インバウンドコラム

チリ・パタゴニア開催に見る「地域を巻き込む強い意志」、アドベンチャートラベル・ワールドサミット2025レポート

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世界市場で急成長を続けているアドベンチャートラベル(AT)は、地域への経済効果と旅行者の内面的な変化をもたらすとして注目されている。その潮流をけん引する世界最大級のネットワーキングイベント・商談会が、アドベンチャートラベル・ワールドサミット(ATWS)だ。2025年のATWSは、アタカマ砂漠からパタゴニアの氷河まで、多様で壮大な自然を有し、持続可能な観光を推進する南米・チリで開催された。

ここでは、スイス、北海道に続く3回目のATWS参加となる一般社団法人Hiroshima Adventure Travel 業務執行理事の佐藤亮太氏に寄稿していただいた、大会概要、チリ開催の背景、そして現地で得た世界のAT動向についてのレポートをお届けする。

 

「ATWS2025」チリ・パタゴニアの概要

2025年のアドベンチャートラベル・ワールドサミットは、アタカマ砂漠からパタゴニアの氷河まで、多様で壮大な自然を有し、持続可能な観光を推進する南米・チリで開催されました。今回の参加者は56カ国、地域から689名となったほか、101のバイヤー、37のメディア関係者が来場し、商談の数は1,740件に上りました。特に、全体の34%が初めてATTAイベントに参加した人々であり、新規層の開拓が進んでいる点も印象的でした。

 

人口2万人の街、プエルト・ナタレスで開催の理由

開催地は、チリ・パタゴニア地方にある、プエルト・ナタレスという人口2万人の小さな街。ここで世界的なカンファレンスが行われたこと自体が特筆すべき点です。この地は壮大な自然景観で知られるトレス・デル・パイネ国立公園への玄関口で、多くの登山家や自然愛好家が訪れるとあって、小規模ながらもホテルの数も多く、訪問客を受け入れるキャパシティとなる室数も多数ありました。ATWS参加者以外にも宿泊者は結構いたように感じました。

また、カンファレンス会場があるプエルト・ナタレスから、バスで1時間以上も移動したトレス・デル・パイネ国立公園内でレセプションパーティーが行われたことも印象的でした。レセプションパーティーではチリの国民的人気アーティストのコンサートも行われ、チリの人々が地域と一体となってイベントに力を入れている姿勢が感じられました。

 

ATTAが参加者に強く求める「コミュニティの深化」

今回は、以下のスケジュールで行われました。

10月7日~12日 プレサミット・アドベンチャー(PSA) 希望者が参加
10月13日 オープニングセッション、レセプションパーティー
10月14日 デイ・オブ・アドベンチャー(DOA)
10月15日 商談会、ディスカッション等
10月16日 メディアコネクト、クロージングセッション、パーティー

ATWS内でのセッションの様子▲ATWS内でのセッションの様子

2022年に参加したスイスや2023年の北海道の時と違ったのは、地域の様々なアクティビティを体験しながら参加者同士の関係性を育むために行われる「デイ・オブ・アドベンチャー(DOA)」が2日目に実施されたことでした。

以前は初日に行われたDOAを2日目に移したのは、初日だと参加をスキップする人たちが多かったため、なるべく全員が参加するように、というATTAの意図があったと聞きました。これは単に地域を深く知ってほしいというだけでなく、ATTAメンバーのコミュニティをより深化させ、アドベンチャートラベルの核となる「関係性」を重視する想いの表れだと感じました。

 

現地体験から学ぶ:アドベンチャートラベルの成功事例

今回私が参加したプレサミット・アドベンチャー(PSA)の体験から、日本への応用が期待できる二つの重要な示唆が得られました。

1 国立公園を支える「ガイドのクオリティと徹底した保護意識」

参加したのは、パタゴニア地方を7日間で巡り、ペンギン、ピューマ、氷河などの自然を体感し、トレス・デ・パイネの1日登山を含むコースで、すぐに売り切れるほど人気のツアーでした。参加者は15名という多めの人数で、アメリカ、メキシコ(在住アメリカ人)、コロンビア、タイ(在住オランダ人)、ヨルダン、ギリシャ、トルコ、ポーランドと、多国籍なメンバーでした。

