インバウンドコラム

【現地視察レポート】中東初 ドバイ万博、世界の観光地は訪問者に何を訴求しているのか?

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富裕層が多いことで知られる中東市場。訪日旅行の一人当たりの平均消費額は約67万円(JNTO中東市場調査)、全体平均の15万円と比較して4倍以上の差があるとされ、JNTOは近年中東エリアを重点市場と定め積極的にプロモーションに取り組んできた。

訪日客数は少ないため日本ではまだなじみが薄いものの、上記の理由から世界中が注目しているのが中東市場だ。その地の一つ、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでは、昨年10月より万博(国際博覧会)が開催されている。

今回は、現地訪問レポートを通じて、世界各国・地域が、ドバイ万博で人々に何をどのように訴求しているのかを紹介する。2025年に日本で開催される大阪・関西万博のヒントにもなるのではないだろうか。

 

 

1年遅れ開催のドバイ万博、国内外から多くの人が来場

「2020年ドバイ国際博覧会(EXPO 2020 Dubai)」(以下「ドバイ万博」)は、新型コロナウイルス感染症の影響で当初の予定から1年延期となり、2021年10月1日に開幕。2022年3月31日まで開催されている。

今回のテーマは「心をつなぎ、未来を創る(Connecting Minds, Creating the Future)」で、192の国と地域が参加。438ヘクタール(東京ディズニーリゾートの4倍以上)の会場は、サブテーマでもある「モビリティ」「オポチュニティ」「サステナビリティ」の名を冠した3つのエリアから構成されている。当初、会期中の想定入場者は約2500万人、7割は国外と予想されていたが、実際はコロナ禍でインバウンド客は3割未満にとどまっているため、入場者総数に影響が出る可能性もありそうだ。

筆者は昨年10月と11月に訪れたのだが、コロナ禍にも関わらず会場で欧米人を中心に国外からの来場者を多く見かけた。現地では空港をはじめ、屋内外を問わずあちこちでドバイ万博の広告が出され、力の入れようが伝わってくる。

 

入場にはワクチン接種証明書もしくはPCR検査陰性証明書が必要となる。会場内はスタッフによるチェックの他、自動パトロールロボットが巡回を行っている。

会期中は国内外の有名アーティストによるコンサート、シーズンごとのイベント、様々なテーマに基づいたセミナーなど、毎月数千の催しが開催されている。これらの一部は公式サイトおよびYouTubeで視聴可能なExpo TV、バーチャルドバイ万博でも閲覧可能である。

 

ドバイ万博最大規模のUAE館、待ち時間も楽しめる工夫が

ドバイ万博のパビリオンの中で最大規模であり、かつ最も人気のあるパビリオンは、開催国のUAE(アラブ首長国連邦)館と、世界最大のインタラクティブ・ライティングフロアなどギネス世界記録を複数達成したサウジアラビア館である。

UAE館は、鷹狩りや貴重な食料として、アラブの遊牧民であるベドウィンの生活を支えてきたハヤブサを模している。28の羽は可動式で、3階建てのパビリオンとなっている。入場ゲートをくぐり敷地内に入ってからも待ち時間はあるが、待機スペースにはアラブ首長国連邦の伝統的な織物や家具などが設置されており、それらを見たり写真を撮ったりしながら待つことができる。

館内には本物の砂漠の砂が持ち込まれ、アラブ首長国連邦の歴史や風景などが映し出される。シアターではUAE館のテーマ「The land of dreamers who do(夢見るものたちの土地)」に沿ったショートムービーを上映。可動式の座席はエレベータの機能も果たしており、1階からスタートした入場者たちが上映中にいつの間にか最上階に辿り着いているというサプライズが待っている。

 

ギネス世界記録を複数達成、まるでテーマパークのサウジアラビア館

サウジアラビア館は地面から突き出たような形がひときわ目を引く。行列ができることもあるが、回転率は高く待ち時間は比較的短い。入場を待つ間も世界最大のLEDスクリーンに映し出される映像を楽しむことができる。

館内はまるでテーマパークのようで、エスカレーターでの移動中を含め全館を通じてサウジアラビアの自然、文化、伝統、祭り、社会、そして未来への構想を見ることができる。スクリーンで映像を流すパビリオンは他にも多々あるが、足元にも巨大なスクリーンを設置するなどインパクトが強く、直径約30メートルの巨大なバーチャル球体など規模も突出している。

