インバウンドコラム

MaaS導入の盲点とは? 事例と課題から考える“使われる仕組み”のつくり方

2025.05.21

楠田 悦子

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2025年の大阪・関西万博では、会場アクセスの一環としてMaaS(Mobility as a Service)の取り組みが行われています。鉄道、バス、タクシーといった既存の公共交通に加え、シェアサイクル、カーシェア、オンデマンド交通、さらには自動運転車や電動キックボードといった新しいモビリティまで、様々な移動手段を連携させ、人々の移動をより便利で快適にすることを目指すこの概念は、日本の交通・地域政策において重要なキーワードとなり、全国的にもMaaSの導入が急速に進んでいます。

一方で、「アプリを作ったがダウンロードされない」「期待したほど利用されていない」「運用コストがかさむ」といった声も少なくありません。取り組みの数は増えても、その多くが本来の目的である“移動の自由と利便性”の実現に結びついていない現実があります。

本稿では、国内におけるMaaSの現状と事例を俯瞰しながら、なぜMaaSは使われにくいのか、導入にあたって見落としがちな落とし穴は何かを探り、最終的に、MaaSを“目的化”せず、本当に価値のある仕組みとして設計・運用するための視点を提示します。

 

MaaSとは何か:移動の自由を再設計するしくみ

MaaSは多様な交通手段や移動サービスをITによって連携させ、検索、予約、決済などを一括で行えるようにする仕組み、あるいはその概念そのものを指します。ユーザーにとって便利で自由な移動環境を提供する考え方です。究極的には、「自家用車がなくても、快適に移動できる社会」を目指しています。

国土交通省では、MaaSの成熟度を0〜4までの5段階に分類しており、国内事例の多くは、レベル1(複数の交通手段の情報[検索や運行情報]が統合された段階)やレベル2(情報に加えて、予約や決済も一括で可能な段階)にあります。

レベル0:サービス同士の連携がなく、単体で提供されている段階
レベル1:複数の交通手段の情報(検索や運行情報)が統合された段階
レベル2:情報に加えて、予約や決済も一括で可能な段階
レベル3:複数のサービスを定額制などでパッケージ化した段階
レベル4:交通と都市づくりを一体で考える段階。交通制御や地域経営と連動する高度な統合レベル

MaaSレベルの図表▲MaaSレベル(出典:国土交通省「国土交通省のMaaS推進に関する取組について」

 

広がるMaaSの取り組み

MaaS(マース)の考え方に基づき、様々な新しいサービスが生まれています。例えば、会社全体でMaaSの視点を取り入れ、デジタル戦略を立て直す動きや、スマホで使えるチケット、クレジットカードなどのタッチ決済、専用アプリの開発、既存アプリの機能追加といった形で、私たちの生活に便利なサービスが登場しています。

国もMaaSを後押ししていて、旅行、医療、福祉といった様々な分野と連携した「観光MaaS」や「医療MaaS」なども生まれています。

MaaSは「移動手段の連携」だけにとどまらない

MaaSを、単に電車やバスなどの移動手段を繋げるサービスと捉える人もいますが、ライドシェアや自動運転、AIを活用したオンデマンド交通といった新しい技術を含んだ、もっと広い意味で考える人もいます。

最近では、MaaSはスマートシティの中心的な要素としても注目されています。移動手段の情報だけでなく、街の様々な情報や公共インフラのデータなどをまとめて管理・分析する共通の仕組みが重要になっています。


▲大阪各地域の主要駅から万博会場へはEVバスが循環している

MaaSは“移動”を超えて地域戦略そのものへ

このように、MaaSは単なる移動の仕組みではなく、地域全体の構造に関わる重要な戦略へと進化しています。

特に、より高度なレベルのMaaSを目指すには、住民や観光客の多様なニーズに応じた移動手段を束ね、都市交通計画や地域経営にまで踏み込む必要があります。そのためには、行政・交通事業者・民間企業などの関係者が協力し、データを共有・活用しながら継続的に改善していく体制づくりが不可欠です。

