インバウンドコラム
世界に選ばれた福井県永平寺町の持続可能な観光 ー「Top 100 Stories 2025」に見る禅の精神とコーディネーターの役割
2026.03.26
久保 竜太(サステナビリティ・コーディネーター協会)持続可能な観光地域づくりは、理念を掲げるだけ、あるいは国際基準のガイドラインを導入するだけでは機能しません。それらを地域の実情に合わせて生かし、現場に根づかせながら運用していく。そのプロセスを担う「人」の存在があってこそ、取り組みは初めて実効性を持ちます。
今回話を伺う加藤太一氏は、福井銀行グループの地域商社「ふくいヒトモノデザイン株式会社」の一員として観光と地域経済をつなぐ役割を担っています。福井県永平寺町を舞台に、地域に根付く禅の精神文化や生業に触れるツアーを企画。その一連の取り組みが評価され、国際的なサステナブル・ツーリズムの認証団体であるGreen Destinationsが主催するコンペティション「Top 100 Stories 2025」での入賞を果たしました。
持続可能な観光の理念を形にするため、どのような思いでどのような役割を担ってきたのか。サステナビリティ・コーディネーターとして地域と向き合い続けてきた歩みをひもときます。

金融から観光へ、地域とともに歩む姿勢が導いたキャリアの転換
久保:2022年7月に設立された「ふくいヒトモノデザイン株式会社」に、加藤さんは立ち上げ当初から関わってこられました。同社はどのような目的で設立されたのでしょうか。
加藤:ふくいヒトモノデザイン株式会社は、母体となる福井銀行がグループ全体で進めている観光への取り組みの延長線上として、同行が全額出資して設立した地域商社です。従来の金融支援にとどまらず、事業を通じて地域の発展に主体的に関わることを目的としています。地域が元気であってこそ銀行も成り立つ。だからこそ、観光を含めた地域づくりに本気で向き合う。その姿勢こそが地域商社の根幹にあります。
久保:現在はどのような事業を展開されているのでしょう。
加藤:大きく二つの柱があります。一つは物販事業で、地域事業者と連携しながら福井ならではの商品開発や販売を行っています。もう一つが観光事業です。特にインバウンド誘客に力を入れており、ランドオペレーターとしての機能を担うほか、着地型観光の推進など、観光地域づくりにも取り組んでいます。
▲地域の観光資源を磨き上げ、観光商品やツアーの造成・販売も行っている(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
久保:加藤さんはどのような経緯で観光の現場に関わるようになったのですか。
加藤:私は福井県永平寺町の出身で、県外の大学を卒業後、福井銀行に入行しました。最初の約8年間は法人営業や融資業務を担当していましたが、転機となったのは、名古屋支店在籍時に中部運輸局観光部への出向を命じられたことです。銀行員として描いていたキャリアとは異なる辞令に、正直戸惑いもありました。
久保:自分の想定とは違う形で、観光の世界に身を置くことになったわけですね。
加藤:はい。でも業務に向き合う中で、観光やインバウンドが持つ可能性の大きさや面白さを強く実感していったんです。また、2024年3月の金沢―敦賀間の北陸新幹線延伸開業を見据え、観光を起点とした取り組みの強化が福井銀行グループでも求められていました。そのための知見やネットワークを獲得する目的で中部運輸局観光部に出向したことを理解し、自身の役割にも納得しながら業務に取り組めるようになりました。
その後、自ら希望して福井県観光連盟に出向し、約2年間、観光の現場に従事。そうした経験の延長線上で、「ふくいヒトモノデザイン」の設立に参画することになりました。
地域との対話から生まれたインバウンド向け旅行商品「縁の旅」
久保:ふくいヒトモノデザインの事業対象は福井県全体ですが、なかでも永平寺町に注力して取り組むことにした理由を教えてください。
加藤:福井県における観光客数や観光消費額を見た時、曹洞宗大本山永平寺を擁する永平寺町は非常に重要な拠点だと考えました。すでに外国人旅行者も一定数訪れていましたが、滞在時間が短く、地域の周遊や経済効果につながりにくいという課題があり、インバウンド層をターゲットに、地域の魅力を深く体感してもらう旅行商品を造成することにしたんです。それが「縁(えにし)の旅」です。
久保:「縁の旅」は、具体的にはどのようなプログラムですか。
加藤: 永平寺での坐禅や精進料理、僧侶との対話などを通して、禅の文化や精神をより深く体感してもらおうというものです。畑での農業体験や郷土料理づくり体験を通じて地域住民と交流したり、地場産業である繊維会社と連携し、廃棄される布や糸を使った坐禅クッションづくり体験を行ったりと、地域の暮らしや文化に触れるオプション体験も組み込んでいます。
▲歴史的な町並みと田園、集落が織りなす里地景観が広がる永平寺町(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
