インバウンドコラム
日本国内では緊急事態宣言が解除され、店舗の営業再開や短縮していた営業時間の延長なども進んでいます。また、6月19日からは県をまたぐ移動解禁の方針も発表されており、観光業界にとっては明るいニュースも増えています。一方、依然として感染に対して慎重な姿勢の人も一定いるため、移動解禁が進んだからと言って観光客がすぐに戻るとは言えず、withコロナ時代を想定した対応や対策が欠かせません。
今回は「人と文化をつなぎ豊かな心あふれる社会と人々の幸せを創造する」を企業理念に掲げ、名古屋でカフェとゲストハウスの運営や商店街の活性化、訪日客向け着地型旅行商品の企画販売、教育事業など幅広い事業を展開する株式会社ツーリズムデザイナーズ田尾氏にwithコロナ時代を見据えた事業展開などを伺いました。
—事業概要及び、通常(新型コロナウイルス前)のお客様の利用状況について教えてください。
名古屋駅と名古屋城を結ぶ道にある円頓寺商店街で、2015年からなごのやというカフェとゲストハウスを運営しています。1階が地域の人が集う喫茶店、2階が外国人旅行者や若い日本人旅行者などが寝泊まりするゲストハウスになっています。ゲストハウスは、時期によってバラツキがあるものの、年間を通じてみると国内と海外の割合は6:4ぐらいです。外国人観光客は台湾が一番多く、それ以外は国籍、地域問わず様々な方が利用していました。
また、外国人観光客向けの着地型ツアーの企画、販売も手掛けています。名古屋発着の商品を主軸にしつつも、日本全国のツアーも取り扱っています。
—新型コロナウイルスの拡大を受けての現在の観光客や訪日客の状況について教えてください。
「できることをやる」から「できるだけやらない」へシフト
外国人のお客様の利用が減ったのは、2月上旬からです。2月後半~3月にかけて国内でも自粛モードが高まるにつれ日本人のお客様も減り、事業が回らなくなりました。緊急事態宣言が発表されて以降は、感染症拡大防止の観点からも、問い合わせが入ってもお断りしており、5月いっぱいは休業していました。
1階の喫茶店は、政府の緊急事態宣言を受けて4月8日からテイクアウトのみ扱っています。外国人向けの着地型ツアーに関しては、今はゼロという状況ですね。
お客様が減少した直後の3月ごろは「できることをやろう」という感じでしたが、緊急事態宣言後はとにかく「できるだけやらない」にシフトしました。その結果、ゲストハウスの売り上げは4~5月はゼロです。ツアーは訪日客向けなのでしばらく戻らないでしょう。喫茶はテイクアウトをやっているものの、売り上げは1割程度しかありません。事業としては非常に厳しい状況です。
なお現在は、喫茶店は日中だけの時短営業で再開、ゲストハウスは6月末をめどに再開を予定しています。訪日外国人向けツアーのほうは、依然再開のめどが立っていない状況です。
—「できるだけやらない」にシフトする中でも、事業継続するためには、やるべきことはたくさんあったと思うのですが、そのようななかで取り組んでいたことについて教えてください。
事業継続に向けた融資、補助金などの支援申請
事業継続に必要な各種申請は比較的早い段階で話を進めました。日本政策金融公庫が行う中小企業向けの無利子無担保の融資制度は3月上旬に相談し、4月早々に申請、当面3~4カ月分の固定費が賄えるようにはしました。それ以外でも持続化給付金をはじめとした受けられる支援も申請に向けて準備を進めています。とはいえ、3~4カ月なんてあっという間に過ぎますし、3~4カ月後に元に戻るかどうかもわかりません。
融資などを通じて手にした資金は、当面の運転資金に使うだけでなく、投資として新しい事業やサービス立ち上げにも使うつもりでいます。
なお、「できるだけやらない」のなかでも、収束後に向けた準備はもちろんのこと、これまでやりたいと思いながら日々の業務に忙しくて着手できていなかった新しい事業やサービスの立ち上げに向けても準備を進めています。
—収束後に向けた準備としては具体的にどのようなことを取り組んでいますか。
