インバウンドコラム
新型コロナウイルス感染症が初めて報道されてからまもなく1年が経とうとしている。観光事業者は厳しい状況に対応すると同時に、収束後を見据えた今後の方針を考えておく必要に迫られているが、特にほぼゼロとなっているインバウンドの方針を打ち立てておくことは重要だ。
今回は岐阜県高山市の海外戦略部長を務める田中明氏をお招きし、これまでの高山市の海外戦略や観光施策、その実績をお話いただくとともに、新型コロナウイルス感染拡大の中でどう方針転換して施策を実施してきたのかを伺った。今回のような危機に直面した際に、インバウンドをどのように考え推進していくべきなのかその手掛かりを探る。モデレーターは株式会社やまとごころの堀内祐香が務めた。
高山市のインバウンドの現状
2019年の観光消費額が市の総生産額の約1/4を占め、観光が町の大きな収入源となっている岐阜県高山市。市の中心部には1960年頃に始まった朝市があり、日本人だけでなく外国人観光客からも人気を集めている。また、高山市街から車で4~50分ほどの場所に奥飛騨温泉郷、さらに北には飛騨山脈(北アルプス)もあり、観光資源に恵まれている。
高山では中心部に広がる古い家並みを中心に、国籍や地域問わず世界各国からの訪問者が町歩きを楽しんでいるが、彼らは寺町など日本人が行かない場所にも足を運び、地元ではお年寄りから子供まで世代を問わず訪日客を受け入れる姿も見られる。
高山を訪れる訪日客は、全国平均と比較すると欧米豪圏の割合が高いのが特徴で、特に4月にピークを迎え、その後秋の紅葉のシーズンに向けて再び増える傾向にある。また、近年は春節シーズンの1-2月にかけて東アジアからの観光客も増えており、年間を通して訪日客が訪れる場所といえる。
高山のインバウンドへの歩みと取り組み
高山市でも、以前から地方都市の典型的な問題である人口減少、少子高齢化やそれに伴う市内経済縮小といった課題に直面している。そんななか、域外からの外貨の獲得や交流人口の拡大を目指しており、その施策の柱の一つとしてインバウンドを位置付けて腰を据えて取り組んできた。
2019年に高山に滞在した外国人は約61万人、実に人口の7倍に当たる。なぜここまで人気を集めているのか。それは、高山市が30年以上、インバウンドに注力してきた実績のたまものだ。
1986年に国際観光都市宣言を行い、以降、外国人観光客が安心してひとり歩き出来るまちづくりを推進してきた。1990年代から外国語HP開設や台湾への誘客活動などをスタートし、2011年にはインバウンド、物販、交流一体となった取り組みを推進する海外戦略部署を設置し、以後トップセールスやメディア招聘、旅行博参加などでプロモーションに取り組んできた。インバウンドにせよ物販にせよ外貨獲得に欠かせない商取引をするのは民間企業者であることを踏まえ、民間を力強く後押しする存在として、彼らが活動しやすい環境整備などに、一貫して取り組んでいる。
なお、インバウンドを考えるにあたって欠かせないのは、高山を訪れるインバウンドのお客様のほとんどが他の場所も一緒に訪れるということだ。そのため広域連携は欠かせない。高山市は海外戦略部ができる前から、周辺の松本市や白川郷、金沢市などと連携した3つ星街道や、新宿から金沢までを結ぶ中央道、杉原千畝にゆかりのある場所と訪日客に人気の観光地を結ぶルートなど、他地域との広域連携を積極的に行っている。
高山がインバウンド客を魅了する理由
様々なインバウンド向け施策を展開する高山だが、実際に訪日客は何を求めて来ているのか。田中氏は、高山特有の文化を味わう人もいると思うが、多くは飛騨高山を通じて日本を体感しに来ている人が多いとみている。
そしてこれが実現できているのは、30年以上の取り組みや意欲ある民間業者との連携はもちろん、言葉、文化、宗教、商習慣の違うインバウンド客に対し、高い理解度をもって受け入れてきた最前線に立つ市民の底力があるからという。決して楽ではない、手間がかかるインバウンドに対してやりがいや喜びを感じられるようにすることが不可欠である。
異文化を持つ海外の方を受け入れるには、地域の魅力を説明する必要があり、改めて地域を学びなおす必要も出てくる。そのことが自分たちの魅力や価値を再認識する機会となり、それがサービスの向上、自然・里山環境保全、伝統文化継承、産品の質向上などに繋がり、結果として「飛騨高山ブランド」が確立できているのではないか。
人口7倍以上の訪日客滞在を実現してきた秘訣について田中氏は、「インバウンドに対する信念を崩さず、行政としての役割を認識して取り組みを続けていくことにある」と語る。これは、高山市がインバウンド含む海外戦略を長期スパンで捉え、根気よく愚直に取り組んできたからこそと振り返る。
コロナ禍における高山市のインバウンド施策
2020年1月も外国人宿泊者数は前年比で100%を超え、引き続きインバウンド拡大が期待されたが、その直後に襲った新型コロナウイルス感染症拡大により激減に転じ、4月以降、外国人宿泊者数はほぼゼロという状況が続いている。
高山でも「こんな状況下で、インバウンド施策をやるべきではない」という声はあった。しかし、「コロナ禍の影響で地域の魅力や価値が消えたわけではない」ことを認識し、出来ることに注力して取り組んでいる。
具体的には今後を3つのフェーズ —STEP1:国内外で外出制限や自粛が継続している状態、STEP2:国内旅行再開および入国制限の段階的解除が進んでいる状態、STEP3:世界的な観光需要が復活する状態— に分けた上で、「Dreamingアクション」「Planningアクション」「Welcomingアクション」の3つに取り組むことを決めたという。
