インバウンドコラム

行政区を超えた連携で地域の未来をつくる。関門DMOの持続可能な観光地域づくりへの挑戦

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グローバルに進展する持続可能な観光の潮流を背景に、日本各地で持続可能な観光計画の策定や実践、さらには国際的な認証・表彰の取得を目指す動きが広がってきました。こうした取り組みは、多くの場合、自治体単位で進められていますが、その中で行政区の枠を超え、地域連携型の観光を推進するDMOが存在します。

2020年に民間主導で設立された一般社団法人「海峡都市関門DMO」は、山口県下関市と福岡県北九州市という、海峡を挟んで向かい合う二つの市を含めたひとつの観光圏としてマネジメントし、観光を通じて地域の一体化を進めている地域連携DMO(10月1日より「地域DMO」となった)。この大きな挑戦の物語は、国際認証団体グリーン・デスティネーションズが主催する「Top 100 Stories 2025」にも選出されました。

今回は、関門DMO代表理事であり、サステナビリティ・コーディネーターとしても活動する巖洞秀樹(がんどう ひでき)氏に、設立の背景や広域連携の意義、そして今後の展望についてお話を伺い、持続可能な観光に求められるデスティネーションマネジメントの視点を探ります。

九州と本州を隔てる関門海峡▲九州と本州を隔てる関門海峡

 

関門海峡の豊かな地域資源と、分断の歴史

本州と九州の間に位置し、日本海と瀬戸内海をつなぐ交通の要衝として古くから重要な役割を果たしてきた関門海峡。本州の下関市側には「唐戸市場」や「しものせき水族館・海響館」、武蔵と小次郎の決闘で知られる「巌流島」が、九州の北九州市側にはレトロな街並みが魅力の「門司港レトロ」や関門海峡を一望できる「和布刈第二展望台」など、個性豊かな観光スポットが点在しています。

両岸は船でわずか5分の距離。関門橋や海底を通る関門トンネル、さらには徒歩で渡れる人道トンネルなど、複数の交通インフラで結ばれ、生活や経済の面で密接なつながりを築いています。

一見「ひとつの都市圏」に見える関門海峡エリアですが、観光地としての統一的なブランディングやマネジメントの構築は長年難航してきました。行政区ごとの政策や予算などの制度上の違い、広報活動の違いに加え、運輸局の管轄や公共交通事業者も異なるため、多様な関係者を横断的に調整することが大きなハードルとなっていたのです。

さらには、関門海峡は源平合戦や明治維新の戦いの舞台となった歴史的背景をもつことから、かつては北九州市と下関市の間に無意識のうちに「対立」のイメージが根付いていた時期もありました。こうした要素もまた、地域間に目に見えない心理的な溝を生み出していたのかもしれません。

訪日客やクルーズ船寄港の増加に伴い、下関市、北九州市の観光客数はともに伸びてきました。しかし、両岸を行き来して関門海峡エリア全体を楽しむ観光体験の仕組みは十分に機能しておらず、多くの訪問者は福岡市などを拠点に日帰りで訪れるのが主流。その結果、関門海峡エリアは「通過型」の観光地となり、観光消費額は思うように伸びず、地域経済への波及効果も限定的だったといいます。

国際貿易港として栄えた当時の西洋建築が残る観光エリア「門司港レトロ」▲国際貿易港として栄えた当時の西洋建築が残る観光エリア「門司港レトロ」

 

関門海峡をまたぐ地域連携DMOの設立

人々の往来や経済的な結びつきが強い一方で、観光戦略上の協力や連携が十分に進んでいなかった関門海峡エリア。こうした課題を乗り越えるため、県境を超えた地域連携を目指して設立されたのが、一般社団法人「海峡都市関門DMO(以下、関門DMO)」です。

「北九州市は政令指定都市でありながら、日本でも人口減少率がトップクラス。下関市も同様に人口減少と経済縮小が進んでいます。この地域の産業や文化、暮らしを次世代につなぐため、関門海峡という共通の地域資源を活かし、両市をつなげて『ひとつの海峡都市』として発展させることが、地域の未来を切り拓く鍵になると考えました」と巖洞氏。行政の枠に捉われない民間主導の観光地域づくりを目指し、関門DMOの設立に踏み切ったのです。

