インバウンドコラム
2023年3月7日より3日間、3年ぶりにドイツ・ベルリンにて世界最大の国際旅行博「ITB Berlin2023」がオンサイトで開催された。これにあわせて、3年ぶりの海外渡航でヨーロッパを訪問した株式会社美ら地球代表取締役の山田拓氏。旅行博でのブースや各イベントの様子を見聞きしたり、海外の旅行会社と商談するなかで、大きく2つのことを感じたという。1つは、日本への注目度や期待値の高さと訪日旅行の需要の大きさ。もう1つは、コロナ禍を経て急速に変化する世界のトレンドと日本の現状に乖離があるのではないかということだ。
山田氏がヨーロッパ訪問で実感した世界と日本の旅行のギャップや、中長期を見据え、日本は今、世界へ何を発信していくべきか、現地で感じたことをレポートする。
最大規模の国際旅行博「ITB Berlin」3年ぶりリアル開催
今年、メッセベルリンで開催されたITB Berlin(2021年と2022年はHP上のバーチャルイベントとして開催)。2019年のパンデミック前には、181カ国から1万団体が出展し、約16万人(業界関係者11万人、一般来場者5万人)が参加した世界最大の国際旅行博である。2023年は週末の一般公開がなく、BtoBに特化した3日間のみの開催だったが、180カ国以上から約9万人が参加。出展は161カ国から約5500件で、海外からの参加割合は2019年の50%から70%に増えたという。世界の旅行業界におけるポストコロナへの積極的な姿勢がうかがえるものだった。
「暮らしを旅する」をテーマに、アクティビティ、宿泊の統合サービスを通じて飛騨の暮らしを伝えるSATOYAMA EXPERIENCEを運営する弊社は今回ブース出展をせず、いち参加者としてHPから登録した(費用は3日間で150ユーロ)。半分ほどはアポイントを取っていったが、アポイントなしでも空いていればブースでの商談は可能だ。実は弊社と取引のあるロンドンのエージェントは1社もITBに行ってない。旅慣れてこだわりのある顧客を持つエージェントは、ITBは大規模すぎてコンセプトが総花的という風に感じているようだった。
訪日需要は旺盛も、おとなしさを感じる日本ブース
ITBに先がけて付き合いのあるロンドンのエージェントを訪問した際、入国規制緩和後の訪日熱は高く感じたものの、ITBの日本ブースにおいては、その熱があまり感じられない状態であった。デザインは10年近く前のロンドンの展示会時と変化がないように見えたし、各社ブースは「担当者のみが座っている」という状況が比較的多く見受けられた。
▲ITBベルリンでの日本ブースの様子
諸外国は、この数年でアピールの仕方を大きく変えており、ブースでもかなり活発に商談が行われていた。一方で日本ブースの造りや装飾は、桜、富士山、京都など有名どころの写真を並べてはいるものの、何を伝えたいのか、一目でわかる一貫したメッセージを感じずらいように見えた。
例えば韓国は日本の3倍ほどのスペースを使うなど、積極的にアピールしているアジア勢も見受けられた。それと比べても、日本は3年近くにわたる厳格な水際対策を緩和し、本格的なインバウンド再開後間もないタイミングだったにもかかわらず、歓迎の熱量があまり感じられなかった。
変化する旅行トレンド「どこに行くか」より「何を得られるか」
グローバルな旅の訴求ポイントは明らかに変わっている。「何を見に行くか」ではなく「そこで過ごせば何を得られるか」である。それに伴い、ブースの表現もただ観光スポットを並べるのではなく、コンセプトをアピールするデスティネーションが多かった。今の旅行者に求められるウェルネス、自然、サステナビリティといった本質をとらえたテーマを打ち出し、そこでの体験にフォーカスするようになっている。
▲キリンのオブジェが印象的なタンザニアブース
たとえばドイツなら教会を強調するといった形ではなく、全面に掲げるのはクオリティ・オブ・ライフ。ペルーのブースですらマチュピチュを全面に出してはいない。
ブースが印象的で商談も活発に行われているように見えたのは、ボツワナやタンザニアだった。キリマンジャロにおける野生動物や自然、マサイ族などに加え、そこにラグジュアリーテントといった滞在の快適性も打ち出して、ダイバーシティな魅力を訴求していた。
世界のブースを前に、日本の展示に対しては、こうした旅のトレンドを捉えられていないのではないかと危機感を覚えたほどだ。
▲アドベンチャーで訴求するボツワナ
世界的に盛り上がるアドベンチャートラベル、日本人参加者は数人のみ
ITB内で開催していたイベントで私が参加したのは、サステナブルツーリズムとアドベンチャートラベルだった。サステナブルは、トピックスとしてはとても盛り上がっていたが、世界中のツーリズムをすべてサステナブルにするのは難しいという現実的な議論もなされていたのは興味深かった。
