インバウンドコラム

地域密着型のバス会社による国内初のオンラインバスツアーが、日本中で注目を集める理由 —香川県コトバスツアー

2020.07.31

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新型コロナウイルスの影響で観光業は大打撃を受け、各企業では工夫を凝らしたオンライン宿泊やオンラインツアーなどの新しい取り組みが登場している。オンラインサービスは、場所を問わず集客できるので、地方にこそチャンスがあると言える。今回は、香川県でタクシーやバス事業、旅行事業などを手掛ける琴平バス株式会社がコロナ禍で始めた取り組みを紹介する。様々なメディアで取り上げられ、注目を集めるコトバスオンラインツアーがなぜここまで人気を集めているのか、その理由を探るべく、琴平バス株式会社代表取締役の楠木泰二朗氏に話を伺った。

 

うどんタクシーもキャンセル続き 緊急事態解除後も客足戻らず

琴平バスの前身は、1956年に香川県琴平町にてタクシー会社として創業。その後バス事業も展開し、現在では高速バスや観光貸切バスのほか、バスを使った旅行ツアーやインバウンド客向けバス事業も展開し、外国人向けツーリストインフォメーションの運営など幅広く手掛けている。

▲同社が運営する観光案内所「コトリ」

うどんのスペシャリストであるドライバー案内のもと、香川のご当地名物である讃岐うどん店を巡る「うどんタクシー」は国内外の観光客にも人気だ。なお、インバウンド向け貸切バスは事業の2割を占めるまで成長してきていた。特に、香港、台湾からの利用者が多く、四国周遊を中心に、瀬戸内海を挟んで中国地方まで巡ることもあったという。

しかしながら、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、貸切観光バスは99.9%減という事態に陥った。また緊急事態宣言を受けて高速バスは4~5月は自粛運休、県境をまたぐ移動解禁の6月18日から再開しているが、乗車率は前年の半数程度と低いままだ。観光客に人気だったうどんタクシーもすべてキャンセル、地元客が利用する一般タクシーも70%減と厳しい状況に陥った。

▲名物のうどんタクシー

 

お客様との接点を求めて、オンラインツアーを企画

琴平バスでは、以前から地域密着型をウリに観光バスツアーを展開しており、利用者の大多数が地元のお客様かつリピーターの多さが特徴だ。今回のコロナ禍でもリピーターのお客様から“大丈夫か”“頑張って”など気遣う声や応援のメッセージが届いたという。

「なかにはわざわざオフィスまで差し入れを持ってきてくださる方もいました」琴平バス株式会社代表取締役の楠木氏はそう話す。「コロナ以前から支えてくださっていた地元のお客様に少しでも安心してもらいたい。お客様とコミュニケーションできる場を作りたい」そういう気持ちが大きくなったと振り返る。

そんななか社内の企画会議で挙がったのがオンラインツアーだった。当初は1回限りの無料イベントとして考えていたが、新型コロナウイルス感染症拡大の様相から、回復は長期戦になることを覚悟し、継続して出来る有料コンテンツとしてオンラインツアーの開発に着手した。

 

日本初のオンラインバスツアーを目指し、企画から2週間で形に

全国最初のオンラインバスツアーにこだわり、4月27日の企画会議で2週間後の本番開催を決断、急ピッチで進めた。途中開催した2回のトライアルのうち1回目では社内メンバーのフィードバックを受けたが「この内容でお金を払ってもらえるとは思えないというさんざんな評価だった」楠木氏は当時をそう振り返る。

観光地の写真や動画を並べて紹介するだけのものから、いかにして家に居ながら旅行気分を味わえるものにするか知恵を絞った。そして、バス車内から見える景色を映像で映し、移動中にバスガイドと参加者が一緒に歌を口ずさむ企画を入れたり、あらかじめ地域の特産物を参加者の自宅に送り、ツアー中に食を楽しむ時間を挟んだ。また、旅の一番の楽しみであるお土産にも着目、道の駅に立ち寄る場面では、お取り寄せできるECサイトを紹介するなど様々な工夫を凝らした。

県の職員やメディア関係者など社外の方を招いた2回目のトライアルを経て、5月15日、全国初のオンラインバスツアー第一弾として石見神楽をめぐるツアーを開催した。

「コロナ前から築いてきたバスツアーのノウハウや、旅先の地域との信頼関係があったから」わずか2週間でオンラインツアー実現にこぎつけた理由について、楠木氏はそう語る。「オンライン化が急速に加速し、無料や低価格の企画が乱立するなかで継続して事業化するためには、どんな価値を提供できるかを突き詰めて考え、形にすること」だという。

 

業界全体が落ち込むなか、他社との連携で盛り上げる

1回目の石見神楽を巡るツアーを含め、コトバスオンラインツアーでは現在5種類のツアーを展開するが、他社との共同ツアーもある。

岡山方面に向かうツアーで連携した岡山県の両備バスとは、同業のバスツアー会社との間で情報共有する“バス旅プロジェクト”で以前から繋がりがあったという。「コロナ以前より情報交換をする仲であった両備バスさんも、困っている状況は我々と同じと思い声をかけた」連携の理由について楠木氏はそう話す。 