PSAに参加したメンバーと▲PSAに参加したメンバーと

ツアーの中で特に印象に残っているのは、美しい自然はもちろんなのですが、国立公園におけるガイドのクオリティと、国立公園を保護する徹底した意志です。

パタゴニアにおけるガイドは、基本的にはホテルと契約しているケースが多く、経験を積んでから、独立するケースが多いようです。

今回ガイドをしてくれたサイモンさんは、パタゴニア生まれですが、英語の先生をしている母親に鍛えられ英語はペラペラ。早口で私には聞き取ることが大変でしたが、この地でガイドをしていることへの誇りと自信が伝わってきました。インタープリテーション、ユーモア、気配りが完璧で、参加者の心を一瞬で掴んでいきました。

たとえば、何度も「調子どう?」「疲れてない?」など聞いてくれて、皆感謝していました。自分自身がガイドをする際も、こうした気配りをしているつもりでも、言葉に出していないこともあるなと思ったので、さっそく実践していけたらなと思います。

そして、国立公園での禁止事項については、その理由を含めて、何度も繰り返し伝えていました。特に、トレス・デ・パイネ国立公園は、過去に3度、人が原因による山火事で貴重な資源を失っているため、火の扱いについては徹底的に指導されました。

なお、国立公園の考え方は国によって違うようで、私がチリに行く前に訪れたブラジルやチリの国立公園は「保全」に力を入れているのですが、アルゼンチンはかなり緩さを感じました。ガイドのサイモンによると、アルゼンチンでは新政権発足以降、アルゼンチン側のパタゴニア地方、サンタ・クルス州でピューマのスポーツハンティングが認められたそうです。畜産農家による導入主張もあったそうですが、その結果、チリ側で保護の対象であるピューマがアルゼンチン側に移動すると、そこで捕獲されて、チリ側に戻ってこなくなるケースが増えている、と嘆いていました。国立公園が陸地続きで国を跨ぐ際の対応の難しさを感じました(その後調べてみたところ、2025年からピューマは再び捕獲対象から除外されたとのことで、今後の動向に注目したいと思います)。

ちなみに、今回はアメリカからの参加者が多かったこと、さらにチリにはチップ文化があることから、終了後に参加者の15人で集めた20万円ほどのチップをガイドとバスドライバーに渡しました。チップが全てではないですが、日本でもガイドの価値が高まり、ガイドで食べていける人がもっと増えたらと思っています。

 

2 衰退産業を支える「6次化とATツアー」

もう一つ印象的だったのは家畜・羊毛産業との連携でした。PSAの行程には昼食にラム肉をいただいたほか、その後羊の毛を刈り取る作業や、刈り取った毛をウールにしていく工程の見学が含まれていました。

パタゴニアの羊毛産業はなかなか厳しい状況にあるとのことで、これまでは大多数を中国に輸出していたのですが、ここ数年で、羊毛の輸出価格が五分の一になってしまったそうです。このままでは産業が消えてしまうという危機感から関係者が集まり、6次化に踏み切りました。少しずつ機械を買い足しながら、ようやく自社で製品化にたどり着いたということで、その商品を見せてもらったところとても可愛くて、何点も買ってしまいました。

羊毛の工場見学の様子▲羊毛の工場見学の様子

衰退する地域産業を、アドベンチャートラベルのツアーに組み込むことで支えているという構図が明確でした。全体の行程から見ると必然性のない訪問ですが、でも加えている。そこに一つのエリアを守っていく協力体制と強い意志を感じました。日本でもそうした関係がどんどん生まれてきていると思いますが、観光をする意義を改めて感じる場面でした。

 

ATWS商談会で得た確かな手応え、日本市場の可能性

前回参加した北海道に続き、マーケットプレイスと呼ばれる商談会にも出展しました。今回はアメリカ、オーストラリア、イタリア、ブラジル、スペインの計12社と商談しましたが、北海道での開催時以上に日本への関心が高まっていることを肌で感じました。

ATWSチリでのメディアコネクトの会場▲ATWSチリでのメディアコネクトの会場

今回、私たちが商談会に向けて用意したのは、広島市を起点に瀬戸内海の島々をアイランドホッピングしながら、しまなみ海道を経て今治へと至る、1週間のサイクリングツアーです。

このツアーは、過去のATWSや商談会への参加を通じて得た学びと反省をもとに構成しました。特に、「さまざまなアクティビティを組み合わせた複合型ツアーは、バイヤーにとってわかりづらく、売りにくい」という実感があったことから、今回は「サイクリング」という一の軸に絞り込んだ商品にしました。

