インバウンドコラム

地域観光の新潮流「デジタルノマド」誘致 受け入れの工夫と国内外の実践例

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時間や場所に縛られずに働く「デジタルノマド」。観光客とは異なるこの新しい滞在者が、いま世界中で注目されています。日本でも2024年4月に政府が「デジタルノマドビザ」を導入し、長期滞在型リモートワーカーを受け入れる制度が整備されつつあります。

本記事では、デジタルノマドの特徴と観光業界への影響、さらに国内外の誘致事例を紹介し、地方での活用可能性を探っていきます。

 

デジタルノマドとは? 定義・特徴・市場規模の動向

デジタルノマドとは、インターネットを利用してリモートで働きながら、「遊牧民(ノマド)」のように、特定の住居を持たずに自由に移動するライフスタイルを指します。カフェやホテル、コワーキングスペース、時にはビーチなど、どこでも仕事ができる柔軟性が特長です。

従来のリモートワーカーが主に自宅や特定のオフィスを拠点として遠隔で働くのに対し、デジタルノマドは仕事と生活の拠点を頻繁に変え、国内外の様々な場所を転々としながら働くスタイルを選んでいます。コロナ禍を契機に、テクノロジーの進化とリモートワークの拡大により、多くの職種でこの働き方が可能になりました。

こうした背景の中、デジタルノマド人口は年々増加しています。米国の旅行情報サイト「A Brother Abroad」によれば、2021年時点で世界におけるデジタルノマド人口は約3,500万人、市場規模は約110兆円にのぼります。デジタルノマド情報を網羅するプラットフォーム「Nomad List」では、2035年までに人口が10億人に達すると予測しています。

 

デジタルノマドビザで注目高まる長期滞在層 観光業界が注視する理由

前述の通り、デジタルノマド人口は世界的に増加傾向にあります。特に欧米諸国を中心に、働く場所の自由を求める動きは加速しており、各国政府もデジタルノマド誘致のための政策を打ち出しています。この世界的な潮流は、観光業界にとって新たな顧客層の開拓につながる大きなチャンスと捉えられています。

日本でデジタルノマドへの注目度が高まった大きな理由の一つに、2024年4月に開始されたデジタルノマドビザの導入が挙げられます。これにより、最長6カ月の滞在が可能となり、これまで短期滞在ビザやワーキングホリデービザなどで対応していたデジタルノマドが、日本に滞在しやすくなりました。特定国籍の国民で、年収1000万円以上といった条件はあるものの、日本を滞在拠点として選ぶデジタルノマドの増加が見込まれています。

日本では、人口減少とそれに伴う地域経済の縮小が深刻な課題となっています。この中で、訪日客の誘致は、地域経済活性化のための重要な手段として位置づけられてきました。ただし、従来の観光客は滞在期間が短く、消費も限定的であるという課題がありました。そこで、地域に比較的長期間滞在し、生活者としての消費を行うデジタルノマドは、この地方創生に対する新たな切り札として注目されています。

 

デジタルノマドが地域にもたらす価値 長期滞在が生む経済効果と関係人口

デジタルノマドの受け入れは、地域に多様なメリットをもたらします。

まず、彼らは比較的高所得で、かつ長期滞在する傾向があり、地域での消費額が高くなりやすいのが特徴です。宿泊・飲食・交通・ワークスペースなど、地域のサービス産業に持続的な経済効果が期待できます。

また、彼らは特定のシーズンに縛られずに移動・滞在するため、観光地の閑散期の稼働率向上にも貢献します。

さらに、スキルや知見を持ったノマド人材が地域企業と連携し、新たなプロジェクトやビジネスが生まれる可能性もあります。

そして、地域での交流を通じた関係人口としての定着やリピーター化、SNSを通じて地域の魅力を発信するアンバサダー的存在としても期待されています。さらには、将来的な移住や地域ビジネスへの参画といった展開も見込まれます。

 

デジタルノマドが求める滞在環境、快適な仕事と生活の両立

デジタルノマドは、仕事と生活を両立できる環境を求めています。

中でも最も重要なのが、高速で安定したインターネット環境です。宿泊施設やコワーキングスペースだけでなく、公共エリアでも接続できることが望まれます。
また、長期滞在に適した宿泊施設には、以下のような要素が求められます。

・静かな作業空間と広めの客室
・簡易キッチン、洗濯機などの生活設備
・長期滞在者向け割引プランや柔軟なチェックイン対応

さらに、コワーキングスペースでは、プリンターやモニターといった基本設備に加え、1人で移動するケースが多いことから、他のノマドや地域住民との交流を生む場づくりも重要です。

こうした環境整備に加え、地域とのつながりを生む仕組み(イベント参加、地元交流など)も、滞在満足度を高める要素となります。

また、仕事の効率だけでなく、心身のリフレッシュを重視するケースがあり、例えば自然の中でリラックスできる環境や、温泉やスパ、マッサージなどのリラクゼーション施設は選ばれる理由の1つとして重視されます。

 

全国で進む受け入れ環境整備 地域の魅力を活かす誘致戦略とは?

