インバウンドコラム
新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の普及で、観光需要復活への道筋が見え始めています。各地域で運用されるワクチンパスポートの規格統一などの課題や不安材料は残るものの、コロナ禍終息後の訪日意向は一層高まるという調査結果も発表されており、条件次第では海外からの入国が急速に回復する可能性も考えられます。
コロナ禍に見舞われる前の京都では、観光客で賑わう一部の時期や地域で、混雑やマナー等の問題が懸念されていました。コロナ禍で観光客が激減し、これらの問題は収まっているものの、いずれ観光需要が復活するとまた同様の問題が発生してしまう可能性があります。
そこで、京都市観光協会(DMO KYOTO)では、2020年11月に京都市との連名で、これらの問題を防ぐことを目的に「京都観光行動基準(京都観光モラル)」を発表しました。
京都観光モラルとは?
「京都観光モラル」は、観光事業者・従事者、観光客、市民が、お互いに尊重しあい、思いを一つにし、かけがえのない京都を未来へと引き継いでいくことができるよう、京都観光に関わる全員に大切にしてほしい取組をまとめたものです。
そこには、持続可能な観光やSDGsといった近年注目されているキーワードとも一致する部分が多く、アフターコロナの観光を考えるうえで無くてはならない視点です。当協会では今年度からこの「京都観光モラル」の普及啓発に取組み、とくに事業者の取組状況の把握に努めています。「京都観光モラル」に当てはまる取組は、地域や会社全体のものから、従業員一人ひとりの普段からの心掛けまで様々なものが考えられますが、以下の通り大きく4つの分野に分けられています。
今回の記事では、市内宿泊施設の「京都観光モラル」に関する取組の実践状況を調査し、取組ごとの意欲の差などについて分析した結果を解説します。観光がもたらす課題の先進都市とも言える京都の宿泊施設の現状を通して、これから持続可能な観光地経営を実現するにあたってのベンチマークとして活用してもらえればと思います。
宿泊施設における観光モラルを意識した取組の状況は?
2回目の緊急事態宣言が解除され観光需要がやや回復傾向にあった2021年3月、京都市内の宿泊施設63軒を対象に「京都観光モラル」に関する取組の状況についてのアンケートを実施。「京都観光モラル」を構成する4つの分野ごとに想定される取組例を提示し、それぞれについての実施状況や意欲について回答いただいたところ、項目によって大きな差があることが分かりました。
それでは、個別の項目に対する回答結果を分野ごとに解説していきます。
周辺店舗の案内マップは進むも、ガイドツアーの開発が課題
1. 市民生活と観光の調和(地域との調和)
もっとも意欲が高かった取組は「周辺施設の店舗を紹介するマップ等の配布」で、実に9割近くの施設が実施しており、宿泊客が施設周辺の情報を重要視していることが分かります。次いで「施設が立地する地域の町内会などへの加入」も、大多数の施設が実施していると回答しました。地域住民から認めてもらえる施設となるうえで、町内会などの自治組織に参画することは必要最低限の取組として認識されていることが、この結果から分かります。
一方、重要性は認識されているものの、着手には至っていない取組として「地元民向けの内覧会やイベントの開催」「施設周辺の店舗を巡るガイドツアーの開催」「地元住民と宿泊客が交流できる機会の創出」「地元住民からの雇用枠の設定」が挙げられました。
とくに、ガイドツアーの開催は72.9%もの施設が意欲を持っている状況です。施設周辺の魅力を宿泊客に伝えるうえでガイドの存在は非常に大きく、ガイドと一緒に散策することで気づく魅力や、入れる店、購入したくなる物が見つかります。
しかしながら、ガイドツアーの開発は、地域住民や店舗側からの協力が無ければ実現が難しく、実施にまで至っている施設はまだまだ少ないようです。
多様なニーズへの柔軟な対応進む、従業員の能力開発には課題
2. 質の高いサービス
京都ならではの「質の高いサービス」の追求も「京都観光モラル」が掲げる重要な観点です。この分野でもっとも実施率(「実施しておりとても重視している」と「実施している」の回答率合計)が高かったのは「マニュアル外の特別対応に関する備え」でした。
宿泊客の期待を裏切らないようサービスの品質を保つためには、スタッフの業務のマニュアル化が有効ですが、宿泊客の期待を超える感動を生み出すには、不測の事態に際して、スタッフ個人の判断で柔軟に対応できるかどうかが重要です。また、似たような項目である「宗教や信条、体質などの違いに配慮したサービスの提供」「介助が必要な顧客でも利用しやすいサービスの提供」も実施率が高くなりました。
あらゆる顧客に対応できるような体制整備を重要視している施設が多いことが、これらの結果から分かります。