 

国内に広がるMaaSの取り組み

現在、日本各地ではMaaSが独自の進化を遂げて、日本各地で、多様なMaaS事例が広がっています。そのうちのいくつかを紹介します。

KANSAI MaaS

関西圏の鉄道事業者7社が中心となって運営する「KANSAI MaaS」は、鉄道・バス・タクシーなど複数の交通機関を連携させた広域型のMaaSです。スマートフォンアプリでは、経路検索やチケットの購入・決済に加え、沿線の観光情報やモデルコースも提供されています。

関西2府5県の鉄道7社が運営する「KANSAI MaaS」

▲関西2府5県の鉄道7社が運営する「KANSAI MaaS」(出典:KANSAI MaaS公式ページ)

WESTER(JR西日本)

JR西日本が展開する「WESTER」は、鉄道や駅ナカ施設と連携し、生活全体をナビゲートする移動生活アプリです。スタンプラリーやクーポン、プッシュ通知機能などを通じて、利用者との接点を広げています。2023年末時点で190万件以上がダウンロードされています。

Osaka Metro「eMETRO」

Osaka Metroでは、中期経営計画の柱として、都市型MaaSの推進を位置づけています。バスや地下街、広告などの部門をMaaS構想「eMETRO」として統合し、交通を中心に事業間を連携させることで、収益性の向上と経営最適化を図っています。

Osaka Metroが目指す都市型MaaS構想
▲Osaka Metroが目指す都市型MaaS構想(出典:Osaka Metro「Osaka Metro Group 2018-2025年度 中期経営計画(2022年5月改訂版)及び2022年度 事業計画について」

九州MaaS/my route

九州MaaSは、観光・宿泊施設の予約、経路検索などを統合し、地域活性化と公共交通の利用促進を目的とした広域MaaSです。トヨタが開発したマルチモーダルアプリ「my route」を活用しており、横浜、富山、愛知など全国にも展開が広がっています。

このほか、デジタル乗車券を活用した神戸観光MaaS、マイナンバーカード連携の群馬版MaaS「GunMaaS」、観光・体験チケット一元化の「STLOCAL」、介護・宿泊手配などユニバーサル対応を目指す「Universal MaaS」など、地域の課題に即した多様な形態が生まれています。

 

なぜ使われないのか、ユーザー視点から見たMaaSの壁と打開策

このように、国内では多様なMaaSの取り組みが各地で展開されています。一方で、現場では「導入したが思ったように使われない」「利用者が定着しない」「サービスが乱立してわかりにくい」といった声が少なくありません。筆者の取材でも、こうした課題感は各地で共通して耳にします。

その背景には、以下のような要因があります。

・乱立するサービス:
地域や事業者ごとにバラバラのサービスが並立し、利用者には選びにくく、わかりづらい。
・アプリの壁:
独自アプリのダウンロードは心理的・操作的ハードルが高く、継続利用にもつながりにくい。
・コストとのギャップ:
短期滞在の観光客向けにアプリを開発しても、利用頻度が低いため運用・保守コストとのバランスが取れない。

 

ユーザー視点に立った「打開策」のヒント

こうした「使われないMaaS」の状況に対し、最新技術の導入ありきではなく、すでにユーザーに定着しているプラットフォームを活用するというアプローチが注目されています。

ジョルダンの乗換検索アプリ

乗換検索アプリの大手・ジョルダンは、4,200万以上のダウンロード実績を誇り、すでに多くのユーザーの生活に根付いています。このアプリでは、モバイルチケット機能も提供されており、80の交通事業者が300種類以上の券種を販売しています。

たとえば2025年には、香川県の琴参バスが、瀬戸内国際芸術祭2025の春期開催にあわせて、坂出路線の1日フリー乗車券をモバイルチケットとして提供しています。

この仕組みは、地域回遊を促す企画券やフリーパス、定期券の販売、多言語対応、データ分析などのニーズにも対応しており、独自開発よりも効率的にMaaSを実現する選択肢となっています。