巖洞氏は北九州市門司区出身。建設機械の営業職を経て独立し、地元で焼き肉店「門司笑」を開業。ミシュランガイド福岡・佐賀2014で「ビブグルマン」にて掲載されるほどの人気店に成長しました。門司港レトロ地区の複合施設「海峡プラザ」への出店を機に、旅行会社との連携や団体バスの受け入れを強化。また、関門地域の観光事業者、行政が連携する「関門観光企画営業担当者会議」にも参画し、月1回の会議や国内外の旅行会社へのセールス活動を通じて、地域の観光客誘致に尽力してきました。

関門DMO・代表理事の巖洞秀樹(がんどう ひでき)氏▲関門DMO・代表理事の巖洞秀樹氏

 

民間主導DMOならではの機動力で、多様な事業を展開

関門 DMO のスタッフは8名で、巖洞氏を含む専従職員が3名、残りの5名は広告代理店や旅行会社からの出向者で構成されています。特定の会員制度は設けておらず、巖洞氏が現在副会長を務める「関門観光企画営業担当者会議」を母体とし、同会議とともに、DMO月次定例会を行っています。

関門DMOのミッションは「マーケティングマネジメントとブランディングを通じて、関門海峡エリアを一体的な観光地として育てていくこと」です。特に観光コンテンツの開発と質の向上に注力し、下関港や門司港に停泊するラグジュアリークルーズの公式ツアーも実施。将来的にはクルーズ船の母港化を目指しているそうです。クルーズにおける寄港地の経済効果は一時的なものに留まりがち。一方で母港となれば、出発前後の前泊・後泊が見込めることから、母港化による地域への大きな経済効果に期待をかけているとのこと。

関門海峡に浮かぶ周囲1.6kmほどの小さな島「巌流島」も、関門海峡エリアの重要な観光資源だ▲関門海峡に浮かぶ周囲1.6kmほどの小さな島「巌流島」も、関門海峡エリアの重要な観光資源だ

民間主導DMOとして、その財源は公的資金に頼ることなく、自立的な運営が図られています。

「各省庁の補助事業を活用しつつ、巌流島でのサムライ体験や『関門鉄道トンネル』のバックヤードツアーなど、高付加価値の体験コンテンツを開発しています。さらに、関門海峡エリアの周遊を促す『関門海峡フリーパス』も整備し、商品の販売・流通まで手がけられるようにしています」(巖洞氏)

2023年度からは門司港レトロ施設の企画業務を担当。民間主導DMOならではのフットワークの軽さを活かし、既存の枠にとらわれない事業展開を実現しています。こうした取り組みが評価され、2023年3月には観光庁の登録DMOに認定されました。

通常立ち入ることのできない、関門鉄道トンネルの内部を見学するバックヤードツアー▲通常立ち入ることのできない、関門鉄道トンネルの内部を見学するバックヤードツアー

 

関門DMOの持続可能な観光への歩み

「私たちが重きを置いているのは、地域の産業や文化、暮らしを次世代に繋ぐこと。その上で、観光には重要な役割があります。だからこそ、一時的な集客に頼るのではなく、地域経済が自立できる持続可能な仕組みづくりが求められている」と巖洞氏。「これからの時代、旅行者に選ばれる観光地を目指す上で、サステナビリティの観点は欠かせません。目標とするクルーズ船の母港化においても、国際的に信頼される港となるには、持続可能な観光の国際認証の取得が大きな鍵になると考えました」

関門海峡エリアのように行政区をまたいだデスティネーションマネジメントのケースでは、ステークホルダーの合意形成や、訪問者の行動の最適化など、マネジメントの領域が広範囲かつ複雑になり、その困難さが増します。こうした中で、国際基準の活用はデスティネーションマネジメントの体系的な指針となり、また認証取得という目標は、関係者間における共通のロードマップとして機能します。地域内では協働の旗印としてマネジメントの強みとなり、外に対しては信頼の証としてマーケティング上の強みとなる。このように、国際基準および国際認証の制度には両面でのメリットがあるといえるでしょう。

そこで関門DMOがまず取り組んだのは、観光庁の「持続可能な観光推進モデル事業」。GSTC(世界持続可能観光協議会)の観光地基準に基づいて観光庁が開発した「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」に沿って、持続可能な観光を実践するための人材を育成するプログラムです。研修プログラムやGSTCの公認トレーニングにも参加し、JSTS-Dによる地域の自己分析(セルフアセスメント)を行いながら、国際基準への実務的な理解を深めていきました。