高山の輝く人たちをSNSで発信、動画も併せて130万ビューに
Dreamingアクションは、高山に来ることができないなか、高山を忘れずにまた行きたいと思ってもらえるよう、潜在需要の喚起や訪問を想起させるための施策と位置づけ、SNSや在日外国人によるYoutubeでの動画発信を行ってきた。SNSについては、外国人向けFacebookアカウントVisit Hidatakayamaで、「高山の輝く人たち」をテーマに、事業者から観光客への英語メッセージつきの写真公開を始めた。すると、1コンテンツ最大8万ビュー集めたほか、多くの外国人の方からの高山を想うコメントも寄せられた。そして情報発信を始めた5月末から現在まで、SNSやYoutube動画などあわせて閲覧数は130万を超えた。
現在は、音やBGMなどを活用してより高山を具体的にイメージでき、行きたいと思ってもらえるような動画へのリニューアルや、SNSやYoutubeなどで発信する高山の情報を1カ所に集めて見やすくするプラットフォームの構築にも取り組んでおり、今後はオンライン広告出稿などを通じてプラットフォームへの導線を作っていく。高山市ではこれらの施策に、当初予定していた事業予算を組み替える形で計2400万円を確保した。
また、入国制限が段階的に解除された時点で始める予定のPlanningアクションのフェーズでは、実際に高山への訪問を具体的に計画してもらうべく、オンラインでのプロモーションセミナーや旅行会社と連携した営業、メディアや旅行招聘、旅行博なども再開する。
なお、Welcomigアクションでは、実際に訪問した際の満足度向上に向けた施策として、伝統や文化など高山の魅力や価値を、外国人に分かりやすくより詳しく伝えるためのコンテンツ整備や、病気や災害など緊急時の体制を整え、安心・安全に旅行できる環境をしようと、民間事業者と連携して取り組んでいる。
コロナ禍でも手を止めずインバウンド施策に取り組み続ける理由
3つのアクションによる需要喚起や満足度向上施策のほか、アフターコロナを見据え、ITの活用、分散化、観光関連のサービスや商品の高付加価値化による産業自体の体質強化、域外からの来訪者に抱く抵抗感・不安感の払拭、異文化・多文化共生意識の醸成などにも取り組んでいく。
インバウンド客ほぼゼロという状態の中、インバウンド事業縮小や撤退という動きもみられるが、高山市ではもともと、2019年の時点でもインバウンドがピークを迎えたという認識は持っておらず、今後も伸びしろのある市場と捉えていた。一方の日本市場はというと、少子高齢化や人口減少などに直面しており、国内観光はすでにピークを過ぎたという認識があり、インバウンドはコロナ禍関係なく必要な施策と考え取り組んでいる。
田中氏は「こういった施策は、実はコロナに関係なく普段から必要ということを、この機会に教えてもらった。ある意味ではチャンス。今だからこそ出来ることを皆が考えて意見を出し合い対策をとる正念場ではないか」と話す。
なぜ海外戦略の取り組みを続けるのかという原点に立ち返る
最後に、海外戦略を行う意義について「外貨獲得を通じて高山の地域経済活性化に繋げることは大切。ただし、経済的な意味合いだけでなく、国籍や民族が異なる人との違いを互いに認識し、多文化共生への意識を醸成することもある」という。
特に、今回のような外から人を受け入れることへの抵抗感が強い今こそ、改めて、市民にとって、外国人を受け入れることがなぜ必要なのか、どういう意味があるのか、理解を得ることが、海外戦略を長く続けるためには大切だと改めて強調する。
市民にとってインバウンドの意義、それは先ほど述べたように、異文化を持つ外国の方を受け入れることがやりがいや喜びに繋がること。つまり、自分たちの地域を見つめなおすきっかけになり、それが魅力や価値の再発見、アイデンティティの確立に繋がることだ。
これは、市民にサービスを提供する行政という立場だからこそできることと共に、地域の事業者の後押しをする存在として、今後も高山市が海外戦略を軸に遇直に取り組みを進めていくとして締めた。
【登壇者プロフィール】
高山市 海外戦略部長 田中 明 氏
岐阜県県高山市生まれ。大学を卒業後、都内商社に勤務し貿易を担当。1987年、高山市役所入所。16年間の国際交流担当を経た後、教育委員会、久々野支所次長、地域振興室長(課長級)、地域政策課長を務め、2011年4月より海外戦略部門の部長を務める(うち2017年4月から2年間は企画部長)。
【モデレーター】
株式会社やまとごころ やまとごころ.jp 編集部 堀内 祐香
兵庫県出身。大学卒業後、大手メーカーの海外営業を経て、2015年に入社。百貨店や商業施設のインバウンド対応支援およびインバウンド戦略立案のコンサルティング事業を経て、2017年よりやまとごころ.jp編集部へ。ポータルサイト中心だったやまとごころjpのオリジナルニュースやデータインバウンド、インバウンド事業者向けインタビューなどコンテンツの充実化を進める。現在は新しい動きをする観光事業者向け取材とインタビューを中心に手掛ける。
【開催概要】
withコロナ時代の観光戦略 Vol.18 コロナ禍における地方都市・飛騨高山のインバウンドへの挑戦
日時:2020年11月20日(金) 15:00-16:00
会場:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆観光再生 第2弾〜小売・インバウンドにおける再生を考える〜
2020年12月4日(金)15:00~16:00
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