インバウンドコラム
新型コロナウィルスの世界的大流行により、観光業はかつてない大打撃を受けている。先行きが見通せない状況のなか、今できることは何か。今回は、台湾と日本のカルチャーシーンを伝えるウェブメディア「初耳 / hatsumimi」代表の小路 輔氏(以下、小路)と、台湾在住編集・ライターとして活躍する近藤弥生子氏(以下、近藤)をゲストに迎え、台湾市場の動向についてオンライン対談を行なった。モデレータはやまとごころ代表取締役の村山慶輔(以下、村山)が務めた。
1)台湾におけるコロナ対策の概況
過去の教訓をもとに迅速な対応で感染症拡大を封じこめ
村山:コロナをうまく封じ込めたと言われる台湾の今の状況はいかがですか?
近藤:台湾はいち早くコロナ対策が強化され、旧正月の時から外出先で建物に入るときには、検温と旅行履歴を記入するようになっています。バスなど公共交通機関では100%マスク着用です。ここのところは感染者ゼロが続いており、4月30日には、正常な生活に戻ることができるよう中央感染症指揮センターが防疫新生活宣言を発表しました。
小路:ちょうどこのタイミングで、社会的距離の維持やマスク着用の上での屋外活動やスポーツ大会への参加なども可能になります。規制を強めたり、弱めたりチューニングしながら経済活動を再開しようといった感じです。
村山:台湾でのコロナ対策では38歳のデジタル担当大臣オードリー・タン氏の存在も大きかったとか。
近藤:ちょうど2019年10月にタン氏を取材しました。両親が有名なジャーナリストで報道の自由への理解もあったことから、フェイクインフォメーション調査室の立ち上げ時にはアドバイザーの一員として参加したという経緯もあります。今回のコロナ対策に関しては、民間企業主導で進めた、アプリ上で各薬局のマスク在庫状況を確認できる仕組みづくりのバックアップを行い、開発のスピードアップにも寄与するなど、市民からの評判もとても良いです。
村山:消費行動の変化は何かありましたか?
近藤:外食デリバリーがブームになっています。これまでにない高級店も進出してきています。
小路:台湾では過去のSARSの経験から、新規の感染症が発生したときの切り替えが非常に早いです。外食産業はテイクアウトに、ホテルも改装休業にすぐ入りました。
村山:SARSの経験が活かされているわけですね。
近藤:今回、最初に補助金が出たのも、大打撃を受けている観光業に対してでした。政府が先手を打っているおかげで、パニックになる人が少なかった印象があります。
政府と市民との間に広がる共感の輪 ピンク運動
村山:日本では未だにマスク不足が深刻ですが、台湾ではピンクのマスクが話題になったとか。
近藤:台湾では政府がマスクを買い上げ、身分照合した上で市民に枚数限定で販売しています。おかげでマスクの安定供給はできていますが、マスク自体の色柄を選べる状況にはありません。そんななか、政府のコロナ対策本部の定例記者会見に参加していた記者が、“息子が学校でからかわれるのが嫌でピンク色のマスクをしたがらない”という、ある母親の話を紹介したことがあります。それを受け、次の定例記者会見では、閣僚が揃ってピンク色のマスク姿で登場しました。すると、さまざまな公的機関や企業がロゴをピンク色に変えるなど、性別と色は関係ないというメッセージが一気に拡散されました。1人の声が政府や企業を巻き込むムーブメントになるのは台湾ならではの文化です。コロナで大変な時期ですが、やさしい社会だなと思いました。
村山:政府と市民との関係に、共感や思いやりが感じられますね。
小路:台湾では1つ議題があると、市民や企業問わずいろんな人が大喜利のようなことをする文化があります。台湾のピンクマスクの動きにアンテナを貼っていれば、日本の自治体や企業も台湾に向けて良いアピールできたかもしれないですね。
コンテンツそのものに話題性があれば、自然に拡散される
小路:台湾でも日本同様、デマでトイレットペーパーの買いだめが起こったときに、行政委員長(日本の首相に相当)が自分自身をモデルにして「おしりは一つだよ」と訴えるポスターを作りました。思わず笑ってしまう出来なのですが、瞬く間に拡散されました。
日本の企業も、情報発信のために多大な予算を投下するならば、コンテンツ作りにもっと予算をかけた方がよいと感じます。ただし、真面目にやってもダメ、ユーモアがなければ広がりません。
2)訪日旅行に関する調査結果から見えた台湾人のニーズ
台湾人のコロナ収束後の訪日意向は9割以上
村山:台湾における訪日旅行について緊急アンケートを実施したそうですね。
小路:WEBマガジン「初耳 / hatsumimi」の読者を対象に2月~4月にかけて4回アンケートを行ったのですが、そこから各調査時点での台湾人の訪日への意識や変化などが見えてきました。