GSTC公認トレーニングの様子▲GSTC公認トレーニングの様子

こうした取り組みを通じて、関門DMOは2023年10月、「関門海峡観光振興ビジョン」を策定しました。北九州市・下関市の関連計画との整合性を保ちながら、関門海峡エリアが目指す将来像を提示。ビジョンには、地域の多様な魅力を磨き上げ、暮らす人が誇りを持てる地域づくりや、訪れる人の満足度向上など、JSTS-Dに基づく持続可能な観光地づくりの方針が盛り込まれています。

 

「Top 100 Stories」に選ばれた、関門海峡ストーリー

2025年には、グリーン・デスティネーションズの表彰・認証制度の最初のステップとして奨励されている「Top 100 Stories」にエントリー。初挑戦ながら、見事に入選を果たしました。

ストーリーのタイトルは、「関門―人々が行き交う『海峡七路物語』」。関門トンネルや関門橋といった海峡にまたがる交通インフラを観光資源として再定義し、人と地域を“つなぎ直す”物語です。

フランス・モンペリエで開催された「Green Destinations 2025 グローバルカンファレンス」にも参加▲フランス・モンペリエで開催された「Green Destinations 2025 グローバルカンファレンス」にも参加

これまで日常の交通インフラとしてのみ認識されていた関門トンネルや関門橋。これらのインフラ施設を関門連携の象徴として捉え直し、「インフラツーリズム」を通じて地域をつなぎ直すことを目指した関門DMOの核心的なビジョンとその挑戦の軌跡です。

交通インフラ施設のバックヤードツアーでは、普段は立ち入ることのできない施設内部を特別に開放し、さらに地域の文化遺産や食と組み合わせることで、「通過点」であった交通インフラ施設を「地域を読み解く舞台」へと転換。道路事業者や鉄道会社、地域住民、行政が海峡を越えて連携することで、エリア一体の新たな観光体験を生み出しました。

さらに、瀬戸内海国立公園内の低山を登山ルートとして両岸でつなぎ、人道トンネルと組み合わせた「自然とインフラの越境ルート」を造成。徒歩や公共交通を中心とした動線や「関門周遊フリーパス」の導入により、環境負荷の低い観光モデルを実現しました。実際、このフリーパスは約2カ月間で利用者1,000名を突破し、地域周遊率は84%に達するなど、成果が数字にも現れています。将来的には、建設予定となっている「第2関門橋」をサイクリングロードとして活用する構想などもあり、インフラを基盤にした一体的な観光圏の可能性はさらに広がっています。

関門海峡エリアの名所を巡る「関門周遊フリーパス」を期間限定で販売▲関門海峡エリアの名所を巡る「関門周遊フリーパス」を期間限定で販売

持続可能な観光の実践において地域を巻き込むためには、合理的なデータによる説明だけでなく、取り組みの意味や未来のビジョンを語るストーリーテリングが欠かせません。「Top 100 Stories」に選ばれたこの関門海峡のストーリーは、決してこのコンペティションのために飾られた物語ではなく、「なぜ関門DMOが存在するのか、そして何を目指しているのか」についての真意が語られた、関門DMOのシグネチャーストーリーと言えるものです。その物語を紡いだ巖洞氏のストーリーテリングの力は、人々の共感を喚起し、地域に新たな可能性を切り拓く大きな契機となるはずです。こうした力もまた、サステナビリティ・コーディネーターにとって求められる資質のひとつだといえるでしょう。

 

分断を越境する、地域連携DMOのあるべき姿

「『Top 100 Stories』を起爆剤に、持続可能な観光のさらなる高みを目指していきたい」と巖洞氏。「インフラツーリズムの新たな土台ともなる第2関門橋活用の計画を地域全体で描き、観光をその中心に位置づけることが理想です。そして関門海峡をひとつの観光圏として成熟させ、次の世代には『関門連携が当たり前』という環境を残したい」と展望を語ります。

地理的特性と行政区の枠組みに起因していた分断を越え、交通インフラ施設の捉え直しで象徴的に地域を繋ぎ、一体的なエリア戦略をもって地域のポテンシャルを最大化する。国内の多くのDMOが無難な行政区に従いがちな傾向をもつ中、この関門DMOの大きな挑戦が示すものは、「デスティネーションマネジメント/マーケティングは行政区単位で行うものである」という常識を打ち破ることで見えてくる、理想的な観光圏の描き方です。まさに地域連携DMOの本質的な可能性を示す事例と言えるのではないでしょうか。

 

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