インバウンドコラム
石川県内のサステナブルツーリズムを考えるセミナーが11月8日、金沢市内で開催された。金沢を拠点に訪日客向けの着地型文化体験ツアー事業を手掛ける株式会社こはくと、北陸3県を中心に地域振興コンサルタントおよびシンクタンクとして活動する株式会社計画情報研究所の共催で、2023年6月に続く第2回目。セミナーを通じてサステナブルツーリズムの「今」を発信し、県内全域でサステナブルツーリズムの実践者を増やし、事業者同士の緩やかなネットワークをつくることを目ざしている。
国際基準による、サステナビリティを意識したマネジメントの重要性
第一部では、一般社団法人JARTA代表で、観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザーも務める高山傑氏が「観光の光と影」というタイトルで講義を行った。高山氏はオーバーツーリズムが各地で様々な問題を引き起こしてきた歴史を紹介。「今後、地域住民の意見が入っていない観光政策や観光計画というものは国際的に見てありえない。また地域の伝統や景観を継承するには5年や10年など短期的な『将来』ではなく、50年、100年という長いスパンで考えていく必要がある。国連が推奨する国際基準や認証制度を活用し、社会経済、文化、環境の3分野でサステナビリティを意識したマネジメントに、まず自分たちが取り組むことが大事」と説いた。
サステナブルツーリズムの認証制度には、GSTC(Global Sustainable Tourism Council)が提唱する各種基準、グリーンキー、トラベライフ、グリーンディスティネーションズ、サクラクオリティなどがある。いずれもGSTCの基準に準拠しており、GSTCの最低必須項目をカバーする必要があるが、認証を受けることで国際的にも「サステナビリティが担保されている」ことをPRできるメリットがある。
高山氏は「特にグリーンディスティネーションズの『TOP100選』は、日本の自治体が最初に目指す国際的に認識されるエコマークだが、取得後もその位置に留まることなく、さらに上のレベルのアワードや認証取得を目指してもらいたい。観光立国推進基本計画において2025年度末までに持続可能な観光地域づくりに取り組む地域の数を100(うち国際認証・表彰地域50)とすることを目標としているので、各自治体にとっては助成金を得やすいタイミングでもある。なるべく早く、行政と地域の事業者が両輪で動いていく仕組みを作ることが大切」と説明した。
「意識すべきは『観光のための地域づくりか、それとも地域のための観光か?』ということ。もはや、一過性のブームによって観光地を作るのではなく、地域のルーツや、人の思いに観光が寄り添う形で地域づくりをやっていただきたい」と語った。
様々な社会問題にフォーカスする、珠洲市の「ホースコーチング」
第二部では「県内実践者からのインプット」と題して、石川県内の3事業者から活動報告が行われた。珠洲(すず)市からは、競馬の引退馬を活用したツーリズムに取り組む、みんなの馬株式会社のCEO足袋抜(たびぬき)豪氏が登壇。同氏によると、競走馬は3歳の夏までに1勝できなければ引退となるため、毎年約5000頭が引退となり、その大半が殺処分されているとのこと。同社では引退馬に新たな価値を与えることでその命を救い、人を呼び込むことで、地域にもプラスになる仕組みづくりを目指している。
事業の柱は、馬主から預かった馬を運動、調教する「預託事業」、会員を募り、会員限定のイベントなどを行う「会員制度事業」、馬を使った研修を行う「ホースコーチング事業」、修学旅行、ファームステイなどを受け入れる「ツーリズム事業」の4本だ。現在は珠洲市の遊休施設を使い、5頭の馬を管理しているが、2024年以降は珠洲市とJRAとの連携強化により馬の数を増やす計画があるため、施設のアップデートや牧場の整備も進めている。
▲「馬とチームビルディング」のプログラムでは、状況に合わせて課題設定を行い、馬1頭と参加者2~3名が一緒に歩く
ホースコーチングは欧米の大学、ビジネススクールで提唱されたプログラムで、日本では北海道や滋賀などで実施されている。「馬は写し鏡のように、接する人の行動や本質的な部分によって反応が変わるため、馬と一緒に歩くだけで、その人、そのチームのリーダーシップやマネジメント能力などがわかる。ターゲットや目的に応じて様々な手法があるが、参加者個人の課題が浮き彫りになるのが最大の特徴」(足袋抜氏)。
ただし競走馬は一般的に気性が荒いため、馬のリトレーニングが必要となる。同社では木々の多い、自然に近い環境で馬を放牧し、馬のストレスを軽減しているという。「サステナビリティと言う観点では、地域資源を活用するのも大切なこと。殺処分という馬の課題、VUCAの時代に迷走する企業や人の課題、高齢化、過疎化という地域の課題などに対してサステナブルツーリズムを用いながら、みんなが元気になれる仕組みをビジネスとして作っていきたい」と足袋抜氏は話す。
白山手取川ジオパークを巡るサイクリングツアーが2024年春スタート
白山手取川ジオパーク公認観光ガイドの越村浩史氏は、2024年4月から開始予定の「白山手取川ジオパークサイクリングツアー」の紹介を行った。白山市は市内全域がジオパークに認定されており、2023年5月には国内で10番目となるユネスコ世界ジオパークにも認定されている。一方、石川県ではかねてから「いしかわ里山里海サイクリングルート」と名付けて、県内のサイクリングルートの整備を行っており、国土交通省の「ナショナルサイクルルート」に指定されることを目指している。そうした状況を踏まえ、白山市でも官民連携のもと、ジオパークの魅力を伝えるサイクリングツアーの事業化が進んでいる。
