インバウンドコラム

地方部での高付加価値な旅行を後押しするガストロノミーツーリズム、かき氷で食文化資源を掘り起こした奈良の事例

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世界的に、旅行者の間で、ただ美味しいものを食べるだけではなく、その土地ならではの歴史や食文化に触れることを楽しむ人たちが増えてきている。これがいわゆる「ガストロノミーツーリズム」である。 日本でも、本格的にガストロノミーツーリズムを推進する動きが活発化している。

2023年3月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」には、インバウンド回復戦略の施策として「ガストロノミーツーリズムの推進」と「酒蔵ツーリズムの推進」が明記されている。各地の多様な食文化やそのストーリーの魅力に触れるガストロノミーツーリズムを推進し、付加価値の向上、地域経済の活性化を図る、というわけだ。

 

観光業界で、いまガストロノミーツーリズムが注目されている理由

では、今なぜ、ガストロノミーツーリズムなのだろうか?

世界の旅行者は今、旅行の質的向上、持続可能な観光に対して高い意識を持ち始めている。観光庁の調査では、日本を訪れる訪日外国人旅行者の目的の1位は「食」であり、訪れた土地での食は、旅の楽しみの大きな要素である。日本には各地域に根付いた食習慣や、郷土料理、食べ物に関わる年中行事が今も受け継がれており、それらを楽しむことは、旅行の質的向上や本物を求める旅行者に新たな発見や、高付加価値な体験を提供することにつながる。

一方で、日本にはこのような食文化を楽しむ体験プログラムはまだ少ない。ガストロノミーツーリズムは、各地域への誘客を図る施策としても注目されているが、それと同時に、生産、加工、レストラン、市場やイベント、お土産屋など地域の産業と密接に関連しているため、地域の経済を活性化させる施策でもある。

もちろん日本だけではない。UN Tourism(旧UNWTO:国連世界観光機関)ではガストロノミーツーリズムを世界的に推進しており、2015年から毎年、世界各国でガストロノミーツーリズム世界フォーラムを開催している。

 

ガストロノミーツーリズムの推進の第一歩「食文化資源の掘り起こし」

では、ガストロノミーツーリズムの推進にあたり、何から取り組めばよいのか。

まず、「地域に内在するガストロノミー資源を掘り起こす」ことだ。地域に内在するガストロノミー資源を、食文化資源と捉えると考えやすい。

食文化資源を掘り起こす際、重要なのは、その地域の生産者、飲食店、料理人、博物館や市場・商店など地域の歴史や食文化資源を知る方々の情報や知識を活かすことだ。また、食は自然・歴史・伝統・習慣・信仰・美術・文学・科学等すべてにつながっているという観点を持ち、食をあらゆる視点から見つめ、資源を掘り起こすことがとても重要である。

▲食はすべてにつながっている(筆者作成)

 

かき氷でガストロノミーツーリズムを推進、奈良県氷室神社の取り組み

ここでは、奈良でかき氷のガストロノミー資源の掘り起こしをした事例を紹介する。

2022年12月、第7回UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラムが奈良で開催されることが決まり、奈良固有の食文化体験を味わえる商品造成に向けた取り組みがスタート、筆者はアドバイザーとしてかかわることとなった。

奈良にどのような食文化資源があるかを探すなかで、「かき氷」に着目した。奈良では、2015年にかき氷を提供するお店を紹介する「奈良かき氷MAP」を発行して以降、かき氷ファンが増加し続け、掲載店舗も増えている。

食文化資源としてのかき氷の掘り起こしをするため、奈良市内にある人気のかき氷店「ほうせき箱」の店主を訪れると、枕草子に今のかき氷に通ずる記述があることや、氷室(ひむろ)祭りが開催されているという話を聞いた。また、市内から車で30分ほど南の場所にある、天理市福住町の氷室神社を訪れるとよい、と紹介していただいた。

奈良県福住町の氷室神社は、430年に創建されており、日本最古とされる氷室神社である。氷室とは、冷蔵庫のない時代に天然の氷を貯蔵するものであり、冬の間に池に張った氷を切り出し、山に掘った大きな穴に氷が解けないよう茅などをかぶせて貯蔵し、夏になると氷を掘り出す。「日本書紀」仁徳天皇六十二年の項には、福住に狩りに来た額田大中彦皇子(ぬかたおおなかひこのおうじ)が、光るものを見つけ、氷室を発見したとのこと。氷を持ち帰り、天皇に献上したところ大変喜んで、以後、この地の氷室から天皇に氷を献上するようになったと記されている。氷は毎年、皇室へ献上されるほど大変貴重なものだったのである。

そして氷室神社を訪れると、今も、福住には氷室跡とみられる大きな穴が、草むらの中に20か所以上存在していた。大きな氷室跡は山の中に点在しており、夏でも肌寒さを感じる。この場所で4世紀から氷が作られていたのかと思うと感慨深い。

1999年には地域住民の力で氷室が復元されており、今の時代に継承されていた。毎年冬になると、氷を氷室に搬入し、茅を詰め込み密封、7月の氷まつりで氷を取り出し、地元の小学生が貴重な氷を運んでいる。


▲左:復元された氷室/右:氷室跡

 

氷作りの歴史や難しさを学び、環境問題を考えるきっかけに

氷室神社の宮司より神社の歴史や氷にまつわるエピソード、地域での取り組みを伺うことで、資源を掘り起こし、体験プログラムを造成した。その準備としてまずは、放置されていた氷室跡を観光客に見せられるよう、生い茂っていた草を刈り、体験ルートの整備や参拝の流れ、送迎の手配を準備した。

そうして完成したツアーではまず、福住町の氷室神社を訪れ、復元された氷室を観賞しながら、宮司による氷の歴史や当時の氷作りの話を聞く。次に、今も残る大きな氷室跡を見学し、氷室神社を参拝した後、人気のかき氷店「ほうせき箱」で冷たいかき氷を楽しむというものだ。旅行者にとって、古墳時代から続く氷の歴史を学びながら、氷の貴重さを学ぶことができる体験だ。

氷室神社の宮司は、「現代では氷は簡単につくることが可能だが、昔の氷作りの大変さを知ってもらいたい。氷室の存在や当時の氷作りを通じて、地球温暖化など現代の環境問題を考える機会に繋がるんです」と話す。

日本は世界に誇る豊かな食文化を有している国である、各地域特有の歴史や文化が存在する。まずは、地域に内在するガストロノミー資源を掘り起こしてもらいたい。既に、多くの魅力的なガストロノミー資源が各地に存在しているはずだ。

 

プロフィール:

ガストロノミーツーリズム研究所CEO 杉山尚美

2000年(株)ぐるなび入社。約2万店の飲食店と携わり、日本の食文化の豊かさを実感。大阪営業所長、東日本ブロック長を経て、2013年よりインバウンド・海外事業を推進、2015年執行役員に就任。食におけるインバウンド促進、飲食店の受け入れ環境整備の基盤を創る。現在、国内外でガストロノミーツーリズムを推進。
出版:「ガストロノミーツーリズム 食文化と観光地域づくり」

日本の食と食文化を深く学ぶ、フードビジネスのためのフードスタデイーズ学を2024年9月開講
https://foodstudiescollege.jp/curriculum/curriculum_11.html

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