インバウンドコラム
地域のブランドを高める価値デザイン術〜動画プロデュース事例からその本質を探る〜/ withコロナ時代の観光戦略vol.16
2020.11.19
コロナ禍で人の行き来が制限されるなか、デジタルマーケティングによる観光プロモーションに注目が集まっている。しかし誰もが気軽に動画作成できる時代においては、ありきたりな観光PR動画では埋もれてしまう。地域の観光資源をわかりやすく見せながら、外国人観光客に刺さる動画とは何か。今回は日本各地でインバウンドをターゲットに地域ブランディングを手掛ける株式会社XPJP代表取締役 バリュー・デザイナーの渡邉賢一氏を招き、世界に通じる動画プロデュース術についてお話を伺った。モデレーターは株式会社やまとごころ代表取締役の村山慶輔が務めた。
地域ブランディングは外国人目線を入れて本質を見極める
海外に向けて日本をプロデュースする際に大切なことは、日本の文化、自然、美食といった本質的な価値を外国人目線を入れてわかりやすく伝えることだ。地域ブランディングの際にも外国人目線が重要で、地元の住民にとっては当たり前のことでも、外国人から見ると非常に魅力的に見えるケースが多くある。何が地域の魅力の本質なのか見極め、地元にも意識を定着させていくことが重要だ。
なお、動画などのオンラインプロモーションでインバウンド誘致を図る場合、実際にインバウンド客が現地を訪れるエクスペリエンス(体験)の前には、エモーション(認知)→ドリーミング(感動)→サーチング(検索)→プランニング(計画)→ブッキング(予約)という段階を踏む。そのうち、ドリーミングを最大化することが施策成功の鍵となる。つまり、動画を見て、どれだけ感動を与えられるかが勝負の分かれ目となる。
刺さる動画作成する体制の3つのポイント
動画は最初の15秒でほとんど離脱してしまうという。最後まで見てもらうためには、どれだけかっこいい動画、感動・共感できる動画を作れるかが勝負となる。そのために渡邉氏は3つのポイントを挙げた。1つ目が専門家の意見を入れる、2つ目が地元クリエーターと協業、3つ目が外国人クリエーターを入れることだ。特に動画編集には必ず外国人の目を入れて行なうことが重要だと強調した。
90%が表層化していない文化を伝える動画作成のコツ
渡邉氏は「文化とは人間の精神活動が作り出したすべてのもの」と定義する。文化を氷山に例えると、目に見えているのは表層の10%だけで、残りの90%は深層部にあって目に見えない。特に日本文化は、ハイコンテクスト(複層的な文脈)に分類され、外国人には詳しく説明しないと納得してもらいにくい特徴がある。そのため、観光PRの動画作成の場合にも高い表現力が求められる。
表面的には理解しづらい文化をわかりやすく伝えるためには、SVE戦略を使って、脳が受け入れやすい状態を作るのがコツだという。SVE戦略とはStory(文脈化)、Visual(視覚化)、Emotion(感性訴求)の3つの方向からアプローチすることで、脳の海馬に働きかけ、アセチルコリンを分泌させ、理解しやすくするというものだ。
地域ブランディングに欠かせない4つのポイント
なお、渡邉氏は動画を使って地域のブランディングをするにあたって大切注目すべき点として「価値デザイン」「SBNR」「モノサシ化」「ジブンゴト化」の4つを紹介した。そして日本文化の魅力を世界の文脈に合わせてわかりやすく動画にしてプロモーションした事例として、渡邉氏は福島県会津でSAMURAIをテーマに地域ブランディングした例を挙げた。
武士道は日本では過去のものと捉えられがちだが、世界では武士道に憧れを持ち、剣道、柔道、合気道を習っている外国人が多くいる。そこでGoogleを活用し、どの国・地域にSAMURAIに関心を持つ層がいるのかを調べてターゲットを絞った。SAMURAI検索者の60%は戦闘ではなく精神性に関心があることもわかった。1年目は動画でテストマーケティング、2年目から地域との連携を図って本質的な地域価値を深彫りし、動画を仕上げていった。ただし、動画による空中戦だけでなく、旅行会社との商談会やイベントなど地上戦もサムライでブランディングを統一し、併せて実施した。オンラインとリアルの両方からのアプローチにより効果を最大化することができ、2018年の都道府県別訪日客伸び率では福島県が第2位になった。
なお、デジタルマーケティングにおいては最初のテストマーケティングが一番大事だという。最初からこれだ!と思い込まず、いろいろ試した上で一番反応が良かったものに絞り、磨き上げることが最も効率的だ。テストマーケティングの段階なら、1分から1分30秒の動画が目安となる。
ターゲットは世界で台頭する「SBNR層」
