インバウンドコラム
前編でお伝えしたように、京都観光モラルに関する取組は、ほとんどの宿泊施設が取り組んでいる項目もあれば、普及が進んでいない項目もあります。とくに、周辺住民などの外部関係者との調整が必要な項目、従業員一人ひとりの能力開発に関わるもの、大規模な投資が求められるといった内容ほど、実施率が低い傾向にありました。
特に普及が進んでいない項目に、京都観光に関わるあらゆる事業者がチャレンジしていただけるようになるためには、これらの取組が自社の経営改善にもつながるようにしていくことが必要です。そこでまずは、これらの項目の取組状況と、各施設の経営状況を表す客室収益指数との関係を分析し、「京都観光モラル」が業績改善につながる可能性の有無を検証してみることにしました。
取組意欲と客室収益指数に相関関係
1.市民生活と観光の調和
「市民生活と観光の調和」のなかでも「実施していないが意欲はある」の回答率が最も高かった「施設周辺の店舗を巡るガイドツアーの開催」について、その取組状況と宿泊施設の客室収益指数(2020年度)を比較しました。その結果、実施済みの施設の客室収益指数は11,638円とコロナ禍にも関わらず高い水準を保っており、実施していない施設を大きく上回りました。(5施設を下回らないよう「実施しており、とても重視している」または「実施している」と回答した施設を合算)。
また実施率が低い「地元住民と宿泊客が交流できる機会の創出」について同様の分析を行うと、取組意欲がある施設ほど客室収益指数が高い傾向にあることが分かりました。
2.質の高いサービス
「質の高いサービス」の分野でも、「マニュアル外の特別な対応への備え」や「京都独自の文化や風習の取り入れ」で「実施しており、とても重視している」と回答した施設の客室収益指数が、「実施している」施設を大きく上回る結果となりました。これらの項目においては、ただ単に取り組むだけでなく、より意欲的に取り組む姿勢が求められるということのようです。
3.環境・景観
「環境・景観」の分野では、「地域の美化活動」に積極的に取り組んでいる施設は、客室収益指数の平均値が16,222円と、コロナ禍にも関わらず高い水準を保つ結果となりました。一方で、「環境に配慮した製品の活用」では、実施している施設と実施していない施設とのあいだで客室収益指数に差が見られました。
取り組んでいることが客室収益指数に影響を与える項目もあれば、積極的に取り組まなければ効果が弱い項目もあり、どこまで取り組む必要があるかは、項目によって差があることが分かります。
4.危機管理
最後に「危機管理」の分野を見てみましょう。「BCP(事業継続計画)や災害時のマニュアル整備」について、実施している施設の客室収益指数のほうが高かったものの、「実施しており、とても重視している」と回答した施設よりも「実施している」と回答した施設の客室収益指数のほうが上回る結果となりました。コロナ禍の影響もあり、施設の収益性の高さに関わらず、災害への備えを強化している施設が増えていることで、このような逆転現象が起こっているとも考えられます。デジタル化の取組のひとつでもある「Googleマイビジネス等における施設の臨時休業などの営業情報の更新」については、積極的に取り組んでいる施設ほど客室収益指数が高い傾向となっており、やはりデジタル技術の活用が重要であることがこの結果からも分かります。
ただし、全ての項目でこのような傾向を確認できたわけではありません。今回の記事では特徴的な傾向を示した項目を抜粋して紹介しているので、今後、同様の調査を重ね、さらなる研究を行う予定です。また、この分析結果は、取組が進んでいることと収益性が高いこととの因果関係を示しているわけではなく、あくまでも相関関係を示しているだけに過ぎません。高い収益を確保できている施設だからこそ、これらの取組に着手できる余裕があるという解釈もできることにはご注意ください。
京都観光モラルの普及啓発に向けて
京都市観光協会では、今年度からこの京都観光行動基準(京都観光モラル)の普及啓発を目的にした事業に取り組んでおり、とくに業界の事業者や従事者の方々に向けた働きかけに注力しています。具体的には、当協会の公式サイトでの優良事例の発信や、業界関係者を巻き込んだワークショップの実施、それらを踏まえた啓発手法の開発などに取り組んでいます。ワークショップの成果についても、順次公式サイトから発信を予定しているので、ぜひ各地での取組の参考にしてください。
筆者プロフィール:
公益社団法人京都市観光協会 マーケティング課 DMO企画・マーケティング専門官 堀江 卓矢氏
京都市出身。京都大学大学院農学研究科修了後、株式会社三菱総合研究所に入社。リサーチャーとして、官公庁事業の公共政策評価や、航空業界における経済効果分析、東京都を始めとした観光マーケティング業務に従事。2016年、京都市におけるDMO立ち上げを機に、マーケティング責任者として京都市観光協会へ転職。経営戦略の策定、法人サイトの刷新などのコーポレートブランディング、統計データ分析、メディア運営設計などを手がける。