クレーム分析と顧客の不満をつぶすための徹底的な対策に着手
ゲストハウスや喫茶のオペレーションについては、とにかく細かく見直しています。ゲストハウスについては、過去のクレーム分析を行い、徹底的な対策をとっています。特に日本人のお客様はシビアです。シャワー室に髪の毛が1本落ちていたり、換気扇の埃といった些細なことでもOTAの口コミ欄に改善すべき点として挙げられます。なので、普段手が行き届かない場所への掃除を念入りにするのも対策の一つです。また、深夜に声がうるさくて寝られないというような声にも、打ち手を取っています。これは、ゲストハウスという場所の特質上、音漏れは避けられません。宿泊するゲスト一人一人がお互いに気遣うことも大切ですが、そのような理解のない人が問題を起こす傾向にあります。そのような人たちへ注意喚起を促すためにも、音が漏れやすいこと、他のゲストのためにも夜10時以降は快適に過ごせるよう協力をお願いする旨の張り紙を作り、部屋のよく見える場所に貼って注意喚起を促すようにしました。
こうして紙に書いて掲示することで、ゲスト同士で注意しあうこともでき、被害を受ける側のイライラを抑えることもできると考えています。
マニュアル作成し、提供するサービスのボトムアップ
また、ゲストハウスや喫茶店のマニュアル改定にも取りかかっています。勤続年数が長いスタッフが増えてくると、暗黙の了解で出来上がったルールや基準が作られますが、それが新メンバーには共有されず、それゆえ対応するスタッフによってサービスの質にも差が出ます。周辺施設や観光名所の案内一つとっても、スタッフの知識レベルによってクオリティに差が出ていたのですが、対策を取れずにいました。そのため、3年ほど前に作成したマニュアルを見直す形で、提供するサービスの質のボトムアップにも取り組みました。
こういった以前から課題に感じていたものの、日々のオペレーションに対応していると、抜本的に見直すことができていませんでした。今回出来た時間を活用して、全てリストアップして対応していきました。
—収束後、観光客が戻ってきたときのための誘客に向けた取り組みはありますか。
自社HP経由の予約ファンとの直接な接点を構築
今後、観光客が戻ってくるタイミングにあわせ、OTAの契約先も増やそうと思っています。これまでBooking.comとExpediaへの掲載をしていましたが、最近はBooking.com経由の日本人による予約も増えています。先ほど述べたように、厳しい目を持った日本人対策をすると同時に、国内OTAとの契約も拡大する予定です。ただ、OTAに頼るだけでなく、自社ホームページ経由でも予約できるよう、システムの導入も進めています。
以前は、日本人のみですが、ゲストハウス好きやリピーターの方は、自社HPの問い合わせフォーム経由で予約が入るケースもありました。その時に、メールを通じたゲストとのコミュニケーションが生まれ、より密な接点もできていました。ただ、問い合わせフォーム経由での予約管理が煩雑になったため、OTAサイト経由での予約に誘導するようになってからは、ゲストとの接点も希薄になってしまいましたね。
ゲストハウス好きのファンとの接点を改めてしっかりと持つことに加え、在庫管理も必要なく、予約手数料がOTAと比較して半分ほどに下げられる自社予約システム導入も進めています。
—収束後に向けた準備以外で、今企画している新事業やサービスについても教えてください。
コロナ禍のピンチをチャンスに、円頓寺商店街活性化のハブとしての役割
私は、ゲストハウス兼飲食店がある円頓寺商店街の理事長も務めているので、コロナ禍で売上減少に陥った商店街全体の復興に向けた企画も進めています。
以前から、円頓寺商店街活性化に向けたイベントも開催しており、イベント開催時には賑わうようになりましたが、一方でイベントがない時は閑散としていることが課題で、改めて商店街近隣の顧客開拓という原点に立ち返る必要性を感じていました。そのこともあり、コロナ禍の今だからこそできることを、中長期を見据えて継続できる仕組みを作りたいと考えています。