▲鉄道の廃線跡を利用したサイクリングツアー
白山市の玄関口、鶴来(つるぎ)駅は金沢から北陸鉄道石川線で約30分と利便性が良いことから、旅行者が鶴来駅を基点にレンタサイクルで市内を巡ることを想定した。地元の自転車愛好家の団体「白山ジオライド推進協議会」と株式会社Kurocoがレンタサイクルの窓口「e-CRUTTTO(e-くるっっっと)」を開設し、4月から営業を開始する。サイクリングコースは4コースを用意。手取川の流れに沿って自然を楽しむだけでなく、白山の信仰、また扇状地に網の目のように広がる七ケ用水など人々が築いたものにも焦点を当て、地域の魅力を伝える内容とした。またサイクリングガイド同行で、地域の人との交流を楽しむツアーも検討している。
インバウンド対策としてはサイクリングが盛んな台湾をターゲットに据え、「白山ジオライド推進協議会」が台湾のサイクリング協会との交流を進めているほか、繁体字でのパンフレットも作成した。「ジオパークの認知度アップ、ガイドの育成、出発とゴールの場所が違う場合の自転車の運搬や回収、自転車故障時のレスキュー体制などの課題はあるが、サイクリングツアーはアクティビティ、自然、文化体験などを楽しめ、地域資源の保護と活用が両立でき、ローカル経済にも貢献できるもの。地元としても大いに期待している」と越村氏は話す。
金沢らしい体験ツアーを訪日客向けに提供するこはくがこだわる「3つのポイント」
最後に登壇したのは株式会社こはく代表取締役、山田滋彦氏だ。同社は2019年からインバウンド客を対象にした金沢市内の着地型観光事業を開始。「金沢市民の台所」と称される近江町市場で旬の食材を買い、市内の古民家を改装した体験スタジオで和食作りを体験するツアーに代表される、金沢らしさ満載のツアーが人気を集めている。
▲和食づくり体験ツアーの様子
山田氏はサステナブルツアーに取り組む中で重視することとして、次の3つを挙げる。「1つは、地域のための観光であること。2つ目は地域にきちんとお金が落ちるサービスや仕掛けを作っていくこと、3つ目は適正価格で旅行商品を販売すること。この3つを同時に実現していくことが大事」
こはくでは地域の商店からの仕入れを優先し、商店の希望価格で仕入れ、地域の食文化を継承している商店を応援していくこと、地域の特色ある商品や伝統工芸品を旅行者に積極的に紹介することを心がけている。和食づくり体験ツアーで利用する器は、九谷焼、金沢漆器、輪島塗など伝統工芸品を利用している。またツアーで体験スタジオとして利用する金澤町家「IN KANAZAWA HOUSE」は、金沢らしい町並みを残すことを意識し、同社が改修を行ったものだ。金沢市では毎年100件以上の金澤町家が解体されており、古い街並みが変わりつつある。こうした姿勢は、サステナブルツーリズムを重視する欧米豪の旅行会社からも高く評価され、コロナ後はそうした旅行会社からの送客が全体の8割を占めるようになったという。
同社は10月、国連世界観光機関(UNWTO)の「世界観光倫理憲章」に署名しており、またトラベライフのパートナー会員としての審査も受けている。山田氏は、こうした署名や認証への挑戦はサステナブルツーリズムに取り組んでいることを対外的に発信する手段になるだけでなく、自分たち自身も活動の方向性を確認でき、活動に客観性を持たせることができると話す。「さらに欧米の旅行会社はサステナブルな取り組みをしているかどうかという観点で取引先を選ぶので、審査を受けていることで取引先の開拓にも繋がっている。自分たちのような中小企業にとって、認証制度への挑戦はハードルが高いものだが、私の場合は古民家が好きで古民家を守るための活動を行っていたことが結果的に、良い評価につながっている。自分たちが興味関心のあるもの、その地域のために何が必要かという観点で、ある程度取り組みを絞っていくことで実績は作れると思う」と、参加者に認証制度への挑戦を呼びかけた。
観光が地域に貢献する仕組みづくりが求められる時代に
第三部では、参加者が2つのグループに分かれ、金沢市の観光パンフレットに掲載されているモデルコースを題材に、ツアーを催行した場合の収益を増やす方法を議論した。ツアーに関してはレンタル着物や写真撮影、地域の人や専門家との交流、ツアーのカスタマイズ、臨機応変に情報を提供できるガイドの重要性などの意見が出たほか、パンフレットの改善点としては、金沢の特徴をわかりやすく伝えるための写真の使い方、テーマの切り口、観光スポットの魅力や楽しみ方を深堀りした情報、オプションの追加などの案が発表された。
高山氏は「地域のための観光にするには、地域の人が『観光客に来てもらって良かった』と思える仕掛けが必要になる。海外では、宿泊税を街の美観を守る活動など市民が享受できる行政サービスなどに転嫁する、あるいは旅行会社をスクリーニングし、地域に貢献してくれる観光を行ってくれる旅行会社を選ぶ傾向にある。今後は日本においても、地域の人の声を吸い上げて、地域のためになる仕組みを作っていくデスティネーション・マネージメントが求められていく。課題に対して何ができるか、できないのはなぜなのか、アクションベースで考えPDCAを回すためのマネジメントを行っていただきたい」と総括した。
今回のセミナーの共催企業でもある株式会社こはくの山田滋彦氏は、「セミナーの開催を通じて、石川県でのサステナブルツーリズムの実践者が増え、将来的には『石川県といえばサステナブルなデスティネーション』と認知されるまちにしていきたい。その目標のために自分たちも取り組んでいきたい」という。
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