インバウンドコラム
2018年の外国人訪問者数世界第9位(*1)で、世界の観光立国としてトップランナーを走り続けているタイでは、観光マーケティングの中でLGBT̟+(プラス)のコミュニティに向けたプロモーションや環境整備を行っている。9月5日、6日にバンコクで開催された「THE LGBT+TRAVEL SYMPOSIUM」の様子をレポートする。
*1 出典:国連世界観光機関(UNWTO) 作成:日本政府観光局(JNTO 2019年8月時点の暫定値)
LGBTツーリズムの現状
LGBTとは、レスビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)の頭文字。シンポジウムタイトルにもある、「+」は一つひとつ挙げきれない多様性を含めて表現している。「LGBTツーリズム」はまさにそのような方たちをターゲットとするツーリズムで、受け入れるエリア自体がLGBTに寛容であり、LGBTフレンドリーを表明していることを指している。
つまり、その土地を訪れる人にとって不安なく旅行ができるインフラや情報提供、仲間と出会える環境などが整えられているということだ。具体的には、LGBTを対象としたイベントの開催、専用のバー、ホテルや観光情報サイトの整備などがあげられ、ニューヨークやサンフランシスコやカリフォルニアなどアメリカや、スペイン、フランス、英国などのヨーロッパ、オーストラリアなどが先進地として評価されている。
高い経済効果
このシンポジウムの中でも、旅行における経済効果も発表された。調査会社Community Marketingによると、世界のLGBTツーリズム市場規模はUS2000億ドル(約22兆円)だという。共働き(ダブルインカム)で可処分所得が大きく、旅行にかける支出も大きいと捉えられている。なお、旅行におけるLGBT+コミュニティの比率は約7%だともいわれている。
また、インバウンドの成功例としてよく挙げられるのが、1978年にスタートした「シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディグラ」という祭典。3週間の間に、100以上のイベントが開催され、特にクライマックスを彩る華やかなパレードが有名だ。毎年20万人以上もの旅行者を集めているという。
タイ国政府観光庁がすすめる取り組み
2017年12月、タイでは同性カップルに結婚に準じるさまざまな権利を認める同性パートナーシップ法案が閣議決定された。この法案は同性カップルによる共同の資産・負債の管理や、同性パートナーへの遺産相続の権利を認めるものだ。
タイの観光業界はこうした政府の取り組みを受け、LGBTに寛容な旅行先として積極的にプロモーションや受け入れ対応をすすめている。タイ国政府観光庁(以下TAT)はLGBT+に向けての観光情報やフレンドリーな宿泊施設やスペシャルプログラムを紹介するホームページ「goThai.beFree」を2018年にオープンしている。
2018年にはニューヨークやイスラエルのテルアビブなどで開催される「プライドパレード」へも積極的に参加している。
具体的なプロモーションが見えるシンポジウム
LGBTコミュニティをターゲットにした旅行シンポジウム「THE LGBT+TRAVEL SYMPOSIUM」がタイで初めて開催されたのは2018年。2回目となる今回は9月5~6日に、TATとLGBTコミュニティ向けのWebサイトなど運営するOut There(*2)の共催で、ザ・ペニンシュラ・バンコクで行われた。
参加者は約30名のバイヤー、約40名のセラー、約30名のメディア、その他15名の関係団体と120名程度。バイヤーは世界各地のLGBTコミュニティをターゲットとする旅行代理店がメイン、セラーはホテルがほとんどで、ターゲット向けのプログラムを持っており、メディアは専門の雑誌+オンラインメディアやインフルエンサーで構成され、LGBT+に属している人が大半を占めていた。テーマ、ターゲットが絞られているだけに、濃密で具体的なプレゼンテーションやディスカッションが展開された。
まず目を奪われたのは、ターゲット向けのプロモーション動画。ゲイやレズ、シニアのゲイなどさまざまなカップルが、バンコクやビーチリゾート、現地の祭り、グルメなどを楽しんでいる様子が流れた。PV動画は「gothaibefree」にアップされているが、その他にも数種あった。
このシンポジウム開催に尽力したのが、TATのニューヨークオフィスのマーケティングマネージャー、スティーブ ジョンソン氏。タイにおけるマーケット概況を説明した。
「US20億ドル以上といわれる世界のLGBT+ツーリズムのマーケットで、タイではUS5.3億ドルがタイのGDPに貢献していると推定される。2018年にはタイに380万人のLGBT+の旅行者が訪れ、急成長している。アジアでもっともLGBT+にウエルカミングなディスティネーションとして知られているタイだが、マーケット規模に対してLGBT+のシェアは約3%にすぎない」
「LGBT+のマーケットは、アメリカ、ドイツ、イギリスなど北米やヨーロッパで顕在化しているが、中国や韓国などアジアの国々で成長の見込みがある」
「旅行の手配は、オンライントラベルエージェント(OTA)が多く利用されている。旅行先決定には、ウェブサイトやSNSの次に、専門の雑誌など紙媒体が利用されている」
「新しい発見や癒しを求めて旅行をする。タイは、LGBT+に寛容であり、理解もすすんでいる。結婚式やハネムーンを行う人も多く、女性おいては安全であることも重視される。シニアのカップル、子どもを持つ親も増えており、グループや三世代での旅行も増えている」
「タイで注目されているのは、素晴らしいサービスおもてなし、LGBTフレンドリーホテル、タイ料理、ルーフトップバー、『XXO party』やGサーキットなどコミュニティ向けのイベント」
