インバウンドコラム
インバウンドの過去・現在・未来 ~過去の取り組みの振り返りからNext インバウンドを考える~/ withコロナ時代の観光戦略 Vol.17
2020.11.27
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で観光業界は大きな転換を強いられている。これまでのインバウンドを振り返りながら、観光地がどのように変化したかを改めて検証し、コロナ後に向けた方針を考えるべきときを迎えているといえるだろう。
今回は株式会社やまとごころ創業当初からのビジネスパートナーであるレジャーサービス研究所 所長の斉藤茂一氏と、株式会社やまとごころ代表取締役の村山慶輔が、現場での経験を交え、インバウンドビジネスの経過や日本の観光業界に与えた影響を振り返り、新たな時代へ一歩を踏み出すための手がかりを探る。モデレーターは株式会社やまとごころ取締役の阿部紗代子が務めた。
インバウンドの歴史と観光業におけるインバウンドの重要性
まず初めに、やまとごころの村山が会社創業期からのインバウンドの歴史を振り返った。政府に観光庁が設立された2008年の1年前、株式会社やまとごころが事業をスタートした当時はまだ「インバウンド」という言葉は通用しなかった。その後、2011年の東日本大震災、2012年の尖閣問題を経験し、インバウンドは大きく落ち込み、多くの事業者が撤退や縮小に追い込まれた。そんななか、2013年の東京オリンピック大会誘致決定がインバウンドの注目を集めるきっかけになったという。同じ年には訪日客1000万人を達成。その後、ビザの緩和や円安なども追い風に、2014~15年はインバウンド市場が大盛り上がりを見せた。2016年以降は訪日客のニーズの多様化が進み、2019年に開催されたラグビーワールドカップを追い風に、昨年まで訪日客数、訪日消費額ともに過去最高を更新し続けた。そして2020年4000万人達成を目指していたタイミングで新型コロナウイルス感染症拡大が世界中を襲い、訪日客数99%減、オリンピック延期という状況に陥っているのが今現在だ。
観光庁発足の10年以上前、1990年代半ばからインバウンドビジネスを手掛けるレジャーサービス研究所の斉藤氏によると「バブル経済崩壊後の観光・レジャー施設の再建に向けたコンサルティングをする中で、アジア新興国のお客様が施設の繁閑差を埋める存在と感じ、誘致に力を入れ始めた」という。当時、台湾、香港、シンガポールなどでは急速に経済成長を遂げており、特に企業向けのインセンティブ旅行は消費意欲旺盛な訪日客の懐をつかんだことも相まって、次々と成果を出していった。
観光が、地域経済を潤す存在であるという原点に立ち返る
働くスタッフの人材育成や定着、提供するサービスの質向上という側面でも繁閑差の平準化は重要だが、「特に日本の地方の観光事業者にとっては、繁閑の差が激しく、通年雇用できないことが大きな課題」と斉藤氏は指摘する。
観光の中でも特にインバウンドは、地方創生や地域活性化に欠かせない存在として注目されている。一方で、ここ10年で訪日客数も訪日消費額も大きく伸びた恩恵を、地域が受けられていない実態も見える。斉藤氏が観光に関心のある高校生を対象とした講演をした際に、「訪日客が何人になったら、観光業の最前線で働く人たちの給料が上がるのか?」「消費額4兆円超えたというが、そのお金はいったいどこにいくのか?」といった質問が、地方都市に住み、身近な親族が観光業に従事しているという学生から投げかけられたそうだ。
これについて村山は、観光業の給料が低い実態を指摘したうえで、「観光は、地方をよくするためにあるという原点に立ち返らねばならない」ことを強調した。例えば、アメリカなどのDMOでは、自分たちの地域にとっての観光の重要性を具体的に示した資料がある。日本でも海外の取り組みを参考に、観光が地域経済を潤しているのか、雇用増に繋がったかなどの指標を作り、検証することも必要となる。
「安くて近くて安全」から「高いけど行きたい国」を目指して
近年の傾向に、中国が日本を旅行先に選ぶ理由に「安くて近くて安心な国」として日本が認識されていることにも警笛を鳴らす。ここ20年以上経済成長が停滞する日本とは裏腹に、中国をはじめアジア諸国では高度経済成長期を迎えていた。特に、都心部を中心に物価が上昇する中国では『国内よりも日本旅行の方が安い』とみなされる傾向も強い。「観光という側面では、日本はまるで発展途上国のように捉えられている状態」と斉藤氏は指摘する。2015年ごろ話題になった爆買いも、日本の物価の安さが魅力に映った要素も大きいと、危機感を募らせていた。