デジタルノマドが求める環境について考えると、宿泊施設や飲食店などのインフラが充実している観光地は、長期滞在する彼らにとっても快適な環境が整っていると言えるでしょう。近年では観光地がデジタルノマドをターゲットにした取り組みを強化し、彼らが望む設備を整える動きが進んでいます。

また、宿泊施設や地方自治体が連携し、長期滞在者に向けた特別プランや割引制度を導入することも効果的です。具体的には、長期滞在者割引やコワーキングスペースの優待利用、公共交通機関の割引、地域特産品の提供などが考えられます。

デジタルノマドの誘致においては、観光地に限らず、その地域ならではの魅力を最大限に活かすことが重要です。地域特有の文化や自然を前面に出したプログラムは、他の地域との差別化につながります。例えば、地元の伝統工芸や文化体験、自然を活用したアウトドアアクティビティなどは、滞在価値を高める要素の1つです。

さらに、地域住民との交流を促進し、デジタルノマドが地域社会に溶け込む機会を作ることも有効です。地元のイベントやマーケットに参加することで、地域の魅力を深く知り、コミュニティとしてのつながりを深めることができます。こうした取り組みは、デジタルノマドが「関係人口」として地域に深く関わるきっかけとなり、リピーターへとつながる可能性を高めます。

 

海外の成功事例に学ぶ ノマドが集まる都市の共通点

デジタルノマドの成功例は、国内外で数多く存在します。最も有名なのは、「デジタルノマドの首都」として知られるタイのチェンマイ。物価・生活コストが安く、ネットインフラ、コミュニティも充実しており、民間主導により、多くのスタートアップ型のノマドワーカーが集まっています。「デジタルノマドの聖地」と呼ばれるインドネシアのバリ島も、生活費の安さや魅力的なライフスタイルなど多様な魅力で、長年にわたりデジタルノマドを惹きつけてきました。


▲チェンマイのカフェ

また、欧州でデジタルノマドに最も人気のある目的地の一つとして確固たる地位を築いているのがポルトガルのリスボン。西欧の中では生活費が手頃で、活発なデジタルノマドコミュニティが存在し、ミートアップやイベントが頻繁に開催されています。また、コロナ禍で観光客が激減したポルトガルのマデイラ諸島では官民連携によるデジタルノマド村の創設を通じて、地方再生を実現しました。

 

国内各地の実践例に見る デジタルノマド誘致のヒント

日本国内でも、デジタルノマドビザの発給開始と時期を合わせるように、福岡県福岡市や宮崎県日向市など5つの地域が事業が「デジタルノマド受入に向けた環境及び体制整備に関わる実証事業」に採択され、コワーキングスペースの整備や、高速インターネットの整備、地域体験型プログラムの開発が進められています。

ここでは、それぞれの地域特性を活かした戦略を展開し、注目すべき成果を上げている事例を紹介します。

福岡市:「Colive Fukuoka」によるハブ形成

福岡市は、海外からのデジタルノマド誘致に積極的に取り組む自治体の代表例です。2023年より(公財)福岡観光コンベンションビューローと共同で、デジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka」を実施。1カ月間にわたり、福岡市を訪れるデジタルノマドに対して、仕事と生活、そして地域との交流を融合させた多様な体験を提供するもので、2回目となる2024年は参加者も大幅に増え、経済効果は推定約1.1億円と試算されています。

加えて、コワーキングスペースや高速インターネットなどのインフラ整備に加え、「Fukuoka Growth Next」を活用したスタートアップ支援や、リモートワーカー向けのワーケーションプランの提案など、多様な取り組みを展開しています。

宮崎県日向市:「サーファー・ノマド」というニッチ戦略

宮崎県北東部に位置する日向市は、独自の地域資源を活かしたデジタルノマド誘致戦略を展開しています。「サーフィンの聖地」という地域の特性を前面に打ち出し、「サーファー・デジタルノマド」という特定のライフスタイル層をターゲットにしている点が、日向市の大きな特徴です。

宮垣 日向

長崎県五島市:ウェルビーイングと持続可能性を追求する離島モデル

九州西端に位置する長崎県五島市は、離島という地理的特性を踏まえつつ、デジタルノマドの誘致のみならず、デジタルノマドの特性やニーズを踏まえ、持続可能な受入体制を構築することに重点を置いています。

静岡県下田市:デジタルノマドと地域住民との「友だち作り」

日本初の開港地「開国のまち」である下田市は、2019年度からワーケーション事業を推進。その流れで「海外デジタルノマド」の誘致プログラム「TADAIMA SHIMODA」を2024年11月に1カ月間開催し、15カ国から約120人の参加者が地域住民との交流を行いました。

 

持続可能な地域づくりへ デジタルノマドの可能性

デジタルノマドは、リモートワークの普及を背景に、時間や場所にとらわれない新しい働き方として世界的に広がりを見せています。日本の観光業界にとっても、これまでの短期滞在型の旅行者とは異なる、戦略的に重要なターゲット層といえるでしょう。

彼らの長期滞在は、宿泊施設や飲食業をはじめとする地域経済の活性化に寄与するだけでなく、多様なスキルや知見を持つ人材との新たな接点を生み出し、地域にイノベーションの種をもたらす可能性を秘めています。

地域の強みや暮らしの魅力を活かし、デジタルノマドが心地よく滞在できる環境を整えることは、関係人口の創出や持続可能な地域づくりへの一歩となるでしょう。

 

やまとごころ編集部

2007年、日本初のインバウンド専門メディアを立ち上げる。以来、インバウンド業界の最前線で取材・執筆活動を展開。数千本にも及ぶ記事の執筆と通算13冊の書籍の企画・編集を手がけ、日本のインバウンド観光の発展に貢献。「インバウンドの、いまと、これからを読み解く」をモットーに、独自の視点から、業界の最新動向と将来展望を鋭く分析し、日々価値ある情報を発信。

 

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