として語り合える仲間ができ、地域の有力者の方々からの信頼も獲得できたことがポジティブ要因となったのですね。
宮竹:2023年1月には、(一社)四国ツーリズム創造機構の企画で、国際基準を活用した持続可能な観光に先駆的に取り組む岩手県釜石市での研修に参加しました。現地でさまざまなプログラムを体験し、そこで久保さんにもお会いしてお話を聞く中で、エントリーへの意欲が再燃したのです。もう一度挑戦したいという思いを上司に伝え、今回はアドバイザーとして久保さんにも関わってもらうことを説得材料にして承諾をもらいました。
久保:ちょうど私が一般社団法人サステナビリティ・コーディネーター協会(Japan Sustainability Coordinator Association:略称JaSCA)を立ち上げたタイミングで、宮竹さんの地域に対する思いや奮闘ぶりにも心を打たれ、ぜひお手伝いができたらと思いました。
観光の視点を加えてグッド・プラクティス・ストーリーを再構成
宮竹:2023年の再エントリーにあたり、久保さんからは、前回の反省点としてストーリーに「観光」の視点が足りなかったのではというアドバイスをいただきました。丸亀うちわの産業存続や伝統継承に観光がどのように寄与したのかという点にもっと触れた方がよいのではないかと。
久保:グリーン・デスティネーションズが公表するテンプレートに沿って、1.直面した課題、2.ストーリーのハイライトとなる、課題解決の対策方法、3.成功の主要因、4.得られた知見、5.成果と実績、というような形で実際に取り組んできたことを論理的かつ簡潔に伝えるよう改善していきましたね。
宮竹:400年以上続く丸亀うちわの伝統産業は、産業の縮小や後継者不足など様々な問題を抱えています。そこで「後継者育成講座」の開設や「丸亀うちわニュー・マイスター制度」を導入しました。うちわの実演販売や、制作体験を行うことで、丸亀市に来てくれた方が「丸亀うちわ」のファンとなり、後継者候補や移住定住者獲得に繋がっていったというのが、大筋のストーリーです。
また後継者育成講座を修了後、3年以上うちわ産業に尽力した方にニュー・マイスターの称号を与えました。マイスターとなった人は関係団体からの仕事の受託に繋がったり、積極的な販売が可能になったことで、雇用やビジネスチャンスの創出にも繋がっています。
▲丸亀うちわの制作体験の様子
久保:観光における「丸亀うちわ」が交流人口の増加、伝統文化の継承、地域振興などに大いに寄与していること。かつ社会的・経済的な観点だけでなく、環境面においても、竹林整備による環境保全や電気を使用しない涼み方の文化継承で省エネに貢献している点もあり、サステナビリティの基本の三本柱である「環境」「社会」「経済」の全てを備えたストーリーとなりました。
このストーリーで丸亀市は2023年の「Top 100 Stories」に選ばれ、宮竹さんの労苦も報われましたね。
▲ストーリーのタイトルは「歴史を紡ぐ、丸亀うちわニュー・マイスター31」
世界的な評価を得たことで生まれた地域住民の意識の変化
宮竹:「Top 100 Stories」に選ばれたことは、私にとって言葉にできないくらい嬉しい出来事でしたが、周囲の反響も予想以上でした。何よりうちわ職人の方が一番喜んでくださって、80歳以上のご高齢の方々が「これからもっと頑張らんといかんね」とモチベーションを取り戻してくれたことに感銘しました。
また、うちわの制作には竹が必要なのですが、竹林の持ち主の方が新聞の記事を読んで「丸亀うちわが世界に選ばれとったよね。すごいね」と、無料で竹を取っていいと申し出てくださったんです。こんな山深い地域にまで波及し、取り組みに関心を寄せてくださったことに胸がいっぱいになりました。
久保:地域の方々の意識のポジティブな変化こそ、持続可能な観光地域づくりにおいての大きな産物ですね。「Top 100 Stories」にエントリーするストーリーは先駆性なども大事ですが、地域に浸透していない取り組みが取り上げられても、地域の反応はあまり期待できません。
400年の歴史をもち、まさに丸亀市の誇りともいえる「丸亀うちわ」にこだわった宮竹さんの事例には、「Top 100 Stories」を受賞することの意義について学ぶことが多いです。取り組みの結果を記者会見やホームページ、SNSやチラシ、ポスターなどさまざま形で周知されたことも功を奏したのだと思います。
▲「Top 100 Stories」のロゴを入れた丸亀うちわを制作し配布するなどのプロモーションも行った
サステナビリティ・コーディネーターにとって鍵となる、人との繋がりや協力者の存在
久保:サステナビリティ・コーディネーターは、まだ資格制度がなく、役割や責務の定義については現在進行形で実践を通じながら整理されているところですが、宮竹さんが担ってきた役割や立ち回り方そのものがまさにひとつのロールモデルだと思います。一方で、定期的な部署異動が伴う行政において取り組みを継続的に続けていくためには、宮竹さんのようなポジションを担う方を引き続き配置していくことが求められるでしょう。宮竹さんは、行政職員としてのサステナビリティ・コーディネーターに求められる資質や心構えは何だと思われますか?
宮竹:1度落選しているので、偉そうには語れないのですが(笑)。私の場合は、人脈づくりをすることで道が切り開かれていったように思います。通常、行政職員が自ら外に出て地域の方々と積極的に交流を図る機会は少ないかもしれません。地域内外問わず多くの方と繋がってさまざまな意見を聞き、ステークホルダーを増やしていくことが大切なのではないでしょうか。
また、地域の魅力はやはりそこに住む人でないと分かりません。ただしそれが魅力であることに気づいていないケースが多いので、第三者の目線で話をしながら引き出していく。そうすることで何を魅力として打ち出していくべきかが見えてきました。話を聞く際には、行政職員だからこそ信頼を得やすいという利点もありましたね。
久保:ちなみに2024年も「Top 100 Stories」へのエントリーは検討されているのでしょうか。
宮竹:はい。今回はストーリーのテーマを変えて挑戦したいと考えています。ただ、その目的は賞を獲得することだけではありません。私たちの取り組み自体を客観的に評価してもらうことに価値があり、その延長上に「Top 100 Stories」や、表彰制度のブロンズ賞、シルバー賞といった表彰が付随するのだと思います。継続することで、共感してくれる人々を増やし、地域の持続可能性を高めていきたいです。
久保:宮竹さんのリーダーシップが、丸亀市の持続可能な観光地域づくりに大きく寄与したことは間違いありません。行政職員であることの強みをいかし、地域のステークホルダーとの緊密な連携を築くことで信頼を獲得し、官民のはざまで両者を動かす。まさにコーディネーターたる立ち回りです。まだ理解者がいなかった状況での落選という苦境から、圧倒的な熱意をもって共感者を着々と増やし、悲願の入選を果たした結果もとても感動的ですし、その後の地域の反応も素晴らしい。宮竹さんの物語そのものがグッド・プラクティス・ストーリーともいえます。サステナビリティ・コーディネーターとしての活動事例として、ほかの地域においても参考になるのではないでしょうか。
参考)丸亀市のグッド・プラクティス・ストーリー(日本語版)はこちら
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