インバウンドコラム
2年前まで春といえば、スイスからの訪日桜ツアーの行く先々の天気予報と開花情報との睨めっこで、開花が遅れているとハラハラし、雨で散りそうだと慌て、落ち着かない毎日でした。幸か不幸か今年もまた、穏やかに桜を楽しめる春を過ごしました。
フランスで、2022年4月より2時間半以内の短距離路線が禁止
そんな2022年の4月、フランスで「2時間半範囲内で列車移動が可能な区間の航空機の運行を禁止する法律」が、施行されました。ちょうど1年前の2021年4月、当コラムでこの法案が下院を通過したことをお伝えしましたが、その後、上院の可決を経て正式に施行されることが決まりました。
ところが「フランスが短距離国内線を禁止、しかし…」という旅行雑誌の記事は、思い切った決断のように見えるこの措置で実際に対象となるのは、コロナ禍以前に就航していたフランス国内線108路線のうち、たったの5路線だと揶揄しています。しかも、国際線からの乗り継ぎ便は対象外のため、パリの国際空港シャルル・ド・ゴール空港発着便は影響を受けません。その割合はたったの4.6%で、「飛行頻度の高い5路線だけに、総輸送量はさすがに4.6%以上にはなるだろうが、それほど革命的とは思えない」と切り捨てます。
旅行業界と環境保護団体の双方から批判がよせられたワケ
この法案は、フランスの国会で議論されているときから旅行業界と環境保護団体の双方から批判を受けていました。旅行業界は、パンデミックの影響からいまだ回復していない今、業界に更なる痛みを与えることになると主張し、環境保護団体は、気象の危機に一石を投じるには不十分だと指摘していました。以前のコラムでも触れていますが、元々は4時間以内で列車移動が可能なフライトの廃止が提案されていたものの、航空会社等の反対を受け、2時間半以内へと短縮されたという経緯もあります。
2021年4月のロイター記事によると、リュナシェ仏商業大臣はラジオで「気候変動を食い止めるためには、航空機からの二酸化炭素排出量を削減しなければならないことは承知しているが、それと同時に企業の経営も守らなければならない」と語っています。この法案成立の背景には、政府からエールフランス‐KLMへの資本増強への貢献や、保有株式の増加もありました。つまりこの措置は、フランス国内の二酸化炭素排出量を削減するための計画の一部ではあるものの、航空業界に十分に配慮した結果、現実の航空排出量に与えるインパクトには疑問が残るということです。
欧州で以前から育つ「飛び恥」への意識
とはいえ、フランスでこの法案が成立したというニュースが、世界の人々の意識に与えた影響は大きいのではないでしょうか。制度を変えるのは人々の意識です。人々の意識が変わったからといって、すぐに制度が変わるわけではないかもしれませんが、意識が変わらなければ永久に制度は変わりません。
英旅行雑誌の記事によると、flygskam(スウェーデン語で『飛ぶことの恥』の意味、『フライトシェイム』『飛び恥』などと訳される)という言葉が生まれたスウェーデンでは、社会的な飛び恥運動の高まりを受けて、航空券への増税策が採用され、2021年には航空移動が9%減少したといいます。
私が日本航空を退社してスイスへ渡った2004年、最初のドイツ語の先生は偶然にも、元スイス航空(現SWISS)CAで30代前半の女性でした。彼女が雑談中に、WWF(世界自然保護基金)を支援していると話した時「まあ、航空会社に勤めていたくせに説得力ないかもしれないけど」と自虐的に笑いました。当時の私は航空飛行が環境に負荷をかけているという意識がゼロだったので、一人きょとんとしていたのを記憶しています。飛び恥は、若き環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏によって突如飛び出した流行的思想ではなく、約20年前から、欧州では既に芽生えていた意識が形になったものだったのでしょう。
欧州で進む鉄道の整備、新しい目的地を訪れるきっかけにも
EUは、航空移動から列車移動へのシフトの加速を促すため、2030年までに高速鉄道を倍増させる計画を発表しています。「欧州は短距離飛行より列車推し 仏、2022年4月に短距離フライトを禁止へ」というオーストラリアの旅行雑誌の記事によると、欧州各国の鉄道パスを発行するユーレイルの広報ゲーデッカー氏は「パンデミック中に多くの夜行列車が運行を開始しました。次のステップは旅行者が利用することです」と述べており、受け皿の準備は整っているようです。同氏はまた「より多くの乗客に、もう一つ先の駅まで行ってほしいと思っています。パリやベルリンを目指すのではなく、あまり知られていない目的地を探してほしいのです。列車なら行ける、多くの興味深い目的地があります」と語り、旅行者に新しい目的地を検討することを提案しています。
飛行機でしか行けない場所もあれは、列車でしかできない旅もある。旅行の計画を練る時、環境負荷を念頭におくことで、実は選択肢が増え、旅がより豊かなものになるのかもしれません。こうしてみると、規制から生まれる新しい旅のスタイルにも、期待が膨らみます。
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