インバウンドコラム
サステナブル・ツーリズムへの世界的な関心の高まりに伴い、観光地や宿泊施設等におけるサステナブルな取り組みに関する国際的な認証への注目も集まっている。東京都と東京観光財団は、都内の地域や観光関連事業者を対象としてサステナブル・ツーリズムについての知識や国際基準を詳しく解説する全4回の基礎講座を実施している。
第3回は「認証制度と宿泊施設のサステナビリティ」と題し、国内外の観光トレンドや宿泊者の価値観の変化を踏まえ、東京都内の宿泊事業者が直面するサステナビリティ対応にフォーカスした。講師には、宿泊施設の国際認証「グリーンキー(Green Key)」の日本審査窓口を担う、一般社団法人JARTA代表理事高山傑氏を迎え、認証制度の仕組みと取得に必要な基本的な考え方、そして国際認証に関する世界の最新動向について解説が行われた。また、国際認証を取得した東京都内の宿泊事業者として、ウェスティンホテル東京と株式会社龍名館の2つの事例も紹介された。本記事では、講演の概要を紹介する。

90を超える国で8000以上の宿泊施設が取得する国際認証「グリーンキー(Green Key)」
高山氏が代表理事を務める一般社団法人JARTA(Japan Alliance of Responsible Travel Agency)は、持続可能な観光を実践する旅行会社の集まりとして、2018年に設立され、 現在賛助会員も含めて24社が会員として加盟している。2022年4月から宿泊施設の国際認証ラベル「グリーンキー(Green Key)」の日本窓口を担い、日本語による認証取得の支援や審査を行っている。
このグリーンキーは、デンマークに本部を置く国際環境教育基金(FEE)の基準に基づく国際認証制度。ホテルからキャンプ場まであらゆる規模の宿泊施設を対象に環境方針と持続可能な運営の評価を行っており、2025年7月時点で、90を超える国で8000以上の施設が認証を取得している。取得後も定期的に再審査を受け、取り組みの維持と改善が求められる。
高山氏は、一般的に認証には利害関係企業による監査が行われる第二者認証、組織外の第三者機関による審査が行われる第三者認証があると説明。「農産物や水産物には国際的な第三者認証が存在する。観光産業では業界団体などによる第二者認証と第三者認証が混在しているが、第二者認証は自己判断に近い。信頼性の高い認証は第三者認証と言える」と述べた。
その上で、グリーンキー認証取得の流れについて「宿泊施設の自己診断が基準を満たしているかを審査員がチェックして報告書を作成し、その報告書の是非を判定委員会が問う。審査員が判定に関わらない点が、第三者認証としての透明性を担保している」と説明した。
認証取得に向けた3つのポイント、コストカットの副次的効果も
高山氏は宿泊施設のサステナビリティ認証取得に向けた基本の心構えとして、必要な3つのポイントを挙げた。
1.担当者が基礎から理解
認証取得を担当するには、まずは認証を受ける施設や組織において、コーディネーターの設置が必要になる。そのコーディネーターが認証取得の要件をただ読むだけでなく、なぜ取り組みが必要かという根本を理解することが非常に重要と説明。認証取得のために条件を満たすべき項目は環境、社会、文化と多岐にわたるため、担当者は多角的にサステナビリティについて理解する必要がある。理解促進に向け、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)の講座は有効と言える。
2.継続的な教育
コーディネーターがサステナビリティについて理解できても、それを全社員に伝えるプロセスには時間がかかる。「会社がそう言っているから」ではなく、「なぜ必要なのか」という根本が理解されなければ、取り組みは進展しない。社員一人ひとりが自分事として捉え、日々の選択や行動から、サステナビリティを意識して取り組む必要があり、それにはコーディネーターが全社員に向けて継続的に教育を行うことが求められる。
例えば、グリーンキーには、認証取得について以下のような要求項目がある。これらも、背景にマイクロプラスチックによる海洋汚染の深刻化があることなど、「なぜ必要か」を伝えることによって、社員の理解も促進すると考えられる。

3.顧客・サプライヤーとの好循環を目指す
サステナビリティへの対応は、顧客満足度の向上とビジネスにおける好循環を生み出す重要な戦略となる。社会全体でサステナビリティへの関心が高まり、対応が「当たり前」になるにつれて、企業がその取り組みを行っているかどうかが、顧客の評価や満足度に直接影響を与えるようになり、顧客満足度の向上につながる。また、会社の方針がサステナブルになることで、取り組みへの共感が生まれ、価格以外の価値でサプライヤーとの強いつながりを構築できる。これにより、顧客やサプライヤー全体との間で良い循環も期待できる。
この3点を推進した副次的効果として高山氏は、今まで無駄にしていたものが要らなくなってくるため、廃棄物や省エネ等の観点から「必ずコストカットにつながる」と強調する。グリーンキー認証を取得した国内の数百室規模の宿泊施設では、年間で約500万円のフードロス(食品廃棄)の削減により、コストが削減された事例も挙げられた。