▲岡山方面のオンラインバスツアーでは、両備バスのスタッフが案内する

両備バスの担当者からは「オンラインツアーがガイドにとって日頃のインプットを発揮する場となった。ツアー後も振り返り改善点を洗い出して次に繋げようとする姿勢など生き生きとした姿が見られた」という声も聞こえた。楠木氏は「若い観光人材はバス業界全体にとって宝のような存在。オンラインツアーが彼らの活躍の場になれば」と期待を寄せている。

 

オンラインツアーがガイドのスキルアップの機会にも

一方で、オンラインツアーならではの大変さも実感しているという。「リアルのバスツアーだと、拘束時間は長いがバス車内などで一息つく時間もある。一方で、オンラインツアー中は常に参加者の方に見られているので、一瞬たりとも気が抜けない」という声も聞こえてくる。画面越しでは参加者の表情も読み取りにくく、参加者の方にきちんと伝わっているか、本当に楽しめているかなどの細かな配慮がより一層求められる。

しかしながら、オンラインツアーはガイド自身の更なるスキルアップにも繋がると期待を寄せる。「オンラインでも従来のツアーでも、求められるものはガイド自身の魅力、旅先の地域の人や参加者同士の繋がりなどアナログな要素が多い」楠木氏は、オンラインと従来のツアーの共通点をこう分析する。

▲オンラインツアーでは、目的地の方が温かくもてなす様子をライブでお届けする

 

コロナ前からの地道な取り組みが、オンラインバスツアー大注目のカギに

同社が注目を集めるきっかけとなったのは、そのユニークで先進的なオンラインツアーだったが、そのカギを握るのは、コロナ前からの取組にあった。

同社では、日帰りバスツアーである「コトバスツアー」を始めた2011年当初から、ツアープランナーが直接お客様に思いを届けることをコンセプトに、企画から添乗まで一人の人が担当するスタイルをとっている。「ツアーの見どころやポイントを一番わかっているプランナー本人が添乗する方がツアーの魅力もより深く伝わる。また、参加者の反応をつぶさに追うことで、次の企画を立てるヒントにも繋がる」一気通貫型にこだわる理由について楠木氏はそう話す。

 

顔の見えるサービスで価格競争から脱却

なぜ、プランナーが添乗する形にこだわるのか。コトバスツアーを始める前は、高速バスやスキーやスノボのバスツアーなど添乗がないものが主力商品だったが、これらは価格以外での差別化が難しく、100円でも安いプランがあればお客様が流れ、価格競争に巻き込まれてしまう。これではお客様の顔も見えず、リピートにも繋がりにくいことを実感していた。

「地域のお客様に愛されるためにも、お客様と会社の距離が近く、お互いの顔が見えるサービスを作りたいとの想いがあった」コトバスツアーを始めたきっかけについて、楠木氏はこう語る。

▲コトバスツアーのスタッフは皆エネルギッシュだ

 

新規お客様づくりの集客だけでなくリピーターづくりの「創客」に注力

プランナーが添乗も手掛け、お客様との距離を縮めることに取り組んできたため、今ではお客様とガイドが名前で呼び合うような関係性も築けている。その秘訣は、定員40人のバスツアーでも、40対1ではなくて、1対1を40人に対して丁寧にコミュニケーションすることにあるという。Only youのおもてなしをキーワードに、参加者の方の記念日や誕生日など、移動中のバス車内で、サプライズでお祝いするそうだ。これは、オンラインツアーでも継続して実施している。

「一人でも多く『集客』するだけでなく、一度参加してもらったお客様にファンになってもらい、リピートしてもらう『創客』に力を入れている」と楠木氏は話す。この考え方は、インバウンドのお客様をもてなす際も同様で、例えばファムツアーの際は積極的に懇親会の提案をするなど、お客様との距離を近づけることを意識しているという。

 

オンラインバスツアーがリアルツアーへの入口に

コロナ禍でもお客様とつながり続けたいという想いから始めたオンラインバスツアー参加者の平均年齢は49歳ぐらい、コロナ前までのリアルツアーの64歳と比較しても参加者の年齢層が下がったという。

場所を問わず参加できるのが魅力のオンラインバスツアーは、メディアで取り上げられた効果もあり、参加者は全国各地に広がり、オンラインツアーのリピーターも徐々に増えている。またツアー所要時間も1時間半で気軽に参加できるため、若い層やこれまで個人旅行派だった層の参加も増えている。

なお、ツアー終了後30分ほどは、参加者の方とフラットに交流する機会を設けているが、そこでは “面白かったから今度は○○さんに直接会いたい”そういった声も寄せられており、“人に会い行く”をフックにした、リアルツアーへの新しい層の開拓も期待が持てる。

 

