インバウンドコラム

オーバーツーリズムは、本当に「観光客が多すぎる」が問題なのか

2026.03.03

村山 慶輔

印刷用ページを表示する



ここ1〜2年、各地で「オーバーツーリズム」という言葉を耳にする機会が急激に増えた。観光地が混雑し、生活に支障が出ている。マナーの問題が深刻化している。そうした状況を見ると、「観光客が多すぎること」そのものが問題のように語られがちだ。

だが、現場を見ていると、私は少し違う感覚を持っている。オーバーツーリズムの本質は、単純な人数の多さではない。

 

問題は「人数」ではなく、キャパシティを超えた集中にある

問題なのは、その場所が持つキャパシティを超えて、人や行動が集中していることだ。

たとえば、大規模な都市や広い動線を持つ観光エリアでは、多くの来訪者が訪れても大きな問題が起きにくい。一方で、空間や導線、生活機能が限られている場所に、それ以上の人がなだれ込むと、摩擦はたちまち表面化する。

祭りや花火大会、スキー場、富士山登山などは、特定の時期・特定の場所・特定の目的に人の動きが重なりやすいという点で、この構造を分かりやすく示している。キャパシティを超えた瞬間に、安全、環境、生活への影響が一気に噴き出すのは、そのためだ。

ここで重要なのは、「観光客が多いこと」そのものを否定することではない。
キャパシティを把握せず、コントロールしないまま人が集中する構造が問題なのである。

 

近年は「数」だけでなく、「質」の変化も重なっている

もう一つ、近年のオーバーツーリズムを考える上で欠かせない視点がある。それは、「数」だけでなく「質」の変化だ。

たとえば富士山は、登山者数だけを見れば、実は過去の方が多かった時期もある。それでも、現在の方が問題として大きく取り上げられるのはなぜか。

背景には、訪日外国人比率の上昇がある。言葉の壁、ルールやマナーの前提の違い、装備や経験の差。こうした要素が重なり、同じ人数であっても、現場にかかる負荷は大きくなっている。

これは特定の国籍や属性の問題ではない。「前提が共有されていない状態での集中」が、現場の調整コストを押し上げているという構造の問題だ。

 

最も難しいのは、キャパシティをコントロールできない場所

さらに難しいのが、キャパシティをコントロールできない場所で起きるオーバーツーリズムである。

鎌倉高校前駅周辺は、アニメ『スラムダンク』の舞台として海外でも広く知られるようになり、観光地として設計されてこなかった住宅地に、突発的かつ大量の来訪者が集まるようになった場所の一つだ。同様のケースは全国でも増えており、「観光地ではない場所が観光スポット化する」現象そのものが、新しい課題になっている。

こうした場所では、入場制限やチケット管理といった、観光地型の手法が使いにくい。観光施設ではなく、生活の動線そのものが舞台になっているからだ。

突然人が集まり、写真を撮り、ごみが発生し、交通が滞る。一方で、飲食や宿泊といった消費が生まれにくく、警備や交通整理などの行政コストだけが増えていく。地元の方にとっては、不便だけが積み重なり、観光の恩恵が見えにくい構造になってしまう。

 

問われているのは、「減らすか増やすか」ではなく設計だ

では、こうした場所はどうすればよいのか。
私は、簡単な正解があるとは思っていない。

ここで問われているのは、「規制するか、放置するか」という二択ではなく、どこまでを観光として受け止め、どこからを生活として守るのかという線引きの問題だ。

一方で、キャパシティをコントロールできる場所については、手段を講じる余地がある。入場制限を設ける、チケット価格を調整する、時間帯を分散させる。こうした制御は、不便さを生むが、体験の質と安全を守るための選択でもある。

オーバーツーリズムの難しさは、すべての場所が同じ方法でコントロールできるわけではない点にある。だからこそ、「観光客を減らすか、増やすか」という単純な議論では足りない。

問われているのは、
どこに人が集まり、どこで摩擦が生じ、どこは守るべきなのか。
その線を、どう引くのかという設計の問題なのだと、私は考えている。

 

※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら  

 

著者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔

兵庫県神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。アクセンチュア株式会社を経て、2007年に国内最大級のインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げ、観光事業者・自治体向けに各種サービスなどを提供。内閣府観光戦略実行推進有識者会議メンバーほか、国や地域の観光政策に携わる。国内外のメディアへ多数出演。近著の『小さな会社のインバウンド売上倍増計画 』(日本経済新聞出版)をはじめ累計10冊出版。

▼関連記事はこちら
観光庁・2026年度予算をどう読むか — 過去最大1383億円。その本質は「対策」ではなく「運用転換」にある

最新記事