一方で、「和装の着付けの習得」をはじめとした、京都ならではの文化のスタッフ向け研修の実施率は比較的低くなりました。スタッフ個人の能力に左右されないアメニティやインテリア等の設備を通して京都文化を表現する取組を行っている施設は比較的多かったものの、従業員の能力開発には課題があります。
当協会では、数年前から市内で徴収が始まっている宿泊税を活用して「宿泊施設従業員向け歴史・文化体験研修」を例年実施しており、2020年は計5回の開催で延べ200名を超える参加者がありました。今後も、こういった研修を通じて、関係者の京都文化への理解普及支援を続けていく予定です。
景観への意識は高く、第三者認証取得などが今後のカギに
3.景観・環境の保全
文化財、町家などの京都ならではの景観に調和した店構えの維持や、環境への配慮も京都が大切にしてきた観点です。回答した宿泊施設のほとんどが「周囲の景観に配慮した外観づくり」を実施しており、景観への意識は高いことが分かります。
とはいえ、「京都の景観ガイドラインなどのルールの学習」については「実施していないが意欲はある」という回答が7割を超えており、従業員個々人の理解度には課題があると考えられます。
環境分野についての項目は「環境に配慮した製品の活用」や「ゴミ排出量の目標の設定」「省エネ目標の設定」など、過半数の施設で幅広く取り組んでいることが分かりました。ただし、これらの取組の多くは、各施設が可能な範囲で行っているにすぎず、観光客が宿泊施設を選ぶ際の目安にはなりにくいです。
そこで、第三者機関による認証制度を利用することが対策のひとつとして考えられますが、8割近くの施設が「実施していないが意欲はある」という状態です。環境に関する認証制度には、以下に挙げるだけでも様々あり、施設の規模や取組の状況によって選択肢も異なるので、取得までの準備に手間暇がかかるため、着手に及んでいない施設が多いと考えられます。
● ISO 14001
● LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)認証
● エコマーク「ホテル・旅館」の認定
● グリーンキー認証
● KES(Kyoto0020Environmental Management System Standard)
周辺施設や地域とかかわる災害対応への備えや、正確な情報発信が課題
4. 災害対応(危機対応)
持続可能な観光地を目指すうえで、今回のようなパンデミックへの対応はもちろん、地震や台風などの自然災害、不祥事などの人為的なトラブルへの対応など、経営を揺るがす様々な危機への備えも欠かせません。
下記に挙げた8つの取組例のうち「各種WEBサイトにおける口コミ・クレームへの返信対応」「防災訓練の実施」「定期的な設備点検の実施」の3件は全ての回答施設が実施済みで、宿泊施設の経営に必要不可欠であることが分かりました。
ただし、「災害備蓄の整備」や「BCPや災害時のマニュアル整備」「災害時の帰宅困難者などの受入についての規定整備」など、施設周辺の地域との関わりが伴う取組は、半数以上が未実施という状況です。また、この1年間コロナ禍の影響で時短営業や臨時休業をする施設も多いなかで「Googleマイビジネスなどでの営業情報の更新」は約3割が未着手でした。営業実態を正確に消費者に伝えるためのデジタル技術活用に課題があることも分かりました。
コロナ禍特有の対策として挙げた「スタッフとの接触無しでも宿泊できる動線の整備」に取り組んでいる施設は3割未満と比較的少ない結果となりました。接客など対面サービスで差別化を図ってきた宿泊産業にとって、接触機会の抑制は品質低下につながる場合もあり、顧客とのコミュニケーション方法のオンライン化や自動化には、慎重な施設が多いようです。
他施設との差別化のためにも難易度の高い取組を
以上の分析結果から、「京都観光モラル」に関する取組には濃淡があることが分かります。
多くの施設が取り組んでいる項目に取り組んでいない場合、宿泊客からの評価減にも繋がりますが、多くの施設が着手していない難易度の高い項目に先駆けてチャレンジすれば、差別化や宿泊客からの高評価にもつながります。
特色ある施設が共存する魅力的な観光地づくりを目指すためには、まずは弱点を補強し、そのうえで他施設に先駆けて伸ばしたい強みに集中的に投資をしていくという順序で考えることが定石です。
今回の調査は宿泊施設が対象ですが、他業種にも通ずる項目もあるため、回答結果を参考に自身のビジネスの取組状況を振り返り、今後の観光需要復活に備えて着手していただければ幸いです。
筆者プロフィール:
公益社団法人京都市観光協会 マーケティング課 DMO企画・マーケティング専門官 堀江 卓矢氏
京都市出身。京都大学大学院農学研究科修了後、株式会社三菱総合研究所に入社。リサーチャーとして、官公庁事業の公共政策評価や、航空業界における経済効果分析、東京都を始めとした観光マーケティング業務に従事。2016年、京都市におけるDMO立ち上げを機に、マーケティング責任者として京都市観光協会へ転職。経営戦略の策定、法人サイトの刷新などのコーポレートブランディング、統計データ分析、メディア運営設計などを手がける。