インバウンドコラム
サステナブル・ツーリズムへの世界的な関心の高まりに伴い、観光地や宿泊施設等におけるサステナブルな取り組みに関する国際的な認証への注目も集まっている。東京都と東京観光財団(TCVB)は2024年度に続き2025年度もサステナブル・ツーリズムについての知識や国際基準を詳しく解説する基礎講座を、都内の地域や観光関連事業者を対象として全4回実施する。
第1回は「観光誘客から地域経営へのシフトに必要な地域体制づくり」と題し、自治体と観光事業者が連携し、経済的にも持続可能な観光地域をどのように実現していくかをテーマに行われた。東京都内の2地域からスピーカーを迎え、株式会社東京山側DMC代表取締役の宮入正陽氏からは多摩地域、一般財団法人渋谷区観光協会事務局長の小池ひろよ氏からは渋谷区における地域の人と協力関係を築くためのプロセスや接点の作り方について、事例を交えて講演が行われた。本記事では、講演のポイントを紹介する。
地域の課題解決と旅行者ニーズを両立するのがサステナブル・ツーリズム
最初にサステナブル・トラベルに特化した旅行会社であるTricolage株式会社にて、サステナブル・トラベル・マネジャーを務める藤田愛和氏から説明が行われた。国連世界国際機関・UNツーリズムによるサステナブル・ツーリズムの定義は、訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光だ。これに対し、「多くの旅行者はサステナブル・ツーリズム=環境配慮型というイメージを持っているが、文化資源や自然景観を将来に残す、コミュニティにメリットをもたらすなど社会・経済にも関わると理解している旅行者は少ない」と藤田氏は指摘する。
Booking.comの『Sustainable Travel Report 2025』によると、世界の旅行者の69%が訪れた場所をより良い状態で残し、73%が自分の使ったお金が地域コミュニティに還元されることを望み、77%は現地の文化を代表する本格的な体験を求めている。「旅行者の多くが持つこれらのニーズと、地域の課題解決の両立を叶えるのがサステナブル・ツーリズムと言える」と藤田氏。既に多くの地域で行われているガストロノミーや酒蔵など、あらゆるコンテンツがサステナブル・ツーリズムになりうるとして、「何を」やるかより、「どう」やるかが重要であると強調する。
▼サステナブル認証に関する記事はこちら
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」
地域の高齢者を豊富な資源と捉え、知識を生かして稼げるビジネスモデルを確立
続いて、基調講演を行った株式会社東京山側DMC 代表取締役の宮入正陽(みやいり・まさはる)氏は、東京西部の人口約8万人のあきる野市で自然を生かした体験学習スクール事業を2021年に立ち上げた。3年間で年間約3万人の訪問者を創出、その5割がリピーターとなり、関係人口化・移住・起業へとつながる流れが生まれた。提供するツアーには、都心の子どもたちを対象に自然を地域資源とした体験学習を提供する探求型自然体験学習スクールや、インバウンド向けに地域の文化や自然をアクティビティとして提供するアドベンチャートラベルがある。その他、企業研修などの地域フィールドとしても活用されている。
リピーターが宿に泊まったり、自然体験以外のアクティビティの要望などもあり、結果的に観光と紐づいた。2024年に設立されたまちづくり会社の東京山側DMCの事業対象エリアは、八王子市から青梅市まで拡大している。
宮入氏は「地域の人を雇用し、地域の食材や施設を使うことで地域にお金を落とす仕組みにこだわっている」として、自らの経験から地域づくりには以下の5ステップがあると述べた。
▲東京山側DMCが提供するツアー
1. 地域資源の再評価
地域の風土は油田や鉱脈に例えることができる。採掘費用も販管費も不要で、きちんと掘っていけばキリがなく、47都道府県にある万単位の地域で全く同じものは存在しない。地域住民はその価値に気づきにくいが、まずは地道に掘り起こし、全ての地域資源を棚卸しすることが第一歩となる。
2.地域の意味づけと編集
棚卸しした資源を地質レベルで見ると植生などの自然環境が見えてくる。そこから発生した歴史文化、営みなどの文脈から地域をきちんと解釈し、意味づけを把握した上でストーリー化する。この『編集』作業を経て、体験学習スクールのプログラム向きなのか、インバウンド向けのハイエンド商品向きなのかなどを考える。
3.共創型プログラムの設計
よそ者が突然やってきて、他の地域での成功事例をいろいろ話しても、地域の人たちの同意は得られない。編集した資源をもとに、地域の人たちと一緒にプログラムの設計やまちづくりを行う「共創型」のアプローチが必要となる。
4.人材育成