急成長しているこのマーケットのポテンシャルに対して、タイが積極的にアプローチしていることが如実に示された。
*2:LGBTコミュニティ向けの旅行雑誌+オンラインメディア。2009年に設立され、イギリス・ロンドンに本拠をおく
情報発信はエンゲージメント重視、旅行エージェントには差別化した情報を
第1部のパネルディスカッションではメディアやインフルエンサーによる情報発信について議論された。やはり当事者の視点による旅行情報発信なので、コンテンツのポイント、ストーリーが支持されているという。Facebookやyoutube、InstagramなどのSNS発信も重要で、適切なハッシュタグをつけることの必要性も説かれた。訪問者やフォロワー数よりも「エンゲージメント」を上げることに注力したほうがよいとのこと。登壇者のCalum Evantsが創設したタイにおけるゲイ向けの旅行情報サイト「タイパスポート」をみると、タイ国内の旅行情報が魅力的に語られている。
第2部は旅行エージェントによるパネルディスカッション。日本からは「OUT JAPAN」の小泉伸太郎氏が登壇した。登壇者全員が、こういったターゲットに対応できる安全なホテルや彼らへのおもてなしが充実しているタイの旅行先の魅力を称えた。そのうえで(旅行市場全般にも共通することだが)、各言語のガイドの必要性、例えば日本語のゲイのガイドへのニーズなどを訴えた。また、ホテルなど施設から各エージェントへは、ステレオタイプの情報だけでなく、「LGBTコミュニティ向けの独自のプログラムがある」「この施設はゲイ・コミュニティのバーに近い」など特徴を示す情報がほしいとの要望が出た。
国際会議の運営もハイセンス
テーマの特性もあるが、全体的にスマートで洗練された会場設営、運営がなされていた。まずは、事前登録していた名前入のレインボーカラーを基調にしたバッグをもらう。これがあれば、ネームカードをみなくても、相手によびかけることができる。また、各参加者がメッセージを記入することで形になるボードは、半日たつとカラフルな装いで完成していた。
2日目のプログラムは、午前中は、バイヤー・セラー向けに商談会、そしてメディア向けはプレスブリーフィングが行われた。バイヤーは全37社のセラーブースをまわるシステムで、4時間以上かかり、かなりハードなスケジュールだったが、各セラー(多くはホテル)がLGBT+に向けたプログラムやサービスを持っており、具体的な商談が進んだ。
例えばセラーの1つである「マンダリン・オリエンタル・バンコク」では、シンポジウムの1週間前にゲイカップルによるタイ式の衣装スタイルでの結婚式を行ったばかりで、これからもウェディング事業を促進していきたいとのことだった。
メディアブリーフィングでは、各ホテルからのプレゼンテーションに加えて、タイで行われるLGBT関連のイベント「WHITE PARTY BANGKOK」「Gcircuit」「XXO PARTY」などが紹介された。バンコクやプーケット、パタヤなどのビーチリゾートで行われるこれらのイベントに世界から多くの参加者が集まるという。
両日共に、午後には4時間ほどのファムツアーが実施された。私は1日目「カフェホッピング」に参加し、バンコクで人気になっている隠れ家のようなカフェを巡った。2日目に参加した「タイのフラワーカルチャー体験」は、花市場をめぐり、仏様に捧げる「プアンマーライ(花数珠)」を手作りし、それを「ワット・ポー」に奉納するというストーリーがあるツアーだった。
ウエルカムパーティー、クロージングパーティーともタイのダンサーやパフォーマーが出演し、独創的な演出がなされていた。堅苦しい挨拶など抜きの参加者同士の交流を深める場となっていた。
日本が学ぶべきこと
「LGBT+を理解した対応」というのは、実際には研修などを通じた確認や訓練がないと難しいと思われる。例えば、宿泊施設にチェックインする際にダブルルームを予約した客に対し、男性同士ということが分かると「ツインルームにしましょうか」と変に気を利かせてしまうことがある。本来、「ご利用はダブルルームですね」と、予約の確認をするのみがスマートな対応だ。そういった基本的な対応を確立したうえで、独自のプログラム開発やプロモーション施策に取り組みたいところだ。
最後に日本国内のLGBT対応についてみてみよう。ホテルについては、ホテルグランヴィア京都がジェンダーニュートラルなトイレを設置したり、同性同士の結婚式をすすめているのはよく知られている。
また、国内各地でも同性パートナーシップ証明制度をスタートしている地域もある。東京レインボープライドやさっぽろレインボープライドには国内外からの参加者が集まる。
LGBT+コミュニティをターゲットとするツーリズムの情報発信については、2018年10月に大阪観光局が国際LGBTQ+旅行協会:International LGBTQ+ Travel Association (IGLTA)に加盟し、日本初となる観光局主導のLGBT総合情報英語サイト「VISIT GAY OSAKA」を制作した。LGBT当事者によるコラム、LGBTバー、LGBTフレンドリーレストラン・カフェ、LGBTイベント情報、LGBT旅行会社情報などを掲載している。
2018年度の「新しい東北」交流拡大モデル事業として「目指せ!ダイバーシティ東北」と題したLGBTツーリズムが採択され、環境整備やプロモーションがなされたのも記憶に新しい。
しかし、日本全体での取組はまだこれからというところだ。東京オリンピック・パラリンピック開催を来年に控え、外国人対応や環境整備、また災害発生時の外国人対応など課題は山積みだが、LGBTツーリズムというテーももっと着目していきたい。
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