ショップは入館せずとも利用することができ、サウジアラビア各地のアラビックコーヒーやスイーツ、アイスクリームなども楽しむことができる。

サウジアラビアでは2019年9月より観光ビザが解禁されたこともあり、観光客誘致に注力していることが強く感じられる。会期中に開催されるイベントも1800以上に及ぶ。Expo 2020駅を含むドバイメトロの駅や空港などでも「Visit Saudi」の広告を展開していた。

 

大行列のあまり入場断念する人続出、日本館の実態

日本館は「Where ideas meet アイディアの出会い」をテーマに、最新のテクノロジーを活用した6つの展示エリアから構成される。敷地内にあるスシロードバイ万博店では現地に合わせたメニューも提供されており、日本館共々毎日のように行列ができている。なお、ジャパンデーはオミクロン株の影響により、日本からの渡航中止など大幅に規模を縮小しての実施となった。


▲日本館の外観

中東地域で最も多い旅行スタイルは家族旅行である。となれば、この機会に日本館を通じて日本について知り、次の旅行先として興味を持っていただきたいところだが、実際の訪問およびヒアリングの結果、日本館に入るには以下に示す3つのハードルがあった。これにより入場自体を諦め、他のパビリオンへ移った人が非常に多かった。特に中東地域からの訪日旅行最重要ターゲットである子連れの家族にそれが顕著だった。

1.待ち時間の長さ、長いときは2~3時間になることも
2.待機スペースは日本館側面の無機質な壁の隣、待ち時間に楽しめるコンテンツが無い
3.60分というツアーの長さ


▲待機スペース、ここでも日本を味わえるコンテンツを用意するなど改良の余地はあることを感じた

日本館は1グループ最大30人のツアー形式を採用しており、1時間に3グループのツアーが実施される。日本では行列が人気を測るバロメーターとして報道されがちだが、仕組み上行列ができやすく、実際の入場者数は決して多いとは言えない。10時間という開館時間を考慮すると、1日最大900人、30日で2万7000人であり、これにVIPゲストを追加してもそこまで数は伸びない。UAE館やサウジアラビア館が100万人、200万人と記録を更新し、クウェート館やブラジル館などがそれに続く中で、「行列の有無」ではなく「入場者の実数」で比較すると日本館のランキングはむしろ低い方に位置する。

 

日本館での展示や体験は、アラブの人たちに伝わったのか?

もちろん、数を追うより、少ない人数であったとしても入場者の理解の深さなど「質」を追うという考え方もあるだろう。そこで、実際に日本館のツアーに参加した人に率直な感想を聞くと、「綺麗だったが、内容はイマイチよく分からなかった」という声が多かった。確かに、日本館は他のパビリオンに比べ、情報と指示の多さが突出していたように感じる。専用端末では小さい文字で随時説明や指示が出されるが、目の前の映像や展示に合わせて使いこなせる人は少ないように感じられた。アテンダントがサポートしてくれるのはありがたいが、端末の使い方や次のエリアへの移動を叫びながら指示することも多く、綺麗な映像を見ながら情緒を感じたい時にはあまり心地良いものではなかった。

 
▲こうした端末を短時間で使いこなして楽しむのは、難易度が高い

60分間にわたる集団行動を含め、これらは特にアラブ人にとってはハードルの高い仕組みであったと思う。日本に関する予備知識がなければ、何を意図しているか分かりにくいものもあった。もっとシンプルなものにすれば伝わっただろう内容が、凝り過ぎたあまり複雑になり、伝わらなかったという印象がある。

「何を伝えたいか」も大事だが、相手の立場に立ち、「どうすれば分かりやすいか」「どうすれば伝わるか」を考えることの大切さも痛感した。日本館では、日本は昔から今に至るまで素晴らしいもので溢れていると改めて実感しただけに、この点については残念に思う。

▲日本館の中、展示は美しかった

また、ドバイ万博の次の大阪・関西万博は、残念ながら現地の日本好きコミュニティの中でさえほとんど認知度が無かった。日本館の最後には大阪・関西万博を紹介するエリアがあるが、これは入場できなければ見ることができない。屋外では入場直後の通路脇の壁にロゴがあるが、奥まったところにあり、外から日本館を撮影しても見えない。入場を諦め、せめて日本館の前で記念写真をという人がいたが、できればそこで見える形にしていただきたかった。


▲日本館の様子

 