海外では出張規定で認証取得ホテルの利用を必須とする企業が増加
高山氏は、海外の潮流も理解しておく必要性について言及した。例えばグリーンキーを取得した宿泊施設は、絶滅危惧種で完全養殖が不可能という理由からウナギの料理を出すことができない。また、地球規模で環境を考える人々の中には、動物愛護や、環境問題への意識、宗教・健康上の理由以外でも牛肉を食べない人たちも存在する。例えば、オーストラリアでは200gの牛肉生産するのに対して4tの水が使われ、それが国土の砂漠化の一因という考え方がある。「日本の飼料で育った日本の牛なら問題ないが、安いという理由で安易に海外産牛肉を使っていると、利用客と摩擦が生じる可能性もある」と述べた。
さらに、「我々が把握する現状として、海外の企業では出張規程でサステナブル認証を取得したホテルの利用が必須という企業も多く、ヨーロッパでは、低炭素化を目的として、鉄道での移動が5時間以内の距離であれば、飛行機を使わないようにするといった企業も増えている。MICEも同様で、認証がない宿泊施設は海外営業できない状況が生まれている」と指摘。Googleや国内外のOTAも、宿泊施設の検索画面で認証取得の施設かどうかチェックボックスを設けるようになっており、「個人客にとっても、認証取得の有無が選ばれる基準になるのは必然の動きと言える」と述べた。
続いて、国際認証を取得した2つの施設による具体的な取り組み事例が紹介された。
ウェスティンホテル東京
部門横断チームを作り、定期的な情報共有でグリーンキーの認証取得
ウェスティンホテル東京は2024年12月にグリーンキーの認証を取得した。同ホテルが属するマリオットインターナショナルは、「SERVE360」というプラットフォームを基盤に、持続可能性と社会的影響を重視した事業を展開している。CO2排出量の削減、配慮した食材調達、多様な人材雇用、地域貢献など多角的にサステナビリティを重視し取り組んでいる。このプラットフォームには、各ホテルがサステナビリティ認証を取得する行動計画が明記されており、グリーンキーの考え方がその理念に沿っていることが認証取得につながったと、サステナビリティ管理者を務める経理部長の金川開氏は述べた。認証取得に向けては、全部署から1〜2名を集めた部門横断チーム「コミッティー」が組織された。グリーンキーの各項目に準拠するよう取り組みを進め、ミーティングを週に1回実施し、進捗を確認し合った。
▲施設管理・営業・ハウスキーパー・ゲストリレーションなど各部門横断的なチームを組織
「コミッティーでの情報共有も大事だが極めて重要と感じたのが、社内関係者への定期的な報告」と金川氏は述べる。メンバーで最低月に1回は経営会議で報告を行うことでチーム内の結束力が高まり、経営層に活動状況が明確に伝わるようになったという。認証取得の準備期間は従業員の取り組みの周知に時間を要し、ホテル内だけでなくサプライヤーやテナントにも取り組みを周知し、賛同を得る必要があり「こうしたことは短期間ではできないため、腰を据えて取り組むことが必要」と金川氏は強調した。
金川氏は、認証取得の意義として、海外顧客からの信頼獲得、コスト削減の促進、地域とのつながり強化の3点を挙げた。海外からの団体案件では認証の有無が重要視され、水道や食材廃棄の測定による効率化や、地元農家との連携による地域貢献にもつながっている。
株式会社龍名館
国内宿泊・飲食業界で初の温暖化ガス削減目標に関するSBT認定取得
東京駅前のホテル龍名館東京をはじめ、都内でホテル・レストラン、不動産業を営む株式会社龍名館は2023年6月、日本国内のホテル・レストラン業界で初めて、国際イニシアチブ「SBTイニシアチブ(Science Based Targets initiative/SBTi)」から2030年までの温室効果ガス削減目標の妥当性について承認を受けた。SBTiは世界の大手企業も採用する科学的根拠に基づく削減目標の国際指標であり、脱炭素経営の先進的な取り組みとして高く評価されている。
▲Science Based Targets initiative
同社でサステナブル推進プロジェクトリーダーを担当する取締役の濱田佑介氏は認証取得の理由として「危機感」を挙げた。「われわれは中小企業なので急がなくてもいいのではという声もあったが、環境配慮は企業のスタンダードになりつつある。一定レベルの取り組みをしないと、将来的に取引してもらえない、社会から評価されない、若い人たちが働きたいと思わなくなるという危機感を抱いた」と述べた。
認証取得に向けた全社的な取り組みに向けて、ベテランと若手ではかなり価値観の相違があったことから、社内横断プロジェクトを立ち上げ、世代を超えた価値観の共有に力を入れた。「みんなで頑張ろうと呼びかけるだけでは『面倒くさい』『よくわからない』といった理由で動かない。経営陣の強力なトップダウンがないと動かないことが身に沁みた」と濱田氏は振り返った。また、「社員の意識改革に最も効果的だったのは社内で行う勉強会よりも、他社の視察など外に行って話を聞くことで、自分の価値観や会社そのものの意識の改革をしていかないと物事は動かない」と述べた。
<関連リンク>
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