また、特に印象的だったのは、世界的な潮流でもあるアドベンチャートラベルのイベント。今年9月に北海道で開催される国際的イベント、アドベンチャー・トラベル・ワールドサミットATWSに先立ち、ITBで「アドベンチャー・コネクト」というミニイベントが開催された。そこで、業界団体であるATTA(Adventure Travel Trade Association)のCEOシャノン・ストーウェル氏がファシリテーターを務め、スイスのルガーノの観光局や、アドベンチャー専業の旅行会社、Gアドベンチャーズの役員、アプリ開発企業、南米のアドベンチャーコンテンツを提供する会社などが登壇。アドベンチャートラベルの役割、理想の姿として、ローカルエコノミーにいかに寄与できるかといったサステナビリティに関する議論がされていて、立ち見が出るほどの人気だった。疑問に思ったのは、北海道が今年9月アジア初のサミット開催地に選ばれているにも関わらず、サミット主催団体のメンバーを見かけなかったことだ。
▲アドベンチャートラベルのミニイベントの様子。9月には日本に上陸するにもかかわらず、日本人は私+数名のみだった
今年2月に東京で開催されたアドベンチャーコネクトで、ATTAアジア統括が「数あるコネクトの中でも、ITBでのコネクトは規模が多く大勢の人が集まるので、行くべき」と話していたにもかかわらずだ。ここに北海道サミット関係者がパネラーとして登壇し、北海道へのウェルカム感を見せられたら良かったのではと感じるシーンだった。
円安も追い風、直近の訪日問い合わせ殺到でも…
3月上旬のタイミングで、海外のエージェントから聞いたのは、来年ではなく今年の春に桜を見に訪日したいという話だった。エージェントには4月のブッキング希望や問い合わせが直前まで多数きており、彼らも訪日対応できる人を積極的に採用している。こうした日本の需要の大きさはポジティブなものとして感じられた。
ただ、今は日本が門戸を開けたばかりというのと、物価高の影響で2リットルの水が500円もするヨーロッパに比して「円安でのさらなるお得感」が、日本にとって追い風であることを、改めて認識する必要もあるのではないか。
▲近くのコンビニで購入したある日の朝食、軽く1000円を超える
短期的に見て訪日ニーズは底堅く、突然減ることはないだろうが、今後の課題は、長期的な視点をもって将来への仕込みをすることではないか。 本来2021年3月に改定される予定だった政府の観光立国推進基本計画が、この3月にようやく6年ぶりに改訂された。また、政策のスピード性を重視したのか、毎年策定されていた観光ビジョン実現プログラムは2020年版以降、観光庁のHP上には掲載されていない。 コロナ禍の空白の2年の間、経済対策や、観光業界向けに商品磨き上げの補助事業などは多数実施されていた。 ただ、世界のトレンドを見て日本をどう売っていくか、ブランディングやプロモーションなどが明確なグローバル戦略に基づいた動きとなっているのだろうか。今、日本がすべきことは、世界のデスティネーションのなかで日本のポジションをきちんと作って、旅行者のニーズに合わせたユニークな滞在価値を提供することだと思う。
中長期を見据えて、今、なにをすべきか
今回ヨーロッパに滞在して感じたことがある。まずは、日本の外を見ることが大事だということ。私自身も3年ぶりの海外渡航だったわけで、今はまだ、日本人が海外に出て行けていない。来る人を迎えるだけでなく、自ら足を運び、世界がどうなっているか見てくることが大事だと痛感した。今回は5日間というタイトなスケジュールだったが、非常に多くのいろいろな刺激を得ることができた。
▲ITB Berlinの会場となったMESSE BERLIN
また、私自身もコロナの3年間を振り返り、プロデュースしているSATOYAMA EXPERIENCE を含めて日本が世界に目を向けた時に、きちんとやるべきことに取り組んだのか改めてチェックをするべきではと感じた。今は、海外から来る人の対応に忙殺されている人が大多数かもしれないが、日本を訪れた人の声に耳を傾けて、彼らの声を今後に生かすことができるかが重要だ。例えば、「日本に来てどう感じたか」をどれくらいの人に聞けるか。「リピートしますか」という再訪意向だけでなく「他の方にも薦められますか?」という推奨意向も聞いてみる。よりハードルの高い「他の人への推奨意向」を聞くこと、これは誰でもできるはずだ。将来を見据えて、今できることにフォーカスし、目の前のチャンスを最大限に生かすことが大切だと思う。
【プロフィール】
株式会社美ら地球CEO 山田 拓氏
株式会社プライスウォーターハウス・コンサルタント(現:IBM)にて多くのグローバル企業の企業変⾰⽀援に従事。退職後、⾜かけ2年29カ国にわたる世界放浪の旅に出発。2007年「クールな⽥舎をプロデュースする」株式会社美ら地球を⾶騨古川に設⽴。⾃らの旅⼈経験を活かし、⾥⼭や⺠家など地域資源を活⽤したツーリズムを推進。近年は、地⽅部各地でのツーリズム・ビジネスの⽴上げ⽀援や⼈材育成プロジェクトに従事。内閣府地域活性化伝道師、総務省地域⼒創造アドバイザー、観光庁持続可能な観光指標に関する検討会委員。著書『外国⼈が熱狂するクールな⽥舎の作り⽅』。
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