「サステナビリティ」に沿った独自の展開をするドイツとイタリア

他国のパビリオンに関しては、ドバイ万博のテーマに沿った展示から独自の展開をしているところまで実に様々である。日本館と同様にグループでのツアー形式を採用しているドイツ館は、「Campus Germany」と冠してパビリオン全体をサステナビリティについて学ぶ学校に見立てている。館内ではドイツらしい展示はそこまで見られない。ただし入場前の通路ではパネルやモニターなどでドイツ各地の情報が見られるようになっている。

 

プラスチックをリサイクルして作られたロープで覆われたイタリア館もサステナビリティを重視しており、その中でイタリアのハイブランドのアート作品や観光名所の展示がされている。1月にはイタリア館がホストとなり、サステナブルツーリズムやデジタルなどについてディスカッションするTravel & Connectivity weekが開催された。

 

観光・移住誘致に向けたタイの展示も注目、東・東南アジアのパビリオンも

マレーシア館は、他の多くのパビリオン同様、スクリーンで景色を流すスタイルだが、イベントステージでマレーシア各地の観光名所と「Malaysia truly Asia」のテーマソングが流れ、それに合わせて民族衣装を着たマレーシア人スタッフが伝統的な踊りを披露する。このように屋外のステージを活用するパビリオンが多々あった。

 

韓国は日本館と同様スマートフォン型の端末を採用。ARを活用し、韓国の現在と未来の技術を体験できるようになっている。ステージでは現地で人気のK-popのダンスなど様々なパフォーマンスが披露されている。K-popだけでなく、化粧品のK-beauty、食のK-foodなど、韓国が中東向けの訴求に注力するコンテンツが揃っている。

また、韓国は1月16日から18日までドバイ万博会場内のドバイ・エキシビジョンセンターでKorea Travel Fair 2022を開催し、1月17日にはパラッツォヴェルサーチドバイで現地旅行事業者およびメディア向けのKorea Tourism Showを実施した。

 

 なお、観光客および移住者誘致に最も力を入れていると感じられたのはタイ館である。エリアごとに様々な形状のスクリーンや仕掛けで、タイのイメージムービーや各地の様子、世界からの移住者のコメントなどを見ることができる。各パビリオンにはドバイ万博の専用パスポート用のスタンプが設置されているが、タイはこのスタンプのデザインを毎月変更し、リピーターを誘発するようにもしていた。

 

 

大阪・関西万博を見据え、ドバイ万博から学べることは?

ドバイ万博において、観光、テクノロジー、サステナビリティなど各国が訴求するものは様々であったが、それを入場者にどう伝えるかに関しては、工夫を感じるところとそうでないところ、分かりやすいところとそうでないところがあった。特に、未来の技術やSDGs、サステナビリティに関する展示は、国は違えど似通ってくる印象を受けた。大きなスクリーンも最初は驚くが、多くのパビリオンで同様のものが設置されており、連続して見た後はどうしても慣れや飽きを感じてしまう。また、次々とパビリオンを回りながら一度に大量の情報を目にするため、印象に残るものでなければ記憶も埋もれがちとなる。

UAE館やタイ館のように映像に合わせて床や座席が動き、光や水が出たりするものなど、体感を伴ったコンテンツは印象に残りやすい。アトラクションのように楽しめるため、何度も足を運ぶリピーターも多い。個人的に総合点が最も高かったのはサウジアラビア館である。ギネス世界記録を獲得した設備もひときわ印象に残ったが、エスカレーターでの移動中を含め全館を通してエンターテインメント性が高く、楽しみながらサウジアラビアの様々な面を知ることができた。

▲様々な工夫がこなされたサウジアラビア館は、大勢の人たちでにぎわっていた

万博全体のテーマ、サブテーマはあれど、自国として誰に何を訴求するのか、どうすればそれが相手に伝わり、その後のどういった行動に繋がるのか。数多くのパビリオンがある中で、どうすればより印象に残るのか。ドバイ万博では各パビリオンで様々なヒントを得られ、勉強になることも多かった。コロナ禍でなければ、日本からも多くの人に訪れていただきたかったところである。

 

株式会社ジェイ・リンクス 代表取締役 金馬(きんば)あゆみ

アルゼンチンでの日本語教師や帰国後の貿易商社での海外営業を経て、2008年に株式会社ジェイ・リンクスを設立。湾岸諸国を中心とした中東地域を主な対象とし、インバウンド事業、輸出事業、イベント事業などを手掛ける。近年は現地でのプロモーションや、現地ネットワークと現場の一次情報を生かした現地調査サポートおよびアドバイザリー業務なども行っている。

 

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