斉藤氏は「特に遊学(企業向けなどの勉学を兼ねた旅行)の訪日手配に関しては、なるべく1人あたり50万円以上の案件のみ引き受けるようにしている」という。超富裕層とは言わなくとも、「日本旅行高いけど、行きたい」と思ってもらえるような旅行先を目指すことが数を追うよりも大切だ。
村山は「グローバルで展開されている旅行商品の水準を知り、調整することも大切ではないか」と投げかけた。例えば、アウトドアアクティビティが盛んなニュージーランドと日本ではアウトドア商品の値差が倍以上というケースもある。ただし、日本の商品のクオリティが半分以下というわけではない。他国の商品のレベルや価格を知り、提供するサービスや商品の値段を上げるだけでも価格アップにつなげられると提案する。また、商品やサービスの価格を上げることが、従業員やスタッフの給与向上にもつながり、ひいては優秀な人材確保も可能になる。
観光・インバウンドで稼ぐための処方箋
観光業の未来を考えるうえで欠かせないのが「いかにして、地域が観光・インバウンドで稼ぐか」ということだ。
中国でも同様の課題があるという。斉藤氏によると、中国のとある地方では一等地に立つ商業ビルが外資系で占有され、話題のお店を誘致した結果、テナントの大半も外資系という状況になっている。そんななか世界中を襲った新型コロナウイルス感染症の影響で、売り上げを確保できないテナントが次々と撤退し、シャッター通りと化した地域も見られるという。
日本でも同じことが言える。話題性を重視して外資系や都市圏中心のチェーン店を誘致して瞬間的な消費を狙っても、その利益のほとんどが外資系企業や都心部に流れ、結果的に地方にはお金が落ちない。「穴の開いたバケツに水を入れ続けているような状態」にならないよう、地元の産業や企業を積極的に支援することも大切だ。
村山は「Go To キャンペーンについても、地域への貢献度が高い宿や事業者に対してサポートする仕組みを入れるのも一つの方法」とマクロな観光施策に地域への貢献度という指標を取り入れることも提案した。このように、地域にお金が落ちるよう、観光業でも地元企業や産業を巻き込むことが、持続可能な観光(サステナブルツーリズム)にも繋がっていく。
また、地域経済を持続するためには、若手の育成も欠かせない。飛騨古川で空き家を活用した分散型の宿泊施設「SATOYAMA STAY」を開業した株式会社美ら地球では、飛騨地方で古くから受け継がれてきた技術継承を視野に入れて、建物の建築やリノベーションには若い大工がいる地域の工務店に依頼したという。
斉藤氏によると、台湾でも、若手のスモールビジネスを支援する仕組みがあるという。日本でも将来の日本を担う若手育成への注力が欠かせない。
他地域に学ぶSNSの活用方法
また、SNSの活用法は台湾の取り組みが参考になると、斉藤氏はその例を紹介した。
日本では、SNSは、フォロワーを集めて情報を発信するプロモーションツールとして活用するケースが多いが、これだと一方向性のコミュニケーションにとどまってしまう。台湾では、お客様のコメントや問い合わせに対して個別にメッセージを送信するなど、SNS利用者への応答を重視した活用をしている。つまりSNS接客だ。これは外国人客に対しても同様で、相手に応じて外国語で応答している。
実際に、中国の経営者の中には、一方通行のコミュニケーションにうんざりしてSNSをブロックするケースもあるという。日本でもSNSの活用方法には工夫や改善が必要となる。
訪日客に対して、日本人によるおもてなしの接客を
最後にこの日のトークを総括し、村山は今後のインバウンドへの取り組みに対して「改めて、何のためにインバウンドを行うのか」という原点に立ち返ることの必要性を訴えた。
斉藤氏は、日本人による接客の重要性を強調した。「今の日本の観光・インバウンド業界は外国人でできている。せっかく日本に来たのに肝心のおもてなしの現場である接客はほぼ外国人、コンビニですら同じ状況。滞在中、一度も日本人と会話しなかったケースもある」という。『外注型インバウンドビジネス』から脱却し、日本人が積極的に接客することが重要と話した。