その一つとして、近隣住民やオフィスで働く人たちに向け、対面接客なしで、メニューを選択でき、飽きずに買い続けていただける飲食デリバリーやピックアップサービスの構築をしたいと思っています。
コロナの影響による売上減少を受けて、地域や個別の店舗でデリバリーやテイクアウトサービスが出ていますが、私たちはこれを商店街全体の取り組みとして進めること、またコロナ収束後も継続できる、持続可能な仕組みを構築する予定です。商店街の店舗数は約30で、そのうち飲食を扱うのは20店舗弱ですが、できるだけ多くのお店に参加いただけるよう、また利用者にとっても使いやすいよう、システムの導入も含めて検討しています。
平時であれば、商店街のお店も「そんな面倒くさいこと」といってネガティブに受け取られがちですが、売上が減って困っている時だからこそ、変化を受け入れる余地もあると思います。少しでも多くの店舗に受け入れてもらえるようなモデルをしっかり構築し、商店街活性化に向けて提案していきたいと思っています。
まずは飲食店からスタート出来ればと考えていますが、将来的には、飲食だけでなく商店街のお店で扱う商品を見れたり、購入できるバーチャル商店街のような仕組みにできればと思っていて、実現に向けて検討進めています。
観光の枠を超えた新事業の立ち上げ
また、これもコロナ前から考えていたことなのですが、人材・教育の事業を本格的にやりたいと考えていました。もともとツーリズムデザイナーズでは、訪日客へのホスピタリティとコミュニケーションをテーマとしたアカデミーコースも持っています。また、私自身、知り合いのつてで数年前からオンラインスクールの社外取締役をやっており、オンラインスクールのノウハウを蓄積してきました。
そのノウハウと、名古屋市内でゲストハウスを運営しながら英会話教室を開いてきた仲間と共同でオンライン英会話スクールを立ち上げ、ゲストハウスや旅行会社など現場での経験をカリキュラムに取り入れた実践的なコースを作っています。このスクールを通じて、名古屋の人材を育成し、ゲストハウスや旅行会社など観光の現場で働くきっかけにしてもらいながら、最終的には、会社の理念でもある「人と文化をつなぎ豊かな心あふれる社会と人々の幸せを創造する」に繋げていきます。
今回立ち上げようとしている教育の事業も含め、全ての事業は、この理念を実現するための手段ですし、達成の方法も無数にあると思います。
—最後に同じような状況にある事業者の方に、一言メッセージをお願いします。
コロナウイルスの影響で観光事業に与える打撃は計り知れませんが、だからと言って、人生でやりたいこと、やるべきことを奪われたわけではないと思います。事業は目的を達成するための手段なので、達成のための手段は他にもあると思います。お客さんが来ず、売り上げもたたず、やることがなくなってしまったように感じますが、逆に考えると、何かを企画する時間は出来たともとらえることができます。状況を悲観するだけでなく、ポジティブに捉えて頑張っていきましょう!
(取材 執筆:堀内祐香)
プロフィール:
株式会社ツーリズムデザイナーズ 代表取締役 田尾大介氏
2013年に着地型観光ランドオペレーター事業を手掛ける旅行会社を設立。名古屋を中心に訪日外国人客向けツアー企画・販売、地方自治体や観光施設向けインバウンド観光戦略策定や着地型コンテンツ制作のコンサルティング・プロデュースを実施。また円頓寺商店街で「喫茶、食堂、民宿。なごのや」を運営。
やまとごころ編集部では、新型コロナウイルス拡大による大打撃のなかでも、「今」着手できることや、アフターコロナに向けて準備する観光事業者の取り組みを募集しています。
ご協力いただける方は、やまとごころ問い合わせフォームより「やまとごころ.jpについて」を選択しご連絡ください。おって編集部よりご連絡いたします。
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