例えば、今年訪日旅行を予定していた台湾人の9割以上は、コロナが収束すれば日本に行くと答えています。つまり行き先を変えず待っているわけです。時期は10~12月が一番多く、渡航判断の情報源としては台湾政府と台湾メディアが一番信頼されています。一方で、日本製品や食への信頼感は全く崩れていません。
今後の旅行では、人混みや屋内を避けると答えた人が7割以上、安全で衛生な環境を意識する人が9割にのぼりました。アフターコロナの旅行では「開放的、少人数、清潔」というニーズが見えてきました。
調査概要:
WEBマガジン「初耳 / hatsumimi」の読者及びメールマガジン会員など、台湾在住の20~45歳の男女
調査方法:WEBアンケート調査(4回実施)
調査時期:2020/2/23-2, 3/8-10, 3/22-24, 4/5-7
有効回答数:818、725、809、715サンプル
3)参加者からの質問
インバウンド誘致を行う意義を改めて見直す機会に
村山:ここからは、セミナー参加者からの質問の交えてお伺いしていきます。台湾で有名なグラフィックデザイナー 聶永真(アーロンニエ)がNY Timesにコロナに関する広告記事を掲載したことが話題になりましたね。これに関する台湾国内の反応はどうだったのでしょうか。
近藤:台湾国内の評判はすごくいいですね。広告グラフィックのデータを開放し、商用以外での再利用を認めた結果、様々な企業がそのグラフィックを無料で使い賛同する姿勢を拡散させています。
小路: 日本ではブランドを守るためにデータなどは開放しない傾向が強いですが、こと台湾において商用以外での再利用を認めて拡散させるのは効果的な方法です。
村山:コロナショックによって、台湾ではどのようなパラダイムシフトが起こると考えられますか。
近藤:インバウンドと国内の顧客比率の見直しは必須でしょう。観光業だけでなく、ほかの業界でもビジネスモデルの再構築が起きると思います。
小路:改めて、インバウンド施策をやる意義について立ち返るいい機会ではないかと思います。本来、観光というのは様々な人の視点でその地域を見てもらうことが大切で、その一つの視点として外国人旅行者があるのだと思います。最終的なゴールは、地域の魅力、産業を強くすることだという基本を見つめなおしてもらえればと思います。
訪日旅行解禁になったら、まず行くのは応援したい場所
村山:これまで、台湾人にとって訪日旅行は日常の延長という位置づけだったと思いますが、それが今後変わっていくでしょうか。
近藤:変わると思います。日本への旅行が解禁になった暁には、本当に行きたい場所、応援したい地域にまずは足を運ぶと思います。
村山:では、どうしたら台湾の旅行者から選ばれる地になれるでしょうか?
小路:訪日インバウンドのなかでは台湾人が一番早く戻ると思います。東京などの大都市よりも、空いている田舎に足を運ぶようになるのではないでしょうか。そのとき、台湾人を歓迎する姿勢が見せられるかが勝負です。中国や韓国など東アジアからのインバウンド客だと一括りにしないことです。一例ですが、今の状況でアーロン・ニエの広告グラフィックが町中に貼られている地域があれば、きっと台湾人は行くでしょう。台湾はコロナ対策がうまくいったねと評価していることを伝えてあげるとうれしいでしょうね。
台湾を理解し、彼らの視点にたった情報発信を
村山:最後に視聴者の皆さんへメッセージをお願いします!
近藤:台湾の人は日本に行ける日を楽しみにしています。ぜひ情報発信の仕方を工夫してみてください。
小路:自分たちが「こう発信したい!」だけじゃなく、台湾人がどう思うか考えると必然的にやり方も見えてくると思います。
村山:リアルタイムで参加者からの質問も多数寄せられ、台湾市場の注目度の高さを実感しました。
本日はありがとうございました。
【登壇者プロフィール】
WEBマガジン「初耳 / hatsumimi」 代表 小路 輔氏
JTBグループでインバウンド業務、その後スタートトゥデイ(現ZOZO)にて海外事業を担当。一貫して東アジア市場を見てきた。2014年にFUJIN TREE TOKYOを設立。日本と台湾のカルチャーやライフスタイルの交流のみならず、企業や自治体の台湾展開のプロデュースも手掛ける。
近藤 弥生子氏
台北在住の編集・ライター。台湾の企業でデジタルマーケティングを担当。2017年に独立起業し、日本語・中国語(繁体字)でのコンテンツ制作を行う草月藤編集有限公司を主宰。
【開催概要】
アフターコロナの観光・インバウンドを考えるVol.3
「緊急調査結果発表 新型コロナ対策の優等生「台湾」から見た今後の訪日旅行」
日時:2020年5月1日(金)16:00~17:00
開催場所:ZOOMオンラインセミナー
主催:株式会社やまとごころ
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