地域の人をリスペクトし、話を傾聴することが重要で、全てはそこから始まる。地域の人材の強みを生かし、不足部分は他地域との連携で補完することが望ましい。その意味で、各地の資源や人材を組み合わせられる「地域プロデューサー」の育成が本質的に必要とされている。
5.経済循環モデルの実装
少子高齢化の中、高齢者は枯渇どころか豊富な資源という逆張り思考から、あきる野市の高齢者に体験学習スクールの講師を依頼し、年金にプラスアルファの収入が得られる仕組みを作り出した。ただし高齢者は地域の知識はあるが、ファシリテーションやコミュニケーション能力に課題がある方もいるため 、その役割を若手が担う形で世代間の協働が進んでいる。
この5ステップは、どの地域にも応用可能と宮入氏は述べ、「トライアンドエラーを繰り返し、自己責任でリスクを取れる民間のDMCが地域でどんどん生まれれば、DMOと両輪になって地域を巻き込んだサステナブルな地域づくりが実現するのでは」という言葉で講演が締めくくられた。
多様な取り組みに事業者が主体的に参加する サステナブル渋谷プロジェクト
続いて、一般社団法人渋谷区観光協会事務局長の小池ひろよ氏から、渋谷区での取り組みについて発表が行われた。同観光協会では2023年9月に「サステナブル渋谷プロジェクト」を立ち上げ、約150社の会員企業がさまざまな形で参画している。
観光による賑わいを維持しつつ、環境や地域生活との調和を図り、渋谷を“Conscious Travel City”として育てることを目的に、環境・文化・経済の好循環を目指している。取り組みの一例が、食の多様性に取り組んだ「Shibuya Vegan Friendlyマーク」。条件をクリアした区内の飲食店等は無料使用でき、観光協会は該当店舗をGoogleマップなどで集約し、来街者に紹介している。観光協会は、こうした取り組みを支えるために企業や地域団体との連携を取りまとめ、情報発信や仕組みづくりを担うハブの役割を果たしている。
▲Shibuya Vegan Friendlyマークを区内の飲食店などにも広げている
このほか、区内に17カ所ある公共のインクルーシブトイレの清掃体験会や、街中の落書きを消す「clean & art」活動、渋谷区から始まり全国に広がったごみ拾い活動「green bird」、ハロウィンの際のオーバーツーリズム対策や清掃活動などのソーシャルアクションに、地域の事業者や商店会が積極的に参加している事例が紹介された。
小池氏は渋谷区を「行政だけでなく、みんなで何とかしようという機運がある街」と称し、「サステナブル渋谷プロジェクトも、観光協会だけが考えて実行するのではなく、地域のステークホルダーの皆さんと一緒に考えて共に活動していきたい」と述べた。
最後に両氏が登壇したパネルディスカッションで、小池氏は観光協会の役割として「マスマーケティングは事業者に任せ、観光協会は地域の特性を掘り起こして事業者に提示するなど、新しい価値作りをしていきたい」と述べた。宮入氏は地域での巻き込み方について「最初から『みんなでやろう』では何もできず、責任の所在が曖昧になる。初めは単独で取り組み、味方が増えて行政から信用されたら協働する。外から地域に入った時は当然ハレーションも起きるが、それに負けるとイノベーションは起きない」と語った。
<関連リンク>
■東京都・TCVBによる「持続可能な観光」の推進に関する事業について
・「持続可能な観光」セミナー全4回の詳細はこちら
・セミナーアーカイブ動画はこちら
■TCVBサステナブル・ツーリズム・パートナーシップについて
・取組概要はこちら
Sponsored by 東京観光財団
最新記事
-

チリ・パタゴニア開催に見る「地域を巻き込む強い意志」、アドベンチャートラベル・ワールドサミット2025レポート (2025.11.26)
-

宿泊事業者がサステナビリティ認証を取得する意義とは? 世界の最新潮流と東京都の2事例に学ぶ (2025.11.21)
-

旅行会社がサステナブル・ツーリズムに果たす役割とは? 事例に見る具体的な取り組み (2025.10.10)
-

【セミナーレポ】世界のサステナブル認証はいま、どこへ向かうのか? (2025.10.02)
-

【現地レポート】アラビアントラベルマーケット2025に見る中東訪日市場の現在地 (2025.06.18)
-

ブラジル富裕層の訪日旅行は“直前・分割・旅程変更”―ILTMラテンアメリカ現地レポート (2025.06.17)
-

ITBベルリン2025で見えた世界の持続可能な観光の最前線 (2025.04.16)
-

飲食店のグローバルなサステナビリティの基準「FOOD MADE GOODスタンダード」の推進者に聞く、食の持続可能性と観光の未来 (2025.01.17)