また、日本が今後取り組むべきこととして、地域で働きたいというコミュニティエリート育成の必要性も強調した。「グローバル人材は結局外に出ていってしまう。地域で観光業を盛り上げたい人をバックアップする体制づくりを日本全体で取り組む必要がある」と締めた。
【登壇者プロフィール】
レジャーサービス研究所 所長 兼 上海樂暇堂商務咨詢有限公司COO 斉藤 茂一 氏
株式会社オリエンタルランドでのディズニーランド運営業務、コンサルティング企業での国内の大型リゾート再建業務を経て1995年よりインバウンド誘致及び受入れ活動を開始。2000年に中国に進出。2010年にはブログやSNSを活用した訪日誘致、物販販促サービスを手掛ける会社を、2015年には中国人観光客の訪日誘致や富裕層の旅行コンサルティング・手配、レジャー施設の運営計画、人材教育サービスなどを行う会社を上海で立ち上げ、多岐にわたる事業展開を行う。訪日中国人観光客アテンドも手掛け、近年はアリババ、テンセント、DiDiなどの大手IT企業のアテンドや企業内セミナー講師も担当。これまでの訪日誘客数は約15万人。訪日アテンド数は約4万人。中国での研修セミナー受講者数は延べ約7万人。
株式会社やまとごころ 代表取締役 インバウンド戦略アドバイザー 村山 慶輔
株式会社やまとごころ代表取締役。兵庫県神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。2000年にアクセンチュア株式会社戦略グループ入社。2006年に同社を退社。2007年より国内最大級のインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を運営。「インバウンドツーリズムを通じて日本を元気にする」をミッションに、内閣府観光戦略実行推進有識者会議メンバー、観光庁最先端観光コンテンツインキュベーター事業委員をはじめ、国や地域の観光政策に携わる。「ワールドビジネスサテライト」「NHKワールド」など国内外のメディアへ出演。著書に『超・インバウンド論』(JTBパブリッシング)、『インバウンド対応実践講座』(翔泳社)などがある。
【モデレーター】
株式会社やまとごころ 取締役 阿部 紗代子
埼玉県出身。大学卒業後、映画・エンターテイメント関連のPR会社へ入社。その後、ベンチャー企業、NPO法人にて新規事業の企画立案から実行、広報、総務まで多岐に亘る業務に携わる。2014年に入社。インバウンドに取り組む企業へのコンサルティングから、新規事業の立ち上げまで幅広い業務に従事。現在はWEBサービスを中心とした情報サービス事業部を統轄すると共に社内の管理・広報も担当。
【開催概要】
withコロナ時代の観光戦略 Vol.17 インバウンドの過去・現在・未来〜過去の取り組みの振り返りからNext インバウンドを考える〜
日時:2020年11月13日(金) 15:00-16:00
会場:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆観光再生 第1弾〜地域における観光再生を考える〜
2020年11月27日(金) 16:00〜17:00
最新記事
気候変動対策の転換点、COP29が示した観光業界の新たな役割と未来 (2024.12.18)
災害危機高まる日本の未来、観光レジリエンスサミットが示した観光危機管理と復興のカギ (2024.11.26)
品川宿で交流型宿泊サービスを提供する宿場JAPAN 渡邊崇志代表に聞く「都市圏での地域を巻き込む宿泊施設と観光まちづくり」 (2024.11.15)
タビナカ市場最前線、国際会議「ARIVAL360」で見つけた日本のアクティビティ市場活性化のヒント (2024.10.25)
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」 (2024.10.04)
【現地レポ】タイパ重視から「余白」を楽しむ旅へ、南米ノープラン旅がもたらした地域住民とのディープな体験 (2024.06.07)
【現地レポ】2週間で1人150万円のツアーも!! 米国の新しい訪日旅行トレンド、地方がインバウンド誘致で成果を出す3つのポイント (2024.02.28)
2024年国際旅行博TITFから考える、タイ人の海外旅行需要は戻ったのか? タイを狙う競合市場の動向 (2024.02.21)