日本文化の根底には自然感がある。森羅万象など、五感に訴えるものだ。こうした日本文化に興味を持っているのが近年世界中で増えているSBNR(Spiritual But Not Religious)層だ。SBNR層とは、無宗教型スピリチュアル層と呼ばれ、無宗教だが精神的なものに関心を持つ人々のことをいう。米国では5人に1人、18歳以下の若者層では約83%がSBNRと言われる。欧州ではさらに多く約3割がSBNR層と言われている。急増した背景には、テロや自然災害、感染症のパンデミックなど社会的混乱に見舞われ、生き方や価値観を劇的に見つめ直さなければならない世界情勢がある。
例えば、お遍路や神社仏閣と聞くと日本では供養・祈りといった宗教色が強いが、海外のSBNR層はネイチャーウォークと捉える人が多く存在する。日本全国にある寺社仏閣の観光資源を日本人目線だけでなく、外国人目線で共感できる価値に見える化することで伝わりやすくなる。SBNR層をつかむメリットとして、高学歴、高所得の傾向が強く、旅の回数やリピート率が高い点が挙げられる。
不確実なときこそABC調査を絶対にやるべき
「モノサシ化」については、まずターゲットを明確化することだ。ターゲットがどこなのかわからない場合は、デジタルマーケティングでABC調査すると絞ることができる。
渡邊氏が手掛けた九州観光推進機構の事例では、温泉をテーマに訴求するに当たって、旅する編、感じる編、発見編と3パターンの動画を作り、秒単位でアクセス数と視聴率をデータ分析した。その結果、旅する編が最もアクセス数が多く、女性層と18歳~24歳のミレニアム世代の視聴が高いことがわかった。このABCテストマーケティングをしたことで、女性層かつミレニアム世代というターゲットを絞ることができ、翌年からコストを抑えて効果的なマーケティングが実現できたという。コロナ禍で何をどうすればよいか「問いの時代」に入った今こそ、デジタルマーケティングで動画によるABCテストは最も効果的な戦略といえよう。
渡邉氏がこれまで話してきた動画作成は、撮影、編集、デジタルマーケティングまでスマートフォン1台あれば全部できると話す。制作会社や広告代理店任せにするのではなく、まず、自分たちでできることは何かを地域で考えて気軽にやってみることを勧めた。
観光も内側を見つめる時代に
これからの観光戦略について渡邉氏は内なる本質を見直す時代だと話す。例えば、枯山水の庭園を鑑賞するとき、人は座して風景を見ているようで実は自分の内面を向き合っている。言わば、主客が逆転する体験をする。観光も同じで内側を見る時代になった。自分たちの街はこんな絶景がある、温泉があるとPRするのではなく、この地域に来る旅行者はどんな気持ちで何を求めて来るのか、あるいは自分たちはどんな旅行者に来てほしいのか、内側に目を向けて、地域ブランディングをしていく時代に入った。
最後に渡邉氏はSBNRを「Sustainable Balance Nature Restart」とも表現した。持続可能な未来のために、心と体と多様な価値観のバランスを保ち、地球上すべての生命と共生しながら、新しい文化を創造する。「一」と「止まる」で「正」という字が成り立っている。コロナ禍で苦しい観光業界だが、今は正しい地域のあり方を一旦、立ち止まって考え直す良い機会だ。今までのプロモーション方法でいいのか、地域の本質的な価値はどこか、今一度考え直してみようとメッセージを送った。
【登壇者プロフィール】
株式会社XPJP 代表取締役 バリューデザイナー 渡邉 賢一 氏
栃木県栃木市出身。学習院大学卒。カリフォルニア大学サンディエゴ校Ext、ワシントン大学BUSIP修了。大手企業や新聞社を経て内閣官房地域活性化統合事務局に勤務後、2010年に地域プロデュース専門法人(社)元気ジャパンを設立、2015年にエクスペリエンス・デザイン法人(株)XPJPを設立。経済産業省クールジャパン事業プロデューサーおよび、スポーツ庁、福島県庁、愛媛県庁、関西観光本部、石垣市、鶴岡市、伊勢市他の地域ブランディングに関する海外ブランディング事業の総合プロデューサーとして事業を推進。慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所 研究員。国際的な地方創生プロジェクトをアメリカ合衆国、フランス、イギリス、イタリア、タイ、ベトナム、インドネシア、インド、中国等で展開中。
【開催概要】
日時:2020年11月6日(金)14:00~15:00
場所:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆コロナ禍における地方都市・飛騨高山のインバウンドへの挑戦/withコロナ時代の観光戦略 vol.18
2020年11月20日(金)10:30~11:30
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