ジョルダンモバイルチケット
▲ジョルダンモバイルチケットの概要(出典:ジョルダン株式会社

Googleマップの活用

Googleマップも、MaaSプラットフォームと言えます。国内外を問わずアクセス可能で、世界中の多くの国・地域で、経路検索・乗換案内・移動手段の選択を一つの画面で完結できます。

地域によっては、タクシー配車、ライドシェア、自転車・電動キックボードなどとも連携しており、検索や予約も可能となっています。

 

MaaSを“目的化”しない、設計の本質とは

ここまで、MaaSの“使われにくさ”という課題と、それに対する実践的な対応策を見てきました。しかし、こうした課題の根底には、誰のためのサービスなのかという視点が欠けているという、より本質的な問題が潜んでいるように感じます。

筆者がこれまで多くのMaaS導入事例を取材してきたなかで強く感じるのは、「MaaSを導入したい」「アプリを作りたい」といった、手段が目的化してしまうケースの多さです。

MaaSの導入には、企画、システム開発、利用促進、運営、情報更新など、継続的に多くのコストと手間がかかります。そのわりに、短期滞在の観光客が主な利用者であれば、実際の利用頻度は高くありません。仮にリピーターを呼び込めたとしても、年に1回程度の利用にとどまることもあります。その結果、利用者が増えず、費用対効果が見合わないという状況に陥りがちです。

MaaSイメージ画像2

MaaSに関連するアプリやサービスは各地で開発されていますが、それぞれがバラバラに存在し、統合されないまま乱立している状況があります。そのため、市場原理が働きにくく、ユーザーの視点では「何を使えばよいかわからない」「使いにくい」といった問題が発生しています。

このような状況では、どれだけ丁寧に作られたアプリでも、利用者に届かないリスクが高まります。

 

本当に必要なのは「誰に、何を、どう提供するか」の企画設計

MaaS導入を成功させるためには、まず「誰を呼び込みたいのか」ターゲットを明確に設定することが不可欠です。そのうえで、

・そのターゲットは「旅マエ」「旅ナカ」のどのタイミングで情報を収集するのか?
・どのような行動動線を持っているのか?
・地域での消費を促すには、どんなサービスと組み合わせればよいか?
といった視点から、利用者目線に立った設計が求められます。

さらに、公共交通が十分ではない地域では、観光施設や宿泊施設とモビリティサービスをセットで設計することが重要です。「目的地に行ける」「回遊できる」という前提があって初めて、観光消費が成立するからです。

 

“移動の自由”を実現するために、MaaS設計に求められる視点の転換

MaaSは、デジタル技術を活用して移動の概念を変え、地域に新たな価値をもたらすポテンシャルを秘めた強力な手段です。しかし、その実現は最新技術の導入や華やかなアプリ開発の先にある、「誰のために、何を、どう提供するか」という徹底したユーザー視点と、地域全体の目標達成に向けた戦略的なデザインにかかっています。

MaaSを単なる流行や技術導入の目的とせず、人々の「移動の自由」と地域の「活力」を高めるための真の「手段」として捉え直し、企画・実行すること。そして、その過程でユーザーの声に耳を傾け、地域とともに育てていく姿勢こそが、MaaSを成功に導くための本質的な視点と言えるでしょう。

著者プロフィール:

モビリティ・ジャーナリスト 楠田 悦子
心豊かな暮らしと社会のため、移動手段・サービスの高度化・多様化と環境に関する活動を行う。モビリティビジネス専門誌『LIGARE』創刊編集長を経て独立。国土交通省の交通政策、MaaS関連の委員、スタートアップのナレッジ共有『DIMENSION NOTE』元編集長を歴任。グロービス経営大学院大学英語MBA卒。編著に『「移動貧困社会」からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)など。

 

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