結果として、エージェントからの反応は非常に良好で、1週間という比較的長い日程にもかかわらず、4社ほどから「これはすごく良い」との前向きな評価をいただきました。

中には、「10日間程度のロングツアーにも対応できるか」という具体的な質問も寄せられ、サイクリングというテーマであれば長期滞在へのハードルが下がるという、新たな発見もありました。

また、今回の商談では、事前に事務局によって組まれたマッチング以外にも、時間の合間を縫って「話を聞かせてほしい」と訪ねてきたエージェントが2社ありました。これは、日本、そして広島に対する関心の高まりを肌で感じられた象徴的な出来事でもありました。

こうした商談での好感触に加え、実際の送客にもすでにつながっています。今回紹介したサイクリングツアーは、今年6月から商品化の準備を始めたばかりでしたが、11月1日から8日間、オーストラリアから6名のゲストを迎えてツアーを催行することができました。中でも4名は初訪日で、しかも東京には立ち寄らず、ツアー参加のために直接広島に来てくれました。ツアー後の評価も非常に高く、参加者からは「まさに求めていた体験だった」との声があがりました。

この経験を通じて、アドベンチャートラベルが地方への誘客や長期滞在を促す、確かな推進力となることをあらためて実感しています。今後はメディアとの連携や、次年度のバイヤー/メディア向けFAMツアーにつなげる形で、さらなる展開を検討していきたいと考えています。

オーストラリアから広島を訪れた6人のサイクリスト▲オーストラリアから広島を訪れた6人のサイクリスト

 

実感した「現地DMC・ガイド」の重要性

ATWSの本筋からは若干逸れますが、今回、DOAに参加した際に、少しだけ挨拶した参加者が、ペルーでホテル兼エージェントをしている人でした。私はATWS終了後にマチュピチュに行く予定にしていたため、せっかくのご縁だからと、移動も宿もガイドもその方にアレンジを依頼。すると、現地に精通している人だったので、マチュピチュ~オリャンタイタンボ~クスコの完璧なプランを提案してくれました。特に、ガイドのチョイスが最高でした。ガイド無しで訪問していたら、インカ文明の奥深さを一切知らないまま帰っていたと思います。地域のことを深く知るDMC、ガイドはとても重要だということを自らの経験で実感しました。

ATWS後に訪れたマチュピチュにて。ガイドに恵まれ、インカ文明を深く知ることができた▲ATWS後に訪れたマチュピチュにて。ガイドに恵まれ、インカ文明を深く知ることができた

 

継続的なATWS参加を通じて感じた自身の変化

ATWSは今回で3回目の参加で、商談の準備の精度も上がってきているなと感じました。それと同時に、今後は、広島や中国地方、そして日本中のDMCやガイドにこの経験をしてほしいなと思っています。特に、ガイドがPSAに参加してガイディングを学んだり、ガイドが商談にも関わり、ガイドが世界の潮流に触れることでガイディングがアップデートされるし、バイヤー側もガイドに触れることで、地域の解像度が高まり、誘客につながると思うからです。少なくとも、2026年は広島でアドベンチャートラベルのガイドを志す人が何人かATWSに参加できるように、予算取り含めて頑張りたいです。世代交代を進めることで、地域の底上げにつながったらなと思っています。

 

ゲストと地域が喜ぶ「好循環」を生むアドベンチャートラベルの力

2年ぶりに参加したATWSでしたが、前回のATWSの参加者と顔を合わせて「久しぶり!」と挨拶できるのも嬉しいですし、過去の経験で何が売れるのかを体感したことで、今回のサイクリングツアー造成につながりました。

アドベンチャートラベルによって、地域の様々な産業の下支えができるのは、地域としても事業者としても嬉しいし、実際にゲストも地域に貢献できたことでとても喜んでくれる。本当にいい好循環が生まれると思います。地域でATに取り組み始めてから、成果が出てくるまでには、それなりの時間がかかると思いますが(パンデミックの影響もあり、広島でも商品造成から最初の販売まで4年かかりました)、確実に様々な変化と、そこに関わる事業者の可能性も広がるなと感じています。

アドベンチャートラベルがすべて、と言うつもりはもちろんありませんが、地域の様々な可能性を引き出せるアドベンチャートラベルに、そしてATWSに、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか?

チリ・パタゴニア開催に見る「地域を巻き込む強い意志」、アドベンチャートラベル・ワールドサミット・レポート

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