久保:「縁の旅」は、2025年2月に、観光庁主催の「第2回サステナブルな旅アワード」で特別賞を受賞しました。この企画は、加藤さんが中心となって進めたそうですが、商品造成にあたっての苦労はありましたか。
加藤:形の見える「モノ」をつくって販売するのとは違い、観光は「時間」や「体験」そのものを提供する仕事です。形がない分、設計の精度がそのまま満足度に直結します。誰がガイドを務めるのか。どの順番で巡るのか。どんな言葉で物語を伝えるのか。ストーリーの組み立て一つで、体験全体の印象は大きく変わります。それぞれの要素がかみ合って、初めて一つの価値になる。企画を進める中で、体験づくりの難しさと奥深さをあらためて実感しました。
久保:ツアー商品を形にするにあたって、地域のツアー関係者の方々とはどのように連携を深めていったのでしょう。
加藤:地域の方にとっても初めての試みが多く、対話を重ねながら「なぜやるのか」という目的を丁寧に共有していきました。当初は相手の理解が十分でないまま進めてしまい、すれ違いが生まれてしまったこともあります。その経験から、しっかりとみなさんの声を聞き、時間をかけて真っ直ぐに想いを伝えながら、少しずつ信頼関係を築けるよう努めました。
久保:地域を守り未来へ引き継ぎたいという強い志があっても、一人では実現も継続もできません。加藤さんのように、多様な関係者の想いを受け止めながら全体をつないでいくことは、コーディネーターに欠かせない資質だと思います。
▲「縁の旅」では、里山に受け継がれてきた暮らしも体験できる(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
永平寺町が世界に伝えた持続可能な観光の本質ー「法食同輪」の思想
久保:禅の精神文化を深く伝え、地域社会と調和した観光を目指す永平寺町の取り組みはGreen Destinations主催の「Top 100 Stories 2025」でも福井県初の入賞を果たしました。テーマに掲げた「法食同輪(ほうじきどうりん)」には、どのような意味や思いが込められているのでしょう。
加藤:エントリーにあたり、これまでの永平寺町における活動をストーリーとして改めて整理し直す中で、ふと浮かんだのが、永平寺に伝わる禅の教え「法食同輪」でした。
永平寺には、修行の中核となる「僧堂(そうどう)」と、食事や運営を支える「大庫院(だいくいん)」という二つの重要な建物があります。修行というと精神性や理想の重要性ばかりが注目されがちですが、食事やお金、建物の維持といった「現実」がなければ、修行そのものも成り立ちません。理念や理想である「法」と、日々の営みの現実・実存を表す「食」。地に足の着いた理念・理想と現実・実存が同輪として大切だという考え方は、観光を手段とした地域運営にも通じるのではないかと感じ、このテーマを選びました。
▲曹洞宗の大本山・永平寺(提供:永平寺)
久保:目先の収益や集客だけを追えば地域は疲弊してしまう。一方で、理念だけを語っていても現場は続かない。その両輪を揃えてこそ、観光は持続可能になるということですね。
加藤:その通りです。永平寺町における取り組みは、まさに「法食同輪」の精神そのものでした。ストーリーを通して最も伝えたかったのは、この禅の教えかもしれません。
また、申請作業を通じて寺院や地域事業者、地域住民、地域の学校の先生方、役場の方々と「この町をどうしていきたいか」腰を据えて話す機会が得られ、自分の考えを整理することもできました。仮に選ばれなかったとしても、この過程自体が大きな財産になったと思います。
久保:2025年9月に南仏モンペリエで開催された、Green Destinations年次総会のアワードセレモニーにも現地参加し、カンファレンスに登壇されましたよね。
加藤:世界各国の観光関係者が集まる場で、永平寺町の取り組みを紹介できたことは、非常に貴重な経験でした。台湾やタイからは政府関係者も参加しており、サステナブル・ツーリズムへの関心の高さを肌で感じることができました。
永平寺町で開催したTop 100 Storiesの入賞報告会でも、フランスでのスピーチの様子を写真とともに紹介しました。国際的な舞台で永平寺町の取り組みを発信したことで、地域のみなさんに「自分たちの地域が意義ある取り組みをしている」と感じてもらえたと思います。
久保:国際的な評価が地域のシビックプライドや自信につながることも、持続可能な観光地域づくりにおける認証取得の大きな意義ですね。
▲エントリーにあたっては、ふくいヒトモノデザインが地域資源の棚卸しや申請書類の作成を行った(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
国際的評価を次のステップへ、持続可能な観光を支える体制づくり
久保:Top 100 Storiesに選ばれたことで、町としての変化はありましたか?