これまでの利用客を大切にすべく、オンラインツアー参加をサポート

オンラインツアーによって新規ユーザーの獲得に繋がったというメリットがある一方で、これまでコトバスツアーを愛用してくださった地域のお客様のオンラインツアー参加が課題だという。特に、コアなリピーターの方は60歳以上の中高年の方も多く、Zoomやオンラインという言葉にもなじみがなかったり、そもそもパソコンもスマホも持っていない人もいるため、いかにして気軽に参加してもらうかの方法も模索している。

例えば、希望する方には事前にZoomのダウンロードや操作サポート、事前練習を無料で提供しているほか、地域にサテライト会場を用意し、会場から参加できるようにしている。今後、パソコンやスマホを持たない方のために、タブレットの貸し出しなども検討しているという。これまで利用したことがない既存のお客様にもオンラインのサービスを通じて生活の豊かさを味わってもらい、別のオンラインサービスの利用にも繋がれば価値になるとの考えもある。

▲Zoomになじみがない人へのレクチャーも念入りに行う

 

今後はオーダーメード型団体ツアーに需要あり

全国に先駆けてオンラインバスツアーを始めたことで、さまざまなメディアで紹介され、一躍注目を浴びたコトバスオンラインツアー。これをきっかけに、最近では社員旅行や修学旅行など、オーダーメード型の団体オンラインツアーの相談が舞い込んでいるという。

既に実施したオンライン社員旅行は、通常のオンラインバスツアー定員15人の倍以上の40人が参加した。そのため、Zoomのブレイクアウトセッションで小グループに分け、ドライバーと共にオンラインうどんタクシーを楽しむなどの工夫を凝らした。

これ以外にも、過去に全国規模のイベント後に開催していたオプショナルツアーのオンライン実施に関する相談や、食関連のオンラインイベントに事前配送を組み合わせたいというリクエストなど、その内容は多岐にわたる。

「コロナ禍で“うちの地域に来てください”と言いづらいなか、今はオンラインで訪れてもらい、そこでの人との出会いを通じて将来の実際の訪問に繋げたい」という自治体からの相談もあるという。コトバスツアーで培ってきた企画力やファン化、リピート化の取り組みが、多くの企業や自治体の心をつかんでいる。

 

新しい旅行スタイルとして、少人数型のバスツアーを提案

コロナ禍の現在の状況について楠木氏は「withコロナにはなり切れていない。むしろnoコロナという風潮が強い」と指摘する。

「これまでの利用者の方へのヒアリングからも、“旅が人生の一部”という人もいて、旅行したいものの、社会の風潮や家族の反対もあり難しいと言う声もある」ことを挙げた。

そこで、そのような人たちに少しでも、安心して旅行できるようなサービスも始める。今後のwithコロナ時代の新しいスタンダートなバスツアーの様式として、家族、同居人、友達など少人数の親しい間柄の方だけで旅行する「Stay in your bubble」というスタイルだ。運転手の席は仕切りをつけ、ガイドは同乗せずタブレット越しで対応し、必要に応じてサポートするオンライン添乗を取り入れるなど、徹底的な感染リスク対策を行う。「富裕層向けのラグジュアリーなスタイルというよりも、今のお客様が気軽に利用してもらえるような価格帯で提供したい」と意気込みを語る。

 

団体ツアーだからこその価値提供できれば、団体ツアーも存在し続ける

最後に、今後の団体バスツアーの展望について楠木氏に伺った。「全体的に個人旅行化が進むため、団体旅行の需要は減少すると思う。その流れに沿って個人旅行対応の取り組みも加速させる必要がある。ただ団体旅行自体がなくなるわけではないし、求める層も確実に存在する」と断言する。

実際、インバウンドのお客様や、中高年の方など、プランはお任せでバスで連れて行ってもらうのが楽だという人もいる。「現地を良く知り、地域のネットワークがあるからこそ実現する面白い企画、個人旅行だと入れない場所にも団体ツアーだからこそ特別に入場できるとなれば魅力になる。他にも参加者同士の出会い、バスガイドとの出会いなども付加価値になる。団体ツアーだからこその価値をきちんとお客様に提供できれば、変わらず存在し続ける。そのための努力は絶えず続けていくことが大切だ」と、締めくくった。

(執筆:高沢由香 取材 編集:堀内祐香)

 

プロフィール:

琴平バス株式会社 代表取締役 楠木 泰二朗氏

香川県生れ。地元大学を卒業して家業である新日本ツーリストへ入社。キャブステーション(東京)への出向を経て現在に至る。“Something New!” “Smile & Hospitality”をコアバリューとし、うどん型行灯が特徴のうどんタクシー、囲炉裏を搭載したKOTOBUS IYA VALLEY号、四国88ヵ所を完全踏破する歩き遍路ツアー、瀬戸内国際芸術祭オフィシャルツアーなどを企画・運営。日本初のオンラインバスツアーが大ヒットし、メディアでも多数紹介される。日本ご当地タクシー協会理事長。

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