加藤:持続可能な取り組みが一つの形として評価されたことで、町全体としても、より明確な枠組みのもとで進めていく必要性を感じました。そこで、永平寺町における観光振興と持続可能な地域づくりを一層推進することを目的として、永平寺町役場、地域のまちづくり企業である株式会社ZENコネクト、そして当社の三者で、2025年10月に連携協定を締結しました。
久保:それぞれがどのような役割を担っていくのでしょうか。
加藤:ZENコネクトは町内の観光資源の発掘や磨き上げ、事業者との調整を担い、当社はZENコネクトへの支援やインバウンドを含む誘客を担当。永平寺町はDMOの設立支援や観光PRを進めていく予定です。この協定をスタートラインに、まずは「どんな町を目指すのか」を明確にし、具体的な施策や役割分担を三者で丁寧に整理していきたいと考えています。
▲三者協定締結時のセレモニーの様子(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
久保:永平寺町役場との連携は、ふくいヒトモノデザインの設立当初から想定していたのですか。
加藤:最初から連携を前提に動いていたわけではありません。取り組みを続ける中で自ずと相談の機会が増え、少しずつ信頼関係が積み重なった結果、協定の締結に至りました。現在は、私も永平寺町の観光戦略検討委員のひとりとして、全体の戦略づくりに参加しています。
久保:これまで加藤さんが担ってきたコーディネーターとしての役割は、ZENコネクトに引き継いでいくイメージなのでしょうか。
加藤:その想定はあります。私の活動があまりに属人的になってしまうのは望ましくないと考えていますし、仮に人事異動などで私がこのプロジェクトから離れることがあったとしても、地域として取り組みを継続できる形にしておきたい。その意味でも、永平寺町のまちづくりを担うZENコネクトが中心となる体制を整えることが、結果として持続可能性につながるのではないかと考えています。
久保:永平寺の取り組みで関係者の理解を得られたのは、加藤さんご自身の姿勢によるところも大きいと感じます。とはいえ、個人の力にとどめず持続的な活動へとつなげるには、仕組みとして残していく視点も欠かせません。その両立こそがコーディネーターの本質であり、異動を伴う立場だからこそ重要なテーマですね。
持続可能な観光を支える地域商社の役割「調整・翻訳・経営」という3つの機能
久保:ふくいヒトモノデザインの取り組みは、地域商社という立場から、地域の価値を守りながら持続可能な観光地域づくりに取り組むという点で、一つのモデルケースになり得ると思います。こうした取り組みを進める組織には、どのような意識や役割が求められると考えますか。
加藤:大きく三つあると思います。まず一つ目は「調整機能」です。ツアーを実施することで地域に過度な負担がかかる場合は、「売れるものでも、今は出さない」「あえてやらない」と判断するなど、ブレーキ役が求められます。
二つ目は「翻訳機能」。地域の価値を市場やインバウンドに伝える一方で、市場のニーズをそのまま持ち込むのではなく、地域に無理のない形へと調整し直す。双方向の翻訳者であることが求められます。
そして三つ目に「経営機能」です。10年、100年と続けられるのか。人材は育つのか。投資は循環するのか。長期視点で責任を持ち、地域が壊れない判断を引き受けることも重要だと考えています。
久保:観光を「地域を削る産業」ではなく、「地域を育てる産業」にする。そのための調整、翻訳、そして経営の視点ということですね。
加藤:その土台として福井銀行という地域に根ざした企業の理念やネットワークがありますが、あくまで主体は地域です。私たちは地域商社として、金融の枠を超えた視点も活かしながら、観光を通じて地域が自走できる状態を目指しています。そのためには、「地域を経営する」という視点が欠かせません。行政や民間事業者、地域に暮らす方々など、多様なステークホルダーと向き合い、ともに未来を考え、意思を重ねていくことが重要です。地域が描く未来像に寄り添いながら、そこに向けた具体的な動きを生み出す役割を担いたいと考えています。
また、「持続可能な地域づくり」においては、「何を持続させたいのか」「何を次の世代に受け継ぎ、守りたいのか」を明確にすることが出発点で、その問いに向き合い続けることが、地域の未来を形づくる力になると考えています。親会社である福井銀行の企業理念「地域産業の育成・発展と地域に暮らす人々の豊かな生活の実現」にも通じる考え方として、これからも地域とともに悩み、考え、行動しながら、未来を創っていきたい。そして、その実践が各地へと広がり、志を同じくする仲間との対話や共創につながっていくことを願っています。
▲Green Destination授賞式の様子(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
久保:永平寺町の事例は、行政でもDMOでもなく、地域商社ふくいヒトモノデザインという独立した民間企業の人材がサステナビリティ・コーディネーターを担っていることに大きな特徴があります。しかも、福井銀行という地域金融機関の母体に支えられている地域商社である点も重要です。通常、現場でよく起きがちな問題の構造として、「行政主導でやると担当職員の異動で知見が継続されない」傾向と、「DMO主導でやるとリソース不足ゆえに優先順位が低下する」傾向とのジレンマがあります。それに対して、ふくいヒトモノデザインはこのジレンマを回避し、長期的な観光地域経営の視座に立ちつつ、加藤さんという専門人材が知見を蓄積しています。この枠組みには大きな可能性の萌芽があると思います。
さらにもう一つ付け加えると、禅の精神文化がコンセプトの中核にあることは非常に示唆的です。サステナビリティという外来的な概念をいかに土着化させるかは、これからの日本におけるサステナブル・ツーリズムの深化の上で欠かせないアプローチだと考えます。日本の風土から生まれた思想を基盤とすること、これは、日本のサステナブル・ツーリズムの必須条件となるのではないでしょうか。
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